第25話「vs.闇導師ミュレル 後編②」
ミリアさんが召喚した風唄の巫女…と呼ばれる召喚獣、で良いのだろうか?属性は異なるが…魔力だけなら多分ミュレルに引けを取らない威圧感だ。俺は自分自身に初級・回復魔法を掛けながら一挙一動を見守っている…いや、飛翔や浮遊の魔法が使えない時点でそれしか出来なかった。
「へぇ…風の姫君、ですかー。よくそれだけの者と契約出来ましたね?」
口ではそう言いつつもミュレルが小馬鹿にした様な笑みを浮かべ腕を組みながら、対峙する2人を交互に観察している。…慌てる様子が無いのを見ると、恐らく…あの巫女が冥竜以上の力を持っている訳では無いのだろう。
「…シナツ、あなたは冥竜を。…闇導師は私が相手をするわ。」
『…………。主、お言葉ですが……本当に…よろしいのですか…?』
「………ありがとう、大丈夫よ…お願い出来る?」
『……承知、致しました。』
シナツ、と呼ばれた深緑の魔力を纏った巫女がミリアさんを気遣うような、案じるような表情で見詰めた後…一度瞳を閉じ、再度開くと凛とした様相に変化して一歩前へ…と表現して良いのか分からないが…宙を移動し冥竜の方へ向く。対してミリアさんはミュレルの方を向いたままだ。闇導師がほくそ笑むと同時に顎でしゃくれば、冥竜も翼を羽ばたかせながら同じく戦うべき相手の前へと進み出る。巫女は小さく呼吸を整え…両手を前に突き出して淡い魔力と共に薙刀を発現させた。
『…参ります!』
『グルルルッ…!』
恐ろしい唸り声を上げ、口内に黒炎を溜める冥竜を見ても怯える様子も無い。巫女はそう宣言した瞬間、凄まじい速度…というか俺には殆ど見えない速さで冥竜に向かって斬り掛かって行く。
『グッ!…グルルルッ…!』
う…、ダメだ…もう全く見えない…、アンクに鍛えて貰って少しは動体視力も上がった積もりだったが…。冥竜が爪や尾の棘で巫女の振るっているであろう薙刀の刃を凌いでいるのは鋭い金属音で何となく分かる…でも、やはり見えない。時折斬撃が入っているのか、極小の切り傷では有るが冥竜の皮膚から小さく血飛沫が上がっている。既に俺の目線では巫女は縦横無尽に駆ける緑の輝きと変わり、その凄まじい速度で冥竜をかく乱しているようだ。
「体格の相性が良くないみたいですねー、流石に図体がデカい冥竜では羽虫を掴むのは苦労しそうです。」
「……」
「でもまぁ、良いでしょう。屑の分際で私を封じ込めたお前を…漸く始末出来るんですからねー。」
そう告げたミュレルは厭な笑みを浮かべたまま、禍々しい杖を右手で持ち構える。
「『闇導師』ミュレル・フレタレーリア…。…あなたを、粛清する。」
同様に宝珠が鮮やかに光る杖を片手で持ったミリアさんも同じく…いや…あんな冷たい目をしたミリアさんは初めて見る…。瞬間、一気に爆発したかのように彼女も全身から魔力を噴き出した。そう、爆発したかのようだ…、…ん…。
「……ぅ…。」
………なんだ…アレは…、…分からない…分からないけど…………。
『煉獄の鎌!』
俺がよく分からない不安を感じている最中、先手を取ったのはミュレルだった。杖を構えているにも関わらず何と空いている左手を突如翳して魔法を発動させた瞬間、赤黒い鎌状の魔力を連続で打ち出して来た。ミリアさんの召喚した巫女程ではないが…その詠唱と動きは恐ろしく早い。手の動きから軌道を先読みしたのであろうミリアさんは素早く宙を旋回して鎌を回避し切った後、杖を前方へ振るうと複数の紅い魔法陣が出現する。
『業火の砲撃!』
魔法発動と同時に陣から轟音と共に巨大な炎塊が幾つも発射された…が、ミュレルは全く微動だにしない。
「くくく…無駄ですよ、無駄っ!」
標的へと見事に着弾した大量の炎の砲撃は煙と共に四散した…そう、霧の様に四散したのだ…爆発したり炎上したのではなく…。そうして煙が消えた先には不動のままの魔女。
