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第23話「vs.闇導師ミュレル 中編③」

その後、当時悪名高くなっていたミュレルを…『闇導師(ノワールマスター)』を倒した私は冒険者ギルド本部から英雄として讃えられ、『三魔式(トレアラー)』の称号を与えられた。でも…そんなものはどうでも良かった、結局…2年間の努力は無駄であり…私の力ではミュレルを救えなかった事実が辛くて…仕方が無かった。実家には帰らず、魔法学校も中退し…私は冒険者として各地を長く長く放浪した…、そうして更に2年が経とうかと言う時だった。


アンクと出逢ったのは…。


ギルドの依頼を果たした私がとある街の酒場に入った時、カウンター席で偶然隣に居合わせたのが彼だ…ロマンチックさの欠片も無かった…。当時の私は荒んでいたから…自分の力では本当にしたい事は何も成し得られないんじゃないか…と自暴自棄だった。称号も鬱陶しいだけだ…生半可に名声を得た所為で私には引っ切り無しに数多くの依頼が来た…。それでも…感情が欠落したという訳では無いからちゃんと私が受ける必要があると思った依頼はこなしたし、人としてやってはいけない依頼は…逆に依頼元を割り出して叩き潰した。そうやって普段はただひたすらに仕事をこなし、疲れた時は泥のように眠る…そんな生活の繰り返し。だから、きっと凄くキツい顔をしていたのだろう…。


私が初めてアンクに掛けられた一声は…


「あんたよぉ…腹減ってっからそんなに目が短剣みてーに鋭いのか?」


だった。アンクのちょっと軽そうな見た目に反して、凄く真摯な顔で彼に尋ねられたので…思わず頷いてしまったのを覚えている。実際、お腹も少し減っていたのもあるけど…。それを見た彼は「うし、じゃーちょっと待ってろや。」と、何とカウンターを跨いで酒場の厨房に入り込んで行った。そこの酒場の店主は彼と既に顔見知りなのか特に何も言わず、笑って腕を組んで様子を見ている。特に時間が掛かる料理では無かったのだろう、何かをかき混ぜ、フライパンで焼く音だけが…そうして出来上がった物を皿に乗せて彼はズイッと差し出して来た。


「ほれ。」



なんと…ホットケーキだった。



蜂蜜がたっぷり掛かっていて…丁寧にその上にはクマの形にあしらわれたバターが乗っている…とても美味しそうな…。



………私はその皿の上の物と至って真面目な表情でその皿を差し出している彼を何度か交互に見て…思わずぷっ…と吹き出してしまった。…いや、結局…我慢しきれず大笑いしてしまった…。


想像してみて欲しい、金髪でちょっと軟派な感じの人が…酒場のエプロンを着け、クマの形にまで丁寧に整えたバターが乗った温かくて甘いホットケーキを片手に少しムスッとしている姿を…笑ったから怒らせてしまったのだろうか…?…だけど、私がこんなに笑える人間だったと思い出したのは久しぶりだった…。…ミュレルとまだ一緒だった頃は…確かに変な所が直ぐツボに入って…大笑いしてたっけ…。それを思い出したら…。


「あはははは…っ、あは…っ……!…っ…、う…ぅ…!」


喜びだけじゃなくて…悲しみも溢れてきた。…そう言えば…ミュレルを封じた瞬間も…私は泣かなかった、…泣けなかった。自分でした事なんだから、…と…割り切らないと…自業自得だと…思わなきゃ辛かった…。だけど…本当は…、本当は…さよならなんて言いたくなった…元に戻って欲しいと…帰ってきてと言いたかった…、あのミュレルにはもう届かないと分かってても…姿形は…元の彼女のままなんだから…割り切れる筈が無かった…。


「…。」


突然涙を流して泣きと笑いの半々の状態な私を見たアンクは、私のテーブルの前にホットケーキと…隣にハンカチをそっと添えて何事も無かったかの様に厨房に戻って行った。恐らく、彼なりに気遣ってくれたのだろう。


