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わかれ

作者: otoutoane

 薄暗い部屋の中。まるで異空間のような、外の世界とは遮断されたような空間。

しかし僕が勝手にそう感じるだけで、ここは異空間でも宇宙の果てでも夢の中でもない。ただのアパートの一室だ。

部屋の中はきちんと整理されていて、窓からは月と街灯の光が差し込んできている。この部屋は2階にあり、窓を開けると近くにある川を眺めることもできる。

 多分この部屋の雰囲気がそういうふうに感じるのは僕だけなのだろう。

しかし僕は別にこの部屋が嫌いではない、すこし寂しくどこか別の世界みたいな雰囲気がするこの部屋を、いやこの部屋のその独特の雰囲気を僕は嫌いではなかった。


 僕はベットの上に横になったまま部屋の空間をぼーっと眺めていたが、隣に寝ていた彼女が目を覚ましたのに気づいて彼女の方に向き直った。


「目を覚ました? 」

「うん」彼女はまだ少し眠たそうな顔をしていたが微笑んで答えた。「あなたっていつも私の部屋の中を眺めているわよね」

「そうかな? 」

「そうよ、あなたは私が目を覚ますと決まって部屋のどこかの空間ををじーっと眺めているの。」

彼女はそう言って体をゆっくり起こして上から僕を見つめた。そしてまた悪戯っぽく笑って右手を自分の頭の上のほうに持ち上げて人差し指をくるくるまわした。

「この何もない空間をあなたはいつも眺めているのよ、いったいいつも何を考えているの? 」

 僕はしばらく考えてみた。いったいいつも僕はどんな事を考えていたのだろう? しかし僕には過去にこの場所で何を考えていたかなんて何一つ思い出せなかった。

「わからない。ただぼーっとしていただけじゃないのかな? さっきだって別に何も考えていなかったと思うけど」

 僕が言うと彼女はゆっくり首を振った。それは間違いだと、わかっていないと彼女はその動作だけで僕に伝えた。彼女はよく言葉を使わずに表情や動作だけで相手に気持ちを伝えた。

「ぼーっとしているんじゃないの、あなたは何か考えているのよ。とても真剣な表情で、何かをじっと眺めながら。私はそれを感じるの、あなたが何か考えていると空気の流れが変わるの。そして私はいつもそれで目が覚めるの。」

そう言って彼女はベットから出てバスルームへ向かった。僕は彼女の背中を眺めながら何も考えずに部屋の中を見渡してみた。



 彼女にはちゃんと付き合っている彼氏がいた。その人は彼女よりも年上で今は大学生だ。

僕らはお互いその彼氏の話はなるべくしない。無視しているわけではない。彼女には彼氏がいる。僕は彼女の事が好きだ。彼女も僕の事が一応好きなのだろう。彼女と僕はお互いとても信頼し合っている。僕と彼女はときどき寝る。それだけだ。

それを浮気と呼ぶ人もいる。いけない行為だと、悪いという人もいる。僕も浮気はあまり褒められることではないと思う。しかし今現在この僕と彼女の関係が原因で誰かが傷つくことも、嫌な気持ちになることもない。それは現実で起きていることだが同時に僕らだけの現実なのだ。僕ら以外には誰にも関係ないことなのだ。僕と彼女の問題なのだ。


 僕は彼女の事が好きだった。僕らは趣味も合った。二人でいろんな話をした。将来の不安や希望を話し、僕らのお互いの個人的な話をし、お互いに全く関係ないことも話した。僕は彼女と一緒にいる時間が好きだった。

しかし彼女にはいつでも年上の彼氏がいた。


僕は何度か彼女に自分の気持ちを打ち明けたが彼女は僕よりも年上の彼氏の方が大切だった。

「私には今付き合っている人がいるの、私はその人のことがとても大切なの」

彼女は静かに、幼い子供に言い聞かせるように喋った。

「あなたの事は好きだし、あなたは私にとってとても大切な人よ」

 そういって彼女は話を終わらせた。とても静かに、それ以上は話すことはないと彼女の表情や話し方が物語っていた。僕は反論することもできたのかもしれない。僕の方が君を幸せにできると、もっと強引にいくべきだったのかもしれない。しかしそんなことを言っても無駄だっただろう。僕がそんなことを言っても彼女は年上の彼氏と別れなっただろう。

僕は彼女を愛していたし、繋がっていたかったのだ。どんなに歪んだ形であろうと、自分の気持ちに嘘をつこうと。彼女もある意味僕を必要としていたんだろう。そして僕と彼女との付き合いは少しずつ自然にある程度の距離を保ちながら続いていた。


気付くと彼女はバスルームから出てきていた。そして僕をじっと眺めていた。彼女は僕の事を見ながら何か考えているらしかった。

「どうしたの? 」

僕が尋ねても彼女はしばらく黙ったまま僕を見ていた。僕は何か彼女にとって悪いことでもしてしまったのだろうか。それとも何か嫌なことでもあったんだろうか。とりあえず彼女は僕の事をじっと真剣な表情で見つめていた。僕は何だか嫌な予感がした。

