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5グージュの話

5.グージュの話


「ええと、ロンと言います」

「私はイサク」

 首にかけた王の使者の証を見せながら言った。グージュは命の恩人だ。ここまでくれば、何を明かしてもよいだろう。

 イサクはこれまでの経緯を語る。大陸の南の、王の子孫が封じられた村からやってきたこと。王の使者からの、竜を探すようにという命の元旅に出たこと。そして、探すそれは、伝説に聞く、世界の(ことわり)を保つ竜、黒竜の子で、今は地上にいるはずだが、失われてしまっていること。北西を探すようにということだったので、従士となって教団を討伐する諸侯の遠征に加わったこと。今のところ全く手掛かりが得られていないこと……。


「グージュさんは何かご存じないだろうか?」

「私も、竜のことは伝説でしか聞かないな。力になれずすまない」

「いえ、助けていただいたのですから、謝らなくても。それより、なぜグージュさんは騎士になり、戦いに加わっているんですか?」

「復讐したいからだ。父と母を殺した敵に」

 そう言って、グージュは語り始めた。


 グージュは今十四歳ということだった。そして話は十四年前に遡る。大きな街道から少し外れたところに小さな村があった。どこにでもあるような片田舎の村に、突然、奴隷商人の馬車がやってきた。何事かと集まった村人を前に、御者と、檻に入れられていた女奴隷が声を上げ、この近くに乳母ができる家はないかと問うた。村人が、ちょうど乳飲み子を亡くしたばかりの家があると、ある夫婦の家を指差すと、奴隷商人と女奴隷はその家へと駆けた。抱えていた一人の赤子を託し、夫婦の手に一つの指輪と、掌に収まるほどの銀の守り刀を握らせると、女奴隷は言った。

「これはこの子が出自を知るために必要となる物です。必ずや、育った後にはこの話を近くの領主に伝えられますよう」

 そして馬車は森の中へと消えていった。数日後、お約束のように、森の中で木っ端みじんに破壊された馬車が見つかった。

 そしてその赤子がグージュなのだった。グージュは成長すると、養父母からその話を聞かされた。最初は戸惑いを隠せなかったグージュだったが、やがてそれを受け入れ、必ずや父母の仇を取るのだと兄と武芸の稽古に明け暮れ、やがて村の男の子にも引けを取らないほどになった。

 十になると、グージュは一帯の領主の元へと養父母とともに赴いた。身分は農民に過ぎないが、どうか特別に従士にさせてほしいと頼み込み、領主は組討ちで勝てたなら、と渋々頼みを受け入れた。 同世代の少年を戦わせると、見くびった相手にグージュは圧勝、大人の従士がかかってやっと五分五分という実力を見せつけ、晴れて従士となった。その後は武芸の道を研鑽し続けている。戦いで手柄を上げて褒章を与えられる際に諸侯に近づくためである。そして願いが叶えば、自らの父母を暗殺させた敵――おそらくは、貴人の暗殺を企てるほどだから、高位の貴族――を討つ軍勢を貸してくれるだろう。

「ド・グージュ」というのは、古い女傑の姓から取った。名を名乗らないのは、本当の名は別にあるはずだからだという。


「そして今、領主について、幾度目かの戦を戦っているところだ」

「それで、どうして自分が貴族の娘だと?」

「普通奴隷商人が奴隷を解放するか? それに、私の母は、小さいとはいえ守り刀を持っていた。一介の奴隷の主人が奴隷の娘一人のために、貧しい農民でも買えない守り刀など買い与えるはずがないだろう。きっと、奴隷に変装した亡命途中の貴人だったのだ。

 そうだ。母が預けた指輪を見せてやろう」

 そう言って、グージュは、お守りを下げるように首にかけた鎖を引き、防具の中から指輪を取り出す。イサクは知識を引き出す。この世界では、身分によってつけることができる指輪が決まっている。金の指輪は王宮に仕える子爵や貴族。銀の指輪は封建諸侯。青銅の指輪は上位の騎士や功績を上げた名士。そして、自由民や農民は、儀礼の時を除いて指輪をつけることはない。一方で、つけることが義務付けられた指輪もあった。奴隷の身分を示す鉄の指輪である。果たして、グージュの胸元から取り出されたのは、鉄の指輪だった。なぜだか黒光りし、相当に古そうなのに錆がなく、細かな文字が彫り込まれている。が、それを除けば、何の変哲もない鉄の指輪だった。

