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第12話「親として」

翌日、俺はアンクに言われた通り早朝から運動のし易そうな服に着替えて裏庭に向かった。どんな修行をつけてくれるのかは全く聞いていない。なので少しでも動きが良くなる様な格好が良いだろうと考えたのだ。そうして結構な広さの裏庭まで出る。朝の空気は爽やかな感じがして好きだ、眠いと辛いだけだけど…。


「おう、来たか。」


そう俺に向けて声を掛けてきたのは既に準備を整えていたアンクだった、因みに両手には何も持っていない。俺はてっきり練習用の木刀みたいなので実技をするものだと考えていたから困惑顔だ。それに気付いらしいアンクが口を開く。


「お、おはようございます…アンクさん。」


「おう。ん…?クラル、お前まさか…最初から剣術を覚えられる、なんて思っちゃいねーだろうな?」


「あ、いえ…その…。」


「…………良いか。剣を振り回すってのは見た目以上に簡単じゃねえ。最初の一振りに威力や鋭さがあってもそれで敵を倒せなかったら、次の一振りが勝負になる…剣を持って戦うってのはつまりそれの繰り返しって事だ。この意味、分かってんな?」


………アンクの言葉で耳が痛い。そりゃそうか…剣を持って戦うなんて今までした事の無い俺が、急に鉄とか鋼で出来た武器を猿真似で振り回した所で強くなれる訳が無い。練習用の木刀やらを振り回せる様になった所で、それは実戦では無いんだから…まぁ技の構えとかの練習としては使えるだろうけど。


「じゃあ今日は…体力づくり、ですか?」


「そういうこった、悪ぃが俺は師匠に「お主は人を教えるのには向かんのぅ…」ってお墨付きを貰ってる。だから効率良くお前に鍛えてやれる自信は無い。半端な覚悟で望むんなら、今ここで諦めろ。…ミリアも魔法を教えてくれるって言ってんだ、剣は無理に覚える必要ねぇんだしな。」


…そういう訳にはいかない、俺は絶対に両方とも強くならないと…自分に納得して生きられないんだから。魔法だけじゃ、剣だけじゃ…片方だけじゃ足りないんだ。それにここで「やっぱ止めます」とか言うのは…幾ら何でも男として情けない。だから返事は決まっている、俺はアンクへ深々と頭を下げてはっきりと答えた。


「これから、よろしくお願いします!」


と一言。それを聞いたアンクは何処か少しだけ嬉しそうな声で


「ったく…頑固な野郎だぜお前も。よし、じゃあ今日は村の周りを20周するだけで良い。最初は完走する事だけを考えろ。まだ最初だから息切れしたら歩いても構わねー。ただし…俺との修行で魔法の類は使用禁止だ。良いか?」


「はい!」


20周!?なんて余計な突っ込みは無しだ、俺には何もかもが足りない。きっと2、3周位で俺はバテるだろう…でもその程度でバテていたら戦う力を学ぶ資格もないんだ。歩いて良いとアンクが言ってくれてるのは、今の俺にはそこまでの体力が無いと判断しての事だろう。悔しい話だが…最初はアンクのアドバイス通り、兎に角…まずは完走するのが大事だ。


「良し、行ってこい。」


「はいっ!」


アンクの指示と同時に俺は返事をすると、まだ少しだけ薄暗さの残る青空の下を駆け出した。



   *数時間後*



「……ハァ…ハァ…。」



まだ5周目だと言うのに既に脹脛は何度攣ったか分からない…流れ出続ける汗と口から漏れる熱い息が鬱陶しい…。吐き気と眩暈で気分も最悪だ…。このアミュレット村は…コルトから前に聞いた王国から近いという理由も有るのだろうが…それなりに発展している…村と言うよりは町に近い規模だ…。だからその村を外周するだけでも…恐らくだが…相当あるだろう…。…楽になりたい、そんな誘惑が頭の中で浮かんでは振り払って足を進める。既に速度は歩いている程度のものだが…それでも走るという姿勢と意識だけは緩めない。



   *更に数時間後*



そうして走り続け、何時の間にか太陽は真上まで昇っていた。俺は…先程以上にペースが落ちた足で村の柵沿いを走り続けている。もう足は棒の様だ、感覚が無い。しかし筋肉が攣る時だけは律儀に痛みを訴えてくる…心臓も早鐘みたいに激しく鼓動を続けている…もう全身は汗でびしょびしょだ…まるでシャワーか雨に降られた後の様に…更に太陽がよく照っている所為で…体温も無駄に上がる…。


…辛い…こんな思いをしてまで…剣を学ぶ必要が…あるのだろうか…?