そうして暫く泣いた後…、落ち着いて来た私がハンカチで目を拭っていると店主さんが話し掛けてきてくれた。


彼曰く「アンクの奴はな、男女問わず悲しそうな奴を見ると必ず元気付けようとするんだ。べらぼうに話し続ける事も有れば…今みたいにただ黙って気遣ったりする事も有る…。相手を見て、どんな慰め方が相手の為になるのかってしっかり考えてる奴なのさ。そんなんだから割とモテるんだが…当人は「俺ぁ自分の作った飯を一番の笑顔で食ってくれる女にしか興味ねぇ」とか言ってやがる。」


どうやら彼は軟派では無く、意外と優しく変わった人だった様だ…。


少し冷めてしまったホットケーキを口にする、見た目通り…とっても甘くて美味しくて…少し懐かしさを感じる味だった。


そんな出逢いがあって…私は時折その酒場に顔を出す様になった。毎日では無いが…彼が居る日も多く、顔をよく合わせる様になると…それからは一緒にPTを組んだりしてギルドの依頼をこなしたり、彼から料理を教えて貰ったりする様になった。彼は『連刃』と呼ばれる名うての剣士で、何と師はあの『剣聖』と名高いカゲツ・スイホウだとも聞かされた。剣士関連の知識は冒険者ギルド内で聞きかじった程度だけど…確か、剣聖は並々ならぬ腕の剣の使い手…魔法使いで言う所の「最上級」クラスの者に贈られる称号…だった筈。


だけどアンクにその事を聞くと「師匠の事?…正直俺ぁ苦手だったな、厳しくてよ。」余り興味が無さそうだった。


それからは…私にとって…とても幸せな時間が続いた。


共に未開のダンジョンを制覇した時。


初めてちゃんと覚えたオムレツを彼に振舞った時。


下らない言い合いから喧嘩をして…最後は黙って一緒に手を繋いで仲直りした時。


彼が自分の身の上を話してくれて、初めて泣いている姿を見てずっと抱き締めていた時。


風邪を引いてしまい、熱を出した私をずっと看病してくれていた時。


好きです、と告白しようとしたら逆にプロポーズをされてしまい耳まで熱くなった時。


冒険者を引退し、一緒に貯めていたお金でお店を立てた時。


夜遅くまで頭を捻って2人で新しいメニューを考えた時。


そして…妊娠して、コルトが生まれた時。


そんな私達の大切なコルトを…命懸けで守ってくれた新しい家族がやって来た時。


どれも…とても幸せで、私の辛く悲しかった過去は…本当に遠い昔の様に感じられる…。



   ***



だけど…今、過去と…いや…私がミュレルにしてしまった事と…罪と向き合わなければならない時が来た。…どう言った経緯で私の掛けた封印が解けてしまったのか。何より、あの時以上に…彼女の魔力は増大している。本来なら有り得ない…氷を破壊出来るだけの魔力もあの時のミュレルには残されてなかった筈だ…、それに私が使用した封印魔法は対象の相手の時間すらも止められる。容姿は成長していないのに封印は解け、魔力だけが増えるなんて…明らかにおかしい。


私は宝杖「三宝珠の導き(トライヴァンス)」を握り締めたまま、無言で彼女の一挙一動を観察する。そして…黒い鱗に覆われた巨大な竜にも注意を払う。あれは危険だ、多分…相当高位な召喚獣。急所を上級魔法で狙うか最上級魔法で無ければ倒せない相手…。こちらが先に動かないのを見て、ミュレルは再度口を開いた。


冥竜(ヴァハムート)!その女を…殺せっ…!」


そう告げるミュレルの表情は…やはり、あのとても嫌な嗤い方。彼女の片手の人差し指が私へと向けば…主の命に従う冥竜と呼ばれる黒い竜はこちらに視線を向けて来た。…風の魔力を体に纏わせ、魔法を唱える。



