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一話

それは、幼かった頃の記憶だ。深々と庭に降り積もる雪景色の映る窓際のベッドに静かに眠るお母様を、私達は見ていた。お互いの手をギュッと繋いで、目に溜まった涙が溢れないように、唇を噛み締める。

部屋は暖房が効いているからか、然程寒くはなかったけれど、そっと触れたお母様の手から伝わる温度は異常じゃないほど冷たくて、それが意味する理由は分かっている。お母様を前に、何も言わない私をシズは不思議そうに見て、またお母様を見た。



「ははうえは、どうしてぼくらのあたまをなでないの?」



純粋且つ私が答えるには残酷な質問。幼いながらにお母様がもう、起きることはないのだと温度で理解した私は震える手で一層強くシズの手を握り締めた。


なぜ、どうして?頭の中で疑問が浮かぶ。お母様が、死なないように細心の注意を払いながらここまで行動してきた筈だった。だが、その結果がこれだ。私は、前世の記憶を持ち、この世界の理を知りながら、お母様を救えなかった。

彼女のゲームでの死因は、私達の父である黒須雅彦に想いを寄せる使用人が入れた神経毒の所為だ。

その原因となる使用人は、私がありとあらゆる理由と建前を前に、解雇した。だから、恐れるものはもう何もなかった筈なのに。


何故?



「コト…?」



名前を呼ばれて我に返る。心配そうに私を見つめるシズは、いつだって綺麗に澄んでいる。

私に出来ることがあるのなら、せめて、シズだけでも守ろう。シズだけは、何としてでも守らなければいけない。この世の理から。世界の真理から。



「なんでもないよ。」



私は、シズに笑いかけた。





ーーーーーーーーー。





「…ん」


「…コト、起きた?」


暖かな東屋の日陰の中、私は心地よさにうたた寝してしまった見たいだった。隣で座るシズがクッキーを頬張りながら、苦笑いで私を見る。

あの記憶は確か、私達がまだ3歳の頃の記憶だった。

お母様が、体調不良で亡くなった時の話。優しい彼女を私は守ることが出来なかったのだ。あの使用人が屋敷から消えれば、お母様は死なないなんていうのは勘違いだった。

お母様は、いつだって身体が弱かった。だから、食事も少ししか取らなくて、元々華奢な体は細く、小さくなっていったのに。



「…コト。」



不意に名前を呼ばれて、顔を上げる。シズが心配そうに、私を見ていた。


この世界は私が前世でプレイした『極彩色』というギャルゲーの世界に酷似している。ゲームのキャラクターがそのままに存在しているのだ。そういう私も、シズもゲームのキャラクターに過ぎない。

世界に名を轟かせる黒須財閥の双子の令嬢子息。それが、私達だ。


黒須静クロス シズカ、通称シズ。黒須財閥の長男にして私の双子の兄。

艶やかな黒髪に朝焼け色の瞳が美しい美少年だ。今年で13になる彼は、その齢で既に成績優秀、容姿端麗。私の自慢の双子の兄である。

四月。二ヶ月後に入る西園寺学院でも、容姿端麗、成績優秀で学院でも人気が出るキャラクター。けれどその実、彼が本当に大切なのは、双子の妹である私と、黒須財閥と、婚約者だけ。

そう、言うならば彼はヤンデレ候補なのだ。主人公と仲のいいヒロインを壁に押し付けて、無理矢理キスを奪う様には、鼻息を荒くしたものだ。


主人公はゲームをプレイする前に必ずキャラクターを選ばなければいけない。そして、その選んだキャラクターこそが、シズの婚約者となる女の子だ。そして、ギャルゲーには必ずあるといっても過言ではないハーレムエンドが、『極彩色』には無い。

というのも、創作者さんが女の人で「ハーレムなんていう都合のいいシチュエーションも、それに甘える男もダラしなくて嫌いだ」という理由から、ハーレムエンドは作っていないのだそう。

これには、ゲームをプレイした女の子達から評判がいい事で、ゲーム界では結構有名だった。


そして、私こと黒須寿クロス コトブキ、通称コト。

この黒須財閥の長女で、シズの双子の妹にある。

容姿は自他共に認める美少女だ。長く、ふわふわした猫毛の黒髪に、朝焼け色の瞳。白い肌に桃色の唇。誰がどう見ても完璧な美少女であるっ!!

そんな私のキャラクターだが、彼女の属性はツンデレ。そして裏ではヤンデレ候補とも呼ばれている。

彼女を攻略するにはキャラクター全員を攻略した上で、彼女以外の全スチルをゲットする事が条件となる。

彼女のバッドエンドではなんと、静にも愛され、黒須財閥の地下室の中で、永遠と監禁され、二人に愛されるというエンドもある。試しにやってみたけれどあれはどうみても18禁です。

本当に、どうもありがとうごさいました。な展開になっている。


まぁ、私もその双子のスチルにハマったプレイヤーの一人であり、極彩色の作者様には感謝しても仕切れないのである。

というか実際に作者様の開催したオフ会にも参加した。とても美人な人で、ますます好きになりました。



「西園寺学院に入る前に、彼奴が僕に婚約者を当てがうって言ってた。」


「ぶっ…」



紅茶を一口飲んで、吹き出した私をシズが呆れたようにハンカチで私の口元を拭った。

『彼奴』というのは私達の父親の事である。シズが、お父様の事を彼奴と呼ぶのは、ただ単に彼を毛嫌いしているからだ。

その理由は多分、お母様の亡き後、葬式でお父様が悲しみの素振りを見せなかった事だろう。本当にお母様を愛していたのなら、涙の一粒くらいは流したっていいじゃないか。そう、泣きそうな顔で私に文句を言っていたのを今でも覚えている。

報われないお母様にせめて、お母様の愛した男が悲しむ様を見せてあげたかったのだろう。そうすることで、お父様がお母様を愛していたのだと嘘でも信じることができたろうし、少なくともそれでシズは満足できたはずだ。

シズは、期待していたんだ。私達はお父様に愛されているのだと。そしてその期待は、木っ端微塵に破壊された、と言うわけである。



「シズに婚約者…そっか、もうそんな時期になったのね…。シズ、大切にするのよ。」


「…うん。」




大切にする気があるのかないのか、シズは返事だけをして、またテーブルの上のクッキーを頬張った。


シズの婚約者が決まる。と言うことは、主人公が恋に落ちるヒロインが決まると言うことだ。

そして、シズが今よりも狂った道に進むかもしれないと言うこと。それを止められるのは、記憶を持つ私でしかいない。

そして、その確率が今の状況では低いことも知っている。


けれど、もう二度と、大切な人をみすみす失うわけにはいかないのだ。

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