堕天の始まり
「アタシは……ライチだからだよ」
ハメられた。完全に。
効かない事を承知で俺は銃を向けた。いつもの癖だ。
「ステルス以外にもこんな魔法があったとはな。見抜けなかった俺もまだまだだ。……何故カナロアを知っていた?」
「夢の中に入ってたから……記憶を……辿った。脳の機械が邪魔して……手間取ったけど」
「お前の狙いは俺じゃなくてルーシャだろ。そして俺に勝機はない。見逃してくれ」
こちらはひたすらに攻撃を耐える事しかできない。さらに自分の攻撃は効かないのだから何もできない。
すぐ後ろに街の入り口はあるが、入る前に十分殺られるだろう。
「アタシ……堕天使の中の戦闘能力は……最弱クラス。それに……そんな弱い人に負けちゃうライムなんか……見たくない」
「あのチート級の戦闘能力が最弱クラスだと?流石に笑えない話だな」
「アタシは……暗殺者。面と向かっての戦闘は……できないし……近接は大の……苦手。後……さっきも言ったけど……戦う気はない。時間も無いし……話を……聞いて」
この目は純粋に此方に向いていて、真っ直ぐ俺の目を見てくる。
久々に熱探知を使う時が来た。人間でない堕天使相手に使えるのかは分からないが、いざとなったら諦めるしかない。
そして数秒後、結論が出たと同時に今まで見てきた堕天使ライチの目の色の記憶と今の堕天使ライチの目が一致しない事に気が付いた。
分かり辛いし何より見間違いの可能性も大だが……深紅とピンクのオッドアイになっている気がする。
「……戦う気は無いのは分かった。話も聴こう」
俺は銃を下ろした。
すると、よく見えないがライチの顔がどんどん暗くなっていき、泣きそうにも辛そうにも見える顔になっている様な気がした。
演技じゃない。この感じは本心に違いない。
俺には普通の人の心を持ち合わせていないため、人の心理を察するのは苦手だ。
この話の内容で心を理解し、それを分からねばならない。
「……まず……ヤバくなったら……直ぐ逃げて」
「敵に逃げろと言うのか?またおかしな話だな」
「……答えてる時間は……無い。少し長い話に……なるけど……」
「まぁいい。態々(わざわざ)逃げてもいいと言ってくれるんならありがたい。……で、話はなんだ?」
ライチの少し辛そうな顔から口が開いた。
どんな話があろうと、敵ならば倒すしかない。一人の大切な人より、見知らぬ街の何千何万の人を救う方が合理的だからだ。
俺は銃をホルターに戻し、両者戦意ゼロの状態でのライチの話が始まった。
####
「ここは……どこ……」
真っ白な場所。
目が眩むほど輝いている様な光の場所。
そこに自分一人だけ立っていた。
「やぁ、初めまして。私はゲームマスターの二階堂。ここでみんなを導いている」
「……?何が……言いたいの?」
ライブ会場にいる様なエコーが掛かったテノールの声が響く。
その声は360°から聞こえてくるが、どこを見ても純白が広がっているだけで姿はない。
「まぁ、意味は分からなくてもいいさ。私の名前も忘れて貰って構わない。だが、今から言う事は絶対とは言わないが覚えていた方がいい」
「…………」
「君は私のゲーム『ヘヴンズゲート』にログインして貰う。そこでは何をして貰っても構わない。自由にするがいい。それと、君は一つ嬉しいお知らせと残念なお知らせがあるんだ。……どっちから聞きたい?」
「……嬉しい方から」
やっぱりそうだよね。と小声で呟いた声が微かに聞こえた。
「嬉しいお知らせは…………ライムが、このゲームにログインしている事……だね」
「……!!??」
「その顔……正に困惑してるって感じが伝わってくるよ。君の望み通り、もう一度ライムに会う事が出来る。喜びたまえ」
「悪い知らせなんて要らない。早くそのゲームをやらせて」
頭から警戒心というものが消え、ライムに逢いたいという思いで頭は満たされた。
その知らせだけで後何年も生きられる様な、謎の幸福感が。
「まぁまぁ、待ちたまえ。まだ悪い知らせが残っている。これも君にとっては重要な事だからね」
「なら……手早く済ませて」
「彼はこんな光に満ち溢れた場所じゃなく、周りは純黒の場所だった」
「……何の話?」
「だがここから出る時は多大な光を受けて旅立った。世界を救うという選択をすれば、眩しくなんかない光だ。だが彼は眩しいと感じた。何故ならどちらにも属さない答えを出したから」
余りにも回りくどい言い方。
ライチは早く逢いに行きたいの一心だが、なんとかその衝動を抑えて話を聞く。
「で、君が死んだ理由はライムのいない世界に絶望しての自殺。違わないね?」
