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第21話「vs.闇導師ミュレル 中編①」

「…お前が悪いんですよ?せっかく私が直々に声を掛けて上げたのに…生意気にもくたばれ等とのたまってくれるとは…そんな身の程知らずはさっさと死にやがれですよー。」


仮面の女…ミュレルは俺にそう嘲笑と侮蔑を込めた口調で吐き捨てると、地面に現れた禍々しい魔法陣とその中央で渦巻いている黒い魔力に視線を移す。初めに這い出してきたのは腕と爪…恐ろしく硬そうな黒い鱗に覆われた腕、その先端には数本の深紅色の爪…、続いては頭部……爬虫類に近いのであろうその金色の眼は獰猛さを微塵も隠す様子は無い。更に胴体…腕を覆っているなら当然、体全てが黒の鱗に覆われている訳で…。胴と同じタイミングで建物を平気で覆い隠すような巨大な翼も現れる…。そして、最後は尻尾と足だ…尾の先端には棘の様な物が付いており…あれで薙ぎ払われたりしたら……考えたくは無い。足には特筆する点は無い…が、あの巨体…少なくとも5メートル以上は有るであろう体を支えているのだ…人間とは比較にならない脚力だろう…。


奴に呼ばれた使い魔…いや、こいつは別格だ…、恐らく召喚獣…と呼ばれる存在…。


そうして闇の魔力の奔流と紫電を辺りに撒き散らしながら…


冥竜(ヴァハムート)』がその姿を現した。






『ゴギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!』






同時に轟く激しい咆哮、下手をしたら村一帯処か…レグナシア王国にすら届くのではないか…とすら思ってしまう様な凄まじい音の爆弾…肌が音だけで痺れる様な感覚と…背筋に走る強い悪寒…。ゲームとかで言うバインドボイス…みたいな物だろうか…。まるで…蛇に睨まれた蛙の様に、体が動かない…。剣を握る手も小刻みに震えている……。こんな奴が相手では…俺じゃ…時間稼ぎ…すら…。


「ふふふ?怖いですか?怖いですか?でもダメー、誘いを調子に乗って断ったお前は殺しまーす。さっき助けようとしてた人みたいに地面を這いずり回るが良いですー。」


……っ…、…こいつ…俺は兎も角……おっさんまで馬鹿にっ…!……やってやる…、…例え勝てなくても…こんな奴の思惑通りに…怯えたりしてたまるかよっ…!俺は剣を強く握り直し、気合を入れる。無駄だってのは理解してるさ…でも…尻込みしたまま死ぬ位なら…自分の信念を通して…死んでやるっ…!俺はそう決断し、冥竜に向かって剣を構えれば地を蹴った。今の光景…第三者が見ただけなら竜に挑む勇者だ、だけど…現実は残酷で非情、こちらに勝ちの目等無い。最初に冥竜は俺に向けて片腕を大きく広げ、引き裂こうと手を伸ばす…が、直ぐ様後ろに飛び退いて回避!俺が先程立っていた位置を深紅の巨大な5本の爪が通過する…こんなのが万が一急所に当たったら…いや、急所じゃなくても…死に兼ねん…!改めて戦慄を覚える俺に対し、更に追撃の棘付きの尾が向かって来た…こちらの攻撃自体は幸いにもそこまでは早くない、が…これは…リーチが長すぎる…!回避に要する距離が足りない…!俺は真横から来る尾の一撃に対し、少しでも威力を殺そうと剣で防いだ…


…つもりだった。


「うぐ…、…ぁ…っ!!」


その尾のたった一振りで…手に持つ剣は真ん中から見事に叩き折れ、防御し切れなかった衝撃が伝わる……と同時に……建物の壁に叩き付けら…れ………。



「あは はー。こ な簡単 死 な て情け いで ねー。あー良 気味で ー。」



…く……そ……。……   … 。



   ***



眼下で冥竜に尾を叩き付けられた坊やが死に掛けの芋虫みたいに地面の上で蠢いてますね。さて、既に私の慈悲を蹴ったこの芋虫にはトドメを刺す以外の価値は無いですー。そういう訳で今から殺すとちゃーんと聞こえる様に宣言して上げますー。私ってば優しいですねぇー。


