頼み
「部屋はここを使え」
「……ああ」
「夕食は六時からでいいか?」
「……あ、ああ」
「準備ができたら呼びに来る。それまでは休んでおけ」
エリアが部屋を出ていくと、アドは取りあえずベットに横になった。
「待ちなさい!」
アドに施設に行くように命じた女性が慌てて駆け寄ってくる。
「何か?」
「何かじゃないでしょう!貴方は誰?」
「私は、彼の友人です」
「友人?」
女性は深く、ため息を吐く。
「あのね、彼は新しい施設で暮らすことになっているの。残念だけど、お別れの挨拶をしている時間は……」
エリアが手を挙げ女性の言葉を遮る。
「彼は、私が引き取ります」
「……は?」
女性は、エリアが何を言っているのか分からないという表情をしている。それはアドも同じだった。
「エリア?」
「彼は私が引き取ります」
呆気に取られるアドと女性にエリアはもう一度、宣言した。
「な、何を言っているの?そんなことできるわけ……」
「これを」
エリアは女性に一枚の紙を見せた。
女性はそれに目を通す。すると、たちまち驚愕の色が広がった。
「嘘」
女性は紙に書かれている内容を何度も確かめる。どうやら偽物と疑っているようだ。
「本物ですよ」
エリアがニコリと微笑む。綺麗な笑顔なのに背筋が、ぞくりとした。
「もう、よろしいでしょうか?」
「……はい」
女性にさっきまでの冷徹さは見られない。完全に戦意を喪失している。
「では、行こうか」
呆然とその場に立ち尽くしている女性と、何が何だか分からないという顔をしている馬車の業者を置き去りにして、エリアはアドを手を引く。
先ほどの馬車より格段に大きい馬車に乗せられ、エリアの家に連れてこられた。
コンコンと二回ノックされた。時計を見るといつの間にか六時を回っている。 アドはベットから起き上がり、ドアを開けた。
「食事の準備ができた」
「……分かった」
「こっちだ。付いて来い」
戸惑いながらもアドは、エリアに付いて行く。
「なぁ、他に誰かいないのか?」
前に来た時もそうだったが、広い家なのにヒトの気配がまるでしない。てっきり、親は仕事か何かで出かけているものとばかり思っていたが、違うのかもしれない。
「いない。この家には私一人だ」
「え、そうなのか?」
「ああ」
何か事情があるのだろうか?聞いてもいいものか悩んでいると、エリアが扉の前で止まった。
「この部屋だ。入れ」
部屋にはテーブルが一つだけあり、その上には、美味しそうな料理が乗っている。椅子に座るように促され、手前の椅子に座るとエリアはその向かいに座った。どうやら、彼女も一緒に食べるらしい。
「さぁ、遠慮せず食え」
「エリア、あの……」
彼女には色々と聞きたいことがある。だが、質問しようとしたアドをエリアが制する。
「まずは、食え。話はそれからだ」
反論は許さないという声だった。アドは仕方なく従うことにした。
「……じゃあ、いただきます」
手前にある肉料理を一口食べる。
「美味い」
称賛の言葉が自然と口から洩れる。その言葉を聞き、エリアは少しだけ微笑んだ。
「口に合ったなら、なによりだ。他人に料理を食わせたことなど、今までなかったからな。少しだけ不安だった」
「これ、お前が作ったのか?」
「他に誰がいる?」
エリアの不満げな声にアドは慌てて、弁明する。
「えっ、いや、何で言うか。エリアが料理できるのが意外で……」
弁明しようとすればするほど、泥沼になる。エリアの目はどんどん冷たくなっていく。
「い、いや、美味い。すごく美味い」
エリアはふっと溜息を吐く。
「まだまだあるから、どんどん食え」
それから、アドが目の前にある料理を平らげるたびに、エリアは料理を持ってきた。アドの腹はすぐに満腹となる。
「飲むか?」
食後の一杯にと、見たこともない飲み物をエリアが進めてきた。ワイングラスに真っ赤な液体が入っている。
「ワインじゃないぞ」
「違うのか」
だとしたら何だろう?取りあえず一口飲んでみる。不思議な味が口いっぱいに広がった。
「何だこれ?」
不思議がるアドを見て、エリアは淡々と答える。
「ミドラドラゴンの血だ」
「血!?」
アドは、噴き出しそうになるのを必死で堪える。
「唯の血じゃないぞ。これは、ミドラドラゴンから採った血を特殊な乳酸菌と混ぜ合わせて三カ月、さらにそれを特殊な酵母と混ぜ合わせて、さらに二年間寝かせて出来上がる。このドリンクは”ビリアの宝石”と呼ばれ、芳醇な味だけでなく、ビタミンA、タンパク質、鉄分、カルシウムが豊富に含まれている。さらに、この血は様々な病気に効くと言われており、実際に不治の病が治ったとの報告もある。ちなみにアルコールは入っていない。遠慮せず飲め」
「いや、もういい」
「そうか、残念」
エリアは本当に残念そうに肩をすくめると、グラスの血を一気に飲み干した。
「ご馳走様、美味しかった」
「食べたくなったら、また言え。いつでも作ってやる」
エリアは少し笑っている。声もいつもより高めで、何故か機嫌が良いようだった。アドとしても、嬉しい申し出だったが、その前に聞きたいことがたくさんあっる。
