プロローグ
俺はしがないサラリーマン(27)。生まれてこの方、彼女は居た事がないから後少しで魔法使いになれる。趣味はインターネットやゲーム、漫画やアニメも大好きな働くキモオタである。この人種には珍しくニート族ではない。今日も今日とて売れるのかも分からない、仏壇やら墓石やらを客に勧める為に、くそ暑い夏場の住宅街が連なる道を歩いている。そこで何か不思議な事故に遭ったりだとか、この世界の人間らしからぬ美少女に声を掛けられる…だとかそういった事は無かった。営業で門前払いを受け、暑さとストレスで無為に体の水分を放出し汗だくになった今の俺はキモオタからキモクサオタに進化している。そんな訳で、仕事サボ…休憩も兼ねて自販機が常備された公園のベンチ前にやってきたのだ。
「あ~、っぢぃ…」
腰掛けたベンチで営業用の鞄を隣に置き、キンキンに冷えたコーラ片手に周囲を見渡す。世間的には休日なせいかカップルやら年寄りやらちびっ子やらが視界に入る。うん、カップルはリア充爆発しようか。などというゲスい考えを内心で呟きつつも、こういう穏やかな雰囲気…実は嫌いではない。
この現代日本に於いては珍しく、俺は仕事上「死者」を沢山見て来ている。というか、見ない訳には行かない。厨ニ病患者とかそういうのではなく文字通りの意味だ。葬儀屋はそういった死者達を丁寧な形で送るのが仕事だ。亡くなる人達の理由は、老衰、病気、自殺、怪我、事故…と死因は様々。しかし、葬儀では必ず共通しているものがある…それは、残された家族の人達の感情だ。自分がまだ研修中だった時、担当した葬儀の故人が小さな赤ん坊だった事があった。死因は確か不慮の事故だった…残された家族の人達…特に両親のあの疲れ切った、そして悲しみで絶望した顔が…今でも忘れられない。思えばその頃からだろうか、…誰しも子供の頃なら一度は遊びの中で夢想した
「もしも自分がRPGやファンタジー世界の魔法や魔術を使えたら」
という「有り得ない」という辛い現実と「もしもこうだったら」という希望的妄想、矛盾した思惑が脳裏に浮かぶようになったのは…。俺は別によくあるファンタジー物の主人公みたいに、かっこよく最前線に立って強力な魔法ぶっぱ→美少女にキャーキャー言われる展開…とかは求めない。いや、全く求めない訳じゃない。本当はかっこよく立ち回ってモテたりもしたい。だけど…今はそれよりも欲しい物がある。「回復魔法」だ、これさえあれば…死ぬべきではない人も死なずに済むかもしれないのだ。別に今の現代医学を馬鹿にしているつもりは無い、寧ろ目覚しい発展をしている方と思う。でも、それでも足りないのだ。人の怪我や病を瞬時に回復させる魔法、そんな力があれば…救える命が増えるんじゃないかって…。
「…アホらし」
自嘲気味の呟きが漏れる。分かっている、こんな妄想はこの世界では絶対に有り得ない事だ。それに俺の場合は死人が居て初めて成立する職業。寧ろバンバン死んだ方が仕事は入ってくる。所詮、魔法なんてファンタジーやゲームの中でしか存在しない物。だから俺は今日もこんな現実逃避をしながらクソ暑い中、スーツを着て営業に勤しんでいる。働かなければ生き残れない。ベンチから腰を上げて近場のゴミ箱に空き缶を捨てる。そうして公園を出ようとした矢先だった…
「…ひっく…ぐすっ…」
と公園の入り口付近で泣きべそをかきながら座り込んでいる子供を見つけた。どうやら転んで擦りむいたらしく、膝の傷が痛々しい。黒髪のツインテが可愛らしい幼女。10歳前後だろうか?周囲に両親とか友達らしき子供の姿は無い。幼女の姿を見ても誰も声を掛けないのは他人だからか、係わり合いたくないからか…。現代社会でキモオタが幼女に声を掛けるのは事案と呼ばれ、話し掛けるだけで自分の社会的地位とか命も賭けねばならないご時勢である。捕縛されてから「俺は幼女は二次元にしか興味が無いのでセーフだ!」とか主張しても通用しないだろう、実に世知辛い。決して豊富ではない脳ミソを使って考える。今は幸いにも着ているのはスーツ、センス皆無の私服キモオタフォーム時の俺より多少は周囲の目もマシ…だと思いたい。内心で何時通報されても動じず逃げられるようにと心で身構えつつ、幼女の目線と同じになるようしゃがみ込み、キモオタスマイルを見せつつ年下相手に営業時の口調で話し掛けてみた。
