第6話「家族それぞれ」
「買い出しぃ?じゃあ俺も行くぞ!コルトも父さんが居た方が安心だろ!?」
「えっ……。…だ、ダメ…。」
次の日の朝、俺が与えられた2階の自室から身支度を整えて出て来るとダイニングでそんなやり取りをしているアンクとコルト。思った通りと言うか…バッサリとコルトに一言で拒否されて金髪どころか着ている服まで真っ白になっているアンク。そしてその後ろで口を手で押さえて笑いを堪えているミリアさん、アンクに対して最高のダメージを与えられるのはミリアさんではなくコルトだったのか…これは…流石に暫く復活しそうに無いな。
「えーと…おはようございます、…あの…アンクさんも連れて行って上げた方が良いんじゃ…?」
「お、おはようご…ぁっ…!ご、ごめん…クラル…、お父さんに買い出しの話をしたら…その…捕まっちゃって…まだ準備…終わってなくて…。…やだ…!」
最初は俺に対して申し訳無さそうに、しかし最後の一言は先程以上に力を込めて返事をして下さった…流石に君のパパ可哀想じゃない?準備…コルトの姿は確かに寝る前の寝間着姿のままだ。ミリアさんチョイスなのか白を基調としたフワッとして寝やすそうな服だな、露骨ではないお洒落さがさり気ないセンスを感じる。だけど着替え以外は済ませていたのか髪等は綺麗に整えられている様だ…うん、相変わらず愛らしい。…いやいや、これはただの褒め言葉だよ?
「す、直ぐ用意してくるから…!」
「あ、別に急がなくてもちゃんと待ってるよ。」
俺の返事を聞き終えるかその前にパタパタと小走りで部屋へと戻って行くコルト。そんなに慌てなくても良いのに…、第一買い出しって話だから俺が1人で村をうろついても何を買えば良いのか分からんし…それにお詫びをしたい相手を急かすなんて誠意がなってない…と個人的には思う。そんな訳で彼女の準備が終わるまで椅子を勧めてくれたミリアさんとお茶をする事にした、尚アンクはまだ燃え尽きている。
「クラルくん、紅茶は飲めるかしら?」
「はい、本格的なのは余り飲んだ事無いですけど…。」
「そうなのね、じゃあちょっと張り切って淹れちゃおうかしら。砂糖やミルクは?」
「あ、自分はストレートだけで…。」
「あら、大人ね。うちだと私以外はどっちもミルクや砂糖を沢山入れるから…何だか親近感、ふふふ。」
楽しそうに紅茶を淹れるミリアさん、マージナル家で一番落ち着いているのは間違いなく彼女だ。昨日も少しだけ店内の仕事風景を覗いていたが、アンクはほぼ厨房で調理に掛かりっきりになる。接客や料理運び、注文は殆どミリアさんが1人で行っていた。そこに時々コルトが手伝いで加わる程度で雇ってる従業員は無し、普段は2人で切り盛りしているらしい。子供みたいな感想しか言えないが…正直、凄いと思う。アンクはあの通り普段は親馬鹿だけど、ちゃんと家族の為に毎日自分の腕を奮って大切なミリアさんとコルトの2人を養っている。ミリアさんも夫のサポートをしつつ自分が出来る最大限の努力をしてお店を回している、その上家事は彼女がしてくれている。そしてコルトも毎日では無いにしろ、店の手伝いをしている日はあると言っていた。マージナル家は現代日本で言う理想的な家族像そのものなのだろう。…今更なのは理解している…でも…やっぱり少しだけ、羨ましい。
「…クラルくん、どうかした?」
おっと、また呆けて考え事をしていたせいで反応が遅れてしまった。この癖…治さないとなぁ。ミリアさんが紅茶入りのカップを置いた態勢で心配そうに覗き込んで来ている。
「あっ、いえ…ちょっと考え事を…。そ、それよりも…アンクさんは大丈夫なんですか?あんな状態で…。」
覗き込むミリアさんに何でも無いと伝えつつ、カップを持って紅茶に一口を付ける。美味い、ペットボトルやインスタントの紅茶とは比べ物にならない…何がどう良いのかは説明出来ないがそれだけは分かる。ふと、先程娘に言葉の刃で切り裂かれたアンクに視線を向ける。何時の間にか口から白い物が煙の様に立ち上ってんだけど…あれ魂じゃないのか?ヤバくない?
