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第15話「属性と珈琲」

数分後、先にコルトがカップを乗せたお盆を持って厨房から戻って来た。どうやら香りから察するに珈琲を淹れて来てくれた様だ。手伝い慣れている成果だろう、手際良くコーヒー入りのカップとか砂糖やらミルク入りの瓶をテーブル上に置いて行く、まるでお洒落なカフェの店員さんみたいである。俺の前にも危なげない手付きで置き


「はい、クラルの分。」


「ありがとうコルト。」


「お砂糖とミルク、使う?」


そう尋ねてくるコルト。何だか…彼女の問いに少し前にミリアさんとしたやり取りを思い出す、やっぱり親子と言うべきか…細かい気遣いまで似ているのが何だか微笑ましい。


「うーん…無しで良いよ、このままが好きだから。」


前の世界で厨二時代、格好付けてブラックを嫌々飲んでいる内に…何時の間にか本当に砂糖もミルクも淹れない方が好きになった。今では微糖とかの方が逆に苦手になってしまった位だ。今は極端に甘いか、全く甘くない飲み物か…完全にどちらかでしか飲めない、紅茶もそうだし。逆にココアとかなら滅茶苦茶甘いのが好きだ。子供舌?知らん。


「そ…そっかぁ、じゃあ…ボクも何も無しにしよ…!」


そう言うと俺の隣の椅子に座り直し、湯気が立つ自分のカップ内に注がれた黒い液体と睨めっこを始めるコルト。心なしか、少し汗を垂らしてちょっとだけ苦悶の表情を浮かべている。珈琲に糖類を加えないなんて、今のコルト位の年齢ではただ苦いだけの水ではなかろうか…。多分だけど…俺とお揃いにしたかったのだろう、子供って人の真似をするの好きだからなぁ…。よし、助け舟出航。


「あ、でも今日はやっぱ疲れたから砂糖とか入れた方が良いかも。」


「えっ…?」


「ほら、疲れてる時って甘いもの摂ると良いって話があるし…。」


「そ…そうなの?」


実際には疲労時の甘いものは逆効果らしいけど…まぁ今の状況なら都合が良い話だから良いや。俺は食べたい物は食べたい時に食べるんだ、飲み物も然り。


「そうそう、だから砂糖とかミルクとか………。えーと…どれ位入れりゃ良いんだろ…。」


最近、ちゃんとした珈琲なんて飲んでなかったからなぁ…。専ら缶珈琲とか、カップでもインスタントの粉入れてお湯入れてそのまま飲むだけだったし…。確かスプーン1、2掬い位で良いんだろうか?というか、コルトに合わせないと助け船の意味がない。


「えっと…ぼ、ボクが入れてあげよっか…?」


控え目ながらも小さく手を上げ、こちらを見つめて来るコルト。助け舟を更に助ける舟が来航、やったぜ。…じゃなくて、ナイス提案だ。お言葉に甘えて入れて貰おう。


「じゃ、お願いしようかな。」


そう言って俺のカップをコルトの前に動かして差し出す。苦悶の色が消え、喜色が含む表情になっているっぽい。良かった良かった。


「えーっと…お砂糖は4杯…ミルクは7杯…。」


スプーンを片手に小声で彼女お気に入りなのであろう、加える量を呟いている。そうして瓶から掬った砂糖は匙に山盛りである。幾ら甘いのが良いとは言え、それは珈琲なのだろうか……いや、子供だし…そりゃそうだよね…。それ全部入れたら、コーラと同じ糖分のある練乳入り某珈琲みたいな飲み物と同じ甘さになりそうだけど…仕方ないよね。うん、飲める飲める。


「ん…これ位で良いかな…、はいクラル。」


「ありがとう。」


足した量に満足したのか、コルトが俺の珈琲…否、珈琲牛乳入りと化したカップを渡してくれる。それに口を付けてみると…口の中が甘さで満たされる、苦さが見当たらない。でも練乳は入ってないだけに胸焼けする程じゃなくて安心した…。飲みながら横目にコルトを見ると、先程の睨めっこ状態が嘘の様に彼女は鼻歌を歌いながら嬉しそうに俺と同じ量のミルクを足している様子が見える。うん、これで良いのだ。


