開幕と夢想の戦
「失礼します」
会議室、軽く一礼して30歳程に見える軍の幹部と数人の兵士が部屋に入る。
「シヴァだ。俺に何用だ?」
ザクロとしか呼ばれないため、この名に新鮮味を感じる。
俺は人間の国を治める世界唯一の神。話の内容はおおよそ予想できた。
「今失楽戦争は徐々に人間側が数的にも、力的にも不利な状況。このままでは近い内に攻め滅ぼされるでしょう。今の戦場に足りないものをデータ化したこの資料をご覧ください」
2枚の書類を兵士から渡される。
1枚目のグラフには一日の総死亡数とその職。過去の年間総死亡数と職も書いてある。
2枚目はよく見る堕天使の特徴等を絵と文字で表したものだ。
「後衛部隊の死亡率が明らかにここ1ヶ月で急速に早まっております。そしてその職は主に魔法使いなのです」
「つまり、人が減ったからここの魔導師が欲しいと?」
「はい。その事で話に参りました」
俺は紙を机に置いて言う。
「その話なら今は受けられねぇな。何故死人が増えている戦場に我が国の魔導師を差し出さねぇといけねぇんだ?第一、そこにメリットがあるのか?」
「ですが、このままだと人類は…」
「まだ余裕はあるんだろ?なら原因を解明してからまた増援依頼に来るんだな。空いた兵は弓手で埋めたらどうにかなるだろう」
まだ動くときではない。
魔導師を送ったところで不利の状況は変わらない。なら一気に攻め滅ぼした方が効率がいいと考えた。
そのためには強い兵がいる。ライムと数人の神を味方にする事でどうにかするしかない。
「なら一つ、魔法武器の弓を新しく造ってはくれないでしょうか?魔法使いが減るという事は、治癒魔法が減り前衛の負担が大きくなる。弓を増やすのであれば、威力で圧倒して殺られる前に殺るしかありません。勿論多大な資金を提供しますゆえ、お考えいただけないでしょうか?」
「……そうだな。それは引き受けよう。コンセプトはそちらから後で教えてくれ」
「はい、ありがとうございます。後で内容を記した手紙を送らせましょう」
幹部は席を立ち、一礼した。
「勘違いするなよ。いつかはこの国も失楽戦争に参加する事になるだろう。その時は俺の指示に従って貰う。いいな?」
「本当ですか!貴方の様な国民思いな王が先導者として立ってくれるのなら、我々は安心して着いていきますよ!」
「国民思い?」
幹部はこちらに歩きながら口を開く。
「我が魔導師を無意味に殺されたくないと言ったのは王たる貴方でしょう。その時は、こちらも全力を尽くします。これからもよろしくお願いします」
一つの手が目の前に差し出されていた。
その手を握り返すと、幹部はその上からもう一つの手を重ね両手で握手を交わした。
「一気に攻め滅ぼされるなよ?」
「その時は救助要請でも出しますよ」
幹部と他の兵は部屋から出て行った。
「王よ。その考え、本気なのですか?」
神父が後ろから問いかける。
「あぁ。俺個人で失楽戦争には興味がある。……この戦争は謎が多すぎるからな」
「というと?」
「雲の上でどうやって戦うのか、堕天使は死人が堕天した姿だと言うが、なら何故雲から降りて人間をもっと殺さないのか。もっと色々あるが、ざっとこんなもんだな」
「雲は水で出来ているので固着塗料を塗った氷の魔石を遣い、固める事が可能です。堕天使は……それは私にもわかりません。ただ、何か裏がありそうですね」
神父は顎に手を当てて考え始めた。
だが数秒すると手は離れ、ドアの方へ身体を向けた。
考えても分からなかったのだろう。
「くれぐれも、無理はしない様にお願いします」
「命が掛かってんだ。そう簡単には戦争に参戦しねぇよ」
神父は部屋から出て行った。
部屋には俺一人だけが残る。
「俺の国の魔導師は強い……が、喜んで戦争に行くやつなど存在しない。」
地上は争いも多くなく、平和な方だろう。
しかし上は戦場。自分の経験からして何人もの兵が死ぬ地獄の場所。
