第3話「新たな名前」
念願の回復魔法を覚えた俺は森の中で1人小躍りしていた所を少女が呼んで来てくれた村人達に発見された。村人達は焦燥に駆られる少女の説明では要領を得られなかったらしく、俺に詳細を求めて来る。しかし結果的にとは言え、少女を助けた上に黒い獣を倒したぜ!とか説明するのは何かこう…恩着せがましくて嫌だったので棒で殴り掛かったら相手が逃げて行った事にした。一部のおっさん達はそれで「勇気ある坊主だな!それでこそ男の子だ!」とか勝手に納得していたけど…救われた張本人である少女は何とも困惑気味な表情をこっちに向けている。確かにあの犬っぽいのは威嚇程度では逃げる奴じゃなさそうだった…あの血走った赤い瞳は、何と言うか…殺意に染まったような危険な感じだったし…でもそれはきっと直接見た奴にしか分からない。だからこそ俺の言った説明に村人達は納得し、少女は納得がいかないのだろうけど。と…そこでイケメンに三枚目オーラを足したようなそこそこ若い金髪男が少女の隣から俺の方へ歩み寄って来た。
「おー、お前か!うちの娘を救ってくれた小僧ってのは!実に見る目があるじゃないか!」
いや、救うには救ったけどさ…ただ運が良かったっていうか…つーか誰が小僧だよ!27歳の男に向かって何言ってんだ、あれか?経験的な意味で小僧って意味か!?イケメンめ!俺はおこだよ!…だけど口には出さない、それが大人って奴じゃん?
「いえ、その…偶々ですよ偶々。…って言うか自分は子供じゃ…」
と思わず仕事時の口調で返答してしまうが特に金髪男は気にしてないらしく、笑顔のまま俺の肩をバシバシ叩いて娘という少女の自慢8・俺への感謝2位の割合でペラペラと話し続けている。つーか俺、この世界では背が低い方なのか?やたら周囲の連中がでかい気がするんだけど…。
「謙遜するなって!まーアレだ、流石に娘は嫁にやれんが俺の料理位は無料で振舞ってやる!」
「もう、アンクったらまた調子に乗って…。…あなたがうちのコルトを助けてくれたのね?本当にありがとう」
そこで更に最初はやや呆れ気味な口調で、俺にはとても柔らかな口調で会話に混ざってくる女性。何処と無く助けた少女と面影が重なる紫髪の美女だ。どうやら会話の内容を察するに、アンクって金髪イケメンとこの美女が件の少女…コルトの両親って事か。
「いえ、あの…別にお礼とかは。自分でしたくてした事ですし…」
「っかー!随分すかした返答じゃねーか!正直に言えよ!コルトが可愛いからつい助けに入っちまったんだろ!?なぁミリア!?」
「アンク、ちょっと黙ってなさい。ほら、コルトもちゃんとお礼を…」
金髪夫の娘自慢に釘を刺しつつ美人の嫁…ミリアさんが俺の周囲より1人離れた場所で立っていた少女…コルトを呼ぶと、たたたっ…と駆け寄ってきた。先程の困惑した表情は既に無く、頬を微かに赤く染めて俺と向き合うように立っている。まだ子供みたいだし、恥ずかしいのだろう。だけど視線だけは真っ直ぐだ、俺の目を真摯に見つめて…あれ?俺の目線…この子と同じ…?
「あの…さっきは助けてくれてありがとう…!ボク…、コルティア……コルティア・マージナルって言います…こ、コルトって…呼んで下さい…。あの…君の…名前…聞いても、良い?」
成る程、コルティアだからコルトか。うん、見た目通り可愛い名前だ。しかも助けに行く前にも見たがこの子は耳が少し尖ってる、しかも薄紫色の綺麗な髪、美少女。ええやん、ハーフエルフみたいやん。とか考えながら俺も自己紹介を返そうとした所で…ふと、やんややんやと村人同士で雑談を始めた内の1人…用心棒ポジっぽいおっさんが持ってた銀製っぽいツルツルの盾に目が行く。
そこには白黒のボロ布を纏った赤茶髪の少年を囲む様にアンク、ミリアさん、コルトが映っている。少年をそわそわとコルトが見つめている光景が微笑ましい、視線をコルトに戻す。自己紹介を待っているのか目の前の彼女もそわそわしている。間違いない、あの盾に映るコルトと目の前のコルトは同一人物だ。……俺は無言で自分の髪の毛を引っこ抜いて見た。痛い。抜けた髪は…赤茶色。……あの子供、…やっぱり俺なのか。……どうなってんのよこれ、マジで…。
「あの…名前…教えて欲しい、な…?…ダメ…かな?」
何時までも無言だった俺を見ていたからか、コルトが少し不安そうに眉をハの字に下げている。えっと…俺の名前…、……?…あれ?あっちの世界での俺の名前って…な、何だ?何で思い出せない!?記憶障害か何かか?…どうしよう…これじゃ名乗りようがないぞ…。しかしこのままでは良くない!実によろしくない!…しょうがないので正直に言ってみる。
「ご…ごめん、名前が…思い出せなくて、おかしいな…」
それを聞いたコルトの俺を見る表情がますます悲しそうなものに変わる。ちゃうねん!本当に思い出せないねん!くっそ…家族の名前とか見たいアニメとかはしっかり覚えてるのになんでよりによって名前だけ…。
「てめぇ…俺の娘が教えて欲しいって言ってんだから素直に名前を言うんだよ!」
何故かコルトではなくアンクが言及して来る。だから覚えてねーんだってば!悪気は無いんだってば!
