第2話「緒戦」
どれ位の時間が経ったのか…。意識が戻った所で、先程の眩い光が収まってきた感覚がある。試しに目をパチリと開けてとりあえず起き上がってみると…暗い、ここは何処だろう。森…だろうか?辺りは一面が木、木、木…木しかない。これはアレだろうか、異世界でファンタジーな摩訶不思議の大冒険なのだろうか?何でこんな訳の分からん事になったのか…決まってる、あのビー玉のせいだ、つまりあの幼女のせいだ……でも、あんな子供相手じゃ怒る気にならないよなぁ…。それにまだ夢って可能性もある、先走った判断はよそう。…さて、これからどうしたら良いやら…こういう展開って大体最初に身の危険が迫るものなんだよなぁ…タマネギみたいな青いのが3匹あらわれる、とか。っと…巨木の根元に折れた太い木の棒を発見。一応、襲われるなんて展開は有り得んだろうけど、念の為拾って護身用の武器にしとこう。…って、何か重いな。俺は別に腕力は高くないがこの程度の棒切れを持つ位は楽勝だった筈なんだが…仕事では仏壇や墓石持ち上げたりしてたんだし…まぁいいか。
因みに今の格好だが…何だこれ、白と黒の布切れみたいなのが体に絡み付いているだけだ。…いや、この肌触り…まさか俺のYシャツとスーツズボンか?そういや昨日は上着だけしか脱いでなかったっけ…。まさかこんな目に遭遇した上に仕事着も失うとは…無駄にマントみたいに靡く黒いボロ布が虚しい。はぁ…取り敢えず移動しよ。…何処に行ったら良いか分からんから真っ直ぐ行k
「キャアアアアアアアアアアアッ!」
はい。よくあるお決まりのパターンですねこれは…間違いない。しかもご丁寧に俺が進もうとしてた真正面の方向から聞こえて来た…どうしよう、無視するか…どうせ俺が行っても戦える訳じゃないし…。……でも、襲われてる人が…もしも…死んでしまったら…。
…………。
…あーくそっ!…小心者の上に大馬鹿野郎だ俺は!もうどうにでもなーれー!そう覚悟を決めると、俺は移動速度を徒歩から全力疾走に切り替える。草木がガサガサと揺れ動き、時折木の葉でボロ布からはみ出した腕や脚の肌を薄く切るがどうでもいい。兎に角悲鳴のした方へ!
「誰かっ…誰か…助けっ…」
助けを求める声も聞こえ、さっきよりも近くに感じる。そうして疾走する最中、急に視野が広まったかと思うと木々が生えていない開けた場所に出た…出てしまった…出なきゃ良かった。前方には犬みたいな姿形をした黒い四足歩行の生物が2匹、そしてそいつらを目の前にして腰が抜けてしまったのか、怯えた表情でしゃがみ込んでいる淡い薄紫色の髪をした少女が1人、何か少し耳が尖がってるがボブカットと相俟って可愛い…じゃなくて、どうにかしないと。幸いまだ生物にも少女にも気付かれてないみたいだが…かっこよく挑み掛かってもどうせ勝てる訳が無い、凶暴な野良犬は人間より強いと何処かで聞いた気がするし。でも飛び出さないと多分あの子が助からないよなぁ。…しかたない、不意打ち成功を祈ろう、運良く片方だけでも倒せると祈るしかない!俺は両手で棒切れを握り締めると完全に少女の方だけを見ていた生物の内、1匹へ背後目掛けて飛び掛かる!
「だああああああああああああああっ!!!!」
自慢じゃないが俺は剣道とかやった事も無いし、武術なんかは知識すら無い!だからただ敵にクリティカルヒットする事を祈る!神様仏様モッコス様!今だけ俺にご加護をぉぉぉぉ!俺の振り被った棒切れが敵の側頭部を捉えた、ボグッ…!と嫌な手に伝わる感触と共に四足歩行する黒い生物は棒を振り切った方に吹っ飛んで地面を転がる。倒せたかは不明だがどうやら不意打ちは成功したらしい、だが残念…もう1匹、普通に健在なのが残っている。そしてその標的は当然、怯えていた少女から仲間に攻撃を加えた俺に替わる訳である。黒い犬みたいなのは良く観察すると目が真っ赤だった…つーか凄い唸ってる、怖すぎる、おしっこ漏れそうだ。でも、これで…!
