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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる
第七章

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寮

 アルマークは走った。

 周りの風景が飛ぶように流れていく。

 全力で走るのはいつ以来だろう。

 エルドがジャラノンにさらわれた時も割と本気で走りはしたが、後ろからついてくるトルクを引き離しすぎてはいけないと思い、敢えて全力は出していなかった。

 アルマークは今、ためらわずに寮へと全力疾走していた。

 そのあまりの速さに、道の途中に立っていた警備の衛士が目を丸くする。


 寮へ。


 あの少女の悲痛な叫びがアルマークを衝き動かしていた。


 手遅れになる前に。


 何が手遅れになるのかは分からない。

 だが、少女の叫びを聞いたとき、確かにアルマークの心にも、自分が今、何か途方もなく大きなものを喪いかけているのではないかという焦燥感が沸き起こった。

 走り出さずにはいられなかった。


 ほどなく、寮にたどり着いた。

 寮はいつも通りの様子だった。何の物音もせず、人の気配もない。

 それはそうだ。武術大会のために、皆、出払っているのだ。

 中か。

 一瞥して外見に異常のないことを見てとったアルマークは、寮の中に駆け込む。

 微かに感じる。

 寮の廊下に入った瞬間にアルマークはあの匂いを嗅ぎとった。


 腐臭。


 どこからだ。

 すぐに判断する。

 上だ。

 アルマークは階段を駆け上がる。

 外同様、寮の中にも誰の姿もない。静まり返る寮内に、アルマークの階段を駆け上がる音だけが響く。

 三階の廊下。

 腐臭の源は近い。

 これは、おそらく。

 ……僕の部屋だ。

 本能的にアルマークは感じ取った。

 廊下を走る。

 近づくほどに、腐臭が強くなる。

 禍々しい、闇の匂いが。

 アルマークは自室のドアを開けた。

 目を見開く。

 黒いローブを纏った人物が、アルマークに背を向けて立っていた。

 フードをすっぽりとかぶり、男か女かも分からない。

 ローブ越しでもなお、その全身から滲み出てくる魔力が、その人物が強力な魔術師であることを物語っていた。

 手に握られた奇妙な形状の杖から禍々しい魔力が発せられ、アルマークの部屋の中の一点に向けられている。

 アルマークは、誰何(すいか)もしなかった。

 振り向こうとしたその人物の背中を、思い切り蹴り飛ばした。

「がはっ」

 男の声。

 よろめいた男がそれでもアルマークに向き直る。

 杖が突き出される。


 いいか、魔術師を相手にするときはな。


 父の声が蘇る。


 声も出さずに一息で仕留めろ。


 杖から何かの魔法が発動する前に、アルマークはその懐に飛び込んでいた。

 固く握った右拳を、その顔面に叩き込む。

 フードがはだけ、相手の顔が露になる。

 しわだらけの生気のない顔。真っ白い髪。腐臭が舞う。

 見たことのない男。

 いずれにせよ、敵だ。

 傭兵育ちの怜悧な判断を下して、アルマークはその顔にもう一撃叩き込む。

 男がのけぞったところを、みぞおちに思い切り蹴りを突き込む。

 壁際まで蹴り飛ばされた男が、ぐうっ、とあえいで蹲った。

 アルマークは男の杖が魔力を注ぎ込んでいた場所を見た。

 そこにあるのは、アルマークの相棒とも言える、長剣。

 それから、マイアから休暇の最後にもらった、木の棒。

 それだけだ。

 アルマークは改めて、蹲る男に目をやった。

 杖を取り上げて、身動きを封じるか。

 そう思ったその時。


 一息って言っただろうが。


 父に言われた気がした。

 アルマークの身体は石のように動かなくなっていた。

 男が声も出さずに顔を歪めて笑う。その口元から血が滴る。

 いつの間に、魔法を使われたのか。

 そんな素振りも見せなかったのに。

 その時、アルマークの背後から、足音がした。

 廊下から、黒いローブの男がもう一人、ゆっくりと姿を現した。

 ばかな。もう一人、廊下にいたのか。

 そんな気配はなかった。

 アルマークは、かろうじて動く目だけを必死にそちらに向けた。

 黒いローブに、奇妙な形状の杖。

 アルマークの動きを封じたのは、この男の魔法だ。

 男は、フードをかぶっていなかった。

 しわだらけの生気のない顔。

 目の前で蹲る男と、全く同じ顔をしていた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] アルマーク、ピーンチ!
[一言] 気配がなかったのに後ろにもう一人。 双子とかじゃなくて、これもなにかの魔法なんでしょうか。
[良い点] トルク!!!急げ!!!
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