「あの、大丈夫ですか?宜しければこちらを、どうぞ」
仕事柄、予備で持ち歩いていた方の綺麗なハンカチを差し出す。そうして出した直後に気付く、ハンカチの柄がお気に入りの某魔法少女のもの。
………。
これはいけない。プライベート用である。変質者扱い確定、人生終了。さようならお仕事、そしてこんにちは無職。そんな単純な図式が俺の頭の中を駆け巡る。
「…」
やっちまった感丸出しな表情の俺に対し、泣きべその表情で無言の幼女。顔はこちらに向けているが明らかに怪しんでいる…いや、何かを値踏みするような視線。そりゃそうだ、こんなキモオタに声を掛けられているのだ。俺が幼女の立場だったら迷わず逃げる。でも俺だって別に下心があって声を掛けた訳じゃない。
三次元では健全な意味で子供が好きなだけだ。自分のキモオタ具合は自覚しているが、仕事で多少社交性をつけてしまったせいで見知らぬ異性であっても話し掛ける位は容易だった。というか、完全に事案の光景じゃないかこれ…やべぇよ…やべぇよ…。俺はただの善意のつもりだったんだよ…。油っこい冷や汗をだらだらと垂らしつつ、半端な思いやりで人生を賭けてしまった事への激しい後悔と
「逮捕」「性犯罪者」「臭い飯」の単語が頭の中を駆け抜ける。と、ここで無言だった幼女が俺の手からハンカチを受け取った。
「…あり、がと…」
小さくか細い声でお礼を言ってくる幼女、どうやら礼儀正しい子のようだ。
魔法少女の柄について言及は無い。不審者相手でもいきなり泣き叫んで通報を訴えたりする事無く、受け取ったハンカチで傷口ではなく涙をくしくし拭いている。本当はハンカチを水で濡らして傷口を拭いて貰うつもりだったが…まぁ使い道は本人に任せよう。
「えっと、後一応これもどうぞ。ハンカチはそちらでお納め下さい」
山場は越えた、しかし未だ事案に近い光景であるのは間違いない。焦りから営業口調のまま鞄の中から出した絆創膏を渡すとそそくさと立ち上がる。これ以上ここに居ては流石に目立ってしまう、背を向けて歩き出そうとした所で先程よりも大きめな声で呼び止められた。
「あ、あの…!これ…あげます…!」
「…?これは…ビー玉?」
良い歳してやや怯え気味に振り向いた俺に対し、立ち上がった幼女はこちらを見上げていた。差し出している両手に乗るのはビー玉のようなもの。しかしこんなビー玉は見た事が無い。指で摘み受け取って見てみるとその玉の中には更に銀色の球体のようなものが埋まっている。俺は分からんが最近の女子の間で流行ってる小物アクセサリーの類だろうか?だが見たり触れたりした感じでは、安物っぽくない。
「えっと…別にお礼が欲しいとかじゃなくて…」
「い…良いんです、お…お兄さんに上げます」
そしておじさん呼ばわりではなくお兄さん呼びである、俺はそれだけでもう何か裏があるのではと勘繰る。少女の顔に視線を戻す、もう泣いてはいなかった、逞しい…いや逞しすぎる。見た目の年齢通りならまだグズっててもおかしくないだろうに。まるで、何かを「見つけた」と言わんばかりの真っ直ぐな目だ。…もしかしてこれをネタに俺を強請る気だろうか?実に惨い話であろう。善意から人を気遣ったのに変質者扱いの挙句、どうやらATMくん化する可能性も出てきた。
兎に角、こんな状況では早く去るのが得策だろう。しかし声を自分から掛けた手前、無視して去るのは気が引ける…。
「じゃあ、これはありがたく頂戴します。では自分はこれで失礼しますね」
「あっ…それは」
一声掛けて頭を下げればそそくさと立ち去る。少女が背後で何か言葉を続けていたが俺の脳内は既に「事案回避」の事しか頭に無い。
一度は遠慮はしたが問答に時間を掛け捕まるよりは素直に受け取った方が早いと判断した結果だ。
高そうなビー玉を胸ポケットに入れて足早に公園を出た。そしてその背後で…
「 … 満月… …救… 」
微かに少女が発したらしき単語を聞き流し、俺は明日の生活の為にも自分の仕事に戻った。