第4話「食卓と好物」
あの後村へ案内されるとコルトを助けたお礼がしたいと言われ、俺はマージナル家が営んでいる「熊の蜂蜜亭」へと招かれた。最初は「コルトが名前をくれただけで十分です」と断ったのだが、「俺の飯が食いたくねぇってのかぁ!?良いから来るんだよ!」「遠慮しなくて良いのよ?ちゃんとしたお礼もしたいし…」「ぼ、ボク…もっと…クラルテとお話したい…な」という親子それぞれ、三者三様の厚意に折れる形でお邪魔する事になった。……違うぞ、別にコルトが可愛いから釣られた訳じゃないぞ!俺は二次元関連以外ではロリコンではない、…ない筈。で、だ…どうやらアンクはれっきとした料理人らしい。そういえば…最初に話した時に料理を無料で食わせてやるとか言ってたな…。てっきり納豆とご飯をポンとテーブル上に出されて「さぁ俺の得意料理だ!食え!」とか言われるのかと思ったけど…。漸く自分の容姿が前世界と違うと認知した俺はカウンター越しの微妙に座高が高い椅子に腰掛けた状態で足をプラプラさせ、フライパンや鍋の間を行ったり来たりするアンク、そして食材を手際良く捌いて行くミリアさんをポケーっと観察する。因みにコルトはと言うと…
「……………。」
「……………。」
隣からチラチラと何度も視線を感じる。子供相手だし、気不味い…って訳でも無いけど俺の顔はこの世界では珍しい方なのだろうか…もしかしてこっちの世界ではイケメンの基準が違うとか…?あの盾に映っていた現在の俺の顔は、明らかに前世界での顔よりずっと良かったんだけどなぁ。ってか話したいって言ってたのに…全然さっきから声を発してないなこの子。よし、お兄さんが良い感じの話題を振って進ぜよう!
「コルト、アンク…さんって、どんな料理が得意なの?」
今更だがアンクをさん付けで呼ぶのに凄い違和感。実際、前の世界の事も考慮すると俺の方が年上だろうし…ミリアさん?ミリアさんはさんを付けるに値する威厳があるから問題無いんだよ。そんな思考を巡らせていると、話題が出せなかった所で話し掛けられたのが嬉しいのか愛らしく口元を緩めた表情で
「え、えっとね…お父さんは何でも作れるよ?デザートとかも上手だし、村のお祭りとかの時にはね…一番最初にうちのお店に注文のお願いが来るの」
「へえ、それってつまりは…料理は村一番の腕って事か。凄いな…」
これには素直に驚いた、アンクはただの親馬鹿では無かったらしい。出来るパパだった模様。コルトも父親の事を褒められて会話を切り出せなかった気不味さが無くなって来たのか、少しだけ口数が多くなっている。うん、実に良い傾向ですね。
「あ…く、クラルテは…どんな料理が好き、なの?」
「ん、俺?俺は…そうだなぁ…大体何でも好きだけど…」
嘘はついてない、正直手料理とか外食で出る料理は大体好きだ。逆にコンビニ弁当は実は余り好きではない。…まぁ、もしかしたら二度とコンビニには行けないかもしれないから杞憂だけどさ。…もうコーラは飲めないのだろうか…この世界にあるとは思えんし、それだけは辛い。
「う、うぅー…な、何でもなの…?」
「うん、そうだけど…どうして?」
何故かとても残念そうで少し悔しそうな表情のコルト。何だ何だ?