「……早くして」
そのまま二階堂は話を続けた。
「そして君は今、純白の世界に立っている。彼とは真逆の世界に」
「……アタシ…世界を救わない選択なんて……してない」
「君も物分かりがいいね。君達は同じ機械の様にそっくりだ。……すまない、既に半分機械だったね」
明らかに煽っている。
だが今気にするところは心理ではなく、彼から発せられる言葉の意味をいち早く理解する事だ。
「君は何も選択していない。だが、それを決定づけたのがその自殺だよ」
「自殺……?」
「そう、この世界は人間と神、そして堕ちた堕天使とその裏で活躍する天使の話……。種族はたくさんあるけど、この4つが基本となる。でも基本はみんな人間としてログインする」
「……?」
「だが堕天使は例外。絶望や闇を抱えたまま死んだ人が堕天した姿が堕天使になる」
「……!」
その説明には心当たりしかない。
紛れもない……自分。
「……察した所でいいかな?もう往って貰うとしよう」
その言葉が響いた後、目の前に一つの暗黒の炎の様な物が現れた。
小さく空中で灯っている炎は次第に大きくなっていき、やがて人の形となって灯される。
……凄く……不気味。
「君にプレゼントがある。……夢魔の堕天使、リリスの魂を」
すると炎は此方に向かって手を構え、
__弓を引いた。
「な……!?」
瞬間的に身体が反応し、右に回避する。ギリギリだ。
「武器をやろう。これで執り込まれるまで戦うがいい」
回避して立った瞬間、右手に拳銃が現れていた。
弾は……6発。
「まぁ頑張りたまえ。勝ち目など無いがな」
という声も聞こえないくらいに集中して敵の行動を見る。
(この勝負……当てられたら……勝ち)
弓と拳銃。武器性能的には拳銃の方が圧倒的。
弓を構えたところに撃てば勝ち、近づいてきたところを撃てば勝ち。弓に勝てるシュチュエーションなどない。
だが勝ち目など無いとあの男は言っていた気がする。……必ず何か裏がある。
(……それ以前にこの距離……撃てば勝ち……でも)
この裏が引っかかってトリガーを引こうに引けない。
だがトリガーチャンスはやってきた。そうしているうちに、信じられない行動をしてきたからだ。
ゆっくりと手を挙げ……弓を構えてきた。
「……ここ!」
確信してトリガーを引いた弾丸が、刹那に空を往き、炎の魂の身体を貫通する。
そう、貫通したのだ。間違いなく…………だが。
「……え?」
気付くのが遅すぎた。
炎は……物体じゃないと。
炎は弾丸で消せない事は当たり前なのだが、あの時銃をくれた際、この敵は銃で倒せると錯覚してしまっていた。
そして構えられた弓が、自分の身体を貫通した__
「ハッハッハッハ!いい、実にいいよ!最高だ!」
「……こ…の……嘘……付き…」
身体に力は残っておらず、体内から鉄臭い深紅の液体が流れ出る。これが血が流れ出るという初めての感覚だった。
目も霞れて全てがぼやけて見えてくる。
「銃を渡したのは私だが、それで倒せるとは言っていない。まずこれは炎じゃなくて魂だ。どのみち結果は同じだがね」
(何故……?炎の事は……言ってない)
「君の頭は全て進行形で私は見えている。考えている事は分かりきっているよ」
ついには耳の機能も衰え、言っている事さえもよく分からなかった。
その他に霞みゆく目の中に、黒い暗黒の炎……いや、魂が此方にだんだんと近づいて来ている事が辛うじて確認できた。
身体は反応しない。成す術もなく、絶望。
「中々楽しかったよ。次は支配され往く君の精神と戦いたまえ」
「…………」
暗黒の魂はライチの周囲に水たまりの様にできた血海を指先で軽く混ぜるようにして、弄ぶ。
そしてライムの顔にいやらしい手付きで触れてもうほとんど聞こえない耳元で、機械で壊された音声の様な声で呟く。
「……私の……器……綺麗な……黒」
そして炎の様に燃えているかの様な身体でライチの身体に全身で抱きつくように乗り移り、ライチの身体は黒い炎で燃えているかの様な異様な光景が何もない純白な空間で一つの純黒として遥か遠くまで灯る。
「……っ!!??」
至るところから何か得体のしれない何かが入ってくる様な感覚。例えるのなら飲みたくもない薬か何かを口を塞がれて無理やり飲まされている様な感覚だ。それを身体全身で感じている。
苦しいを通り越した何かとはこの事。
叫ぼうとしても声が出ない。もがこうとしても身体はボロボロで動かない。
(……ねぇ……貴女……身体……私に……委ねて)
(……委ねたら……全てが……終わる……!)