「逃げろ!俺が囮になるから、今の内に誰か呼んでくるんだ!」
「…!う、うんっ…!」
そう、俺が一番懸念していた事だけは解決した。少女は俺の一声に一瞬呆けた顔をするも、涙目のまま大きく頷けば俺が来た方向とは別の方角へ走り去って行く。さて…どうしよう…
「グルルルルッ…」
「グァァァァァッ!」
うひぃ!?やっぱ倒せてなかった、俺が殴り飛ばした方も標的をこっちに変えたらしく、少女を追っては行かなかったが…血らしき赤い液体を側頭部から滴らせながら襲い掛かって来た。早くて人間の反射神経で避けるとか無理でした。
「いっ…っづ!!!!」
瞬間、左肩と右脚に激痛が走る!俺はなりふり構わず無事だった右手だけに木の棒を逆手に握り直すとただ痛みから逃れる為、右脚に噛み付いていた眼下の獣の頭頂部へと木の棒をドジュッ…と嫌な音を立てて突き立てる!すると、獣は暫く小刻みに痙攣した後、紫色の煙と共に姿が消えていった…倒したのだろうか?
「グァッ!!ガルルルッ!」
「いだっだだだだだ!!!このぉっ!!!」
忘れていた!まだ左肩に噛み付いている方は生きているのだ、しかもこいつ…さっきより強く噛み付いてきやがる…!何とかまだ力が入る右手で棒切れを振るい、相手の脇腹を思いっきりぶっ叩くとダメージが通ったのか、小憎らしい呻き声を上げながら噛み付くのを止めて俺と距離を取る。右脚と左肩は噛まれた箇所からの出血が酷くクラクラする。せめて体調が万全だったら…とか、先程運良く1匹倒したせいでちょっと自信を持ってしまってた俺、実にアホである。…肌寒い、血が出すぎているからだろうか…これが死に直面しているという事なのだろうか…そんな風に身も心も弱りだしている俺に対し勝機を見出したのか、獣は再度飛び掛る体勢に入る。…でもまぁ、1人は助けられたし…結構可愛い子だったし…そこそこ必死に生き抜いたから…家族も許してくれるよな…なんて。
俺は諦め気味の笑顔を浮かべながら、棒切れを持った右手で左肩を拭う…。と…その瞬間、右手から僅かに水色の輝きが漏れる。…なんだこれ?少しだけ…左肩が楽になった…気が…する?よく分からず混乱していると頭の中に知らない文字が浮かび上がって来た。意味が分からない、何語だよこれ…。でも何故か、俺はそれを読む事が出来た。いや、読めたというのは少し違う…口が勝手に詠唱を始めている
「聖なる息吹よ、我に癒しの光を」
そうして俺は頭に浮かんでいる文字を高らかに唱えた。
『最初級・回復魔法!』
その瞬間、俺は綺麗な水色の魔力の輝きに全身を包まれ疲労と左肩、右脚に負っていた傷を一秒と経たずに回復させた。怪我はまたする可能性がある…でも…人を襲う目の前に居るこいつを…今の俺なら………きっと…倒せる!
これも調子に乗っているだけだと理解はしてる、俺は良い歳してもキモオタが抜けない小心者のサラリーマンだ…。だけど…本当はずっと後悔していたんだ…。家族を…妹を助けられなかった事…死で悲しむ人達を救えなかった事…でも…今は違う。人を助けられる、命を救える魔法を…俺は手に入れた。だから今は…今この瞬間だけは…俺は…胸を張って生きる!再度両手で握り直した何の変哲も無い木の棒が勇者の剣に思えてくる…!首筋を目掛け、口を開けて襲い掛かってくる黒い獣に対し俺も一気に駆け抜け距離を詰める!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」
「グルァアアアアアアアアアアアアッ!!!」
互いの咆哮が森に響き渡ったその数瞬後、ズンッ!…と鈍く、重い一撃の反動が俺の両腕に掛かると同時に森は再び静寂に包まれる。俺の両腕は獣の口の中…いや、正確には両手で握り締めた木の棒が獣の口内から後頭部までを見事に貫いていた…会心の一撃って奴だ。まさか思いもしなかった…、俺がこんな化け物を相手に戦って勝つなんて。俺は両手を木の棒から離して動かなくなった敵から視線を外す。
「……」
…いや、それよりも…それよりもだ…!俺は自分の掌を見つめる。俺は…回復魔法を手に入れたんだ…さっきのはきっとこの世界では初歩的な魔法だろう、とはいえこの世界には魔法が存在するのだ。それが嬉しくて嬉しくて堪らない。俺は自分が倒した黒い獣が霧散するのを余所に1人感動に震えるのだった。
*とある村への道程*
早くっ…早く村にっ…!ボクの…せいだっ…、ボクが森になんか入らなかったら…あの…"男の子"はっ…!ボクと同じ位の歳かもしれないのに…ボクを庇って逃がしてくれた…っ!お願いします神様っ…!どうか…助けが間に合って下さい!ボクなんかの為に…あの勇敢な男の子が…死んだりしないように…どうか…!
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