「ふぅ、実にすっきりしたのですー。初級魔法しか使えない糞雑魚が生意気なのですー。私に挑むなら上級魔法の1つでも覚えてから出直して来やがれって話ですよー…。ま、もう無理ですけどね…殺しますしー。」


氷柱の大豪雨(ダイヤモンド・ストリーム)!』


「っ!」


突如、私の頭上に灰色掛かった雲が収束し…大量の巨大な氷柱が襲い掛かって来やがったです。でも残念、こんな攻撃…魔法障壁を展開してる私には通用しないですー。自分の顔に直撃する数センチ前で砕け散る幾つもの氷の矢。私には勿論ですが、冥竜にも全く通用してないですからねー…まぁこいつの鱗を貫くのは上級魔法を連打しても結構難しいんですけど。…どいつもこいつも、無駄な努力がお好きですねー。


「無詠唱、ですか…。ちょっとだけ吃驚しましたよー。」


まーだこの辺に別の生き残りが居やがるとは予想外でしたよー。しかも、これは中級魔法ですねー。…さっきの坊やよりは楽しめそうです。さて…愚かにもこの闇導師(ノワールマスター)に挑む馬鹿野郎のお顔をチェックして上げましょうか。


「久しぶり、ね…。ミュレル…?」


…?私、まだ名乗ってないんですけどー。ま、私の称号は闇導師ですから知られてても不思議では無いかもですけどー。でも、この濃紫髪の女…どっかで見た顔なんですよねー…て言うか…私がいっちばん恨んでる小憎たらしい女の顔にそっくりです。……この女が持ってる三色の宝玉が付いた杖…恐らく、私の「怨鎖の魔手(カルマティマノン)」に引けを取らない代物…かもです。


「……馴れ馴れしいですねー。大体私はあなたみたいな人は知りませんよー?」


「…そう…でしょうね…、あなたと一緒に居た頃は…私ももっと子供だったから…。今のあなた位に…。」


…!!!


…………そう…ですか、あなたが…そうでしたか…!


「……、…」


この時を…どれ程待った事でしょう…。暗黒騎士を仕向けた時…僅かに使い魔から伝わる魔力を読んだだけでは分かりませんでしたが…。


私が封じられていたこの年月…あなたは…無様にも歳を喰っていたんですね…!


「長かったです…本当に…!」


感無量とはまさにこの事……、…あなたを…。


「この時を…この時を…どれだけ待ち望んだ事か…!!!」


……否、…お前を…この手で殺せる日が…遂に…!


「今度こそ…殺す……!…ミリア…マージナル……!」



   ***



浮遊魔法で宙に立つ相手…仮面を着けていようともミュレルだと私には直ぐ分かった…僅かな嬉しさと…堪えきれない悲しみが胸に押し寄せて来る。殺意の篭った瞳と言葉…それはそうだろう、私はそれ位恨まれるだけの事を…彼女にしてしまったのだから……。




もう10年以上前……彼女と私はレグナシア魔法学院の同級生であり、冒険者仲間であった。とても礼儀正しく、賢く、優しい子で…何と珍しい闇属性の魔法を得意としていた。基礎魔法学の授業で初めて知り合った時から何故かとても馬が合った。一緒に冒険者ギルドに登録し、楽しさや苦しみを共に分かち合い、魔法の修行や勉学にも共に励み…成長してきた。


なのに…ある日、受けたギルドからの依頼が…いいえ、私の所為で…彼女の全てが変わってしまった。


依頼内容はとあるダンジョンの底に眠る書物の回収。そのダンジョン自体は既に熟練の冒険者達が攻略し切っていた為、駆け出しに近い私達でも危険は無いだろうと…私とミュレル、他にも仲の良かった顔見知りの同年代冒険者数名で請け負った。


