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3.乗馬と狩猟

3.乗馬と狩猟


「今日は馬に乗せてやろう」


 厩の敷き藁を替えていると、ある日領主に声を掛けられた。


「うらやましい!」


 最初にイサクを迎えた従士の少年が声を上げた。


「俺もまだ何回も乗ったことないのに」


 領主は言う。


「普通馬の稽古は馬子から始めるがな。イサクは筋があるから特別だ。その小僧、ああ、ロンだったか、を馬子にすればいいだろう。って、おい小僧、そいつは暴れ馬だ。迂闊に手を出すと蹴り殺されるぞ」


 見れば、ロンは以前領主でも乗りこなすのに苦労していた、血気盛んな雄馬に近づいていく。やめろ、と声を掛けようとしたときには、ロンは既に馬の頸筋に手を当てて撫で始めていた。馬もおとなしく目をつむり、気持ちよさそうにあくびをしていた。


「これは驚いた」


 さっそく乗せてみると、手綱を放しても馬が止まっている。ロンが馬の腹に軽く脚を当てるだけで馬がひとりでに歩き出し、馬場の中を回る。


「あと10歩歩かせたら、走らせてみろ」


「よし」


 言いながらロンがまた足を当てると、馬は途端に駆け出した。ロンはよろめいて姿勢を崩す。すると馬は少し戸惑ったように歩みを緩め、ロンが姿勢を整えると、またさっと駆けだした。


「こいつは。まるで馬と話ができるみたいだな。他では全く役に立たんのに」


 一方のイサクは乗馬に苦戦。才能を自負するものの、他の馬で落ちずに走らせ続けられるようになったのは、ロンより10日も後のことだった。



 馬にも慣れてきたところで、今度は防具を着けることになった。二人は古びた鎖帷子(くさりかたびら)を渡された。

 文句も言いたくなったが、鍛造に大量の木材を使う鋼は、この世界では貴重だ。小さな領主の館に予備があったというだけでもましな方だろう。

 鎖帷子を着るのは初めてだ。当然、自分達では着方が分からないので、従士の少年たちに着せてもらう。イサクにとってはなかなか恥ずかしいものがあった。


 鎖帷子を着て、今まで習った武器の練習をする。従士の少年たちは何回か行ったことがあるのだろう。少し体を慣らすだけで、ややぎこちないが、いつもと同じように武器を操っている。

 イサクとロンにとっては慣れるのに時間がかかった。体が重い。何をするにも鎖の重さが付きまとう。関節の可動域が狭くなってしまうのもまた、いら立ちがつのる原因となった。


 甲虫のようだが、やっと動いて武器も使えるようになった頃、今度は馬に乗せられた。馬上で槍を振るい、剣を振るう。馬を御しながらの模擬戦は、多方面への才能を自負するイサクにも堪えるものがある。

 ロンに至っては述べるべくもない。ロンの武器への怯えは馬にも分かるようで、ロンがなだめても突進するのはまず無理だった。ただ、逃げるのだけは得意で、馬がひとりでにロンに楽な体勢をとらせ、走り回っている。そんな無様な練習の繰り返しでも、馬はロンを乗せることは好んでいるようだった。馬用の防具を持ってロンが近づくと、喜んで近づいてきて、頭をくぐらせようとする。


 領主は頭を抱えた。騎士の馬は、戦場の恐怖にも耐えなければならない。普段から模擬戦に使うのもそれに慣れさせる意味もある。それなのにこの調子では。


「参った。だが、ここまで馬に好かれているなら。もういい、その馬くれてやる」




「今日から森に狩りに行くぞ」


 領主が言ったのは、イサクが防具と馬の扱いに慣れてきた頃だった。


「戦に向けた実戦演習だ。気を抜くなよ」


 水と食料、まぐさと武器を持った一行は、鎖帷子に身を包み、騎士とその馬子、弓兵の役割に分かれて馬を率いて出発した。昼頃、森、正確には領民が薪取りに使う少し広めの林に着いた。


「領民には、演習が終わるまで森には立ち入らないように命じてある。だから、森の中で動くものは全て敵として扱ってよい。ただし、大型の水鳥と猛禽類は射らないこと。矢羽の原料だからな。本来ならば鹿や猪、できれば狼や熊などを相手に戦うのが望ましいが、そういった大型の獣は狩り尽くされ、残っているのは大諸侯の持つ狩猟場の中だけだ。

 さて、始めるぞ」


 領主はさっと槍を振りかざすと、茂みに向かって一撃。きゅん、と鳴き声が聞こえて、一匹のキツネが逃げ出した。


「追え」


 領主は言って馬を駆けさせる。


「馬の足元に気を遣え、馬を壊すんじゃないぞ」


 一行はキツネの後を追う。領主はさっと手を上げると従士を二手に分けた。弓兵役の従士がキツネの行く手に矢を射、その動きを止める。すかさず、左右から騎馬の従士が現れ、槍をキツネに向ける。哀れ、座り込んだキツネは槍を受け、四肢をもがかせている。さっと馬を飛び降りた従士は、組討ちで習った通りのやり方でキツネを地に押さえ、剣でとどめを刺した。初の獲物の命は一瞬で尽きた。捕らえられた獲物はすぐに血抜きされる。

