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第3話:ファッション魔法使いクレア

<前回のあらすじ>

受付を進めていたエリーゼは、渡された自分の番号札の数字が気になり立ち止まると、係員に問いただす。係員はその問い合わせに対し、返答に困っていると、エリーゼのもとへ、父のルバートが顔を見せた。

昨年、突如所属中のギルドを脱退したことに対して、エリーゼは思う事はあるものの、再会したらいざ言おうとしていた言葉を躊躇っていると、父から再度奥へ進むように促され、何も言わずにその場を去ることになるのだった。

 "歩き辛いなぁこの通路。匂いもちょっと…"

 エリーゼは鼻を手をやりながら、係員に先へ進むよう指定された薄暗い通路を、道なりに歩いていた。

 地面はタイルで敷き詰められてはいるものの、所々ひび割れた跡が見受けられ、松明(たいまつ)も明るさとしては正直いって心許(こころもと)無い。そして、極めつけは生ごみ程度であればまだマシだと思える程のツンのくるこの悪臭。

 "我慢…我慢…"

 下水でのモンスター討伐も以前経験したこともあり、そこでの匂いと比べれば大したことはないが。折角の大事な試合前に、精神的な負担が来るのは、普段から男所帯に紛れて活動するエリーゼでさえも余り好ましくなかったのだった。

 そもそもこのコロシアムは、普段から罪人や奴隷などを闘技場で戦わせる催しが数多く開催されている。

 エリーゼの歩いているこの通路は、その者達が普段使用している通路であり、人間のありとあらゆる体液がそこら中に滴りこびり付いているのは当たり前で、今日の為に一度行った軽い清掃ぐらいでは、完全に拭い取れていないのが主な原因だった。

「あの扉かな?」

 依然として軽い不快感を示しながらも、仕方がなく歩いていたエリーゼは、やがて金属製の大きな扉を見つける。

 それを見てエリーゼはふと思った。自分の背丈の5倍以上あるこの大きな扉は、人間と言うよりはもっと大きな何かを通過させる為にある扉だったのではないか…と。

 そんなエリーゼは、扉に少し近付いては立ち止まり、聞き耳を立てる。

 分厚い扉で音を殆どシャットアウトしているものの、大勢の話声が微かに聞こえるのだ。

 そのままでは聞こえ辛いものの、扉に耳を当ててまで近付かないのは、警戒による普段からの癖だった。

 "恐らく大丈夫そうだし、開けて中に入ろうかな…"

 エリーゼはそう思うと、扉にそっと手をやり恐る恐る、分厚い青銅の扉を両腕で押し開けるのだった。


 *********


「おめー今年も懲りずに参加すんのかよ。やめとけって」

「うるさいな。お前こそさっさと予選でやられてこいよ」

 扉を開けるとそこには人、人、人。街の中心地でも此処までの人だかりはそうそうない。

 ここにいる全ての人は、この大会の出場者や関係者であり、猛者の溜まり場と化していた。

「分かってはいたけど、男ばっかり…」

 辿り着いた大広間には、そこらじゅう男ばかり。2、3人で話し込んでる連中が殆どではあるが、中には10人以上で固まっている集団も幾つか見受けられる。

 真面な空間など何処にも無い。

 女性だらけでは、香水の強い香りで自身の鼻がやられそうにはなるが、不快と思う程にはならない。

 それに対してこの男だらけの空間は、匂いが鼻をつき中々に不快だった。

「せめて少しはマシな所ないかしら…」

 本心からふと出たその言葉は、オアシスを求める人そのもので、通路を歩いて居た時よりはマシなものの、自分の過ごし易い場所を求めていた。

「元気そうねエリーゼ」

 そんな時である。エリーゼの背後から微弱の風が吹き、そこから一人の少女が声を掛けて来たのだ。

「えっと…。どなたでしたっけ?」

「クレアよクレア! あんた先月まで私の依頼で仕事をしてたでしょ!」

 普段、お堅い態度を取り勝ちなエリーゼも、少女の声が聞こえた途端ふと笑顔になり、柔和な声を出して相手をからかい出す。このやり取りだけでも、普段の2人の関係が何となく分かる程だ。

「冗談よ冗談」

「あなたねぇ…」

 エリーゼに話しかけて来た少女は、自分の背丈を遥かに超える長箒ながぼうきを左手に持ち、黒いローブに身を包んでいるが、足首まで完全に覆い隠す様な一般的な魔法使いの恰好とは違い、動き易さを重視して作ったのだろう、膝頭が見えるかどうかぐらいの短い丈に手直してあるのだ。

「…相変わらずのファッション魔法使い」

「今何か言ったかしら?」

 エリーゼに取って数少ない女友達の1人であり、自身の身分が公爵令嬢と知ってもなお普通に接してくれる、同年代の数少ない知り合い。その為もあって、肩ひじ張らずに色々言い合える、またとない親友であった。

「それにしてもほんと、この空間何とかならないのかしら」

 エリーゼからふと出たその言葉に、クレアは先程から右手に持っていた小さな小瓶の蓋を開け、中身を周囲へまき散らす。

「随分良い香りがするけど、また新しいアイテムでも開発したの?」

「ふふん。この小瓶の中身は3種類の香料と4種類の薬草をすり潰して私の魔力を付与して作成した特製の砂なのよ! お陰で消臭・除菌を同時にし――」

 自身の持つアイテムを見せながら自慢気に話すクレアは、エリーゼに迫りながら徐々に早口で捲くし立てる。背丈はエリーゼの方が若干高いのだが、その迫力は圧倒する程だ。

「いや、分かったから…良い香りをありがとう」

 以前の経験から、ここは下手に何か言うよりも感謝の意を示して事態を納めた方が良いと、何時もの様に思い付いたエリーゼは、特に何事も無く事なきを得たのだった。

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