彼女は少したってからて僕の隣に腰を降ろした。

「なんでもないの」そして彼女は急に静かに泣き始めた。



「ときどき私のせいであなたは少しずつ失われていっているように感じるの」

彼女はしばらく泣いたら落ち着いたらしく、僕の肩に頭を寄りかからせてゆっくり話し始めた。

「私はあなたに求めてばかりで何も与えていないわ。なのにあなたは私に出来る限りのことをしてくれる。こんな私に優しくしてくれる。これじゃフェアじゃないわ。私もあなたのことがとても好きなのに、一緒にいると私たちはどんどん失われていく気がするの。それがときどきとても辛くなるの」

僕は黙って彼女の話に耳を傾けていた。きっと彼女は僕の知らないところで苦しんでいたのだろう。彼女はいつもと違ってとても儚く、脆い存在に見えた。まるで触れると簡単に壊れてしまうような危うさがあった。

「あなたは私といて幸せなの? 私といて疲れないの? 私はあなたのこと好きだけど、私とあなたは一緒になることはできないのよ、それでもあなたはいいの? 」

「わからない」僕は正直に言った。「僕は君のことを愛しているし離れたくないんだ。君を僕の中で失いたくないんだよ、どんな形でもいいから君と繋がっていたいんだ」

僕がそう言うと彼女は少しうつむいた。僕は黙ってまた部屋を見渡した。


 この部屋の雰囲気はなんだか僕を切なく、淋しくさせた。この部屋の中にいる僕はまるで迷子のようだった。この部屋は異世界であり、僕の世界とはどこか違うのだ。僕はこの空間の住人ではなく、よってこの部屋の中にある僕の存在が間違っているのだ。僕はここで何をしているんだ? 僕はどこに向かっているのだろう。僕はここいるべき人間ではないのかもしれない。


「私たちは変わったのよ」彼女が突然喋りだしたので僕は我に返った。

「私たちは昔はお互いうまく付き合っていたわ。けど少しずつ何かが変わってきていたのよ。私たちはお互いそれに気づいていたはずよ。けれど私たちはそれを無視したの。しかたないことなのかもしれないけど、無視し続けたからこそこんなところまで来ちゃったんだわ。」

彼女は話しながらまた涙を流していた。


「そうなのかもしれない。僕と君は一緒にいるべきではないのかもしれない、お互いのために。少なくとも今は一緒にいない方がいいのかもしれない。僕は君のことを愛してしまった。そこから少しずつ変わり始めていたのかもしれないね」


「私たちは友達でも恋人でもなくなった。私はあなたの事が好きなの、大切だし繋がっていたいのよ。けれどあなたは私といてもどこへも行けない、あなたのためにならないわ」


 彼女はそれだけ言うと黙って泣き続けた。とても辛そうに泣いていた。僕もとても辛かった。こんなに愛しているのに、お互い離れたくないのに離れなければいけいのか。何故こんなことになってしまったんだろう? もしかしたらずっと前から決まっていたのかもしれない。僕が彼女を愛してしまったときから、友達のままでいればこんなことにはならなかったのかもしれない。もしくは彼女と寝てしまったときからかもしれない。歪んだ形で彼女との関係を続けようとしたのが間違いだったのかもしれない。

しかし今となっては理由などどうでもよかった。

「確かに今のままだと僕はどこにもいけないのかもしれない。それにどこかにいくつもりにもならなかっただろうね、僕はどんなに歪んだ形だとしても君と繋がっていれたら満足だった。しかしもう潮時なのかもしれない。こんな形で繋がっていてもお互いのためにならないかもしれないね。僕たちはどこかで道を間違ってしまったんだろう」


 彼女は黙って泣いていた。僕は煙草に火をつけ、僕らが過ごした日々を思い返してみた。今振り返ってみると過去の思いでは全てが眩しく輝いていた。僕らはその一瞬を全力で楽しんでいた。幸せだった。彼女には一緒にいてもっと楽しい人がいたかもしれないが、僕にとってその瞬間は彼女が全てだった。彼女がいなければ僕の過ごしたあの素晴らしい日々は成立しなかったのだ。

 僕は彼女に感謝した。自然に、何故かやすらかな気持にさえなれた。

「ありがとう。きみと出会えて一緒に過ごせてよかったよ」

そう言って彼女を背にして服を着始めた。泣いている顔を見たくも見られたくもなかったからだ。


 僕が部屋を出るときに彼女は言った。

「あなたは気づいていないかもしれないけど、あなたはいつも私と寝た後、とても不安そうな顔をしてこの部屋を眺めているのよ。まるで迷子みたいに。どこへ行けばいいか、自分がどこにいるのかわからない幼い少年のように。私はそれを感じて目が覚めるの。そしてとても辛くなるの。」

振り返ると彼女はいつの間にかベットの中に潜り込んでいた。

「ごめんなさい、そんなこと言うつもりなかったの」

「いいんだよ」そう言って僕は部屋を出た。

「ありがとう。さようなら。」


 外は薄暗く、とても静かだった。

僕は一人ゆっくりと帰っていった。




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