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第9話「招かざる客」

教会で家名の洗礼を受け終えた俺はコルトと共に家路を急いでいる。流石に村なので街灯等は無く、昼間は明るく賑やかでも夜は月でも出ていない限り民家の窓から零れる灯りだけが頼りとなってしまう。俺は良いとしても、コルトを暗い時間まで連れ回すのは宜しくない。子供は夜遊びするべきじゃないし、何よりミリアさんが心配する、そして親馬…アンクはコルトを案じる余り気が狂うだろう。なので早くコルトを家まで送り届けねばならないのだ、まぁ…俺も居候させて貰ってるから一応は住まいなんだけど…あー…自分で言ってて情けねえ…早く字を覚えて働こう…。そんなお先真っ暗な想像をしている俺に対し、コルトはとても嬉しそうだ。昼頃に購入した買い出し品入りの紙袋を抱えているのに足取りが軽い。若いって羨ましいのぉ…。


「そう言えばコルト、さっき俺に楽しかったか聞いて来たけど…コルトはどうだった?」


「ぼ…ボク?ぼ、ボクはね…その、…とっ…ても…!楽しかったよ…!」


この子思いっ切り溜めてから言ってくれましたね。そんなコメントされたら今度こそは何かして上げたいって思ってしまう…でも今の俺じゃ何も出来ないんだよなぁ…怪我したら回復させる位は出来るけど。怪我なんてしないに越した事ない、本来は回復魔法なんて使わずに済む状況が一番良いんだし。


「そっか、じゃあ今度行く時こそはコルトにお詫び…じゃなくてお礼の方が響きが良いか。」


「ま、また今度!?…お礼…?ボク、クラルに何もしてあげれてないよ…?」


何故か今度、の単語に過剰反応するコルトさん…てか…マジで言ってるんですかこの子。異世界ワープホームレスと化した中身半分おっさんな少年を保護してくれた挙句、名前も与えてくれたんですよ君は…。


「名前もくれたし、今こうして家があって…帰れるのはコルトのお陰だ。本当なら俺は今頃道端であの黒いのに食われててもおかしくなかったんだからさ。」


「そ、それを言ったら…ボクだって…クラルが居なかったら…、今頃……」


そう言葉にしかけ、あの時の記憶が蘇ってしまったのか彼女の嬉しそうだった顔色が暗く曇る。ぁ………馬鹿か俺、コルトは実際にそんな目に遭いかけたのに……今の台詞はダメだろ。反省しろクソキモオタ。


「ご…ごめん、コルト。今のは言っていい冗談じゃなかった。」


「………ううん…、平気…今はクラルが居るもん…。だから…怖いけど…不安では、ないよ?」


うぅ…ええ子や、俺のせいで表情を曇らせたのに直ぐに笑顔で励ましてくれる…。その上何故か俺に対して期待をし過ぎている…胃が痛い、俺には怖いよりキモいとかの方が似合ってるぜ……これ…自分で言ってて虚しい。自己嫌悪に陥った俺はコルトからの発言の意味を尋ね返す前にマージナル家の表玄関…つまり『熊の蜂蜜亭』の出入り口へと到着した、結構歩いてたんだな。


「た、ただいま~…。」


「ただいま帰りました。」


コルトに続いて俺も挨拶を投げ掛けた後、店内を覗き込む。夜の時間帯なのにお客が全く居ない。夜は酒場も兼ねてるから結構忙しいって聞いたのに…というか実際に営業風景を見てても思ったし。そんな事を考えているとモップで丁寧に床を磨いているミリアさんが出迎えてくれた。流石コルトのママンだ、エプロン姿も似合っている。


「あら、おかえりなさい。意外と早かったのね?もっとゆっくりしてくれば良かったのに…。」


えぇー…子供にそれを言うの…?あの…ミリアさん、既に買い出しだと取り繕う気無いですよね…?