隅々まで探索が済まされた地下迷宮…出て来る魔物は私達の魔法や剣でも容易く倒せたし、ギルドから支給された地図を持っていた上、盗賊仲間も居たので道に迷うといった事も無かった。


幸か不幸か…本当に偶然。…目的の書物類を1冊でも多く集める為、ダンジョンの中の地面を隅々まで探して回っていた時だった…とある一角、片隅の床…たった一枚のパネルの色が他の床と違う事に仲間の1人が…気付いた。そのパネルを退かしてみると…人一人が通れるサイズの穴と梯子を発見した。


何が起こるか分からないよ。行くべきじゃない。でもお宝があるかも?もしも更に下の階が有っても魔物が強かったら逃げれば良いんだよ。じゃあ、少しだけ見に行ってみようか。


…確か、そんな話をして私達は結局下の階に行く事を決めたんだと思う。…若かった、と言い訳をすればそれまでだが…もっと…警戒心を持つべきだった…今更悔やんでも仕方が無いけれど…。


降りた部屋の中は余り広くは無く、中央に宝箱が1つポツンと置いてあるだけ。開けられた様子も無く、盗賊の子にチェックをして貰うが罠が掛かっている様子も無い。初めて見付けたのが自分達のPTなのは間違いなかった。駆け出しの冒険者は殆どが最初は熟練冒険者によって攻略された危険の少ないダンジョンを足掛かりに経験を詰む、だから未開封の宝箱なんて…見つけたら狂喜乱舞するのは当然だった。事実、私自身もそんな状況だったのだから…。


中身は何だろう?宝箱だし…宝石とか稀少な装備とかじゃない?もしかしたら依頼を受けてる書物よりも凄い本が入ってたりして…!そんな浮ついた雰囲気の中…ミュレルだけが不安そうな表情で開けない方が良いかもー…と呟いていた。


彼女はとても勘が良く、学院での模擬戦やPTを組んでいる最中…駆け出しらしからぬ行動や判断をして皆を驚かせたり危機を救う事も多かった。それなのに…私を含めた他の仲間達は宝箱を見つけた高揚感が上回ってしまい、開けるという結論に至ってしまった。


ただ、盗賊仲間の言う通り…箱を開ける点においては危険や罠は確かに無かった。そうして開かれた宝箱の中に入っていたのは1冊の古びた魔導書…の様な物。表紙には魔族語で「多くを求める者は開け」と簡素な一文だけが書いてあるのが見える。


普段私達が使用している言語では無い為…その場で読めるのは家系が特殊で元々読む事が可能だった私と、魔法授業の過程で魔族語を学んでいたミュレルだけだった。だけどミュレルは未だに不安げな表情…それなら私が、と…本を手に取り、開こうとした時…


「ミリア、わ…私が…読みますっ…!」


と、ミュレルが半ば強引に私から本を奪い取った…その時だ、偶然…本当に偶然、その動作で彼女の手元で本が開いてしまい…彼女だけが



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そこに書かれている内容を読めてしまった。



次の瞬間…俯き立っている彼女の手元にあった魔導書がブワッ!と霧散消失すると、駆け出しの私でも容易に認識出来る程に魔力が増大……いや、違う…そんな半端な表現じゃ足りない…そう、爆発したかのように…ミュレルの魔力総量が一気に膨れ上がったのだ。


刹那、何か黒い波動の様な…刃物の様な影が横切ったかと思うと、仲間の1人の片腕が地面をゴロゴロッ…と転がった…まるで投げ捨てられたパンみたいに。


私を含め全身が呆然…早過ぎて何が起きたのか理解出来なかった…。そうして少し遅れて腕がすっぱり切断された仲間の悲痛な叫び声。私達、そして俯いているミュレルの頬をその腕から噴き出す鮮血が濡らした事で全員が漸く今の状況を認識した。



