第14話「魔法体系」
さて、魔法の修行…とは言ってもまだ実際に使用しての練習は当然始められる訳では無い。剣の修行と同様に基礎的な事から学ぶ必要がある…とはミリアさんの談。ここ数日の間、寝る前に簡単な字の読み書きを始めたので簡単な文章だけは読める様になってきた…因みに、教えてくれているのはコルトである。精神年齢的には遥か年下の少女に国語を習う内部おっさん手前の27歳…いかん深く考えると涙が出て来る。気楽に考えよう。そういった事情からまだ実学には早いのでミリアさんの手が空く時間…蜂蜜亭の営業が終わるまではコルトに字を習ったり、出来る範囲での家事手伝いをしている。1人暮らしをしていた事もあり、風呂掃除や手洗いの洗濯も出来るが…後者はコルトとミリアさんの下着に触れる事になり兼ねないので止めておいた。
そういう訳で俺の主な担当は風呂場の掃除である、何しろ料理ではアンクとミリアさんには適わないし…コルトも何だかんだで手伝いを多くしているからか、結構家事全般が出来るらしい…若い内から立派である。そういう流れから、結局俺が出来そうな家事は風呂掃除位だったのだ。というか…この世界ってパッと見、中世な感じな雰囲気なのに普通に風呂が有って驚いた。存在しててもファンタジーだと王族とか貴族とか…お偉いさん方しか家に持ってないイメージだったんだけど…。
まぁ兎に角、そんな訳で俺は鍛錬で掻いた汗も流すのも兼ねて掃除をする為に風呂場へ向かう。今の時間帯、アンクやミリアさんは店の方に出ているし、コルトは何やらする事があると言っていた。だから脱衣シーンとか入浴シーンとかに鉢合わせする事は無い。そう思って俺は脱衣所の扉を開け
「………………。」
「………………。」
脱衣所内にある洗濯籠の中に入れておいた俺の服を、両手で広げて持ったまま真面目な表情で観察しているコルトさんが居た…。っていうか、それ昨日着てた奴なんだけど…。洗濯してくれる…って感じではないよなぁ…。
「…………ぁ。」
気付いたのか視線がこちらに向けば驚愕の後、一気に顔が朱に染まり、口があわわわわっ…って感じに動いている。可愛いけど…何をしていたのかとても聞き辛い。
「ち、違うのっ!こ…これは…!」
「はい。」
俺はコルトを刺激しない様に相槌を打つ、だけどその反応も駄目だったらしく彼女は頬も耳も真っ赤にしたまま
「えっと!えっとね…?そ、そのぉ…と、…兎に角違うからーっ!!」
と叫びながら俺の横を物凄い速さで駆け抜けていった。多分、自室に逃げていったのだろう…俺の昨日の服を連れて…。一体あんな服をどうする気なのだろうか…まさかあんな汗臭い服が好きだとか言わんよな…あんなの、洗濯しないと着ていた俺自身ですらお断りである。
「ま、いっか…どうせ洗わないと着れないし。」
違うってコルトも言ってたし、俺の変な妄想内容が事実という事も無いだろう。なので余り深く考えずに風呂掃除用のブラシを片手に浴槽を洗う事にした。
*数時間後*
蜂蜜亭の営業時間も終わり、ダイニング部屋を使って魔法の基礎を講義して貰う事となった。俺の向かい側の席にはミリアさん、そして隣には何故かコルトが居る。…コルトも勉強するのだろうか?
「えっと…コルトも魔法の勉強を?」
「う…うん…ぼ、ボクも…クラルと一緒に…覚えようかな…って。」
脱衣所の一件もあってか、少し口調がしどろもどろだがそれよりも…俺は目を丸くする。意外だ、コルトはどちらかと言うと「戦い」とか「敵を傷付ける」的な…そういったのを嫌いそうな印象だったんだけど…。
「コルトが魔法を、ね…。これも血筋なのかしら…。」
ミリアさんが何やら意味深な発言を漏らすのを聞いた俺とコルトは顔を見合わせ、首を傾げて?マークを浮かべる。それを見た彼女は片手を軽く振って「気にしないで」と苦笑しながら話を魔法の講義に戻す。
「じゃ、早速始めるけど…クラルくん、体調は平気?疲れてないかしら?コルトも無理はしないで、眠いなら先に休みなさい?」
今の体力だとアンクの修行で肉体的には殆ど一杯一杯ではあったが、魔法に関しては俺も紛いなりにも使い手である。早めに学んでおいて損は無いだろう。
「大丈夫です。元々、アンクさんの方の修行と平行してお願いするつもりでしたから…よろしくお願いします。」
「ボクも…大丈夫だよ、お母さん。」
俺は兎も角、普段はもう休んでいる時間であろうコルトは少しだけ眠そうだ…。剣の基礎修行である走り込みがもっと早く完走出来ればこんな時間にお願いせずに済むのだが…申し訳ない。ところで…気になる事がある。剣に関する修行はアンクに俺自らが頼み込んで約束を取り付けたが…魔法の修行の方はミリアさん自身から言い出していた事だ。
「ただ…始める前にちょっとだけ聞いても良いですか?」
「良いわよ、魔法の事なら何でも…あ、もしかして...何かコルトの秘密が知りたいのかしら?」
「お、おかーさんっ!!!」
いやいや、お母さんが娘の秘密とか話したらダメだって…。コルトはまた頬を染めている…可愛いけど可哀想である。しかし…どちらかと言えばミリアさんは子供に無理をさせたくなさそうなタイプに見える、コルトが無事だった時も…黒甲冑が倒された時も…彼女や…俺をとても心配し、気遣ってくれていた…。そんな人が進んで魔法を教えるものだろうか?それとも…回復魔法が特殊なだけで、この世界の人達は割と普通に魔法を使うのだろうか?
