第26話「vs.闇導師ミュレル 後編③」
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気を失ったクラルの目尻に残っていた涙を指先で拭い、私は彼を抱き抱えるシナツへと視線を向ける。
「シナツ、あなたに最後の指示よ。…必ずクラルをアンク達の所へ。その後は…自由に生きなさい。」
『……主、……命を…お捨てになる…おつもりですか?』
既に私の狙いを推測していたのだろう、彼女は緑色の瞳を揺らめかせて呟く。
「ええ…どの道、禁呪の代償もある…。寧ろ…此処まで長く生きれたのは僥倖だと思う…。」
『…彼を届けた後、直ぐ私も戻ります。この命尽きる時は…主と共に…。』
「いいえ…戻る事は絶対に許さない。」
『主…、…あなたが命を落としてしまったら…この少年だけじゃない…主のご家族も、悲しむ筈です…!』
普段から凛としているシナツの声が僅かに上擦る。
「…確かに…それは…嫌よ…、家族を…悲しませるなんて。…心残りが無い筈…ないじゃない…。」
『で、でしたら…!』
「だけど…此処で逃げたらミュレルは私を追い続ける…。そうなれば…今まで通りの生活は、もう出来ない。」
『それならば…レグナシア王国やギルドに援軍を求めれば…!』
「そうしたら…次はきっと…今回以上に周囲を巻き込む戦いになってしまう…。これ以上私の甘い決断で…沢山の人が巻き込まれるのは…もう嫌なの。」
ここまでの事態にしてしまったのは私のエゴが原因だ、決着はつけないといけない。
『主…』
「シナツ…契約してから十数年…ずっと共に戦い続けてくれた事…本当に感謝してるわ。ありがとう…。」
『…!』
「さぁ…行きなさい。」
有無を言わさない口調で会話を切り上げる。もうこれ以上は…時間が無い。ミュレルに気付かれてしまう。
『…主。……どうか、どうか…ご武運を…!』
深々と私に頭を下げるのを見届け、風の魔力を纏ってゆっくりと飛翔すると最後にもう一度こちらを見詰めた後…クラルを抱えて風の姫巫女は流星の如く飛び去った。
「……。」
私は息も絶え絶えな状態でゆっくりとドス黒い魔力が集まる方向へ身体を動かす。煙が晴れていくと同時に黒い影が浮かび上がった…彼女は顔を歪め、吐き捨てるようにこちらを罵倒し続けている。
「クソ…!クソ…!」
もう手元には「三宝珠の導き」は無い、あるのは…嘗て目の前に対峙する親友が使っていた練習用の杖のみ。
「この…クソ売女が……まさか、まさか二度もお前如きに恐怖を覚えるとは……、屈辱ですよ…!」
「…。」
「だから…、確実にお前をここで殺して上げます!」
そう告げるミュレルは髪の一部や黒いローブが所々焦げており、白く透き通る様な肌の腕や太腿が見えている。だが障壁に加え、遅れながらも相殺目的で放ったあちらの最上級魔法が威力を完全に殺したのだろう。外傷らしい外傷は無い。そうして冷酷に告げる彼女の両手には黒い渦の魔力が収束している。
「…。」
もう私には中級魔法すら撃てる魔力も残ってない。そうしている内に準備が整ったミュレルは闇の魔力で練られた幾つもの刃を飛ばしてくる…だが、先程の最上級魔法の打ち合いもあってか多少ではあるが威力は削げている…加えてミュレル自身の集中力も精細を欠いている様だ…。しかし…それでもただの人間と変わらない今の私には脅威でしかない。
「ちっ…、ちょこまか逃げやがって…!」
「…くっ…。ぅっ…!」
既に魔法障壁すらまともに張れない私は…半ば地面を転がる様に闇の刃を必死に回避するしか出来ない。
「はぁはぁ…まぁ…良いでしょう…それなら、動けなくなったお前にこうして近付いて最初級の魔法でなぶり殺しにしてやるだけですからね。」
そう告げたミュレルは闇の魔力の渦を両腕に纏わせて満身創痍の私の元へと近付いて来た。どうやら…もうこちらの魔力が殆ど尽きている事を見切ったらしい…。
「くくく、遂に私に泥を塗ったお前へ復讐出来ます…これでやっと溜飲が下がるってもんですねー」
地に伏せっている私を見下ろして楽しそうに嗤うかつての友…。
「……。」
私は目を閉じる…。そうして…。
「どうしました…?怖くてついに声も出なくなりましたか…?」
…コルト…願わくば…クラルと一緒になって…幸せに暮らして貰えたら…お母さんは…とっても幸せよ…。
………アンク…最後まで…勝手な妻で、ごめんなさい。………愛してるわ…ずっと…。
「…っ!」
脚に残された魔力を流し込み、同時に一気に地を蹴り立ち上がって油断しているミュレルに抱き着く…!
「……何の真似ですか?とうとう恐怖で気が狂ったんですかぁ?」
「ミュレル…!あなたは…私と…此処で消えるのよっ!」
私は魔力だけではなく、自身の生命力そのものを…身体を形作っている命そのものを魔力に変える…!
「なっ…!?」
「…終わりよ…ミュレルッ!」
そう告げると…あらかじめ魔力を込めていた練習用杖を…私は彼女の首筋に突き立てた。確かに魔法障壁は魔法そのものを弾くし、精度によっては物理的な力をも弾く…でも!
「ぐっ…が、ぁっ…、ま…ま…さか…お、お…前…ぇっ!!!し…死に…損ないがっ!離…せっ!…離せぇ!屑…がぁぁぁっ!!」
首に僅かながら杖を突き立てられて暴れるが最早構わない、ここまでの零距離なら…!絶対に防ぐ事は出来ない筈っ!
『…生命の…鉄槌!』