ゆっくりと…顔を上げたミュレルの口は…。



嗤っていた…彼女を良く知る私でも見た事が無い、とても歪んだ笑顔で。




後に調べて分かった事だが…私達が見付けてしまったのは「代価の書」と呼ばれる魔導書だった、何か1つを代価にする事で複数の何かを得られるという呪いの禁書。どちらにおいてもその「何か」を指定する事は出来ない。


ミュレルが奪われたのは「元の優しい性格」


得たのは「新しい性格、強大な魔力、深い魔法知識」だった…。


よりにもよって彼女は最悪な形とタイミングで最高クラスの魔法使いとして…覚醒を果たしてしまった。たった一頁、あの本を読んだだけで残忍な性格に変貌し…仲間であった私達に一切の容赦無く強力な攻撃魔法を仕掛けるミュレル。こちらはこちらで彼女を攻撃する事への抵抗が拭えず…応戦程度に対抗しようとするもこちらの魔法や攻撃はまるで歯が立たず…直ぐに追い詰められた。そして弱りきったPTは闇の魔力に蹂躙されて行き…最終的に私を除いて、全員が殺されてしまった。そして…魔力が既に底を尽き残された私は深い後悔に包まれる…。


これは…ミュレルをこんな風にしてしまった私達に対する罰なのかもしれない…あの時…ミュレルの不安をちゃんと…私だけでも聞くべきだったんだ…と…。涙が溢れてしまう…。


そうして…私は…、死を覚悟した。


「後はあなただけですねー、ミリア。」


「……。」


「ではでは、さような……うっ…!?ぅ…ぅ…っ…あ…ぐ…っ!邪…魔…するなっ…殺す…っ…!…ミリ…ア…、逃…!……、ぅ…嫌…っ…!殺…!だ…め…っ…!」


しかし、突如…葛藤する様に頭を押さえ呻き声を上げ始めるミュレル。私は恐怖に支配されてしまっており、声を掛ける事すら出来ずにその様子をただ見守るしかなかった…。


「…っ……おのれ…!…代価の書に吸われた人格の残り滓…風情が…っ…。ふ…ふふ…ミリア…今回は…見逃してやる…です…!…もし…次…私の前に立ったら…今度こそ…。」


何かを抑え込む様に荒い口調で私に吐き棄てると、彼女は左手で地面に黒い渦の魔力を作り出してその中へと消えていった…。


何故彼女があんな行動に出たのか、私を見逃してくれたのか…。全てが分からなかった…。


ただ…私は安易な選択をして大切な多くの友人達を…一瞬で失ってしまったという悲しみと罪悪感と…幸運にも助かった事への安堵で…自分の体を抱えて泣くしかなかった…。




それから…2年の月日が流れた。




私は冒険者ギルドと魔法学院を両立し、死に物狂いで魔法関連の知識と戦闘技術を身に付けた。並の魔法使いでは扱えない中級魔法をも幾つか使える様になると…当時既に『闇導師』として悪名高くなっていたミュレルの行方を探す事にした。今の彼女の前に立つ為には…それなりの腕が無ければ勝つ処か、話をする時間すら稼げないと理解していたからだ。だが…その苦労は決して無駄ではなかった。学んだ魔法知識の中に……禁呪と呼ばれる力が…彼女を救える可能性のある魔法を見つけたからだ。


それは魔力ではなく自分の先の寿命を消費する事で発動出来る魔法…『属性封じ』と呼ばれる物。


一般的な『魔法封印(アンチスペル)』と呼ばれる物ではなく、生まれ持った相手の属性魔力自体を一定期間、封じ込められるという反則技だ。…これは完全な外道の法であり、使い手自身が技量を誤れば…消費処か寿命を全て奪われる…まさに禁呪と呼ぶに相応しい力だった。しかし…ミュレルのあの力もまた「代価の書」による禁呪に近い呪いによって得た物。闇の魔力を封じる事が出来れば助けられる可能性が生まれるのでは無いかと…私は推察した。それに、彼女にだけ何かを失わせておきながら…安易に助けられるなんて虫のいい話よりは…ずっと良いと思ったから…。



そうして長い探索の末…私は遂に彼女と再び邂逅する事になる。



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