身体強化の風(エフィルリンク)!』



その発声と同時に体が身軽になる感覚。視線の先…、対峙する竜は大きく息を吸い込んでいる…と思った刹那、巨躯に見合わない俊敏な動作で広範囲を焼き尽くす様な黒い炎の吐息(ブレス)を轟音と共に放射して来た…!不味い…この範囲は…クラルまで…!即座に地を蹴り倒れて気を失っている彼の近くへと降り立てば杖を前に掲げ、新たに風の魔力を込めて次の魔法を発動させる!



大暴風の壁(ストーム・バリアント)!』



自身と背後の仲間を守る防御魔法…!所謂魔法障壁の1つだ。これで防いでる間に何とか…クラルを起こさないと…!私は前方に意識を集中させながらも背後に倒れている彼に呼び掛ける!


「クラル!起きて!クラル!!」


ミュレルの話が本当ならあの竜の攻撃を受けてしまったに違いない、回復する間すら与えられずに…。本来ならば直ぐに駆け寄って、応急手当だけでもして上げたいが……今、それをすれば私達は炎に巻かれるだろう…。ちゃんとクラルの魔力は感じられるから死んではいない…そう予測してなきゃ私だってこうして冷静で居られる自信は無いのだから…!兎に角、呼び掛け続けるしかない!


「クラルッ!」




   ***




んん…ここ、何処だ…?ひたすら真っ白なだけの世界とか…何か変な感じだなぁ。


「ここはあなたの前の世界と、今過ごしている世界…その狭間にある世界。…所謂中間地点です。」


え…何それ…、…えーっと…って言うか…あんた誰?


「…お忘れですか?私はあなたに今の世界へ来る切っ掛けを与えた者ですよ。」


いや、そうは言うけど…何処に居るんだ?相変わらず自分の体とか見える以外は視界が白一色なんだけど…、ん…待った…その…声…。…確か何処かで…。


…あ…!……まさか…あのようじy…、いや…小さな女の子…?


「はい、その節は大変お世話になりました。」


あ、いえ…こちらこそ…じゃなくて…、随分時間が経ってからお告げ的な事をして来るんだなぁ…。


「これはお告げではありませんよ。あなたの意識が今、肉体から離れているからこそ…こうして私と会話が可能なのです。」


えっ!?そ、それって…?


「あなたは、今過ごしている世界で重傷を負い…気を失っています。」


マジかよ…幾らあんな竜に尾で吹っ飛ばされたからって…一撃で瀕死とか俺ってやっぱ雑魚…。


「冥竜の攻撃が直撃したのですから仕方ないですよ。それにこの状況の一因は…あなたをこちらに連れて来てしまった私にも有りますので…申し訳御座いません。」


い、いや…一応こっちに来たのは自分の行動からだし…謝らなくて良いよ。


「実は…今更ですがここである選択をして頂こうかと…この世界にあなたの意識をお連れしました。」


えーと…滅茶苦茶聞きたい事沢山有るけど…まず…選択って?


「はい、選択の内容は…今の世界に留まるか…元の世界に帰るか…です。」


え…こっちにわざわざ転移させたのに、また今度は戻すの?


「勝手なのは重々承知しています。ですが…このタイミングで選択肢を持ち出しのは理由があります、元の世界に戻るのであれば…あなたは今の危機的状況から脱出できるからです。」


つまり…今ならあの仮面女と竜の前から離脱出来る…って事か?


「ええ、そういう事になります。…ですが…そうなれば…もう回復の力を操る者は未来永劫、あの世界には存在しなくなるでしょう…。」


そこまで回復魔法が体質に合う人って稀少なのか…?


「はい。少なくともあなたの故郷の世界ではあなた以外、回復魔力に対する適合者は存在してませんでしたし。何より…。」


何より…?


