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第20話「vs.闇導師ミュレル 前編」

俺が見上げる先…黒いローブを着た闇導師を名乗る女が空中に浮いたまま杖を高く掲げた。するとその杖は何重もの魔法詠唱文みたいな物が描かれた光り輝く輪を纏う…くそっ!何だありゃ…!?あんなの…ミリアさんの座学でも聞いた事が無いぞ!そんな俺の内心の焦りを知らぬかの様に女は嗤っている。仮面をしていても…何となくだが嫌な笑顔を浮かべているのは感じられた。


「ふふふ、まずは小手調べですよー。…冥界より生まれし黒く小さき番犬よ。我が命に従い敵を喰い荒らせ。」


闇夜の狼(ナイトウルフ)


女がそう宣言すると杖を纏っていた内の一番小さな魔法の輪がパキィン…と何か割れた様な音と共に消失する…と同時に俺が見た事の有る魔物が…4体、地中の黒い渦の中から這い出す様に現れた。


「………っ!」


間違いない、俺が最初にこっちの世界に来た時に…偶然木の棒で倒したあの四足歩行の魔物だ!………まさか……こいつ…!いや、今はそんな事を考えてる場合じゃない!俺も即座に詠唱に入った、標的は…まずは地上に居るこいつら…闇夜の狼と呼ばれてる奴らだ。杖の向きを構え直せば、先端に風属性の魔力を収束させる。


「鋭き風よ、一刃となりて敵を裂け!」


ほんのちょっとでも良い、ミリアさんはああ言ったが初級魔法しか使えない俺の現状では一発でも強い魔法攻撃が求められる。発動待機中に僅かだけ魔力を込める。樫の杖に纏われた竜巻がゴゥッ…と少しだけ大きさを増した。よし…先手必勝!俺は運良く位置的に一列になっている2匹に向けて魔法を発動させる!


旋風の鎌(ウィンド・カッター)!』


杖を剣を振るかの様に横薙ぎ一閃に振り払う!その杖の先からは通常の規模よりもやや大き目の風の鎌…いや、大鎌に近いサイズの真空波が放たれた。敵にとっては不意を突かれた状況な上、風属性の魔法は他の属性に比べて速度がある。風の大鎌がゴォォッ!と通過した後、2匹の魔物は反応する暇すら与えられず


「ぐぎゅぁっ!?」


「ギャウッ!?」


やや間抜けな断末魔を残し、体を上半分と下半分で真っ二つに別れて絶命すると…暫くして黒い煙と共に消失した。…気分は良くない、だが確実に倒したのを確認し残り2体に視線を移す。と…そこで観戦を気取っていた女がこちらに言葉を投げ掛けて来た。


「へぇー。凄い凄ーい。その歳でこんなに密度と威力の有る魔法を操るなんて…ちょーっと甘く見てたかなぁ?」


相変わらず余裕綽々の態度で俺を褒める。うるせえ、お前みたいな外道に褒められたって嬉しくねえ。俺は確かに異性にゃ弱いが…それは二次元が前提で有り、仮に三次元であっても…善人に対してだけだ。…お前みたいな人の命を弄ぶ奴は…大っ嫌いなんだよ!口には出さないがその意思を込めて遥か頭上に居る女を睨み付けてやった。すると…


「あらあらー、まだまだ元気一杯みたいだねー。ふふふ、心配しなくても…こんなのは前座だからー。まだ2匹残ってる…でしょ?」


そうして女が杖を持たない手の指先を軽く俺へ向けた瞬間、2匹の狼が同時に俺へと襲い掛かって来た。…慌てるな、こいつらはアンクよりずっと遅い…動きをよく見ろ。狙って来てるのは…首筋と…右足だ…。俺はマントを翻し最低限の挙動で回避を行う。


「熱き炎よ、弾丸となりて敵を貫け!」


マントも良い具合に敵への目くらましになっているのか掠り傷すら負わなかった。そうして今から反撃…では間に合わない、無詠唱がまだ扱えない以上、先に手筈を整えておく必要が有る。だから既に詠唱を済ませていたのだ。俺の樫の杖の先端が赤い魔力で輝く。未だ俺が未熟な所為か…風属性魔法以外は発動する時としない時が有り、自信が無いので覚えた数にはカウントしていなかったが…今回は無事に発動してくれそうだ。攻撃を俺に回避されて戸惑っている狼の1匹に狙いを定め、魔法を唱える!