 その様子を、イサクは正視することができなかった。



「次はお前だ、イサク」


 二匹目のキツネが槍を受けたところで、領主は声を上げた。


「何をしている、早くしろ!」


 戸惑うイサクに、再度怒声が飛ぶ。


「早くしろと言っているのだ! 獲物が苦しんでいるのが分からんのか! とどめを刺せ!」


 イサクは馬を飛び降りて、先ほどの従士のようにキツネを押さえ、首を掻いた。手の中のまだ温かい体。ぐったりと力が抜けて、次第に冷たくなってゆく。罪悪感。家畜を、できる限り苦痛を与えないように殺すのではない、小さな生き物に恐怖を与え殺す罪深さ。イサクは己の罪深さに首をうなだれた。



 夕刻、一行は野営を始めた。火を焚くが、敵に見つかりにくいよう工夫された方法を使っている。今日仕留めた獲物をさばきながら、領主はイサクに言った。


「狩りに来たのは、野営の仕方を覚えるため、動く的をとらえるため、それだけではない。命を奪うことに抵抗を無くすためだ。戦場に入ったら、考えることを止めろ。相手の苦しみに同情するな、その家族のことなど想うな。譬えそれが最初の戦でも、だ。一瞬でも隙を見せれば、お前は死ぬ。それは相手も同じだ。生き残るためには互いにそうするしかないのだ。戦場に出るとは、武芸の道に生きるとは、そういうことだ」


 同じく敵に見つからない訓練として、交代で見張りを立てながら、一行は夜を明かした。


 狩りの最終日、領主は農民から家畜を一頭買ってきた。


「何をするかは分かるな」


 イサクは頷く。


「藁と棒を斬るだけでは、実際に剣で斬ることができるとは言えぬ」


 イサクは泣いた。館への帰り道、そして寝室で眠りに落ちるまで。剣から手へと伝わるあの感触、決して忘れることはできないだろう。




 いよいよ出陣の命も届こうかという頃、イサクは領主に聞いた。傍らにはロンが控えている。


「竜についてお話を聞きたいのですが、この辺りに竜の話はあるでしょうか」


 やれやれ、と首を振りつつも、領主は言う。


「この頃は聞かないな。かなり古い話なら聞いているがな。黒竜を探しているんだろう、王の使者よ」


 イサクは動揺した。なぜその話を知っている。


「何度も寝言で言っていたぞ。それに、王家の紋章の入った黒玉の使者の証、あれも、これくらい生活を共にしていればさすがに気づく。役には立ちそうもないが、この辺りに伝わる竜の話をしてやろう」


 そう言って領主は語り始めた。


「遥か昔、私の使える公爵様の祖先は、領地の果ての山に竜がいると聞き、兵を率いて竜退治の旅に出たそうだ。戦いは熾烈を極めた。幾人もの騎士たちが命を落とす中、公爵様は、勇ましくも自ら鋼の長槍を構えて突撃、見事竜の固い鱗を刺し貫き、鉄の毒によって竜は力尽きた。その目は憎しみの色に染まっていたという。

 竜の集めた財宝を獲得し、さらに、竜の首の下の珠と、逆さに生えた鱗を剥ぎ取って、戦利品として持ち帰らせたそうだ。公爵様の祖先は、それによって竜退治の騎士という名声を得、その勲は後世に語り継がれることになった。


 だが、問題はその後だ。竜の鱗を剥ぎ取った家臣、それを布に包むために手を触れた家臣、皆後日、熱病にうなされ、竜の怨みの言葉を口にして死んでいったそうだ。怨みを持って死んだ竜の鱗は、医者も匙を投げる猛毒だったのだ。それだけではない。数年にわたって、どこからともなく竜が現れ、領地を荒らし、命も顧みず公爵の城へと襲撃を繰り返したそうだ。

 正確には、珠と鱗が収められている別館に向かって。どうやら、竜には竜の気配が分かり、無念のうちに死んだ竜の仇を討とうと集まってきていたようだ。気づいた公爵様と群臣は、素手で触れないよう、慎重に珠と鱗を包み、竜のいた洞窟へと戻した。それ以来、竜はぱたりと現れなくなったそうだ。」


「けれど、イサク、竜の話なんぞにうつつを抜かすんじゃない。古のエルフ達は大洋の彼方へと旅立ち、ドワーフ達は岩山の坑道の奥深くに、小人たちは北の森の中に隠れてしまった。今、お前は従士だ。今の時代の騎士の第一の役割は自らの領地と領民を守ること、そして、敵を前に生き残ることだ。魔法が世を支配する時代は終わりつつあるのだ。それを忘れるんじゃないぞ」


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