 イサクは心底あきれたが、さすがに声に出すことはできない。どうせ女奴隷の懇願に奴隷商人の心がなびき、売り物にならない赤子を捨てることを許したのだろう。そして、森に入った馬車は、獣の格好の餌食になった。それをここまで心の中に留めておくことができるとは。いやしかし、信念というものは、ここまで人を強くできるのか。グージュは強い。その源は、憎しみと復讐という、あまり認められたものではないけれど。

「絶対に復讐してやる」

 グージュは指輪を握りしめた。

 三人は身を寄せ合いながら、夜を明かした。


 翌朝、三人は不安とともに馬を曳いて林から出た。待ち構えるのは敵の敗残兵狩りか、それとも味方の救援か。救援が来たとしても安心はできない。自ら逃亡したことを罪に問われる恐れがあったからだ。いや、既に指揮は崩れていたとはいえ、敵前逃亡したのは間違いない。特赦が与えられることを唯一の希望に辺りを見回す。何も無かった。牧草地の右端には教団側の陣営が見える。味方の集団は左側、案外近くに見つかった。恐る恐る、三人が馬とともに近づくと、意外なことに、待っていたのは歓迎だった。

 何が起こったのか、近くの騎士が教えてくれた。結論から言うと、今回の戦は惨敗、しかし、戦略上は引き分け、ということだった。昨日、槍持ちの戦列が破られ、騎兵も大損害を受けた。混戦になった後、王党派の軍は負けに負け、多くの者が倒され、残る多くも後方へと退却した。勝敗決したと思われた頃、これ幸い、大将を討ち取らんと、教団側の有力諸侯の家臣が、勇み立って直属の軍とともに本陣目がけて飛び込んできたのである。残った王党派の軍は必死で防戦、なんと家臣を捕らえてしまった。それも三人。そして夜が訪れ、戦いは中断した。王党派の軍は大損害を受けていた。朝になったが、このまま戦いを続ければ全滅は間違いない。捕らえた家臣を人質に、停戦を申し入れることにした。一方の教団側の軍も、家臣が戻って来ず、混乱していた。三人は内政にも通じた能吏であり、これを失うのは痛手だったからである。かくして、双方の利害が一致、正午に捕虜の交換が行われること、その後王党派の軍は領地に戻ること、教団側の軍は後を追わないことが約されたのだった。

 とはいえ、大損害を受けているのだから、教団側に後を追われれば終わりである。早く逃げるための馬と、最後尾を守る兵員は、できる限りいた方がよい、ということだった。逃走していたイサク達には、後方を守る部隊に加わる他、選択肢は残されていなかった。


 正午、約束通り、双方に捕らえられた捕虜たちと、それを捕らえた者達が、双方の陣の中間に集まる。身分の高い者を先頭に、ずらりと並べられた捕虜達。戦った相手に敬意を持って赦しを与えるという形になっていたが、実質は売買である。捕虜達は相手の捕虜の列の前を歩かされ、見知った顔があると、それらの捕虜を得た者同士で交換が始まる。対等な交換が成立しない場合、例えば身分の高い者と低い者、壮年の兵と老兵などの場合、差額が貨幣で支払われた。交換が終わると、今度は自軍に戻った捕虜や生き延びた者が、主君や臣下を買い戻していく。戦場を硬貨が行き交う。日が傾き始めるまでこれが続けられた。

 残ったのは奴隷として売り飛ばされる哀れな者達である。主君や臣下が戦死して、買い戻してくれる者がいない騎士や従士。買い戻してくれるはずの主君や臣下が身代金を持たず、あるいは身代金を借りる信用を持たない者達。そして、身代金を払うくらいなら失っても構わないと見捨てられた従士や自由民である。奴隷の身分に落とされ引きたてられて行く。辺境に送られて農奴にされ、牛馬以下の労働を強いられるならまだよい方。最悪の場合、鉱山奴隷として、一生砕いた岩を運び続ける者もいた。

 交換の後ろでは、地元の農民が、生き残った自由民と争いながら、落ちた武器をかき集めている。農民にとって、農地を荒らす戦は迷惑極まりない。失われた収穫の代わりに、侵略者たちが持ってきた鉄の道具を拾い集め、街の鍛冶屋に売る。何としても、次の収穫までの食い扶持を確保しなければならないのだ。一方で、死者たちは双方の衛生兵と農民の手で、林地と牧草地の境に、何か所かに分けて埋められていく。弔っているように見えるが、目的は疫病と獣害の予防である。遺体は数年後、白骨化したところで掘り起こされ、火にくべられた後、砕かれて牧草地に撒かれる。よい肥やしになるそうだ。無論鉄の防具は埋める前に剥ぎ取られる。