火球の飛礫(ファイア・ボール)!』


「ギィィィィッ!!!?」


片方の1匹が俺の放った火炎球に包まれ、暫くのたうち回った後…動かなくなった。黒い煙が出始めるが、そんなのを最期まで見届ける暇はない、更に残りの1匹に杖を素早く向けて次の魔法詠唱を開始する。


「風巻く小竜よ、炎を纏いて焼き焦がせ!」


杖先端に炎と風の魔力を半々で掛け合わせ、旋風の鎌とよく似た竜巻を纏わせる…。が…そこに発生するのは赤みを帯びた…基、炎を纏った竜巻だ。ミリアさんが話していた、属性を掛け合わせる魔法…。


火の微風(フレイム・ブリーズ)!』


魔法名を宣言すると同時に杖から炎の小さな竜巻を切り離し、残り1匹の狼に放つ。威力自体は初級魔法と大差が無いが…あの竜巻内に囚われた敵は酸素を奪われ、加えて炎に身を焼かれるのだ。最後の狼もその例に漏れず、竜巻が消失したと同じくしてドサリ…と元々黒かったその身を更に真っ黒に焦がして地面に倒れた。黒い煙と共に死体が消えて行くのを最後まで見届けない内に上空で待機している相手に向き直る。女は実に愉快そうに、そして優雅さが残る態度で手をパチパチと叩き俺を称賛して来た。くたばれ。


「実にお見事ですー。まさか雑魚魔物とはいえ…4匹相手にここまで容易く、しかも短時間で倒すなんて…。これはご褒美を上げなきゃ…ですねー。」


「…。」


俺は返事をしない。最初の会話で既に話し合いでの解決という手段は断たれている、だったら会話をして相手のペースに乗るべきでは無い。これはアンク、ミリアさん…2人ともしてくれていたアドバイスだ。


「…連れないですねー。…ま、良いです。じゃあご褒美ですよー。…今度はさっきの雑魚とはちょっと訳が違いますから…頑張って下さいねー?」


仮面越しでも分かる、とても嫌な嗤いがまた俺の方を向いてるのが…。依然、油断出来ない状況には変わりない。俺は上空の相手がまた何かを始めてしまう前に杖を構え直し、詠唱を始め…


「あっ、無駄ですよー?今の私には魔法障壁が掛かってますから…倒したいなら地面に引きずり下ろす努力をして下さいねー。」


俺の行動を読んでいたのか、そんな助言が頭上から掛けられる。…完全に舐めプしてやがる…くそっ!だが、魔法だけでの戦闘では勝てないと既に認識済みだ。俺は女への攻撃を一旦諦め、今立っている位置から、先程見付けた剣が立て掛けられている場所へ向けて走り出す。


「堅牢なる鎧を纏いし闇の騎士よ。我が腕、我が足となり兵となれ。」


女が詠唱を終えると同時に杖に展開されていた…先程よりも大き目の魔法の輪が消失し、また割れる音が響く。


暗黒騎士(イビル・ナイト)


そうして俺が何とか得物として狙っていた剣を握って杖を背中に戻したと同時、振り向いた先には…あの黒い甲冑が黒い渦の中から這い出して来ていた…それも…3体!


「…こいつらはっ…!?」


…蜂蜜亭を襲った奴らと寸分違わない…。間違いない…決まりだ…こいつがあの異常な魔物達の主であり…狙っているのは…恐らく…マージナル家の誰か、という事。恨みがあると言っていた…もしもこの女が元冒険者であれば恐らくアンクかミリアさん…或いは両方と面識が有る可能性は高いだろう。…なら、この女をあの人達には…俺の大切な家族に絶対に遭わせてはならない。自分達が原因で村が…こんな事になってしまったと知られれば…。何とか…何とかして…ここで…こいつを倒さなければ…!


「んー?この子達を知ってるんですかー?じゃあ話は早いかなー。この子達はさっきの雑魚よりは強いから…ちょっと強いだけの魔法や剣だと…直ぐ治っちゃうからねー。」


「……。」


「…さっきから私が話し掛けて上げてるのに黙ってばっかりですねー。…つまんない、最初の方が威勢が良くて好みだったんだけどなー。」


黙れ、お前みたいなのに好かれても嬉しくないんだよ。…とは思っても口に出さない、いや…出す余裕も無い。こいつらは…全力では無かったとはいえ、アンクやミリアさんをてこずらせた相手だ…しかもそれが3体…!俺1人で勝てる相手だとは思えない…。魔法は恐らく、あの時ミリアさんが使用していたレベル…恐らく…中級以上の魔法で無ければ倒せまい。剣でならば倒せるのか…と言われても怪しい所だ、アンクの様に核を見事に穿てる自信は未だ無い。どうする…どうする…!?


