十話
任務三日目。
藁を敷き詰めたベッドの上で動きだしたアンドゥ。
「早速港に行くか」
宿をあとにし、港へと歩く。
港には大きく分けて三つの人種がいた。港関係者と一般人、それと海軍関係者だ。
港関係者は、漁師や海産物を買いに来る商人、荷運び、船の乗組員などの普段から港に出入りしている業界人たち。
一般人は、このラフバンから本島行きの船に乗ろうとしている人たちだ。ラフバンから途中にある島を経由して二日で着くらしい。ただ、風の具合で欠航となる時もあるそうだ。
海軍関係者は、まあ、港関係者と見分けがつく者とつかない者に大別される。見分けがつく者は士官たちだ。完全ではないが統一感のある服装をしていて、見分けがつかない下の者たちへ指示を出している光景が見られた。
――運がいいな。軍艦が出航準備してる。
島を出る人たちを見送りに来た人たちの中に隠れ、海軍の行動を盗み見るアンドゥであった。
――話を聞かないと確定じゃないけど、あっちの埠頭が海軍専用なのかな? 一隻しか停泊してないけど、他は出払ってるのか?
アンドゥが軍艦が停まる埠頭を見ている頃、デランフレン島のタスピモウス海軍本部基地の一室では、二人の男が書類を見ながら話し合いをしていた。
「船の集まり具合はどうだ?」
「はい。予定通り推移しています」
「今回の作戦は艦二十隻も投入する作戦だ。上の連中は是が非でもリュルブッセ諸島が欲しいようだ」
「それは仕方ないでしょう。リュルブッセ諸島は我等がタスピモウスとコーリカムの丁度間。市井では中継港としては使われていますが、国としては互いに不干渉を貫いてきました。ですがあの海域での昨今の海賊騒ぎ、これにかこつけてリュルブッセ諸島を手に入れる。上はそう考えているのでしょう」
椅子に座る上官の男が咳払いをした。
「あの海域には人が住めるような島は二つしかない。つまりどちらかの島の連中が海賊を匿っている可能性が高い。だから我々は海上治安維持の名の元、海賊の拿捕に動くのだよ。――分かってるね」
「もちろんですとも。海賊を拿捕し本国まで移送するまで、島の方々の身の安全は我々タスピモウスが守る。そういうわけですね」
「その通り。移送するまでな」
リュルブッセ諸島にタスピモウスの脅威が迫りつつあった。
「ところで話は変わりますが、リュルブッセの辺りで海賊が出たそうです」
その部下の報告に上官は頭を捻った。
「何を言っている。我々はその海賊拿捕に動く事になっているだろう」
「いえ、どうも我々の標的とは別口っぽい海賊が現れたようなんですよ」
「……なに?」
「今朝このフリンブルの港に入港した船からもたらされた情報なんですが、ネード商会所属の商船が一隻、海賊に奪われたと、そう報告が上がって来ています」
「別口か。――それで、報告を続けろ」
「えーと、その、何と言いますか。その海賊についての報告は、いささか信憑性に欠けまして、裏付けを取っている段階です」
「なんだ、お前が言い淀むとは珍しい。そいつ等は一体どんな法螺を吹いたんだ、言ってみろ」
淀みなく話していた部下の声が詰まった事で、上官の男は不審に思い声を掛けた。
「……私にあたらないでくださいよ」
部下の男は、保険を掛けた後語り出した。
「証言曰く、四日前の五月十五日、昼頃。海賊らしき者に襲われた。ただ、その海賊と名乗る者は、突然上がった水柱の中から現れ、一人で船を制圧したそうです」
「……ふっ、くっくっ。魚人伝説辺りからの抜粋か?」
「魚人って。そんなの空想上の生き物です。彼等は選ぶ題材を間違えている気がしますが」
男二人は端から報告内容を信じていないようで、冗談を叩き合っていた。
「だからこそ本題から目を逸らせる事ができると考えたのではないか。まあネード商会が禁制品に手を出していたとしても、船がないんじゃ証拠を押さえれんがな」
「商会に踏み込めば帳簿位出てきそうですが」
「止めとけ止めとけ。船がない時点で我々から手を出す案件じゃない。陸は陸に任せておけ。それに作戦が始まれば海賊など物の数ではない。のこのこと現れればついでに捕まえればよい」
上官の男は獰猛な表情をしていた。
「それで、その魚人は何人殺したんだ? 士官全員か? それとも水夫全員? 無差別なのか?」
「気になるんですか?」
「なあに暇つぶしだ。今処理しないといけない書類は全て片付けたからな、もうちょっと付き合え」
「私はまだ仕事中なんですが。……まあ付き合ってあげますか」
長い付き合いの部下の男は、上官の我が儘を聞いてやる事にしたようだった。
「被害は船一隻丸ごと。積み荷等も全てです」
「ん? 皆殺しなのか? じゃあその現場を見ていた他の船の奴等の証言なのか?」
「怖い事言わないでくださいよ。本当に船と物の積み荷だけで、人的被害は報告されてません」
「――何だそれは。被害は何もなく、船だけ取られたって事か」
「まあ、その被害が人的被害のみ指しているのであれば、全くその通りです」
「えらく腑抜けた船乗りどもだ。抵抗はしなかったのか?」
「もちろん抵抗はしたそうですが。全く歯が立たなかったそうです」
「ふっ、伝説の魚人だからな」
上官の男は、おっさん臭の染みついた決め顔をした。部下の男は、うわーと少し引いた顔で努めて平坦な声で言う。
「ええ。どうもその魚人とやらは船のマストを殴ってへし折ったそうです。そりゃあ震え上がってもおかしくありません」
「はっはっはあ! そりゃあ傑作だ。ぜひその魚人には仲間になって貰いたいものだ!」
「物好きですねえ。私は嫌ですよ、そんな青肌の生物なんてものと一緒にいるなんて」
「何だお前はそっち派か。魚人と言えば手と足が生えた蛇っぽい奴だろ」
「緑肌の方ですか? どうやら私たちが思い浮かべる作品が違うようですね」
「はっは。ちげえねえ」
男二人が笑い合っていると、扉を叩く音が聞こえて来た。
「おっと、執務再開の時間か。付き合わせて悪かったな」
「では私はこれで」
部下の男は部屋を出て行き、かわりに入って来た者が持つ書類に目を通し始めるのだった。




