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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる
第七章

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ネルソン

 試合場の中央。

 向かい合う二人の選手は、ネルソンとエストン。

 ネルソンも小柄な方ではないが、エストンの恵まれた体躯の前では少し頼りなく見える。

「君らは汚いな」

 そう言ったのは、エストンだ。

「あ?」

 ネルソンが興奮で血走った目を向ける。

「さっきのあいつ。なんとかって名前のやつのことさ」

 エストンは2組の選手席の方を顎でしゃくった。

「北から来たらしいじゃないか。たかが武術大会に、人殺し稼業の北の傭兵を雇うのは反則だろう」

 そう言って、薄く笑う。

「てめえ」

 ネルソンの顔色が変わった。

「アルマークは北の出身ってだけだ。それを人殺しの北の傭兵だって言いてえのか」

「いくらで雇った? まあ君らじゃたいした金額は出せないだろうが」

 ネルソンの唇が怒りで震えた。

「俺の仲間と俺のクラスを侮辱したな」

「侮辱とは」

 エストンが笑顔のままで首を振る。

「辱しめられるに足る名誉がある時に使う言葉だよ。えーと」

「ネルソンだ」

 ネルソンは叩きつけるように言う。

「試合が終わった時には忘れられない名前になってるぜ」

「それはないな」

 エストンはあくまで余裕綽々だ。

「だが、僕に名前を覚えてほしいという君の切なる願いは心に留めておくよ」

「ノリシュ」

 ネルソンは、さらに叩きつけるようにその名を口にした。

「覚えてるか、この名前を」

「前にも同じ事を誰かに聞かれた気がするよ」

 エストンは興味なさげに首を振る。

「悪いが、僕らはどうでもいい人間の名前までいちいち覚えたりはしないんだ。ほら、ボーエン先生が来たよ」

 ボーエンが近付いて来るのを認めて、ネルソンは歯軋りして怒りの言葉を飲み込んだ。



「ネルソン、すごく興奮してるみたいだ」

 モーゲンがアルマークを見る。

「あんな調子で大丈夫かな。すっかり相手の挑発に乗っちゃったんじゃないかな」

「乗っちゃっただろうね」

 アルマークは頷く。

「すぐに乗っちゃったと思うよ」

「えー!」

 モーゲンは非難がましい目でアルマークを見る。

「アルマークが冷静にさせないままで試合に行かせちゃうから」

「あれでいいのさ」

 アルマークは涼しい顔で言う。

「ネルソンの場合はね」



 自分の名前を読み上げられ、エストンが優雅に一礼する。

 ネルソンは小刻みに足踏みしながら、自分の番を待つ。

 ネルソンの名前が読み上げられ、彼が剣を持った右手を振り上げてそれに応えると、観客席から女子のひときわ大きな声援が飛んだ。

「ネルソンー! やっちゃえー!」

「負けたら承知しないからね!」

「勝たなきゃ許さないから!」

 それを聞いて、思わずネルソンは顔をしかめる。

 おいおい、俺の時だけ応援が雑じゃねえか?

 そして、興奮した頭の片隅で考える。

 だけどまあ、その方が俺らしいか。

 それからゆっくりと、相手のエストンの剣先に自分の剣を合わせる。

「はじめ!」

「だあありゃああぁ!!」

 ボーエンの声をかき消すほどの気合いの雄叫びをあげてネルソンが前に出た。

 気合いの乗った鋭い突き。

 だがそれは、待ってましたとばかりにエストンに受け止められる。

「ああ、ほら!」

 モーゲンが両手を握る。

「エストンの思惑通りになってるじゃないか!」

「うん」

 アルマークは頷く。

 でも、ネルソンは僕にも止められない。

「ぬああぁ!!」

 ネルソンは気合いとともに突きを放つ。

 エストンがそれを受ける。

 ネルソンは真っ直ぐにエストンの胴に突き込んでいく。



 幼い頃、ネルソンは自分の父が騎士だと信じて疑わなかった。

 だから、父が騎士の従者に過ぎないと知ったときは、落胆したものだ。

 父はいつ騎士になれるのかと聞いてみたが、父の答えは彼には意外なものだった。

「騎士様は騎士様だ。従者は従者だ。それは一生変わらねえよ」

 明確な、身分の違い。

 ネルソンはそれを、その時初めて認識した。

 でも、父だって何か手柄を立てれば騎士に取り立ててもらえるのではないか。

 そう言い募るネルソンを父は呆れた顔で見た。

「手柄を立てるってどこで?」

 騎士になれるような手柄を立てることのできる戦場。そんなものはこの平和な国にはない。

 じゃあ、騎士って何なの?

