第27話「翠雨の離別」
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……。
『………っ!』
……誰、だ…?
『…!!…!!!』
此処は…何処だ…?…俺、あれ…?そういや…、今日って…仕事…、朝の仕込み…あれ?
……ってぇ…何だか頭が…、…頭?…、俺は…。
『…!…!…!』
…!そうだ!ミリアさん!回復しようとして…いきなり衝撃があって…!
『…ラル…!』
意識がはっきりして来た…!くそっ…あの魔女に不意打ちでも受けたのか…?兎に角早く…!
「ミリアさんっ…!!!」
叫んで身体を無理矢理起こす。だがそこには崩れ落ちた家屋も、見慣れた通りを燃やす炎も、地面に倒れている幾つもの遺体は無かった…。見慣れない部屋のベッドの上…、だが顔をふと横に向けた先には…。
「クラル…!……クラル…良かった…っ…!」
「こ、コル…ト…?」
コルトが泣き腫らした様な表情で抱き付いて来た。俺は慌てて抱き止める…ずっと泣いていたのだろうか…目や鼻が赤い。
「目ぇ覚めたか、クラル。」
少し離れた場所には壁に寄り掛かってアンクが立っていた。その表情は何時も通り…では無かった、少しだけ安堵した様な表情…そしてコルトと違い鼻は赤くないが…目元が赤い。
一体どういう事だ…?確か二人は今朝早くにレグナシア王国へ出掛けて居た筈…。
「あ…あの、何で俺…?って言うか…此処は何処で…。」
「良いから今は寝てろ。」
「ね、寝てろって…そんな場合じゃ…!」
流石にそんな流暢な事は言ってる場合では無い。
「まだあいつが…黒い魔女が…そうだ、ミリアさん…!」
事情はどうあれ、アンクが此処に居るのならミリアさんと力を合わせればあの魔女を倒せないまでも…退ける位は出来るんじゃないか?直ぐに事情を説明しないと!
「とんでもない魔女が現れて…ミリアさんが…多分まだ一人で戦ってます!俺も行きますから…アンクさんも一緒に来て下さい…!」
「………。」
アンクは何も答えない。寧ろ表情がさっきより強張った気がする。
「アンクさん…?あの、早くしないと!」
「………お、かあ…さん…っ…。」
本当に微かに小さく、だけど…アンクを急かしていた俺の言葉を遮り…コルトはそう呟いた。俺の服の裾を掴んでる少女は…泣いていた。小さな肩を震わせ…赤く腫れた目元、細められた紫色の綺麗な瞳の端から…透明な雫を流し続ける……何かを堪えるかの様に唇をきゅっと噤みながら…。
「…ぁ…。」
…コルトを慰めもせず、俺は間抜けな呻き声を漏らす。
「…………。」
泣いている少女から俺は目を離せない…既視感…。
「………。」
「………。」
そんなコルトを見て居たくなくて…再度視線を移した先のアンク…今度は顔を伏せていた。だが…組んでいる腕の片手の指を逆の腕に深々と食い込ませ…足元にはポタ…ポタ…と。何かが零れ続けている。
「…。」
何故だろう…。
それは、俺が二度と見たくなかった光景だ…。
誰かが泣かない様に得た力。
じゃあ、目の前の…光景は…?
もう一度得られた家族を守る力。
じゃあ何でアンクも、コルトも…こんな状態なんだよ…?
…これ程悲しそうなコルトの表情を…俺は、見た事が無い…。
これは…何だ…、…これは…。
「あ、あの…!まだ…まだどうなったか分からな」
『やめなさい、少年…。』
俺はしがみ付いているコルトをそのままに、視線を新たな声がした窓際に移す。そこに居たのは…あの時「冥竜」と呼ばれた竜と戦っていた緑の衣装を着た巫女だ。戦っていた時とは異なり、凄まじい魔力の風も無く…こうして見ると普通の人と何ら変わりない。
「あ…あんたは…、な…何であんたが…?い、いや…それよりあんたからも!一緒に説得してミリアさんを助けに…!」
『……いえ…既にあの戦いは……終わりました。』
「……え……?」
『そして…少年、主は…あなたにこの杖を託しました…。主のご息女にでは無く…あなたに、です…。』
そう告げた彼女は、大切そうに抱えていた杖を差し出してきた…。見間違う筈も無い。ミリアさんがあの戦いで使っていたとても綺麗な杖…確かに…ミリアさんが俺に渡してきた物…。
「…。」
…これが今、此処に有る…。それは…、つまり…。
「…そ…だ…。」
『………。』
「……嘘…だっ…!ミリアさんは、…ミリアさん…はっ…、ま…まだ…戦って…っ…。」
『……。』
巫女は何も言わない、この場の空気を察し…言葉にはしない…。
だが、彼女もまた…瞳に涙を浮かべながら…俺に向けて、首をゆっくりと…横に振って見せた。
…その仕草の意味、それは…。
「……あ…、ぁ…。」
もう…どうしようもなかった…。
…分かった。
……分かってしまった。
納得したくないのに…。
理解出来てしまう全てが…揃ってしまった…。
足場が…崩れる様な感覚…眩暈にも近いかもしれない…。
…………ミリアさん…、が…。
一体あの後…何があって…そうなったのか…。
今は…そんな事を聞く気にもなれない…。
俺の…新しい家族が…。
大事な友達の…コルトの母が…。
――何より…あなたは……私の大切な息子、ですもの…。…私みたいな辛い目に…遭わせたくないの…。
ふと蘇った最後のやり取り…。
それはミリアさんが…
いや…違う…。
俺の…母が…。
最後に掛けてくれた言葉だった…。
…っ……!
「………あ、あ…ぁ…あ…ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
視界が見る間に歪み…俺は…
…慟哭した。
悲しみに包まれた部屋の窓の外では…木々の若葉を濡らす雨がしんしんと降り続けていた…。




