一章 四話.アイテム欄
マップを確認して、できるだけ近道を選びながら村を目指しているのだが、やはり三百キロとなると一日では到着できる距離でもなく、今はすっかり日が落ちて周りは静寂と闇に包まれて、今日はこれ以上進む事はできるはずもなく、俺は高原に露出した巨石に腰をかけて、初夜を乗り越える事にした。
異世界に転生しての初夜はもっと華やかなモノに仕上げたかったのだが、今はそのカケラもない劣悪な状況だ。
一日中ノーストップでずっと歩いて来たので、喉は乾くし、腹も減る。おまけに、火を焚く道具や物が周囲には無いので、明るい光もない真っ暗な空間に一人ポツンと立たされている。かろうじて月明かりで、足元は見えるものの、そんなの気休めにもならない。
暗くなっては何も出来ることはないので、明日に備えて早めに就寝する事にした。
寝ると言っても、ゴツゴツとした石の上なので、どうも上手く寝つけない。数分間転げ回り、枕代わりになる凹凸を発見して、ようやく安眠とまではいかないが、さっきの場所よりは寝心地がいい場所に辿りついたので眠れそうだ。
すると、そこで疑問に思ったところがある。
「この表示って、目を瞑っても健在するのか......」
それもそのはず、表示は視界に直接入っているモノなので、例え瞼を閉じたとしても残っているのは当たり前のこと。
だけど、その表示が気になって眠れそうにない。感覚で言えば、終始眠っている間に直接ライトを当ててる状態だ。
俺は目を瞑りながらも、脳内操作で色々いじってみた結果、その表示を消す想像をすれば消され、また、出現させる想像をすれば元通りになることが分かった。
さすがにそこまで、鬼畜には設定されていないようで安心する。
睡眠不足は身体に悪いからね。
少し安堵の溜息を漏らした俺は、早速表示を一時的に消去し、視界に映らないようにした後、身体的、精神的疲労もあってかすぐに深い眠りに落ちていった。
早朝の少し冷んやりとした風に吹かれて、少し悪寒を感じながら目を覚ました。
まだ日の出前の早朝......時間で言えば、五時前くらいだろう。
俺は大きなあくびをし、眠い目をこすりながら横になっている体を起こすと同時に立ち上がり、視界に歯車マークを表示させて移動の準備を早々にする。
太陽が出ておらず、少し肌寒い今なら汗をかかずに済むので今の内に歩ける距離は歩いておきたい。
「よし!」
頰を両手で軽く叩いて気合いを入れ直した俺は、マップで行く道を確認してから歩き出す。
できれば、マップ前方にある森林を流れる川で水分を確保しておきたいのだが、不憫な事に、あいにく容器を持ち合わせていないので水を携帯することは不可能だ。
でも、水分補給くらいはできるので、マップの道に従って森林の中に入って行く。
思ったより、木々の密集率が高い森林では前に進むことすらままならない。
だけど、ここを進まないと川には辿り着けないので、木々の隙間を潜り抜けていき、やっとの思いで川まで到着した。
「水! 水だ!」
川の水が流れる音が俺を誘い、ようやく一日ぶりの水分にありつけることができた。
.......水の大切さがよくわかる。
俺は、神の与えた残酷な試練に一矢報いる思いで、川の水を手で掬って口へと運んで、両手一杯の水を飲み干す。
「美味い......」
なんだろうこの幸福感......。
たかが水だけでこんなに感動するなんて思いもよらなかった。それに、自分でも体験したことのない感覚に少し戸惑う。
だけど、水を飲む手は一向に止まらず、自分の欲求に意のままに操られるように、次から次へと口に運んではまた掬い直すという動作が続いた。
「ふぅ......満足。......って、なんだこれ?」
すっかり我を忘れて水を飲んでいたが、欲求が満たされるにつれだんだん正気を取り戻していくと、視界に表示されるおかしなログに気が付いた。
そこには、【水 : 運搬可能】と表示されてあり、不審に思って再び川に手を突っ込んでみると、表示が【水 : 運搬量選択】に変わっていた。
俺は、脳内操作でそのログにタッチすると、持ち運ぶ量を選ぶ数字が表示されたので、手始めに少ない量から様子を見ることにした。
あまり変わっていないようにも見えるが、表示のアイテム欄に赤色のちょぼマークが付いていたので、脳内操作で見てみると......
「すごい! 水がアイテム欄に入ってる!」
そこには、【水 : 1ℓ】と表示されており、そこを脳内操作でタッチしたら何もない虚空から水が出現し、地面に流れ落ちる。
これは使えるな。
俺は、実験も兼ねて色々試していくと、水などの形がないものは分量が決まっておらず、一つにまとめて保管できる。それに比べて、固形物は1〜100までの分量でひとまとめにされ、残りは二つめのアイテムとして表示された。
なるほど、これは使い勝手がいい。
ますますゲーム間が増すこの状況を楽しみながら、今後の事を考えて水を大量にアイテム欄に保管しておく。
これで、水には困らなくなる、という事で一つ危機感が無くなったので胸を撫で下ろす。
まだ、食料を調達できていないが、このままでも後数日保ちそうだったので、下手に森林の最奥に足を運ばず、マップを見ながら森林から脱出する。
これから先は長いことだし、そのうち食料にもありつけることだろう。
俺は森を離れ、又もや高原に露出した巨石の群生地にあった手頃な石に腰を下ろして少し休憩をする。
今日は、昨日と違って太陽の照り具合が尋常ではない。真夏と言っていいほどの猛暑になり、俺の体から体力と精神力を奪っていく。
あまり時間がないので、休憩をすぐに終え、水分補給をしてからまた歩き出した。
マップには、距離二百五十キロと表示されているので着々と進んでいるには進んでいるのだろう。
だけどまだ、遥か遠方にあるのは間違いないので、気長に歩いて行くしかないか。