「あら…?クラルくんはてっきりブラック派だと思ったんだけど…。」


俺の飲んでいるカップの中身が見えたのか、或いは甘い香りがし過ぎたのか…たった今、厨房から戻って来たミリアさんが珍しく空気を読まない指摘をする。いや…この人の場合、ワザとの可能性もあるけどさ。賑やかなのが好きみたいだし…兎に角、上手く誤魔化すしかない。でもさっきの疲れてる…って理由は失敗だった、そう答えたら「じゃ、今日はもうお開きにしましょうか」とか言われそうだし…。


「えぇと…その…、…甘いのが飲みたくなったので。」


俺は当たり障りの無い理由で返事をしてみる、って言うか…何故こんな飲み物の話題位で読み合いをしなきゃならないのであろうか…。


「ふーん、そうなのね。…コルトに入れて貰ったのかしら?」


何やら楽しそうな笑顔で俺の隣に座っているコルトに視線を移すミリアさん。あっ…このニヤニヤした視線、絶対俺の助け舟作戦…気付いてますわ。そして標的が俺からちびちび…とゆっくりカップを口にしていたコルトへ移った。母の容赦ない指摘が娘を襲う!


「う、うん…クラルも甘いので良いって言ったから…その…。」


何やら意図的な笑い方の母親を見て、コルトも思う所があったのか…少し頬を赤らめて小さく返事している。大丈夫だコルト…俺だって今のこの姿位の年齢の時には珈琲は苦いだけだったからな、恥じる必要は無いぞ…。


「うんうん、そうだったの。ふふふ、良かったわね?コルト。」


「あ、うぅ……ぉ、おかーさんの…ばかぁ…。」


コルトは頬の赤みが顔一杯に広がっていて恥ずかしそうである、何も良くなさそうだが…。それを見て満足したのか、漸く席に座って自分の分である珈琲入りのカップに口を付けるミリアさん。やっぱりと言うか…紅茶の時もストレートだった様に、彼女は珈琲も加糖せずブラックのままだった。



   ***



一息付いた所で再び魔法の講義を再開…とは言っても、やはり日常的に必要な字の読み書きをマスターし切ってからでないとその類の書物が読めない為、座学もミリアさんの口頭説明に頼りっきりになる。俺はその点を正直に申し出て、今日は一番身近である属性魔法に関してのみ、少しだけ掘り進めた説明をして貰う形に留める事にした。幾らミリアさんが説明上手でも、元の職業が教師とか教育業な訳では無いし…明日も蜂蜜亭の仕事があるのだ。こんな遅くまで頼んでる時点でアレでは有るが…これ以上、無理をさせるのは良くないだろう。まぁ…いざとなったら迷わず回復魔法掛けるけど。疲労も取れるから便利だし…既に連続で最大3度は使用してるんだ、直ぐ魔力切れにはならない…筈だ。


属性魔法…先程聞いた通り、この世界では最も使い手が多いタイプの『魔法』である。生まれ持った属性と魔力を根源とし、使用したい魔法の詠唱を行えば良い。魔力総量を増やす手段も有るが、基本的には生まれ持った魔力で済ませる者が殆ど。素手でも唱える事は可能だが、杖と魔力の相性次第ではそれを持つ事で効果や威力を増幅する事が出来る。『魔法使い』を名乗る者は大概が自分の属性に見合った杖を持っているそうだ。


そして…この魔法で最も長所となるのは『無詠唱』である。自身の属性を深く理解し、詠唱に割く時間を自身の魔力で補うという手段。つまり無詠唱魔法は詠唱魔法よりも魔力が多く求められる。その代わり、効果や威力は詠唱魔法よりも無詠唱魔法の方が効果や威力は上…となる。つまり、この属性魔法という力で最もベストな形は…杖を持ち、無詠唱を扱える者…という事になる。


