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100Gのドラゴン  作者: カエル
最終回
8/61

誓い

 走り始めて、もう二時間以上経つ。町から外れ、山道に入った馬車は、

 舗装されていない道を進む。ガタガタと揺れるので、アドは少し酔ってきた。

「今日は、遠くに出かけるからな」

 二人で朝食を食べている時に、エリアはアドにそう言った。

「行くって、どこに?」

「行けば分かる」

 エリアは、少し楽しげに答えた。

(こんなことなら、強引にでも聞けばよかった)

 行先は分からず、到着時間も分からない。

 これは、肉体的にも辛いが、精神的にはもっと辛い。

 何か話して気を紛らわそうとしても、エリアは熟睡してるし、運転手は何を聞いても「はい」とか「そうですね」としか言わない。

 アドも寝ようと思ったが馬車がガタガタ揺れるせいで、とてもじゃないが眠れない。

(仕方ない、到着するまで我慢するか)

 外の景色を眺める。今日は、とてもいい天気だ。木々の隙間から差し込む光、近くを流れる川の音、土の臭い。

 全てが懐かしい。

「……だな」

 エリアが何か喋ったので、アドは外の景色から彼女に視線を移す。エリアは目を閉じたまま口だけを動かしていた。

「ドラゴンは……トカゲから進化したが……爬虫類に分類するべきか、否か、専門家の間では、長い間……意見が割れていた。とりあえず……爬虫類に分類することになったが……専門家の中には……未だに、異論を唱えている者も……多い。魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類に次ぐ……第六の脊椎動物として……」

 寝言でも、ドラゴンの説明をするエリアにアドは笑ってしまう。

「まったく、どれだけドラゴンが好きなんだよ」

 寝言は、五分ほど続いた所で終わった。それからまた、スヤスヤと寝息を立てる。

 眠っている彼女を見てアドは、とても綺麗だと思った。

 整った顔に長い髪、スラリとした手足。こうして眠っている姿は、まるで人形のようだ。いつまでも眺めていたい衝動に駆られる。

 そんなことを考えていると、馬車が急に止まった。その反動でエリアが目を覚ます。

 アドは慌てて、視線を彼女から逸らした。

「着きました」

 馬車の運転手が低い声でエリアに告げる。

「ありがとう」

 エリアは礼を言うと、馬車から降りた。アドも一緒に馬車を降りる。

「私は、ここでお待ちしております」

「ご苦労様でした。帰りは大変でしょうが、よろしくお願いします」

 運転手とエリアが短く言葉を交わす。帰りが大変とはどういう意味だろう?

「行くぞ」

 エリアは、そのまま中に入ってしまった。

「お、おい待てよ!」

 アドは慌てて、彼女の後に付いて行く。

(ここは、何だ?)

 見たところ何かの施設のようだが、何故、山奥にこんな施設があるのだろう?

 少し進むと、施設の職員と思われるヒトがやって来た。エリアは、笑顔で話し掛ける。

「私はエリア、こちらはアドと申します」

 エリアとアドの名前を聞くと、職員も笑顔になる。

「お待ちしておりました。こちらにどうぞ」

 職員は施設の裏へと二人を案内する。

 アドは小声でエリアに訊ねた。

「ここは、一体何なんだ?」

 エリアは、小さな笑みを浮かべた。

「すぐに分かる」

 彼女の言う通り、答えはすぐに分かった。


「うわ!」

 そこで、アドが見た者は、ドラゴンだった。

 大小さまざまなドラゴンが、檻に入れられている。今までに見たことも内容なドラゴンもたくさんいた。

「ここは、ドラゴンの保護所だ。怪我や病気をしたドラゴンを保護し、野生に返したり、新たな飼い主を捜している。」

 歩きながら、エリアが説明してくれる。

 周りを見渡すと、確かにどのドラゴンも包帯や何かの治療器具らしきものを着けている。

「どうして、こんな山奥に?」

「鳴き声やドラゴンの糞の臭い等の問題で、町に作ることができない。単純にドラゴンが怖いというヒトもいるしな」

 それで、誰もいないこんな山奥に建てるしかなかったのか。

「この子です」

 職員は、とある檻を示す。その中には、真っ黒なドラゴンが眠っていた。

(まさか!)