「私にそんな魔法が通用すると思いますかー?」
そう告げた魔女は杖を持たない方の手で仮面を静かに外して見せた。……言動が一致しないとはこの事か。俺がこっちに来た世界でもトップクラスな美人だ…黒い髪と白い肌、紅い瞳…。だが…その瞳の奥に宿る光は完全に濁って…いや…狂っている、まともな人間の出来る目ではない…。
「…魔法障壁。」
「…流石に気付いてますか。因みに…禁呪ももう通用しませんから。」
「……。」
「しかし理解した上で挑んでくるとは…やっぱりミリアは糞馬鹿ですねー。」
「…………。」
そう答えたミリアさんは宝珠の杖を両手で持ち直すと魔力を収束させ始めた…対するミュレルは杖すら構え直す様子は無い。
「はっ、いきなり上級魔法を撃てば魔力が枯渇して終わりでしょうに…糞馬鹿どころか無能ですかー?」
「……随分とお喋りね、ミュレル。」
「……ちっ。」
挑発するのには慣れていてもされるのは慣れてないらしく素顔のミュレルはその端正な顔を歪めてミリアさんを睨む。だが頭を振ると、冷静さを取り戻した様に見下した口調で一笑した。
「まぁいずれにしても既に手の内は読めていますがねー。『総てを凍結させし猛吹雪』…あんな魔法…今の私なら相殺するまでもない、障壁で防ぎきれますのでー。」
「……。」
それを聞いても魔力を収束させ続けるミリアさん。…次第に帯びていく光の輝きは…赤。紅蓮の様に燃える炎属性の魔法。だが未だに発動する事は無く更に魔力が集まり続けて行く…、…遠くて良く見えないが…ミリアさんの手が…微かに震えて…いる?
「ッ…!」
それを見たミュレルが初めて杖を構え直す、いや…構え直した上に奴も魔力を収束させ始めた。その表情は嘲笑でも怒りでも無い…奴が初めて見せる"驚愕"の表情…!
「 !」
な、何だ…ミリアさんの詠唱が…殆ど聞き取れない…。確かに距離はある、だけど…入ってくる言葉が理解出来ないなんて…何なんだ…あの魔法は。
「 !」
同じくミュレルも魔力を収束させ、早口で詠唱を開始した様だが…やはりミリアさん同様に聞き取ることが出来ない。しかし…奴が唱えきる前、で見間違いは無いだろう…先にミリアさんの魔法が発動した。
『 !!!』
杖が一際強く輝きを放った瞬間…天に向かって赤い光の柱が流星の様に放たれ…遥か彼方の空より強大な魔力を含んだ幾つもの岩…いや…違う…あれは先程の魔法とは比べ物にならない規模だ…!小規模の太陽と呼んでも過言でないであろう炎の隕石が幾つもミュレルに向かって落下していく…!ミュレルは「それ」を見て直ぐに詠唱を中止し、杖を縦に構えて防御の態勢に移った。
「う、うわっ…!!!」
俺は一発目の炎の隕石がミュレルに直撃した瞬間、爆風の余波で吹っ飛ばされ…立て続けに地鳴りの様な轟音と共に大爆発の音が何十も鳴り響くのだけを耳で聞きながら半壊した瓦礫の物陰でやり過ごすしか無かった。
しかし2つだけ分かる…ミリアさんのあの魔法が普通の代物では無いという点と、あんな魔法を受けて尚生きていられる奴が居るとは思えない…と言う点だけだ。あんなの…天災と変わらない…!俺は鼓膜を破る様な轟音から耳を守る為、両手で塞ぎながら時間が経つのを待つしか出来なかった。
***
数十秒後…いや、数分後…だろうか?轟音が収まった…。俺は静かに耳から手を離して恐る恐る瓦礫の影から顔を出して見る。もうもうと立ち上る黒い煙…熱気は先程ミュレルが村を焼いていた時以上かもしれない…そんな息苦しさを我慢しながらミリアさんの姿を早く見つけようと上空を見渡す…。…居ない…先程対峙していた所にはミリアさんの姿が見当たらない…!まさか…自分の魔法に巻き込まれたとか…いや、あの人がそんなミスをする筈が無い…兎に角…早く見つけないと…!俺は魔力感知を試みる、あれだけの魔法だ…炎属性の魔法の残滓位なら見つけられる筈…!