ミリアさんは黒甲冑との戦いでモップを杖代わりとし、属性魔法を使用していた。元々の威力が不明な為、あれらの魔法がどれ位のレベルなのかは分からないが…黒甲冑が言っていた「A級冒険者」と呼ばれる者は…一般人と比べれば天と地程、力の差があるのだろう。何より彼女は無詠唱で…2種類の属性魔法を使用していたのだ。つまり…ミリアさんは少なくとも2つ以上の属性を理解しており、そしてそれを扱えるだけの魔力を有している事になる。恐らくだが…奴等の言っていた『三魔式(トレアラー)』とは、3種類の属性魔法を極めているか…それに近い者が得る称号か何かなのだろう。逆にアンクに関しては称号は分かり易かった、あの長包丁…いや、剣捌きは確かに『連刃』の名に相応しかったしな。


「とりあえずは、だけど…属性魔法に関してはこんな所ね。何か質問はあるかしら?」


口頭だけでの講義を終えたミリアさんが冷めてしまった珈琲で口を潤している。…教育業じゃないとか言って申し訳ありませんでした、凄く分かりやすかったです。こんなに説明量が多かったのに俺が理解出来てるってのは…明らかに教え方が上手い証拠だし…。質問か…一応気になってる事はあるし、聞いて置こうかな。


「あの、属性についてなんですけど…種類とか幾つ有るんでしょうか?」


俺の質問に対しミリアさんはまるで「待っていた」とでも言うかのように頷き、答えてくれた。


「属性、と付いてる魔法だものね。クラルくんの質問も当然だわ、だけどね…。」


質問内容に対し、丁寧に答えてくれたミリアさんの解答は意外な物だった。大きく分類した場合は



炎・氷・風・土・電・闇・光…の7種類。この辺はファンタジーでも一般的な感じのテンプレである。



しかしここからが少し複雑だった、例えばミリアさんが使用した「火炎炸裂弾(スリング・フレア)」。これは炎属性だけではなく、発動には風属性の魔力も少なからず求められるとの事。詰まり…扱う魔法によっては1つの属性だけでは不可能なものも有るそうだ。例えば…敵が最初は氷魔法を使用してきたので、火の玉を飛ばしてやったら実は氷+炎属性の持ち主で、属性応用で水魔法を使用されてしまい、火の玉鎮火された挙句、溺死させられましたー。なんてオチも有り得るのである。


更に補足として、生まれ持った属性に関してだけはどう努力しても属性その物を変化させたり、増やしたり減らしたりは出来ないらしい。ミリアさんの場合だが…炎、氷属性を見事に使用していた。彼女は生まれた時から3つの属性と特に相性が良かったそうだ。人によっては相性が良いのは1つの属性だけだったり、逆に最大だと6つまでの属性が扱えるケースも有る。だが…7つ全てを極められる事は絶対に無い。そこに到達出来ない理由として…光と闇の属性が存在するからだ。この属性は互いに反発しあう魔力らしく、その上…この2つのどちらかを生まれ持つだけでも特にレア…と言って良いのか疑問だが、魔法の応用力が幅広く難易度が高い。なので極限まで扱える者自体が滅多に居ないらしい…。例外としては件の勇者、アステリア位だが…彼女は初歩の初歩魔法に限り、全ての属性が使えたそうだが…そうなると光と闇の属性も扱えたのだろうか?或いは勇者だから闇属性は最初から除外して...残り全てという意味だったのか。因みに炎系統の話だが、そこはアステリア自身が苦手だから使わなかっただけらしい。火が怖い勇者…野生の動物か何かであろうか。


細かい説明をして貰い終わる頃には既に隣のコルトはうつらうつら…と頭を上下に揺らして舟を漕いでる様な状態になっていた。流石にこの内容量では眠くなっても仕方ないか…。もっと聞きたい事はあったが、今日はこの辺にして貰う様お願いしよう。ミリアさんにも悪いし…コルトも魔法を一緒に勉強したいと言ってたんだから俺だけ先に色々聞いてしまったら可哀想だ。俺がそう考えながらコルトを見ていたのに気付いたミリアさんは察してくれたのか