「じゃ、坊やがどう足掻くのか…お手並み拝見でーす。」


女が今度は指をパチリ!と鳴らせば3匹同時に腰から剣を抜刀し、俺に向かって斬り掛かって来た…!くそっ…今は兎に角護りに入らなければ…。こいつらは動きがずば抜けて速い訳ではない。蜂蜜亭襲撃時も、素人状態の俺にでも黒甲冑の動き自体は見えていた。あくまで人並みよりそこそこ早い、程度だ。だったら…!拾った剣を防御の構えで迎え撃つ態勢に入る。その直後、3匹の剣による攻撃が波状となって休む暇も無く襲い掛かって来た。目を閉じず回避出来る軌道の物は避け、間に合わない軌道は自分の剣で弾く!今はこれを繰り返しひたすら続けるしかない。模擬戦とは異なる…本物の殺し合いの空気、眼前を通過する銀色の刃…後ちょっと下がるのが遅れていたら…いや、そんな想像はするな。今は何とか反撃する方法を考えねば…!


「………。」


……思い付いた、だが…成功する可能性は低い。しかもやるには…一旦捨て身となり、斬られ死ぬ覚悟すら必要となる。…でも…やらないと…絶対に勝てないままだ。俺は覚悟を決め、3匹の剣による斬撃をせめて最小限の怪我で…少なくとも…首を跳ねられるとかだけは100%防がなければならない。俺は首元だけを剣で庇いつつ、敵が再度一斉に斬り掛かって来るのを覚悟して待つ事にした。そうしてそこに至るまでも苦痛の連続…実に嫌になる。首元ばかりを剣で守っている為、体の所々には斬り傷が出来始めた…正直痛い、滅茶苦茶痛い…!情けない悲鳴が漏れそうになる。それと同時に敵が一斉に剣で斬り掛かって来た…!今だ!俺は出来る限り身を縮こまらせ、首を剣と片腕で庇う様に全身で攻撃を受ける。


「う…ぐ、あ…ああ…あああ……ぁ…。」


「あらー。ここまで…みたいでしょうかー?」


俺の体、正確には剣を持たない左腕…右脇腹…左腰付近の3か所に深々と剣が斬り込む…!い…って…ぇ…!意識が痛覚に支配され気を失いそうになるのを必死で堪える…が…この後は更に…阿鼻叫喚。


剣を斬り込ませていた敵3匹が…全て同じタイミングで剣を引き抜く…その一瞬後…ブシュウウウウッ!と俺の体の3か所から一斉に血が噴き出した。今までで…一番恐ろしい痛み…だ………意識が遠のき掛け、全身から力が抜ける…そうして…地面へと…倒れ込んだ。…うつ伏せに。俺は既に剣を離し、無事だった右手を…自身の…体下に…隠す……。……。


「残念でしたねー。勇敢な坊やは頑張りましたが…闇導師ミュレルの前にはなす術も無く、こと切れてしまいました、とさ。」


……………………。


「さてー、本来の目的を果たしに行かないとですねー。」


…………。


「では暗黒騎士達よ、私が探している獲物を見つけて来るのです。」


………。


「1体は西、1体は南、1体は東です。見付けたら私の前に生かして連れて来るのですよー。」


……。


「あらー……?」


…。


「…どうしたのです?あなたは南だと…。………………っ…!?」


上空からでも1匹の暗黒騎士の背後から剣を突き立てている俺が見えたのだろう。距離が離れてても、仮面越しでも驚愕の反応が見て取れる。ざまぁ見ろ…!


「読み取ってやったぞ…、こいつらの…核の…位置っ!」


突き立てた剣は暗黒騎士1匹の右胸元よりの位置…そこにある核を完全に捉えた。硬い鎧なので剣が根元まで刺さる事は無かったが…核までには刃が届いたのか、弱点を破壊された鎧は僅かに不気味な痙攣をした後、獣と同じ様に黒い煙となって霧散していく。そう、俺は一時的に死んだ振りを…いや…本当に瀕死では有ったが…倒れた瞬間に自分自身に回復魔法を掛けつつ…ミリアさんから学んでいた魔力感知をあの鎧達に対して行ったのだ。こればかりはどうしても今の俺では感知するまでに時間が掛かるし隙も出来る…だから敢えて一度倒れ、相手に死んだと認識させる必要が有った。相手が魔力の感知を行えばそれまでだが…明らかにあの女は俺を見下している。油断している可能性も高かった…それがこの一手の救いとなった。回復魔法の光が漏れるのを上手く体で隠せても…感知されてしまえばそれまでだったのだから。


