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第17話「親愛の絆」

視線の先ではミリアさんが練習用のスティック杖を小さく振って準備に入る姿、実に様になっている。実際の戦闘においてはあのタイプの杖は余り実用的ではないらしいのだが、彼女が実技を見せてくれる時は何時も好んで使用している。ミリアさんの杖を持つ手が的に向くのを見て、見学をしている俺とコルトも意識を集中させる。見学…とは言ったがただ見ているだけが勉強ではない。目で見て状況を既に理解していても、肌や感覚で魔力を感知する…という訓練も兼ねている。これは常日頃から何度も経験する事が大切だそうだ。


また危険時で無いのであれば目を閉じ、より感覚を研ぎ澄ます事で集まる魔力…更にはその属性すらも読み取る事が可能だと言う。しかし今の自分の技量ではそんな事は到底不可能である、見て実際の光景から僅かにでも魔力の感覚を掴むのが最優先だ。


俺はミリアさんの動作を一挙一動見逃す事無く眺め続ける。初級魔法ともなれば、本来彼女に詠唱は必要ないのだが…それでは俺達への実演にならない為、ゆっくりとした口調で丁寧に唱えてくれる。


「鋭き風よ、一刃となりて敵を裂け」


彼女が持つペンよりも少し長いだけの杖周りに緑色の輝く魔力が収束したかと思えば…小さな竜巻へと変貌し、杖に纏わり付いた様な状態を保っている。その状況を維持する様にミリアさんの持つ手からは緑色の輝きが漏れ続けているが、そのままこちらに視線を向け彼女は説明してくれる。


「これが前の講義で話した、魔法として放つ直前。つまり…発動待機の状態ね。」


属性魔法はこの様に詠唱を事前に行い発動直前の状態を維持し続ける事も可能だと言う。但し、これも持続させたままにするには魔力を消費する上、無詠唱程ではないが…コツと言うべきか…魔力を操る技術力が求められるのだそうだ。


「このまま魔力を杖へ送るのを止めれば当然、詠唱した魔法の力は消失して一から練り直しになるわ。…今回はこのまま撃って見せるわね?」


ミリアさんはそう告げると的が付いている木を目掛けて、緑の輝きが混じる旋風を纏ったスティック杖を縦に小さく振るって魔法を唱え、杖に待機させていた魔力を発動させる。



旋風の鎌ウィンド・カッター



ゴゥッ!と一瞬だけつむじ風が通過する様な音が耳に届いた瞬間、括りつけられた的に向かって魔法名の通り、風の魔力の鎌が放たれた。流石に風属性らしくかなり速いらしい…が、アンクの動きの方がもっと速かったお陰で何とか軌道も含めて全て見切る事が出来た。…着弾した箇所である的に視線を向けてみるが…見事に真っ二つ。それ処か括り付けていた樹木にもそこそこ大きな裂け目、というべきか…斧で一閃したかの様な痕が付いている…。この威力で初級魔法…これでも人間にモロに直撃すればただでは済まないだろう。この世界の魔法威力の最低基準がこれで…回復魔法が存在してないなんて…。俺はごくり、と生唾を飲み…改めて攻撃魔法というものの恐ろしさを実感する。


「ふぅ…。…さて、ここまでで何か質問とかあるかしら?」


ミリアさんがスティック杖を腰のベルト横に差し直し、座って見学をしていた俺とコルトに話し掛けて来た。既に実演は何度か見ていたけど…炎や氷系統と違って風は物理的な攻撃を連想させられただけに「敵の首に直撃したらどうなるんですか…」とか聞けない。まぁ…予想出来るし聞かないけど。そんなヘタレな想像をしていたら何とコルトが先に小さく手を上げている。彼女はどちらかと言うと座学では積極的に質問していたが、実技の見学では余り質問や意見をしてなかっただけに…少し珍しい。ミリアさんが「はい、コルト。」と先生っぽく指名すればおずおずと彼女は口を開いた。