(……終りは……始まり……此れから……)
心も身体も苦しく、抗っても無駄の様に感じてくるこの感覚が続いていく。
そもそも既に死んだこの身体。抗ったところでなんになるという。
ログインする?何のために?ライムに逢うために。
……ライムに……逢うため……?
『諦めも肝心だが、諦めるのは敗北が確定した時。可能性がゼロじゃないのなら、そこまでやり抜くんだ』
違う。もう約束は破れない。
ここでやり抜いて終わるんならしょうがない。
でも
(……まだ……抗う……か)
(………ここで終わるようじゃ……最強が教えてくれた言葉が……無意味になる……だから……)
抗え抗え抗え抗え抗え。
狂った戦士の様に、狂戦士という名前で呼ばれても、人一倍期待されたプレッシャーに屈しなかった最強の様に。
「……ん?……余りにも堕天が遅すぎる……いったい何が起きている?」
二階堂も余りの執り込みの遅さに違和感を感じ始めた。
(……貴女……何者……!)
(……人格が壊れててもいい……アタシじゃなくなってもいい……でも、負けたら……何も残らない!)
暗黒の光は次第に弱まり始め、身体が見えるくらいの薄さに弱まっていった。
彼女の意思は魂より重く、強く、信念があった。
その結果だ。
(……こんなにも……眩しい……貴女に……私は……似合わない……他の人……探す)
(……もう誰も……信じない……。信じれるのは……自分と……ライムだけ……!)
「諦めるのは早いぞ、リリス。しかも今は堕天使不足で人材の確保に時間は割けないんだ。ここで堕天使になって貰う」
「でも……この娘……私と……相性……悪い」
「堕天使になれば全部お前の物だ。しかも相性が悪いのは既に承知している。」
純白の世界に一つの人型の黒点が現れ、それは白衣の人物となり実体化した。
二階堂は、ゆっくりとライチの方へと歩み寄った。
「君が言ったんだ。この小娘がいいとね。……これで堕天しろ、リリス!」
ライチに手を翳す。その手こそ今日一番の黒の光を放っていて、暗黒の光が徐々に暗闇を増していく。
(……!?……何……これ!?)
(……チッ……予定変更……このまま……取り込む)
(……息……が!?……ぁ……)
呼吸など意識の中では当然ない……が、突然その様な感覚に陥った。
抗う心は強くても息が出来ねば何もできない。
どんどん意識も遠退いていく。突然の出来事と感覚に頭が追い付いていないのだ。
そして数秒後に悟った。
これが……諦め……なの……かな……?
彼女の闘争心はここで幕を閉じ、純白で出来た世界は純黒の世界へと姿を変えていく。
大きな闇のオーラが炎の様に燃え盛り、一人の少女が純白の世界から純黒に為り往く世界に立った。
黒の大きな羽と一本の白い小さな角。顔はライチそのままだが、瞳は深紅に染まり、幻想的な装備衣装の露出度がある姿。
堕天使リリスの、誕生を。
いつもよりダントツで長いですね、ごめんなさい。
最後尺が足らずに無理矢理終わせた感じになってることは反省してます_| ̄|○
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