「それじゃ、今日はこの辺にしておきましょうか。コルトも限界みたいだし…。…クラルくん、お願いしてもいい?」


「はい、こんな遅い時間まで本当にありがとうございま…え?何をですか?」


先に切り上げを宣言してくれたミリアさんにお礼を言い掛けた所で、彼女はコルトを指差して笑顔でこちらを見ている。


「何って、勿論コルトの事。この子…親の私が言うのも何だけど…何時もは大人しくて物静かでしょ?だけど…眠い時は普段と違って遠慮とか自重とかしないの。昔、まだこの子が赤ん坊でハイハイしてた頃なんだけど…おねむだったコルトをアンクがふざけて抱き上げて頬ずりしたのよ。そしたらね…。」


「そしたら…?」


「顎に向かって頭突きされて悶絶してたわ。勿論、相手は赤ちゃんな訳だし…ただアンクの髭が痛くてイヤイヤってしただけだったのかもしれないけど…思えばアンクがコルトに凹み状態にされたのってあれが初めてだったわね。」


……これは、俺自身体験してるから知ってるには知っていたが…聞いて良い内容だったのであろうか。結構コルトが知られたくない秘密だったのでは…?いや、眠い時の内容だし…或いは本人も自覚していないかも…、ってかミリアさん…そんな状態の娘を俺に預け…いや、信頼されてるのは分かってるよ…?前にあんな嬉しい内容の話を聞いちゃったし…きっとコルトの兄貴分として期待されてるんだろうけどさ…これはダメでしょ。体格的にはちょっと俺の方が背とか高いけどさ…背負ってる最中に不快だとか思われて首絞められたらどうすんのさ…。いや…その前に…足がまだ筋肉痛残ってる俺が2階まで運ぶよりミリアさんの方が…。


「あの、2階まで運ぶのは俺じゃ危ないのでは…。」


身体強化の風(エフィルリンク)


笑顔で指をこちらに向けながら魔法名を唱えるミリアさん。何か見た感じ風属性っぽい魔法だが…微かに俺の全身が光っている…何か体が異様に軽い、足の筋肉痛は健在だけど…。


「少しの間だけだけどその状態ならコルトを背負っても、何なら抱き上げても問題ない筈よ。あ、でも抱き締めるんなら慎重にね?今のクラルくんが強く抱き締めたら、コルトの骨が折れちゃうから…。」


いや意味も無く抱き締めませんから、つーかサラッと何て恐ろしい事を言うんだこの人…。…そうじゃない、そこまでして俺にコルトを任せるのは何でだ…もしかして、ミリアさんも寝ているコルトに何かして因果応報な目に遭ったのだろうか……、…きっとそうなんだろうな。そうじゃないと魔法の危険性を説明しておきながら、わざわざ俺に強化魔法使ってまで運ばせないもんな…うん。


「分かりました、よくよく考えたらミリアさんにもコルトにも…俺の我儘に付き合って貰った訳ですし...。これ位は…。」


「助かるわ、クラルくん。…何ならお姫様抱っこでも良いのよ?」


何故か満面の笑顔に少し悦が入っているミリアさんから視線を外し、俺はなるべくコルトを起こさない様に細心の注意を払いつつゆっくりと抱き上げてダイニングの扉の前に立つ。別にミリアさんの発言を受け入れた訳ではなく、前に抱き上げた方が万が一階段から落下しても痛いのは俺だけ…いや、強化されてるから今ならノーリスクかもしれないと思ったからだ。心底楽しそうにしているミリアさんが扉を開けてくれて横に立っているので、挨拶前に一応お願いをしておこう。


「でも出来れば…次からは眠くなったコルトを見たら一声掛けるのを一緒にお願いします…。」


「あら、それは難しいと思うわ。少なくともクラルくんが起きてたら…きっとコルトも寝たがらないと思うし。…じゃあ、おやすみなさい。2人とも。」


「……おやすみなさい。」


やんわりと否定を混じらせる発言を受けた俺は諦め気味の笑顔で、ミリアさんは何が嬉しいのか不明だが本当に幸せそうな笑顔で、挨拶を交わすと俺はコルトを抱き抱えたまま軽々と2階の部屋を目指して階段を上っていった。

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