もう10周近くは…走った…、座りたい…座り込んで…


いや、そこの瑞々しい草むらの上で…大の字に寝転がって…何度も何度も深呼吸出来たら…どんなに楽になるだろう…。


座ってしまえ、楽になれるぞ…。


「…っ…。」


それに回復魔法だってある、使ってしまえ…なーに…バレなきゃ良いんだ…。


「………。」


そうだろう?そうだ、そうしろ。


「…、ぅ…。」


そこの柵に寄り掛かって最初級・回復魔法(ヒーリング)を自分に掛けろ。


それでまた最初の時と同じく体力満タンだ、それなら完走出来るんだ。


「ハァ…ハァッ…ち…、ハァ…が…うっ…!」


そんなの…俺の…本当に望む事じゃ…ない…!…自分を甘やかす様な誘惑が強くなる度に俺は口に出して否定する。自分の考えに対して一々反論するなんて正に体力の無駄だ、分かっている。でも…口に出さないと自分で折れてしまいそうで…嫌だった。だから誘惑に乗らない為に…俺は走り続ける。回復魔法を使って完走?そんなの…ただ楽をするだけで、後に何も残らないじゃないか…基礎体力は…きっと…こんな風に苦しんでこそ…底上げされるんだ。前の世界の俺なら…きっと楽な方へと流されていた筈だ…でも今は…少しだけ…かもしれないけど…あの時の俺よりも…っ…。…そうだ……諦めるな…。



   *夕暮れ*



………走り切った。…それしか分からない…。


…今の時間がどうだとか…もう予測する余裕も…無い…。


お昼を過ぎた頃に一度…コルトやミリアさん…まだ顔も知らない村の人も…だっけ…。


俺の様子を見に来てくれてた…気がしたけど…。


もうその時点で…俺は自分を甘やかす誘惑すら想像する気力も無かった…。


頭の中にはただ周回数を忘れない事、前へ進む…。


それだけが思考を支配していた…。


そうして俺は既に霞み、狭まった視界で…。


見覚えのある家屋…蜂蜜亭を確かに…捉えた…。


自分の物じゃないのではないか、と思えて来る様な足を強引に持ち上げる。


ただ前へ…前へと…。


そうして……。



俺はついに、今朝…アンクと話した裏庭の入り口まで…到達した。



それと同時に足から力が抜け、崩れ落ちる様に砂利の道にうつ伏せに倒れ込む。


顔面を強打したが…それよりもこれ以上足を動かさずに済む、という事実だけが頭に残る。


「   !」


コルトが…涙声で何か言っている。


ごめん…今はもう頭が…耳に入った言葉を理解する余裕も無いんだ…。


「    、      。」


ミリアさんはそのコルトに何か言っている…諭してるのだろうか…。


ダメだ…今は酸素を口から取り入れる事にしか頭が回らない…。


今は…この…走り続けた事による代償を早く和らげる事にしか意識が向かない。


呼吸、呼吸、吐き気、呼吸、足の筋肉痛、呼吸、吐き気…って感じに…。


それだけをひたすら繰り返していると漸く汗が引き始めたのか…同時に体の熱が下がり、寒さまで感じ始める。だけど…動く気力も無い。


そうして何時の間にか…眠ってしまったのか…気を失ったのかすら、この時は判別すら出来ないほどに憔悴していたから。ただ…


「     、   。」


意識が途切れる瞬間、アンクが俺を担ぐ様に持ち上げて何か言っていたのだけは理解出来た。



   ***




「…ん…。」


…目が、覚めた。ゆっくりと上体を起こそうと体に力を入れ


「いっ…!……ってええ…っ!……!!」


た瞬間、凄まじい激痛から呻き声が漏れる。下半身…正確には太腿から下が言う事を聞かない。走り終わった直後の筋肉痛とは比較にならない痛みだ、確か運動が終わった直後はちゃんと柔軟運動をしないとこうなる…って聞いた覚えがあるけど…あの時はそんな事する余裕すら無かったんだし…甘んじて受け入れる事にした。俺は痛みを堪える様にベッドを降り、生まれたての小鹿みたいな足取りでゆっくりと立ち上がると…足がピクピクと痙攣している。あかん、また攣りそう…。等と考えているとベッドの傍に置かれた椅子に座ったコルトがテーブルに突っ伏して、寝息を立てている。…流石にこの状況は俺でも直ぐ分かる、恐らく気を失った俺を見ててくれたのだろう。俺は心の中で彼女に感謝の言葉を告げつつ、予備の毛布を棚から静かに引っ張り出すとコルトの肩に掛けて部屋を出た。