「……………。」
……………居た。見つけた…ミリアさんは見つけられた…でも…、…地面に仰向けに倒れて…動かない。顔色が悪く…あの時…家で襲われた時と…同じだ…、でも…あの時とは…違う…、魔力が…殆ど…感じられない…。
「…み、ミリアさんっ!!!!!」
俺は慌てて駆け寄った。さっきはああ断られてしまったがもう四の五の言ってられない!直ぐ様抱き起こして回復魔法を掛ける為、右手へと魔力を集め…
「………ダ…メよ…、クラル…。」
ミリアさんが俺の右手首を弱々しく掴む。何を…何を言ってるんだ…!
「馬鹿言わないで下さい!今しなかったら何の為の回復魔法なんですかっ!」
「私の…これは…外傷や…疲労じゃ…無い…。魔力切れが…近いの…。」
「か…回復魔法なら!魔力だって回復させられるんじゃ…!」
「仮に…そうだとしても…ダメ。この…視界状況…、今…使えば……今度こそ…確実に…魔力感知で…ミュレルに…あなたの力を…悟られる…。」
そう弱々しく呟くミリアさんの目は…目だけは…未だ闘志が消えていない。
「だ、大丈夫ですよ…アイツだって…あんな魔法を喰らって生きてる筈…!」
俺の言葉を遮る様に手を小さく出して見せるとミリアさんは力が抜けた様に目を閉じた…、ま…まさか…!
「し、しっかりして下さいっ…ミリアさん!」
『……シナ…ツ…、聞こえる…?』
『はい、主。…!?あ…主、魔力が…!!?』
『私は…平気よ…、それ…より…大事な話がある…の…。』
『そ…そんな所ではないでしょう!?私の召喚を解除して下さい…!そうすれば少しは…!』
『良いから…聞きなさい!……シナツ…冥竜からは…離脱…出来る?』
『…はい。……撤退ですか…?』
『……。……ええ、撤退よ。……あなたは…クラルを連れて離脱して。』
『…主は、どうなされるのですか…?』
『…お願いね…シナツ。』
『あ、あるz――ブツッ』
呼びかけるとミリアさんは直ぐに目を開いてくれた…だけど相変わらず弱々しい表情だ…。
「……。」
もう…知るか、俺は…大切な人達を助ける為に…この力を…回復魔法を手に入れたんだ…!今使わないで…何時使うっ…!手首を掴まれたまま強引に回復魔力を集め始める。
「慈しむ輝きよ、かの者に…」
『…音波の……沈黙』
「!…う、ぐ…ぁ…あぁ!?」
こちらへ向けられたミリアさんの指先には弱々しく光る緑色の魔力…そして霧散する俺の回復魔法…。
「弱めの…魔法…封印を…掛けたわ…。これで…暫くは…魔法が…使えない筈…。」
「なんで………なんでっ!?」
「クラル…あなたの力は…とても…強くて…きっと…誰もが…欲しがる…、…魔法…奇跡の…力よ…。」
ミリアさんはそう呟きながら俺の腕から離れ、立ち上がる。だが…やはり立っているだけでも辛い筈だ…顔色は青い…。でも…ミリアさんはそれすら構わないと言うかの様に、俺に先程まで使っていた杖を差し出して来た。
「その力…は…正しく在るべき…魔法…。…あの…ミュレルに…渡す訳には…行かない…。」
そう続けるミリアさんは俺に更に杖を押し付けてくる。そのままだと手放して地面に落としてしまいそうな様子だった為…俺は…恐々とその宝珠の杖を…受け取った…。
「何より…あなたは……私の大切な息子、ですもの…。…私みたいな辛い目に…遭わせたくないの…。」
…頭が…真っ白になった…。…何で…何で今…言うんだ…!ああ…その言葉は…嬉しいさ!嬉しい…けど…何で…今言うんだよっ…縁起でもない…!帰ってからだって…良いだろっ…!
「み、ミリアさん…!」
「…シナツ。」
『………はい。』
「っ…!?」
刹那、ゴッ……!と後頭部から鈍い音と共に強い痛みが走り…そして
「クラル……コルトを…お願いね…。」
意識が途絶える直前、ミリアさんは…何時もの優しい笑顔でそう言った…。