 父の答えは、騎士に憧れていたネルソンの理想を打ち砕くには十分だった。

「騎士ってのは馬に乗る人って意味だ。お城の城門を下馬しないで通れる貴族様のことを騎士って呼ぶんだよ」

 違う。

 ネルソンは思った。

 騎士っていうのは、鎧を着込んで、馬に乗って、長い槍を持って、恐れることなく真一文字に、敵陣に、魔物に、突っ込んでいく勇者のことだ。

「そりゃ物語の中ではな」

 父の答えはにべもなかった。


 ノルク魔法学院入学が決まった時、ネルソンはこれで身分を越えて騎士になれる、と思った。

「父ちゃん、俺も騎士様になれるかな」

「そりゃ出世すりゃなれるかもしれねえよ」

「父ちゃん、俺が言ってるのは父ちゃんが仕えてるみたいな騎士様じゃなくて」

「お前の好きな物語の中の騎士は、この世にはいねえよ」

 少なくともこの国にはな、と父は言った。

 それはネルソンにも薄々わかっている。

 だから、身分ではなく自分の生き方にすることにした。

 どんな時も真っ直ぐ。

 実践するのは難しく、曲がってしまうこともよくあるが。



 ネルソンが真っ直ぐに突き込んでいく。

 それをエストンが受ける。

 受ける。

 受ける。

 しかしネルソンの攻撃は止まらない。

 途切れるかと思った攻撃が予想外に続くことに、エストンがちらりと戸惑った表情を見せる。

 ネルソンはそんなことは意に介さない。

 真っ直ぐに、突く。突く。突き続ける。

「おらあぁ!」

 ネルソンが気合いを吐く。

 まだ続く。

 突く。突く。

 試合開始直後から、突き続けている。

 これはいつまで続くのか。

 さすがにエストンの顔から余裕が消える。

 ネルソンの突きの威力は、衰えるどころか益々増していく。

 これは、俺のクラスをバカにした分。

 ネルソンは興奮に支配された頭で数え、力いっぱい突き込む。

 これは、アルマークをバカにした分。

 その突きを受けたエストンが反撃を試みようとするが。

 これは、俺の名前を覚えてなかった分。

 反撃のいとまがなく、エストンの剣は空しく防御にまわる。

 これは、ノリシュを泣かせた分。

 さらに強い突き。エストンの顔色が変わる。

 これは、ノリシュを泣かせた分。

 これも、ノリシュを泣かせた分。

 これも、ノリシュを泣かせた分。

 威力だけではない。回転数も上がってきた。

 これは、ノリシュの名前を覚えてなかった分。

 ついにネルソンの突きがエストンの胴を掠める。

 これは、ノリシュを泣かせた分。

 ネルソンは止まらない。

 これも、ノリシュを泣かせた分。

 これも、ノリシュを泣かせた分。

 これも、ノリシュを泣かせた分。

 くそが。これもノリシュを泣かせた分だ。


 押し寄せる怒濤の連続攻撃の、どれが胴を捉えたのか、観客にもよく分からなかったに違いない。

 ネルソンの突きに押し潰されるように、エストンの胴が音を立てた。

 ボーエンの、「それまで!」という声が響く。



「挑発に乗れば乗っただけ」

 アルマークは、目を丸くするモーゲンに言った。

「ネルソンは迷いなく、真っ直ぐに強くなるんだ」

 観客席に向かって誇らしげに剣を振り上げたネルソンに、ノリシュが両手を大きく振っているのが、応援席からもよく見えた。




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― 新着の感想 ―
相手のなんとか君は見事に墓穴を掘ったな… 人の恨みつらみそして怒りのパワーは恐ろしいんですよ
もう皆んなカッコ良すぎて涙でてくる
[一言] ネルソンくんは告白もどストレートなんやろなぁ… かっけえぜ
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