ここはゲームの世界だ。何人死んでも失うものはない。だが国民には死んでほしくないという思いが頭に残るのだ。
「ライムがルーシャをあそこまで溺愛する理由は……こういう事だったのかよ」
ただ一人、部屋の中で立ち尽くしていた。
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「暗い……夜?」
ここは何処だろう。綺麗な湖と一面の緑が生い茂る見た事のない草原と濃い霧。
光は月明かりのみで、とても暗い。綺麗な満月だ
「……ご主神様……?……何処?」
辺りは草原、隠れる事が出来る場所など一つもない草原。見渡すだけでいるかいないかが分かる広さだが、濃い霧のせいでそうはいかない。
故に見渡しても誰一人と存在しない孤独の空間だ。
「来たわね」
「……!?」
自分以外の声が微かに聞こえた。
だが振り向いても誰もいない。いや、正確には見えないが正しいか。
「……誰?」
「私はリリス。この世界は私の故郷よ。人は滅多に来ないけどね」
「私は何で此処に居るか、聞いてもいい?」
言葉は聞こえてくるが、姿は見せずに話を聞く。声は360°から聞こえてくるため、どこにいるかの見当もつかなかった。
「今貴方は夢の中。貴方の頭の片隅に私の意思が宿っている。だから私が此処に居て話すことができるのよ」
「……」
「直ぐに理解しろとは言わないわ。私は貴女を執り込んで器にしたいだけだから」
「……え?」
突然の事で意味はよく分からなかったが、何か好からぬ事をしようとしている事は直感で察することができた。
「私はサキュバスの堕天使なの。夢、精神に関わる事を操る事が出来たり、気配を消したり増やしたり、結界を通り抜けたりする事もできるわ。代わりに戦闘能力が低いけどね」
「私を器にってどういう……?」
「そのままよ。今、私には身体というものがなくて意思だけが貴女の頭の中に存在してる。だから私の意思で全てを乗っ取り、貴女が意思になって私が堕天使として新しく生まれ変わるのよ!」
それは事実上死を意味する事なのだとルーシャの頭の中で理解した。
それと同時に、足が少しずつ、少しずつ震えていく感覚が今、脳に到達する。
「……あら?完全に震えてるじゃない。そんな感じじゃ執り込むのは簡単そうね」
「……あ…………あ…………」
次第に震えは足から頭までに行き渡り、瞬きする事さえも忘れていた。
たった今リリスの言ったことさえも今のルーシャの耳には届かない。
「貴女、ご主人様の事を溺愛してるわよね?今度は私がご主人様とやらを弄んであげよう…」「それはダメ!」
またもや脳より先に別の部分が先走る。
それほど大事な事なのだ。
「ご主人様を傷つかせる事は許さない……絶対に」
「張り合いが出てきたじゃない。いいわ、そうじゃないと面白くないもの」
そういうと、目の前に小さな黒い炎の様な物が霧の中から徐々に浮き上ってきた。
「貴女の身体、少し使わせて貰うわね」
その黒い炎は段々と人の身体に広がっていき、背中のような場所には翼がある堕天使の形になる。
そして身体のラインや身長がルーシャと同じ大きさになり、暫くすると見た目では判断できない程にルーシャと瓜二つの姿になっていた。
「声は再現できないけどね。これで面と向かって話が出来るでしょう?」
「話って?」
目を合わせて問う。
いつもは見せない真剣な顔と声で。
「このまま執り込まれてご主人様を殺されるか、ここで抗って私を執り込むか……選びなさい」
リリスは手を夜空に掲げ、光のエフェクトと共に手に羽根で出来たかの様な見た目綺麗な弓が現れる。
それをルーシャに向けて構える。
「……な!?」
そしてそれをルーシャの方に向け、弓を放った__
なんか王のキャラブレブレだな。
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