「あなたは回復魔法の使い手として、最も大切な事を理解していた。」


…俺、そんなに立派な心掛けをしてた覚え無いけど…。


「無自覚であるからこそ良いのです。…ですが、最近のあなたは少々…戦う技術にばかり意識が傾倒している様ですね…。」


そりゃあ…魔物とか出るし、今だって冥竜とかやら…『闇導師』…だっけ?悪党っぽい魔女とか現れたしさ…。


「もう一度、よく思い出してみて下さい。一体何が回復魔法の真髄、深奥で有るのかを…。とは言え…あなたが帰るという選択肢をしたのなら…もう無用の考えなのですがね…。」


そんな大それた考えをした事無いんだけど…、まぁ…良いか。えっと…帰るか、帰らないか…だっけ?


「はい、あなたが戻る事を希望すれば…元の世界へ。このままで良いと言って頂けるのでしたら…今の世界に戻り…気を失った場所で目を覚まします…。」


そりゃ…まだ生活が始まって数ヶ月だけど…俺はクラルとして生きる覚悟は出来てるし…。


「元の世界に、二度と帰れなくても…ですか?」


…!


「あなたの元の肉体は今、あなたの故郷の世界で一種の魔力を覆う様な形に近い手法で一時的に保存しています。ですが…これには限界が有るのです。肉体から魂と記憶が離れたまま、長く放置すれば…肉体はあなたの世界で言う「カミカクシ」と呼ばれる形で喪失します。但し、どちらを選ぼうとあくまでも喪失するのは片方の肉体だけで…精神や記憶は今のまま…両方の世界での記憶が残ります。」


…何だよそれ…、…随分…身勝手じゃないか?


「…分かっています。だからこそ」


あぁ…いや…、良いよ。


「……?」


俺は…あっちに戻っても1人だ。家族も身内も居ない。


「………。」


…そりゃ、少しは心残りもある…仕事も途中だし、あっちの家族の墓の手入れとかも…本当はしたい。


だけど…今の世界にも…生きている新しい家族が居るんだ…、しかも今はその家族が生活する村を襲っている奴が居る…。それを放って…帰るなんて、俺には出来ない。


「…。」


だから……俺はクラルテとしての世界を選ぶ。


「後悔、しませんね…?」


そりゃあ…するよ、ってか今既にしてる。どうせなら容易に行き来出来る展開とか無いかなぁ…とか考えてる。


「…それでも、残るというのですか?」


ああ、だって…回復魔法が有れば…大事な人を助けたり、きっと理不尽な死を減らせると思うし…今の世界にも…守りたい人達が居るから。


「……承知致しました。では……クラルテ・カークティアとして…あなたの意識を選んだ世界へと帰します、…気を付けなさい…相手は代価の書と呼ばれる呪いで強大な魔力を得た魔女です…。…相手によっては力尽くではどうにもならない事も有りますから…。」


あの仮面女の事?ははは…そんな相手だったのか…、あー…戦いたくねえなぁ…逃げたい…。


「………選び直しますか?今なら…特別に変更しても…。」


そっちはもっと嫌だよ。……自分勝手に生きて、大事なものを見落とす人生は…もう御免だ。


「…………。もしかするとですけれど…あなたには勇者としての素質も有ったのかもしれませんね。」


ははは、そんなのある訳無い無い。俺はキモオタでダメダメな元葬儀屋さ、っと…あれ…?何か…体が薄く…。


「…あちらで意識が戻り始めたのでしょう。大丈夫です、既に意識はあなたが選択した世界の体とリンクさせて有ります。」


それは用意が良いな。助かるけど…次にもしも会えたらあんたがどういう理由で俺をあの世界に送ったのか、教えて欲しい。


「それは…大まかには既にお伝えしたと思いますが…、分かりました。では…。」



…    …    …。




「―――――また何れ、お逢いしましょう…救生の力を持つ者よ…。」





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