「見たか、イサク。これが戦場だ」

 イサクと再会した領主は、イサクの肩に手を置いて解説した。領主の四人の従士のうち二人、長兄と、イサクを最初に迎えてくれた少年は、戻って来なかった。


 公爵が声を上げた。

「……わが軍、ここに進路を塞がれたれども、転進して南東に戻り、大逆を謀る奸臣を討たん……」

 聞けば、奸臣とは公爵領の隣を領有する子爵のことだった。この子爵は公爵に呼応せず、今回の戦に兵を出さなかった。それを、自らが不在の間に王都を目指して南下するための策略なのだと決めつけて非難し、攻め落としてしまおうというのである。領地が目的であることは明らかだった。今回の戦では、公爵は領地を得られなかった。つまり、参戦した騎士達に褒賞が出せない。それなら別の戦を仕掛けて、そこで取り戻そうという訳である。さすがにこれには一同あきれ返った。とはいえ、このまま自らの領地を空ければ足元が危うい。騎士達にはいったん帰郷を許すという条件で、軍勢は南東へと向かうことになった。

 最後尾の守りを務める者に向けて、公爵は言った。

「このうちから、敵将を敵陣まで届ける者を募る。名乗り出た者には十か村を与えることを約す」

 そう、最後の難題が残っていたのである。今回の停戦の要となった敵の三人の将をどう届けるか。三人を先に釈放すれば、教団側が約束を破って殲滅戦に出るかもしれない。逆に撤退の準備ができてから三人を釈放すると約しても、撤退間際に殺されるのでは、と教団側が信じてくれない。仕方なく、王党派が軍使を出して三人を教団側に届け、その後撤退を始めることになった。しかも、教団側は騎兵を一人、武器は短剣を一振りだけと条件をつけてきた。その軍使を誰にするか。敵が約束を破ったときには確実に殺される。誰もが一瞬のためらいをみせる。

「私が行きます。公爵様」

 名乗り出たのはグージュだった。

「その代わりにお願いがあります。領地は半分で構いません。主君を失った従士達のうち、志願するものを私に下さい」

 一同驚いたが、公爵は了承した。

「配下の軍勢を育てたいのだ」

 グージュはイサクに小声で言った。


 夕刻、グージュは捕虜の敵将三人を前に歩かせ、単騎敵陣に向かって歩みを進めていった。身に着けるのは、例の針金の網ほどの鎖帷子と短剣だけ。覚悟が決まっている者にしかできない。敵陣の前に着くと、グージュは三人を解放した。騎士の礼儀として、三人は赦しを与えた王党派の軍に向かって敬意を表した。さて、敵軍は裏切り、グージュに矢を射かけるか? イサクは不安の中で遠目にそれを見ていた。既に王党派の軍は一目散に逃げだそうと隊列を整え始めている。

 一瞬の静寂。教団側の軍は動かない。敵方の大将が正面に進み出て将を迎え、何かを話している。

 グージュがこちらを向いた。馬を疾駆させ、片手をあげて味方の陣営へと戻ってくる。約束は守られたのだ。歓声が上がった。

 戻ったグージュは言った。

「公爵様、それでは、私に従士を」

 頷くや否や、グージュは叫ぶ。

「我に続く者、ここに集いて、しんがりを務めよ!」

 主を失った従士達がこぞって集まり、人だかりができた。

「グージュは強い」

 イサクはつぶやいた。

「イサク、ロン、お前達はこれからどうする。北西に来たくて加わったんだろう。今なら二人くらい抜けても分からんぞ」

 領主が言った。イサクは、もはやこの騎士達の元で戦いに明け暮れることに意味を見いだせなかった。

「馬と防具をお返しします」

 一介の旅人に戻ることを告げると、イサクはロンを連れて、グージュの率いる最後尾の隊へと向かった。最後尾の守りを務めるとの契約を守り、その後軍勢を離れるつもりだった。

 教団側の軍、王党派の軍、双方が撤退し、王党派のしんがりも、後方を警戒しながら、元来た街道を戻っていった。イサクとロンは、落人狩りの村人の見つからないよう、細心の注意を払いながら夜を明かした。


 翌日、イサクとロンは西方、大洋へと向けて歩み始めた。この辺りは、王党派の諸侯と教団側の諸侯が混在していて――すなわち、常に戦が繰り広げられていて――豊かなはずの農地は踏み荒らされ、民衆は疲弊していた。道中では戦に遭うこともあり、雑兵と間違えられて襲われることもあった。そのたび、イサクは敵を切り捨て走り去り、姿をくらました。あてのない旅が続いた。


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