「大丈夫よ。この人ってば何時もコルトを過剰に大切にしてるから、あの子に嫌そうな反応をされた時は大体こんな感じになるの。でも、今日は特にハッキリと拒否されてたし…暫くはこのままかしらね。全く…コルトもそろそろ年頃なんだから余り口出しはしないで見守ってなさいって話したのに…わざわざ自分から地雷に突っ込むんだから…。」
「でも、父親って言ったらやっぱり娘が心配なものでしょう?別にアンクさんも悪気は無い…んだと思います。…多分ですけど。」
父親になった事は無いが、別にアンクの行動自体は悪いとは思わない。親が子供を案じるのは何処の世界でも変わるものじゃない。寧ろ案じられない奴こそ無責任に子供を作るんじゃねえ、と言いたい。前に居た世界で問題になってた子殺し、育児放棄…そんな事をする親よりはずっと立派な父親だろう。…少し娘の身を案じ過ぎだけど。
「……クラルくんは本当に大人ね。それ位、うちの人も落ち着いてくれたら良いのに。」
紅茶を飲みながら柔らかく微笑みつつも、ちょっと嘆息気味に言葉を漏らすミリアさん。いやいや、落ち着いた役はあなたがちゃんとこなしてるから問題ないですよ、ホント。と…紅茶が冷めて来た所で2階から階段を降りるパタパタという足音がまた聞こえて来た。どうやらコルトも準備が出来たらしい。
「お、お待たせ…クラル…。遅くなって…ごめんね…。」
今度は寝間着ではなく、何時も通り…でもない。少しおめかしした様な服装をしている。これもミリアさんのセンスの賜物であろう、俺には絶対に真似が出来ないチョイスだ。よし、万が一女性と付き合える機会が出来たとしても自分では衣類は選ばない様にしよう。自然な雰囲気でお洒落さを演出するコーディネート、魔法使い手前のおいちゃんには無理です。はい。
「ん?別に遅くなってないよ、気にしない気にしない。っていうかお洒落な服だなぁ、うん、よく似合ってると思う。」
「あ、あり…がと…。」
俺なりにその格好について貧困な語彙で褒めると、顔全部を真っ赤にして俯いてお礼を返してくれるコルト。本当、こういう子が娘のアンクは羨ましいね。俺が父親だったとしてもきっと親馬鹿になってただろう。
「ふふふ、良かったわねコルト。せっかくおめかししたんだから、2人とも今日は一杯楽しんでらっしゃいな。」
ん?買い出しなのに何を楽しむんだ…?あ、寄り道とかしても良いって事だろうか。それなら早速教会と…後は字を覚えられそうな本がありそうな図書館とか…、い…いや…今日はコルトへのお詫びの日だった。彼女が行きたい所に同行するのが礼儀ってもんだな。自分の事は後回しでいい。
「お、おかーさんっ!」
「あっ!ごめんごめん、お母さんってば…つい口が滑っちゃったみたいね。」
また呆け掛けた所で母子に視線を戻すと何故かさっきまで俯いていたコルトが赤い顔のままミリアさんに詰め寄っていた、口が滑った?…言い方を間違える位、誰でもあるもんだし許して上げてくれコルト。
「もぉ…、い…行こっ…クラル。」
そう言ってミリアさんから離れると少し頬を膨らませたコルトが椅子に座っていた俺の服袖を掴み、家を出ようと玄関へ引っ張る。ちょ、アクティブっすねコルトさん…。とは言え本当に最後まで引っ張られた訳ではなく、コルトは先に玄関へ向かった。俺も慌てて立ち上がると「紅茶、ご馳走様でした」とミリアさんに告げて彼女の後を追おうとする。が、そこで
「おい、小僧。これ持ってけ。」
呼び止められ視線を向けると、真っ白だった筈のアンクが何時の間にか復活しており小さな布袋を放り投げて来た。それを宙で掴み受ければ、ジャラッ…と小銭の擦れる様な音がした。何ぞこれ?
「えっと…これは?」
「買い出し用の金だ、何を買うかはコルトに聞け。」
「でも…それなら俺じゃなくてコルトに渡した方が間違いないんじゃ…」
「良いから、てめぇが持ってろ。…買い出しとは言ったがな、余った分は好きに使え。」
「そんなの…悪いですよ、コルトは兎も角俺が使う理由g」
「だぁあああもううっせえ!!さっさと行って来いやっ!!!」
何故か急にキレ出したアンクを見れば背後でミリアさんが「気にせず行ってらっしゃい」という顔で片手を振っている。よく分からん、分からんけど…こんな心優しい人達の期待を裏切る真似はしたくない。アンクはああ言ってくれたけど…やっぱり俺は買い出し以外に使うべきじゃないだろう、余ったらコルトに渡せば良いし。俺は先に玄関先で待っていたコルトと共に「行ってきます!」と声を掛けると朝日に照らされる中、村内で最も商売が盛んな地区へと向けて歩き出した。
***
子供達が元気な挨拶と共に外出して行ったのを見届けると私は口元をニヤニヤさせながら、からかう様な視線を夫に向ける。
「あなたの事だから、意地でもコルトに着いて行くのかと思ったわよ。」
「俺ぁコルトが傷付いたり、危険が及びそうなら何処にだって着いてくぜ?」
「じゃあ今日は何で大人しく引き下がったのかしら?」
「………………危険がねぇと思ったからだよ。」
「ふふふ…、そうなんだ。」
「…ふん。」
今度は私もからかうような笑いではなく、口元が自然と柔らかいものになる。そっぽ向くアンクの耳が赤い。どうやら、クラルくんを気に入ったのはこの人も同じだった様だ。確かに彼は大人並に落ち着ている上、とても利発そうな子だけど…一番信頼出来る理由は…あの、誰に対しても思いやれる心を忘れない所だろう。まだ数日共に過ごしただけだが…本当に子供なのか疑わしくなる程に心配りがしっかりとしている。…夫のふざけた言葉は時々スルーしていたけど、これは自然な対応だから問題なしね。あの目も…とても真っ直ぐな意志を感じる、だから一時的であれ、コルトを任せても良い…と無意識にアンクも思ったに違いない。
「さて、そろそろお店を開けましょう。今日は夕方に予約が2件、入ってるわよ。」
「おう、確かどっちも村の外から来る客だったか?くくく、俺の料理で金をたっぷり落としてって貰うとすっか!」
「もう、アンクったら。」
こうして今日も私達マージナル家は何時もと同じ、だけどほんの少しだけ新しい…1人の家族を加えての一日が始まりました。
***