十一話
海軍のラフバン基地の偵察をしていたアンドゥは、島を離れる人を見送りに来ている人が減って来た事で、少々落ち着きをなくしていた。
――やばいな。人が減って来た。港って部外者目立つんだよなあ。
港とは基本職場だ。定期船が出ていない港では無関係な人が近づく事はあまりない。積み荷は大事なものだから船乗りたちも目を光らせているのだ。その事を知っているアンドゥは、海軍の観察をこのまま続けるか、一旦出直すか考え始めた。
――埠頭の広さから言って、絶対に軍艦の数が少ない。俺の知識じゃ軍艦は、何かがないとあまり港から離れる事はない。うーん……一旦街で聞き込みでもしようかな。
手早く考えを纏めると、港での偵察は一旦諦め街へ繰り出すのであった。
アンドゥの聞き込みはワンパターン、何かのついでに聞くという手法。効率はよくなく、
「どうやら、今いない船は本島の方に行っている事は分かった。だけどそれ以上については分からなかったな」
そして得られる情報は中身が薄いものばかりだ。しかしアンドゥはこれ以外の方法を知らなかった。
――軍艦がいない理由。気にはなる。でも海軍の今回の出港は俺にとって大事な情報じゃない。必要な情報は、兵士の練度や船に乗り込む人数、巡回航路、一隻になる時。……この島は小さい。練習としてはおあつらえ向きだ。
このロワン島での活動は、完全に練習扱い。アンドゥには偵察の知識も経験もないから、まずはの試しなのだ。
――巡回は海軍の通常業務。今日積み込み作業をしてたって事は出発は明日かな。明日は船を尾行するか? それとも折角軍艦全部が出払うのだから、基地に忍び込んでみるか?
体を壁に預け、明日の予定を立て始めた。
――尾行だな。……決して基地へ忍び込む事に臆したわけじゃない。この体を使えば、そんなに難しくないだろう。だけど、俺が何を盗んだらいいか分からない。そう、全部文字が悪い。
誰に言い訳してるのか、アンドゥは自己完結すると立ち上がる。
「……まだこんな時間か」
立ち上がったはいいものの時間はまだ昼にもなっておらず、流石に宿屋に入る時間じゃない。かと言って、これ以上情報を集める理由も技術もないと、少し困り顔をするアンドゥであった。
――こういう時、一体何をしたらいいんだろう? 今までいつも仕事か、誰か傍にいたから、こういう空いた時間はなかった気がする。
幼少期はまだしも、船に乗るようになってから時間が追って来るばかりで、自由を享受してこなかったアンドゥは、時間の潰し方を知らなかった。
目的はなくもとりあえず歩いていると、ラフバンの中央付近にそびえ立つ鐘楼のもとまでやって来た。
「改めて見ると……」
アンドゥが鐘楼を見上げていると、
「おう、坊主。そんなに熱心に見上げるなんて、さてはお上りさんだな」
声の方へアンドゥが振り向くとそこには、頭に布を巻いたおっさんが腕を組んで立っていた。
「どうだ、すげえだろ。一昨年できたばかりなんだが、もうすっかりラフバンの顔さ。本島にだってこれ程の建物はそうはないぞ」
おっさんの誇らしげな表情とは裏腹に、アンドゥの表情は輝くどころか、少し寂しげな風であった。
――あの施設を見るまでは、多分この鐘楼、すっげぇ大きいとでも思うんだろうけど、第一格納庫の天井の方が高い。……なんだか、色褪せて見えるな。
ラフバンにそびえ立つこの鐘楼は、ラフバンどころかロワン島のシンボルというべき、タスピモウス全土を見渡してもそうある規模の建造物ではないものであった。だが、それより遥かに広い地下施設を知る今となっては、感情の動きが少なく、なんだか寂しい気持ちになるアンドゥであった。
その日の夜は、自室の壁や天井に外の、月夜の風景を投影し、ぼんやりと見上げる一人の少年がいたとさ。
翌日は朝早く擬体に乗り込み?、その時が来るのを待った。
「――移動を開始したな。じゃあ俺も動くか」
アンドゥは生体反応機能、所謂ミニマップを使い、港から離れた場所から軍用の埠頭辺りの生体反応の動きを監視していた。
――港を出て東へか。
ミニマップで動きを確認すると、その軍艦を追い掛け始めた。その服装はとても遠出をするようなものではないが、気にした様子がないようであった。
帆船は風次第でその速度が大きく変わる。だが一般に人の歩みよりは速かった。
「速いな。……音声入力、生体反応機能設定、広域へ一」
――こうすればしばらく大丈夫。まだ追える。でも範囲を広くすると、点の見分けがつかなくなるんだよな。
アンドゥは少し焦っていた。今のところ船が海岸から離れているからまだ見分けがついていたが、港でもあれば混ざってどうなるか分からないと、目視が利く場所へと急ぐのであった。
――焦るな、焦るなよ俺。走っても俺の体力じゃ大して意味がない。それより継続的に追う方がいいはずだ。
延々と進めるだろう程度の早足でただただ歩き続けるアンドゥであった。
日も傾き、辺りが暗くなる頃、ようやくアンドゥは軍艦に追い付いた。追い付いたと言っても、何段階かミニマップの範囲を狭め、その端に映る程度で、直視できる位置ではないが。
「船は港に停泊、そして乗っていた人は上陸か。この町にも基地を置いているのかな?」
アンドゥは、上陸した地点より東にある町の港に停泊した軍艦に予測を呟く。そして船が停泊した事で、今日の尾行は終わりとばかりにミニマップの範囲を一気に狭め、近くの人の正確な位置を調べると、
「人もすっかりいなくなったな。これだったら大丈夫かな」
一人納得すると、街道からあぜ道を横切り浜まで下りた。そして薄暗闇の中、その足を海へ進めるのであった。
――海の中、暗闇も関係なしだな。まったく。
アンドゥは海底で潜水艇の到着を待っていた。普段であれば既に夕食を摂り、用事がなければ寝る用意をし始める時間帯であったが、潜水艇が来るまで間、素潜り漁師でもないとそうそう見る事がない風景を見ていた。
暗視機能により、肉眼での昼よりも鮮明な光景を視界に収め、地上の大抵の場所より気味悪い海の底を歩く。
――岩や砂なら文句はないんだけどなぁ。ピロピロ、グニャグニャしているこいつ等には触りたくないな。
珊瑚礁って歩きたくないよね。そんな声が聞こえてきそうな顔をするアンドゥであった。




