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四話

 目覚まし時計のアラーム音でアンドゥは覚醒した。


「んーんー」


 うめき声をあげて上体を起こしたアンドゥは、起き上がると同時に明るくなった部屋を見た。


「……朝か」


 アンドゥは現在時刻を見て呟く。

 この部屋は自然の光が差し込まない。ゆえに時計のみが、現在の時間を知る唯一の術だった。


――ここに来るまで藁か布を吊っての寝床だったけど、これで寝てしまえばもう戻れないな。それに時計も部屋にあるなんて、贅沢だなあ。


 起きたばかりの働かない頭でここに来るまで生活を思い出すのであった。

 アンドゥがここで暮らすようになったのは半月程前だ。それまでは雑用係をして船を転々としながら何とか暮らしていた、どこにでもいる少年であった。


 アンドゥが寝巻から着替え終わると、その時を狙っていたかのようにビープ音が聞こえて来た。その音にアンドゥはベッド脇のボタンに触れると応えた。


「はい、オプトレアです」

「フィアです。おはようございますオプトレアさん。朝食をお持ちしました」


 その言葉に、昨日の夕食を食べていない事を思い出したらしいアンドゥのお腹は音を立てた。

 部屋に招き入れられたフィアがテーブルに並べる料理の数々に、思わず手を出そうとするアンドゥだったが、教師役も兼ねるフィアに厳しく躾けられている最中なので、その時の罰を思い出してぐっと我慢していた。


「本日の朝食は、箸でお取りください」


 朝食の席が始まった。

 アンドゥにとって食事は手掴みが当たり前だったが、ここに来てからは飲食用具を使わされる事が多かった。

 日によって、箸、スプーン、フォーク、ナイフ、手掴みと、フィアの気持ち一つで使っていいものが変わった。


「は、箸……」


 数々の飲食用具の中で、アンドゥは箸が大の苦手であった。それが例え、フィアが奨励する、正式作法十五選(社会集団別)は免除されていたとしてもだ。つまり、箸を使って料理を口に運べればいい、そんな段階だ。だが十数年手掴み文化で育ったアンドゥにとって、箸での食事は最も難しい手法であった。


「はい、箸です」


 にこにこと笑顔なフィアであったが、今のアンドゥにはその笑顔は悪神の使いの笑みに見えた。


――僕、今日、空腹で倒れるかも…………


 案の定食事は難航した。だが腐りかけ、腐った海上の食事も多かった今までの生活に比べ、ここでの食事はまるで楽園というかのように、アンドゥは必死に箸を使いこなそうとしていた。



 何とか朝食を終え、アンドゥとフィアは第三区画第一格納庫へ到着した。

 そこには昨日鹵獲した帆船が台座に据えられ置かれていた。


「こうして下から見ると怖いくらい大きいな」


 船は身近なものであったアンドゥとはいえ、それはいつも喫水分低くなったものばかり。自分の目線近くに船底がある現状の船に感嘆の声をあげた。


「オプトレアさんに質問しますが、この形式と大きさの船は、国でどのような地位にありますか?」

「はい、フィアさん。この船はまさしく外洋を航行する船の標準的な大きさです。細部は工房や国柄によって多少違いますが、十ちょっとの人数で運用できる使い勝手がいい大きさ。大抵の商会で一隻はあると思います」

「標本最初が一隻として、これ以上ない収穫と判断しました。ありがとうございます」


 彼等が船を奪った理由それは、一般の海賊たちとは意味が違う。

 彼等、特にアンドゥ以外の者にとって、帆船なぞ技術的に無価値なものだ。だが、ある目的を達成するためのアンドゥの案には必要なものだった。


「お礼を言うのはこっちだよ。フィアさんがいなかったら俺は指標すら立てられなかったんだから」

「私はオプトレアさんを全面的にサポートするため起動された汎用人型ロボット、ヴァースタンシリーズ、個体名フィア・オーシーク。私の権限内ならば如何様にもお使いください」


 アンドゥがアズヤードの代行者として活動する上で与えられたのは、この第三区画とフィアのみ。

 あとの機材などは、フィアの権限内で調達と製造したものだ。昨日帆船まで向かい牽引もした潜水艇しかり、自分の体とほぼ同じような感覚でロボットを遠隔操作ができるシステムしかりだ。


「ふうー」

「どうかなさいましたか?」


 アンドゥは船を見ながら長いため息を吐いた。それにすぐに反応するフィア。


「この帆船(成果)を見ると、でだしで躓かなくてよかったと、何だか気が抜けちゃって」


 アンドゥが行おうとしている事は、人の身にとって途轍もなく大きなものだ。昨日はその目的へ大きな一歩を踏み出したのだった。


「お疲れでしたら休まれてはどうでしょう。今の世の技術力を鑑みて、休息を取る余裕は十分あると思います」

「んーん、止めとく。まだ始まったばかりだ。こんな所で休んでてたら、怠け癖がつきそうな気がするんだ」



 一時として止まる事を良しとしなかったアンドゥとフィアは、今度は帆船から降ろされた積み荷が広げられている場所に近寄った。


「これまさか、全部フィアさんが降ろしたの?」


 商船一隻分の積み荷全てが何かしらの基準で、綺麗に置かれていた。


「まさか。皆に手伝って貰いました。今は別所で待機中です」

「あっ、そっか。あんまり見ないからすっかり忘れてたよ」


 アンドゥが言っているのは、フィア以外のロボットたちの事だ。比較的単純な作業をこなすロボットは、フィアの権限で数体起動されていた。


「この食料品は交易用か。近場専門の人たちだったのかな?」


 最も多い積み荷は食料関係だった。食料は腐る、当然の帰結だ。


「あとは船の予備の道具類、船乗りたち関係。それと私物。……うん? これは何だ?」


 予備の帆布や乗組員たち用の食料や水、私物箱たちが置かれていた。その中にむきだしで置かれた私物らしき荷物があった。


「それは船長室から押収したものです」


 「へぇ~」っと、船長の私物?にアンドゥが目を通していると、見慣れぬ紙の束を見つけた。それは(めく)り確かめると殆ど同じ様式で、それにいくつか手書きの文字列が書き込まれているものだった。


「字は読めないけど殆ど同じものって事は。契約書かな?」

「手形です」

「手形……おお! これがあの手形ー!」


 紙の束を持つアンドゥの手が震えていた。


――これが。これが金を生むって魔法の紙か。


「……って。フィアさん、どうしてこれが手形だって分かったんですか!?」


 間違い知識とも知らず手形を持って震えるアンドゥは、フィアがこれに書かれている文字を理解している事に驚いた。


「前聞いた時、この辺の文字は知らないって言ってじゃん!」

「はい。ですので学習しました。押収品の中に本が数冊ありましたので、解析し、一部慣用表現を除き理解しました」

「――――すごいすごいと思ってたけど……本当に昔の技術は凄いって、改めて思った」

「はい。これで識字教育も学習項目に入りました」

「…………」


 押収品が副産物を生成した瞬間だった。


――次、積み荷捨てとこ。


 過去は顧みない主義らしいアンドゥは、これ以上勉強を増やされないように心に誓うのであった。




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