「いえ…そうじゃなくて…何で魔法の修行はミリアさんから提案してくれたのかな…って。」
「…ん。そう…ね…、少なくとも…クラルくんは特に知っておいた方が良いかもしれないし…その辺を交えて説明しましょうか。」
ミリアさんは練習用のスティック杖を片手に持ったポーズで、少し難しい表情のまま講義を開始した。
まず始めに、この世界には幾つかの魔法体系が存在している。基本的には属性魔法、精霊魔法、召喚魔法の3種類。
属性魔法、魔術。最も一般的に知られている『魔法』とはこれを指す場合が多い。自分の生まれ持った魔力を利用し炎や水といった様々な属性の魔法を詠唱で発動させる力。効果範囲や威力は使い手に依存するので魔力が多ければ多い程、強力な魔法を操れる。
精霊魔法。これは自分の体内魔力ではなく、大気中の魔力を呼び掛けた精霊に集めて貰い、それを動力源として発動させる魔法。精霊の力は土地毎に魔力に高低の差がある。
召喚魔法。召喚獣を操る事が可能。この3種類の中では最も高位の魔法とされており、誰でも扱える訳ではない。相応の魔力と生まれ持った属性魔法を極めた者だけが召喚獣を使役する事を許される。
大雑把に聞いた内容だがこんな感じだそうだ、因みに俺の回復魔法は分類的には属性魔法…が最も近いらしいのだが…。
「クラルくん、私達にとって…回復魔法という存在がどういうモノかは…前に少し話したわね?」
「はい、これは伝説や神話上の魔法であって…今、この世で使える人は存在しないって…。」
「ええ、実在している魔法体系にはね、どれであっても必ず属性が存在するわ。例えば私が前に使用したのは炎や氷の属性魔法。だけど…回復魔法にはそういった属性自体が当て嵌まらない。普通、人であれ…獣人族であれ…魔族であれ…精霊族であれ…魔物であれ…どんな種族であっても生まれ持った属性というものが存在する筈なのよ。」
「生まれ持った属性…ですか?」
「そう、例えば…昔の偉人だと勇者アステリアね、彼女は特異な体質で初歩魔法であればあらゆる属性魔法を扱えたらしいわ。でも…そんな彼女であっても結局生まれ持った属性以外の魔法は限界までは強くならなかったし…当然回復魔法は全く使えなかった。」
「うん、アステリアは電系統と風系統が得意だったって…逆に炎系統はとっても苦手だったみたい。ボクが読んだ本に書いてあったよ。」
コルトもミリアさんの説明に補足をしてくれる。つまり…必ず得意な分野と苦手な分野がある訳か…ってか、アステリアって女だったんかい。
「どうしても生まれ持った属性が秀でてしまう…という事ですか?」
「そう、だから全ての属性魔法を完全に極められる魔法使いは絶対に存在しないのよ…どんなに魔力が膨大であってもね。」
成る程…。つまり俺は属性が当て嵌まらない回復魔法に特化しているという事…で良いのだろうか。
「クラルは…回復系統の魔法しか覚えられないって事…?」
「或いはその逆で、クラルくんには属性の仕切り自体が無いから…全ての属性魔法を扱える、という事も有り得るわ。だけど…それよりも…もう1つ、早めに教えておきたいと思った理由があるの。」
「早めに…ですか?」
「ええ…あくまでも古い書物、しかもこれも御伽噺に近い信憑性の内容だけど…。回復魔法は…並の属性魔法と比較して、10倍から20倍の魔力を消費する...という話よ。」
「じゅ…10から20倍…!?」
「魔力が枯渇すれば当然魔法は使えないし、無理をして使用し続ければ魔力の代わりに生命力を消費する事になる…。だけどクラルくんは…確か黒い甲冑達と戦い終わった後…私、その上…アンクとコルトにまで回復魔法を平気で使用してたわね?」
「う、うん…お父さんと…ボク、も…回復して貰った…。」
そう言えば……。回復してあげてた時、ミリアさんは驚いた様な顔をしていたが…成る程…こういう理由だったのか。
「きっと…クラルくんの基礎的な魔力は私の見立てでは相当に高いわ。それでも…完全に魔力総量を把握するまでは無闇に回復魔法を使わせるのは危ないと思ったから…早めに魔法について教えたいと思ったの。」
思わぬ落とし穴だ、これは確かに事前に聞いておいて正解だった。この先、万が一回復魔法を多用する瞬間があった時に何回までなら唱えても問題は無いのか...自分の現時点での限界を知るという事は大切だ。ミリアさんはそういった可能性も先読みした上で説明してくれたのだろう…本当に慈母の様である。流石コルトのお母さんだなぁ…、何て考えていると不意にミリアさんが席を立ち
「…少し、休みましょうか、何か温かい飲み物を用意してくるわね。」
と休憩を告げれば厨房へ向かう。更にそれを聞いたコルトも「ちょっと手伝って来るね?」とミリアさんの後に続いて厨房内へと入って行った。