「えっと…ボク、お父さんに料理…少し教えて貰ったりしてるから…今度、ボクもクラルテに…何か作って上げられたらな…って」
…………。
え、何この子…何を食って何をどう教育したらこんな健気な子に育つの?まるで大和撫子やんけ…髪は薄紫でハーフエルフ風だから大和じゃなくて洋風だけど。…あの両親の間で育ったからこそ、絶妙に良い影響を受けたに違いない。でもせっかくの申し出だけど…和食なんか作れないだろうしなぁ…かと言って別に良いよとか返事するのもなぁ…。あ、こういう場合なら俺じゃなくてコルトの得意料理を聞けば良いのか。よし、それをお願いしてみよう。
「そういう話なら、コルトが得意な料理とかあればそれが食べてみたい」
「ふぇ!?ぼ、ボクの得意料理…?で、でも…クラルテが好きかどうか…分からないよ?」
「平気平気、さっきも言ったけど手料理なら大体美味しく食べられるし」
「あうぅ…、…わ…笑っちゃ嫌だからね…?…あの…お、オムレツ…。」
食べり…いや、このネタはダメやな。って言うか、前世界と変わらない料理があるって事に安心した。それにオムレツって意外と作るの難しいし…うん、良いんじゃないだろうか。寧ろコルトからお礼を貰ってばかりで気が引けるけど…せっかく今度作ってくれるって言うんだからお願いしておこう。
「オムレツ好きだし、作って貰いたいな」
「ほ…ホント…?そ…それじゃあ…今度作ってみるね…!」
何処と無く気合が入った口調になるコルト、そんなに俺に料理の腕を披露したかったのだろうか…?まぁ父親が村一番の料理人だからな…娘として店の宣伝役も兼ねてるのかもしれない、アンクを褒めた時のリアクションからしても親想いみたいだし。と、話している所でミリアさんがスープを運んで来た。
「あら、何の話をしていたの?お母さんも混ぜて貰える?」
くすくすと笑いながら丁寧にスープを出し終えると、続いて俺やコルトが座るカウンター前にフォークやスプーンを並べてくれる。…訂正、アンクだけじゃなくてミリアさんも出来る嫁だ。…知ってたけど。
「あ、えっとですね…実はコルトが今度俺に」
「だ、ダメー!お…お母さんには秘密なのっ…!ぼ、ボクとクラルテの約束なんだから!」
話に混ざろうとするミリアさんに説明しようとした矢先に言葉を遮るコルト。結構な確率でコルトに俺の台詞は阻まれてる気が…いや、まだ2回目位だけどさ。頬をぷくーっと膨らませてミリアさんを睨むコルト。両親に対してはちゃんと子供っぽいっていうか…歳相応なのも素直で可愛いな。…健全な意味でです!
「あらあら、お邪魔虫だったかしら?それじゃあ母さんは別の料理を運んで来るからもう少し2人で」
「2人だけの秘密だとおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?おい小僧!恩人だからって娘に手ぇ出したらただじゃおかねーからなっ!」
「ア ン ク!」
今度はミリアさんの言葉を遮って出来るパパの筈のアンクがフライパンを片手に襲い掛かって来た、いや…それ位の勢いで身を乗り出して来ただけだけど…っていうか…意外と頭ん中ピンクなんだなアンク。そしてそれを聞いたコルトが顔と耳をぽふんっと音を立て真っ赤にして俯くのと、青筋を浮かべてアンクの頭を狙うように拳を振り被るミリアさんのタイミングがばっちり一緒で思わず「ぶふぉっ」と噴き出してしまった。その後、ミリアさんの一撃で気絶したアンクが目覚めるまで俺とコルトは唯一先に出されていたポタージュのスープを啜り、談笑しながら次の料理来るのを待つ事にした。…ミリアさん、怒らせると怖いんだなぁ。
***
後から次々出て来る料理はとても美味しく種類も豊富だった。こうして楽しい一時をマージナル家で過ごした所でそろそろお暇しようかと立ち上がったのだが…そうだった、帰る家がこっちの世界には無いのだ。…今まで深く考えてなかったけど…今の俺の置かれた状況ってかなりヤバいのではないだろうか、一文無し、家も無し、服はボロ布…ではない、実は村に来た時点でサービスとして布製の服とズボンを頂いている。兎に角、服は貰えたが金はない。よって野宿しか道は無いのだ。最悪、教会でお願いすれば納屋とか位は貸してくれる…と良いなぁ。そんな俺の思考を表情で鋭く読み取ったのか、ミリアさんが口を開く。
「クラルテくん、もしもなのだけれど…帰る家の場所とかも分からないなら…暫くうちに来ない?」
「い、いえいえいえ!幾らなんでもそこまでして貰う程の事は絶対してないですよ!」
俺も1人暮らしを経験した身だから分かる、食費とか生活で使う必需品とか…世界は違えど誰しもが働いてる理由は同じ、生きる為だ。ましてや何処から現れたのかも分からない子供を預かるだなんてミリアさんは兎も角、大黒柱のアンクは流石に難色を示すだろ…。そこまでして迷惑は掛けたくない。
「うるせぇ!小僧の癖に生意気にも遠慮してんじゃねー!大人しく従ってここに住んでりゃ良いんだよ!」
えっ…そんなあっさり…
「そ、そーだそーだ…!」
コルトも乗るんじゃありません、君のパパみたいになってしまうぞ。
「ふふふ、娘も良いけど…息子も欲しかったのよね。私」
こうして説得力ではなく一家による勢いだけのゴリ押し発言に根負けした俺は、マージナル家に半居候する形になったのである。