2階の廊下を歩いていると、窓から見える外は既に真っ暗だ。こんな時間ではミリアさんの…魔法の修行は今からでは難しいだろう。…お願いしておきながら、初日から片方の修行に時間を割き過ぎて参加しないとは失礼極まりない。事情は知っているかもしれない、けど…それとこれとは別だ。寝ているかもしれないが…取りあえず下にまだ誰か居ないかを確認する為、筋肉痛を堪えて一段一段と階段を降りて行く。1階の廊下まで来ると、ダイニングの部屋だけ閉まった扉の隙間から光が漏れている。よし、誰か起きているみたいだ。もしもアンクだったのなら今日の情けない俺の修行様子について…ミリアさんなら魔法の修行に出られなかった事を謝ろう…。そう考えながらドアノブに手を伸ばし掛けた時だった、中から声が漏れる。…どうやらアンクとミリアさんが話しているらしい。


「コルト…最近、よく笑う様になったわね。」


「あぁ、クラルの奴が来てくれたからだろうさ。」


「……。あの子にはずっと苦しい思いをさせて来たから…私の所為で…。」


「別にお前の所為じゃねーよ。あの耳だって…先祖返りって奴であって…俺やお前は普通の耳なんだし…第一、コルトがお前をそんな風に思う筈ねえ。俺達自慢の娘だぞ。」


「そうかもしれないけど…、でも…私の家系の血があの子をそうさせてしまった様なものよ…。だから…同年代の友達も出来なかったんじゃ…。」


「子供ってのは自分らと違うモノを奇異の目で見ちまうからな…、親がちゃんと言っても聞かない奴だって居る。仕方無えんだ、大人になりゃある程度分別は付く様になる。」


「…一番大事なのは今の時期なのよ!大人になってからじゃ…!」


「落ち着け、別にずっと出来ないままだとは言って無い。それにもう…1人は、コルトの為に…命張ってまで助けようとしてくれた奴が…居るじゃねえか。」


「…、…そうね。」


「全く…大した奴だよ。歩いては良いと言ったが…まさか本当に完走するとは…。師匠の下で鍛えられた時の最初の課題がアレだったんだが…俺ん時はクラルより、もう少しデカくなってた頃だったからな。」


「…ふふ。…でも、コルトは怒ってたわよ?「クラルがこんなになるまで走らせるなんて…お父さん…酷いよっ!」って。」


「おおおお男と男の約束だからな!こここ、こればかりはコルトの…コルトの意思は関係ねえ…!」


「思いっ切り動揺してるじゃない…だけど、…アンクらしくないわね。何についてもコルトが最優先だったのに…。」


「…………。…クラルの奴の目、見た事あるか?」


「ええ、あるけど……。……やっぱり何か感じる?」


「ミリアもか…。ただの勘だが……アイツは………信念が強すぎる。どんな信念かは聞いてねえから知らねえし…コルトや俺達を傷つけるものでは絶対に無いのだけは何となく分かるんだ。けど…いざとなったらアイツはその信念の為にこの前みたいにコルトや…誰かの為に、自分を盾代わりにし兼ねん。しかも回復魔法まで使える始末だ、自分の傷は後から治せるから…傷を負っても良い、と。誰かが何も教えずに成長しちまったら…そんな破滅的な考え方を持っちまいそうな気がしてな。」


「………そう、ね。」


「だからこそ、ちゃんとした修行を付けて…俺達が親として…コルトだけじゃなく、クラルも見守ってやるべきなんだよ。特別な力が有っても、どんなに他人口調でも、あいつだって…まだコルトと変わらない小さな子供なんだから。…お前も無意識に、そう思ったんじゃないのか?」


「…うん。」


……………。俺は触れていたドアノブを回さずにそっと手を離し、静かにその場を離れた。あのまま中には入れる空気じゃなかったし、入っても何を話せば良いのか分からなかったから。だけど…新しく理解出来た事もある。アンクはただの娘馬鹿なんかじゃなく、口は悪いけどとても人を気遣える心優しい男で…ミリアさんは実は繊細な人だったって事。そして…彼等は俺を本当の家族の様に迎え入れてくれていたって事だ。…心が仄かに温まる様な嬉しさと、…前の世界の家族も…もしかしたらこんな風に俺の事を考えてくれていたんじゃないか、と…想像した悲しさから…俺は…トイレに篭り、少しだけ泣いた。

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