「クラルがボクを気遣ってくれて、早めに帰ってきたの。」


「あらあらあらあら…クラルくんってば紳士なのね…?コルトは残ね…じゃなくて、次があるわよ。」


「べ、別に残念じゃないもんっ…く、クラルと一緒に色んな所を見て回れたし…。」


何かもじもじしてるコルトさんにはまた次があるらしいっすよ。そして「あら」が何時もより多いミリアさん、冷静キャラだと思ってたのに意外と表情が豊かっすね。…いや、でもそういえば今朝のアンクとコルトのやり取りを見て吹き出すの我慢してたなぁ…。意外にノリの良いタイプなのかもしれない。


「あの、ところで今日は全くお客様が居ないですけど…休業日ですか?」


「うーん、それがね…今日は普通の開店の他に…夕方からディナーの予約が2組入ってたのよ。1組はもう帰ったんだけど、残りの1組が来なくて…。」


「夕方以降に貸切希望で、金まで送って来やがってな。いけすかねー感じだが客は客だ。だからこうして日が落ちるまで待ってたのによ、誰も来やしねぇ。ま、これはこれでタダで金が貰えるから俺ぁ構わねーんだが。」


そう言いながらアンクも厨房から長包丁片手に登場して来た、こええよ…。しかし成る程、だから店内に人が全く居ない訳だ。でも金を払うだけ払って予約もしたのに来ない…ってのは何だか不気味だ…。俺が変な推測を頭の中で組み立て始めた時





「ここが熊の蜂蜜亭だな?」





不躾で金属音の様な不快感を覚える声と共に、黒い甲冑みたいなのを纏った客…っぽいのが2名が音も無く店内へと入ってきた。………なんだこいつら…よく分からんけど…あの犬みたいなのと対峙した時の感覚に似ている。でも普通に話してるし……少し様子を見よう。俺は頭ではそう思いながらも既にコルトを背後に寄せ、いざとなったら庇うつもりでこの形を取っている。


「おう、確かにここがそうだが…………何だてめぇら。」


…!アンクの声色が…普段と全く違う…。ミリアさんと話す時や、コルトを褒める時。俺を小馬鹿にする時とも…。何より異なっているのは目付きと雰囲気、まるで何度もこういう奴等と戦った事があるかの様な立ち振る舞いをしている…。


「元A級冒険者…『連刃(れんじん)』のアンク・トゥレット、そして『三魔式(トレアラー)』のミリア・マージナルと断定。我が主の命により、貴様達を始末する。」


「元って知ってんなら構うんじゃねーよ。俺達ゃ今はただの飯屋だっつーの。」


「アンクは今ではマージナルだしね。第一、冒険者だったのなんてコルトが生まれるよりもずっと前の事なんだから……出来れば放って置いてくれないかしら?」


ミリアさんはモップを片手に何時もの落ち着いた口調だが、何処か言葉の節々に敵意を滲ませている。モップ先端は常に黒甲冑達へ向いており、一時たりとも目線を外す事は無い。そんな態度を見せても黒甲冑達は動じる様子も無く、そしてアンクとミリアさんに対して返答すらもせず、無言で腰に携えていた鞘から剣を抜き、構えに入った。


「おいクラル。」


アンクが初めて俺の名前を呼ぶ、初めて聞くかもしれない…真面目な声だ。なら…俺も真面目な思考で応えないといけない。


「なんですかアンクさん。」


「コルトを連れて隠れてろ。だが2階には行くな、逃げ場が無い。なるべく頑丈そうな家具とか…ここならカウンターの後ろとかだ。」


「私とアンクが良いって言うまで出ちゃダメだからね?」


信じられない程冷静な指示を2人から聞かされ、呆気に取られる俺を他所にアンクが長包丁を短剣の様に、ミリアさんはモップを杖の様に構えれば、それぞれ黒甲冑達と対峙する。アニメや漫画、ゲームでもこんな戦闘開始前のシーンは見てきた。生々しい殺意の空気、そしてピリピリとした緊張感を肌で実感する。…余り気分は良い物じゃない。事態に理解が追い付かず怯えるコルトを背に庇った状態で移動を終え、俺達がアンクの助言に従いカウンターの物陰に入ったと同時に…戦いが始まった。

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