俺は剣を構えながら、残り2匹の暗黒騎士の核の場所を確認する。分かる…一度感知してしまえば奴らの急所が何処かに有るかは明白だ。その態度…いや、俺が無傷で再び立ち上がった事に疑問を持ったのか、女が俺に再度声を掛けて来る。


「核の魔力の流れを…読んだのですか……お見事ですねー。でも…坊や自身の方は、一体何をしたのでしょうかー?幾ら回復薬(ポーション)を持ってたとしても…あの傷が短時間で癒えるなんて有り得ない筈ですよー?」


答える義理は無い。心の中でそう返事をすれば、指示が俺から標的探しへと変更されていた暗黒騎士の1体へと剣を振り被る。こいつの核はご丁寧に兜部分だ。縦に力強く一閃!とはいえやはり硬い…上部を僅かに竹割みたいに裂く…と、刃先にパキッ…!と何かが触れて割れる感触…が伝わった、どうやらこいつの核も破壊出来た様だ。


「…次っ…!」


そうして残されたのは…1体!こいつさえ倒せれば…!と、残った騎士の核を見据えていた最中に女…ミュレルとか言ったか、奴がまた杖を小さく振る…。と同時に黒い光球が現れ…その球から針みたいに細い黒い手の様な物が幾つも生えて来た…ぶっちゃけ不気味である。そうして次の瞬間、残った暗黒騎士へその無数の手の様な物が凄まじい速度で向かえば、たった数秒で全身を串刺しにして行き…消失した。こいつ…自分の味方を…!


「絡繰りがバレた戦い程興ざめする物は無いですよー。全く…実に使えない使い魔共ですねぇー。」


俺はまた黙って相手を見上げ続ける。まだ奴の…ミュレルの杖には最も大きな魔法の輪が残っている。…ここからでも分かる。アレは…恐らくだが、俺で何とかなる確率は相当に低い。だが…ここで少しでも俺が時間を稼げば…村の人達が遠くへ…運が良ければレグナシアまで逃げ延びる事も可能かもしれない。…だったら…少しでも長く…!いや…粘るだけじゃない…何とかしてあの女を…倒さねば…!


「それに対して…坊やは実に見事でしたー、結局その傷が消えた理由は聞く事が出来ませんでしたが…意外性があって結構楽しめましたよー。」


何度褒められても返答は同じだっての、お前に褒められる位なら死んだ方がマシだ。


「だから…一回だけ聞いて上げます、私の下僕になりませんかー?」


これは…所謂お約束と言う奴であろうか、…だが答えは決まり切っている。


「くたばれ、外道。」


俺はきっぱりと、はっきりとそう告げてやった。例え格上の相手だろうが…人の命や心を弄ぶ奴に忠誠なんか誓えるか。


「…………。」


それを聞いたミュレルからは初めてハッキリと変化した感情を読み取れた。恐らく…本気の怒りだろう。寒気がする様な感覚を覚えるが、今更こっちも後に退く気は無いのだ。寧ろ望む所である。


「そう、ですか…。そうですかー。………、………はぁー…じゃあ、も、良いや。………死ね。」


今までのは作り口調だったのだろう、と分かる位に冷酷な話し方へと変わる。そしてドゥッ!!!と一気に魔力が大気を満たす感覚…当然俺のでは無い。…空中に留まっている奴の全身からは黒く闇に淀んだ魔力が恐ろしい程大量に溢れ出している。恐らく…ミリアさんの比ですら無いだろう。ミュレルは杖を横倒しにすれば自分と同じ様に宙に浮かせ、奴自身の胸元の高さに留まらせると…底冷えする様な声音で詠唱を始める。と……何と杖だけで無く奴の両手両足、更には奴自身の体を軸にし何重もの魔法の輪が現れる…う、嘘…だろ…あれがもしも次の使い魔とやらの為の輪なら…どれだけの相手に…。




「永久の闇底に封印されし黒き邪竜よ、我が呼び掛けが聞こえたならば舞い降り給え、我が願いを聞き届け、我に仇名す者を地獄の吐息で灰塵に帰せ。」








冥竜ヴァハムート








その名を聞いた時点で…俺は悟った、恐らく処ではない…間違いなく勝てないだろう、と。

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