「え…えっと…その…発動までの待機中に…魔法に込める魔力の量…を…増やしたら…どうなるの?」


「当然、威力や効果は大きくなるわ。だけど…待機維持の魔力に加えて、更に威力上昇の為に魔力を消費する訳だから…余り有効な使い方とは言えないかもね。」


「そ…そっかぁ…。」


「でも…そうね、上級か…最上級。或いは…その上のクラスの魔法の使い手なら、一考する価値はあるかもしれないけど…。」


「そ…その上!?」


「さ、最上級が一番強いんじゃないの…お母さん!?」


その言葉に俺とコルトは思わずミリアさんへと同時に声を掛ける。そう、俺達が既に座学で習った一般的な魔法のレベルは大まかに



最初級:魔力のほぼ無い一般人でも使用可能。


初級:少しの魔力と知識が必要。1つでも初級魔法を操れれば魔法使いを名乗れる。一般的な魔法使いはここ。


中級:それなりの魔力と知識、そして熟練度が必要。この辺りからは並の魔法使いとは一線を画す存在として扱われる。


上級:相当な魔力、そして自分の持つ属性だけに拘らず、7つの属性について深い知識を蓄えた者だけが扱える様になる。使い手は殆どが複数属性持ちであり、ここまで到達した者ならば召喚魔法を扱う事も難しくは無い。


最上級:種族に問わずこの極地まで至れた魔法の使い手は賢者、大魔導士…等、その他様々だが『特別な称号』で呼ばれる。あの勇者アステリアも最上級魔法を幾つかは扱えたらしい。



で分類される。これ以上が本当に有るのだとしたら…いや、仮に有ったとしてもだ。俺が扱える様になる筈がない。残念ながら俺には回復魔法以外だと大した力が有る訳でもないし。…でも…一応、敵として出て来られたりしたら堪った物ではないので後学として聞いて置こう。まぁそんなのが出てきたら多分死ぬけど…回復魔法とか間に合わんでしょ。そんな事を考えながら死んだ魚の目で聞いているとミリアさんと視線が合った。


「…神話級よ。前にアンクが言ってたけど…これはクラルくんの回復魔法も該当する…かもしれないわ。この級に限り、魔法の技術や魔力とは違う…例外的なものが分類されるから…今では殆ど御伽噺の様な扱いだけど。」


と思ったら自分がその括りの人間でした。何てこった。



神話級:魔力の膨大さ、威力や知識等ではなく…その扱う系統自体が異質な分類の魔法。このクラスへ研究や努力、鍛錬等の人為的な形で到達した者は存在しない。



「じゃあ、クラルはボクが質問した様な事も出来た方が良いって事…だよね?」


「そう、ね…。前にした回復魔法の魔力消費についての話が事実だったら…とても危険な使い方になってしまうから推奨は出来ないけど…。クラルくん次第では自分自身だけじゃなく、一度に多くの人を癒したりする魔法も覚えられるかもしれない。」


詰まり全体回復魔法…的な?それはとても重要だ、仮に発動までの時間が多めに必要だったとしても…状況や1秒でも時間が惜しい時に使う事が出来れば…とても心強い力となる。攻撃魔法だけではなく、回復魔法も鍛えられる余地が有ると言うのならば…使えるというだけで胡坐を掻かずに磨く事をすべきだろう。


「俺、そっちの修行もやりたいです。少しでも助けたい命を守れる確率が上がるなら…出来る事は全部したい。」


「ええ、だけど…今はダメ。クラルくんの魔力総量がおおよそ把握出来て…例えば、属性魔法が幾ら撃てるのかとか…そういうので予測が出来る様になった時は改めて回復魔法の待機状態に関する特訓も視野に入れるから…焦らないで一つ一つ学びましょう?」


「で、でも…!」


「大丈夫よ、別に教えないとは言ってないわ。とは言っても…私は回復魔法なんて使えないから結局最後はクラルくんの魔力の流れや扱いが危険な域に向かわないかとか…それ位しかして上げられないけど…ちゃんと出来る事はするつもりだから、ね?」