 アドは、檻の前に近付く。

「おい!」

 中にいたドラゴンがピクリと反応した。少しだけ目を開け、視線をこちらに向ける。黒いドラゴンは少しの間、ボーとしていたが、やがて、その目が大きく見開かれる。


「ピー!」


 黒いドラゴンは、嬉しそうな声を上げ、ピョンピョンと飛び跳ねながらアドに近付いた。アドは檻越しに黒いドラゴンを抱きしめた。

「生きてたんだな!」

 クロウドラゴンは、それに答えるように、また「ピー」と鳴いた。


 巨大なドラゴンが町を去った後、救助隊が結成されが、その救助は町で行われており、アドがいた山の中までは救助の手が伸びなかった。

 ある日、町に一匹の黒いドラゴンがやって来た。ドラゴンはヒトを見付けると何かを訴えるように激しく吠えた。

 しかし、当然ながら、ドラゴンに襲われたヒトからすれば、黒いドラゴンは恐怖の対象でしかなかった。

 また、襲われるかもしれない。ヒトは黒いドラゴンを排除しようと攻撃した。棒で叩いたり、石を投げたりした。

 やがて、猟銃を持った男がドラゴンを撃った。弾はドラゴンの肩に命中した。

 ドラゴンは血まみれになったが、逃げようとせず、反撃もしようとしなかった。

 そんなドラゴンを見て、救助隊の一人が他のヒトの反対を押し切って、黒いドラゴンを治療した。

 簡単な治療が済むと、黒いドラゴンは治療をしてくれた救助隊の服を引っ張った。救助隊は、その行動に何かを感じた。

 ドラゴンは、服を引っ張るのをやめると、痛むであろう体で飛んだ。

 救助隊は、自分の直感を信じてどこまでも、その後を追った。黒いドラゴンが山の中に入っても、救助隊は追うのをやめなかった。

 そうして、救助隊はアドを発見した。

「お前を発見した後、この子もその場で倒れたらしい。お前は町に運ばれ、この子は、ここに運ばれたという訳だ」

 クロウドラゴンの肩を見ると、撃たれた時の傷が残っていた。

「そうか、ありがとうな」

 アドは、もう一度、クロウドラゴンをしっかりと抱きしめた。


 その後、アドは職員にクロウドラゴンの体の特徴や性格について質問された。アドは出された質問全てに正確に答える。

 質問に正確に答えられたこと、さらにクロウドラゴンの反応からアドは飼い主と認められ、返却されることになった。

 有難いことに、この施設は、国からの補助と寄付によって運営されているので、クロウドラゴンの治療費、エサ代等はすべて無料であるとアドは職員から聞かされる。

「しかし、そのせいで、ここをドラゴンを無料で引き取ってくれる場所と勘違いするヒトも多い。時々、施設の前にドラゴンの子供が捨てられることがあるらしい」

 施設に収めることができるドラゴンの数にも限りがある。国の補助金や寄付だけではとても、捨てられる全てのドラゴンを救うことはできない。

 育てることができないドラゴンは全て処分されてしまう。

 アドは自分に甘えてくるクロウドラゴンを見ながら、自分は何があっても、この子を捨てないと固く誓った。


 帰りは、大変だった。

 何故なら、クロウドラゴンを行きと違って、馬車にはクロウドラゴンも一緒に乗っているからだ。

 クロウドラゴンはしばらく会わない内にすっかり、大きくなっていた。初めは、猫ほどの大きさだったのに、今では大型犬並みに急成長している。

「おそらく、栄養不足で成長が止まっていた。それが、改善されたため急激に成長したのだろう」

 とエリアは言っていた。大変喜ばしいことだが、大変不安でもある。

 一体どこまで大きくなるのだろうか?

「コラ、暴れるな!」

 好奇心旺盛なクロウドラゴンは、外の景色に興奮し、時々暴れた。

 力では敵わないため、両手でクロウドラゴンの目を覆うと、おとなしくなる。

 かといって、あまり長い時間、目を覆うと不安とストレスを与えてしまう。

 暴れたら、目を手で覆い、暴れたら、また目を覆う。その繰り返しだ。

 クロウドラゴンが暴れるたびに、馬車はバランスを崩すが、その度に馬車は体勢を立て直す。運転手も馬も対した腕だ。

「あれ、どこ行くんだ?」

 暫くすると、アドは違和感を覚えた。来た道とは違う道を通っている。

「帰る前に寄るところがある」

「?……分かった」

(どこかで、買い物でもするのだろうか?)

 アドは、あまり気に留めなかった。


「ここは……」

「こっちだ」

 目的の場所についた時、さっきとは違って、アドはここがどこだかすぐに分かった。

 エリアの後を付いて行く。胸が激しく高鳴る。足が重い。

 なぜ、エリアはここに来たのか?ここに何があるのか?考えたくはない。

 だけど、アドには他の理由が思い付かなかった。

「ここだ」

 エリアは、大きな石の前で止まった。そこにたくさんの文字が刻まれている。

 よく見ると、それはヒトの名前だった。その中の刻まれた文字を見て、アドは膝から崩れ落ちた。


<カリタ=カインド>

<アマート=カインド>


「父さん……義母さん」

 石に刻まれていたのは、アドの父と義母の名だった。

「遺体はちゃんと、この下に眠っている」

「……」

 あの時の光景が蘇る。

 崩れた家の下敷きになった父と義母。その周りの取り囲む無数のドラゴン。

 迫りくる火。二人の最後の言葉。

 何もできなかった自分。

 地面にポタリと一滴しずくが落ちる。そこで初めて、アドは自分が泣いていることに気が付いた。

「うっ、うっ、うう」

 目から大量の涙が流れ、声が漏れる。

「ピー」

 クロウドラゴンが心配そうに、アドに近付き、目から流れる涙を舐めた。

 そして、両方の翼でアドを抱きしめた。

「あ~~~~~~」

 まるで、子供のようにアドは泣き続けた。

 優しいドラゴンと少女は少年が泣き止むまで、そばに居続けた。


「ご両親の遺体は、ドラゴンにはまったく食べられていなかった。そのため、直ぐに身元が分かり、墓に名前を刻むことができた。普通なら、遺体すら見つからない」

 アドは周りを見渡す。

 沢山ある石。その中で、名前が書いてある石はほとんどない。

「じゃあ、ここは……」

「あの事件で亡くなったヒトが眠っている」

「どうして、こんな山奥に……」

「遺体は一刻も早く、処理しなくてはならなかった。でないと、遺体が腐って、疫病が発生する危険があったからだ。だが、そんな場所は、街中にはない。だから、ほとんどヒトのいない。山奥に埋められた」

「……」

 アドは、しばらく石を見つめた。そして、黙って手を合わせる。

 優しかった父。最後の最後に少しだけ、分かり合えた気になった義母。

 そして、生まれてくるはずだった。弟か妹。

(また、来るよ)

 アドは、皆の分まで懸命に生きることを心の中で固く誓った。



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