「ごめんなさい、娘の恩人相手に失礼な事を言う馬鹿な人は無視してね。でも本当に何も覚えてないの…?記憶喪失の類かしら…」
ミリアさんが割と容赦の無い言葉を夫に向けつつ俺にフォローを入れてくれる、アンクはどうやら尻に敷かれるタイプらしい。いいぞもっとやれ。
「お、お気遣いなく…。でも困ったな…名前が無いんじゃ…」
「一応、教会に行って洗礼を受ければ新しい名前を貰えるけど…」
へぇ、この世界の教会はそんな事もしてくれんのか…。思い出せない以上仕方ないし、ミリアさんの助言を受け入れてその案に乗って置こう。名前が無いと不便だしな。
「じゃあそr」
「ま…待って!それなら…!あ…あの…、ボク…助けて貰ったお礼に…、君に…名前を上げたいな…って…!お、お礼になるか…分からないけど…」
承諾しようとした自分の言葉にコルトの言葉が被さった。それと同時に俺、アンク、ミリアさんが一斉にコルトに視線を向ける。特にアンクとミリアさんは本当に意外そうに真ん丸く目を見開いている。そして言い出しっぺのコルトは自分自身の発言で先程以上に顔を真っ赤にしてやや俯いている、でも視線はこっち向いてる、上目遣い、可愛い、と言うのは置いといて…何となくだがこのコルトという少女、普段は物静かな大人しいタイプなんじゃなかろうか。そして娘のとても珍しい大胆な提案に両親が吃驚してる的な…うん、ほっこりする光景だ。
「コルト、彼は犬や猫じゃないのよ?親でもないのに…名前を付けるだなんて失礼じゃない」
最初にペースを戻したミリアさんがコルトを嗜める。
「あ、うぅ…だ…だって…」
「小僧!俺の娘から名前を貰えるなんて実に果報者だなぁおい!後生大事に使えよ!」
「そろそろ本気で怒るわよアンク。夫と娘が失礼な事を言って本当にごめんなさいね…これでも家族一同、本当に感謝してるのよ…?」
再び小声で文字通り縮こまったように俯くコルトと、耳を引っ張られてもがくアンクを尻目に嘆息しながらミリアさんが申し訳無さそうにしている。うん、アンクの方はずっと引っ張ってて下さい。
「いえ…名前が無いのは不便ですし…直ぐに貰えるならそっちの方が助かりますから」
ミリアさんに頭を横に振って苦笑しながら気にしてない事を告げる。特にコルトは彼女なりに精一杯の恩返しを考えたのだろう。俺が名前が思い出せないと言った時のあの悲しそうな表情、あれは返事が貰えなくて悲しんだのではなく…もしかしたら俺を心配して悲しんでくれていたのかもしれない。俺はミリアさんからコルトに向き直って自己紹介の代わりに、さっきの申し出の返事をする。
「えっと…、…コルトに俺の名前を決めて貰って…良い?」
その言葉を聞いた彼女の表情が悲しみから驚愕、驚愕から本当に嬉しそうな笑顔に変わる。
「ほ、本当?じゃあ…えっと…えっとね…クラルテ、って名前…どうかな?」
クラルテ…確かどっかの国で光…って意味だっけ。厨ニの頃にかっこいい単語を調べた時期があったから多分間違いない。でも…こっちの世界と俺の世界に共通した意味の単語があるものだろうか…?単なる偶然か…?俺がまた何も反応せずに考え込んでいたからか、コルトはあたふたと慌てた様に
「あ、あのね…?適当に付けたんじゃないの…!ぼ、ボクを助けてくれた時に…君の姿を見た瞬間に…頭にそんな名前が浮かんだの…!光り輝いてるような…そんなイメージが…あって…その……ごめんなさい…上手く伝えられなくて………あの…やっぱりボクなんかじゃなくて…お母さんが言ってた教会で決めた方が…良いよね…」
コルトの表情がまた悲しく自信の無さそうなものへと変わる…。そう必死に俺に説明をしてくれている彼女を見て断るなんて選択肢は有り得る筈がなかった。別に彼女が美少女だから…とかでは無い。俺なんかの為に一生懸命考えてくれている思いやりが嬉しいんだ。それに…クラルテ、良い名前じゃないか。うん。
「いや、もう教会は行かなくていいかな」
「…え?」
そうしてやっと、俺は笑顔で自己紹介してみせる。新しい自慢の名前を。
「俺はクラルテ。改めてよろしく、コルト!」
「……うんっ、よろしく…お願いします…!」
それを聞いた彼女ははにかむ様な照れ笑いを浮かべて、そっと頷いた。