「クラル…。」


……、…そうだ、ミリアさんだって出来る限りの知識を使って俺の良く分からない回復魔法について考慮してくれてるんだ。俺1人が先走った事をして無茶した挙句、魔力処か生命力尽きて死にましたー…では迷惑の極みでしかない。…剣の修行と同じだ、慌てる事は無い。一歩一歩…確実に積み上げて行けば良い。そうすればきっと…。自分の逸る気持ちを落ち着ける為に深呼吸をする、うん…よし。心配そうにこちらを見てくれていたコルトにも頷いてみせる、大丈夫だ、と。


「済みません…つい…この魔法で…助けたい人を…守れる可能性が増えるんならって…、また勝手に焦って…。」


俺は自分勝手な言動を反省し、頭を下げる…とミリアさんがこちらへと静かに歩み寄って来た。


「…クラルくん、確かに…あなたの魔法は人の命を助けられる、素晴らしいものよ…そしてその優しさもね。だけど…回復魔法の使い手としてはきっと…それだけじゃ間違い。」


「…はい。」








「…人を想う気持ちと同じ位、自分自身の事も大切に想いなさい。あなたがそうして…大事な人達を想っていれば…きっと相手も同じ様に…あなたを大切に想っているに違いないのだから…、ね?……クラル。」








ミリアさんのクラル、の呼び方が…前の世界のお袋の俺を呼ぶ声と重なった…気がした。


何でだろうな…名前は全然違うのに…。ミリアさんは呆ける俺を正面からギュッ…と優しく包む様に抱き締めてくれた。


「………。」


柔らかい…柔らかい物が顔一杯に当たる…ふへへ………へ……、……。


…………っ………、…………。


おいおい…、…視界が霞んでるんだけど……はは…何だ何だ…何時もみたいに、人妻の胸は最高ですわぁ…とか…感想述べろよ…俺…。


何…腕、回して…しがみ付いて…泣いてんだよ…、ミリアさんに…迷惑だろうが…第一…27歳のする事じゃ…無いだろうが…。


みっともない…みっともないのに…。


少し遅れて…後ろからもフワリ…と良い香りがした…。


見なくても…分かる…コルトだ…コルトが後ろから…寄り添ってくれているんだ…。


はは…年下の妹分にまで心配されてら……兄貴分が…聞いて呆れる…な。




………俺は…前の世界では…家族の想いに…最後の最後まで…気付けなかった…。


だから…その気付けなかった分を…他の人へ…せめて自分が向けられる分だけでも…向けて上げられたらと思った…。


見返りが欲しくて…そんな考えに至った訳じゃない…。本当に…ただの自己満足だった…。


でも、お礼とか感謝の言葉を言われた時は…やっぱり嬉しかったし…もっと人を気遣える人間でありたいとも思った…。


そんな風に生きてきたけど…俺は…俺自身には…こんな風に言葉を掛けてくれる人は皆無だった…。


いや、多少は…少しは気遣ってくれる人も居たさ…社交辞令にしろ…それなりには…。


だけど…ここまで…深く入り込んで来た…、来てくれた人達は…居なかった…。




………違う…本当は居た…ちゃんと…居てくれた…ただ俺が最初から最後まで…気付かなかっただけだ…。




家族…一番大切なものを…俺自身が蔑ろにしてしまっていたから…気付いた時には…後の祭りだったから…。


でも…この人達は…アンクやミリアさんは………多分…コルトも…本物の家族の様に…接してくれている…。


………嬉しかった…、…そして…同時に、どうしても…前の世界の家族の姿が…思い起こされる…。



俺の…前世界の家族は…許してくれるだろうか…?



こんな子供に戻って…新たに人生をやり直す…なんて甘い状況に居る自分を…。



妹と最後に約束した「生きる」という事をこの世界で守る自分を…。



それは…きっと…もう誰にも分からない…、だから俺は…。



今度こそ、大切な人達と共に想い合って…生きていけたら…と…そう強く、願った。



新しい家族に、包まれながら。

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