「なぁ、エリア……」
笑っていたエリアの顔がいつもの無表情になる。
「聞きたいことは、たくさんあるだろう。一つずつ聞け。一つずつ答える」
透明なガラスのような瞳でアドを見る。そんな目で見られ、とても緊張したがアドは意を決して口を開く。
「じゃあ、まず……。俺を引き取ったって、どういうことだ?」
とりあえず、最も疑問に思っていることからアドは聞いた。
「そのままの意味だ。お前は、ここで暮らすことになる」
アドは納得いかないという表情をする。
「暮らすって……。そもそも俺は施設に入ることが決まってたんだ。それがどうして、ここで暮らすことになるんだよ」
「では、聞くが、お前が行こうとした施設。どういう場所だか知っているか?」
「どういうって、親のいない子供を引き取る所だろ?」
「違う」
エリアはきっぱりと否定する。
「あそこは、地獄だ」
「地獄?」
「あの施設の評判はいい。職員は皆優しく、子供は健やかに育ち、里親が見つかる確率はどの施設よりも高い。だが、それは表の顔だ」
エリアは無表情に話す。だが、その声にはわずかに苛立ちが混じっているようにアドには聞こえた。
「あそこでは、日常的に虐待が繰り返されている。それだけじゃない。記録では、里親に出されたとされている子供達の半分以上は、売り飛ばされている」
「売り飛ばされてる!?」
「奴隷として、臓器売買の商品として、犯罪の道具として、子供の需要は高い。そんな奴らに売りつける。一人売るだけで、数年は遊んで暮らせる金が手に入るそうだ」
背筋が寒くなる。同じヒトとは思えない。
「ちょっと待て、それが本当だとして、どうして憲兵が動かない?」
「証拠がないからな。子供の大半は外国に売られている。外国で捜査をするには様々な手続きが必要になる。国によっては他国の捜査を一切拒否している所もあるしな。そんな国に売り飛ばされてしまったら、もうお手上げだ」
「じゃあ、どうしようもないのか?」
思わず、大声を出してしまったアドをエリアは冷静になだめる。
「大丈夫だ」
「大丈夫って、何がだ」
「今頃、あそこには憲兵が踏み込んでいる」
「え?」
「明日の新聞にも、施設が子供達を売り捌いていたことが、載っているだろう」
「どういうことだ?さっき証拠がないから憲兵は動かないって……」
「証拠がないならな」
エリアは遠回りに答える。アドは必死で考えた。
「……証拠が出たってことか?」
「ああ」
「どんな?」
「人身売買の記録、売人の証言、売られた子供の証言、子供の売買で得た隠し財産のありか、その他もろもろだ。これだけの証拠があれば、憲兵も動くことができる」
「ちょっと待ってくれ!どうしてそんなこと知ってるんだ?」
いくらなんでも、おかしい。そんなこと、憲兵が公表する訳がない。仮にしたとしても、事件が全て終わった後だ。
今の段階で、エリアが、そんな情報を知っているはずがない。
「簡単だ。その証拠を憲兵に出したのは私だ」
「は?」
「もちろん、私が全て調べたわけではない。優秀な調査員を何人も雇った。金は、かなり掛かったが、何とか間に合った」
エリアの声には何の変化もない。まるで、休日に何をしていたのかを語っているような、そんな感じだった。
「信じられないか?」
「ああ」
彼女が冗談を言っている様には見えない。だが、話があまりにも話が突飛すぎて、アドには信じられなかった。
「まぁ、無理もないな。信じたくなければ信じなくていい」
エリアは別に気分を害した様子もなく、淡々と答える。
しばらくの間、気まずい沈黙が続いた。アドは落ち着かずソワソワする。
「なぁ、どうして、そんなことしたんだ?」
「私の両親はドラゴンベンチャーだった」
「え?」
アドの質問を無視して、エリアは、話を続ける。
「ドラゴンベンチャーとは簡単に言えば、ドラゴンの専門家のことだ。世界中を飛び回り、ドラゴンの生態の研究、新種の発見、ドラゴンによって起きる様々な問題を解決する。特に難易度の高い問題を解決したり、珍しい新種を発見した者には国や企業から莫大な報奨金を得ることができる。ただし、危険な森や国に入らなければならないことも多く、命を落とすことも珍しくはない仕事だ」
「へー」
「私の両親は極めて優秀なドラゴンベンチャーだった。キサルドラゴンの発見、絶滅が心配されていたマルイドラゴンの繁殖法を確立、謎とされていたコイルドラゴンの生態の解明など、ドラゴンベンチャーの間では、かなり有名だ」
「凄いな」
アドが感嘆の声を漏らすと、エリアは少し微笑んだ。
たぶん、両親のことを褒められたのが、嬉しいらしいのだろう。
「お前が見たドラゴンの剥製も両親のものだ。」
「あの沢山あった本もか?」
「ああ、そうだ」
きっと、小さい頃からドラゴンに囲まれた生活をしていたのだろう。
エリアが、あんなにもドラゴンに詳しい理由をアドは理解した。
「私が、そんな両親に拾われたのは、十四年前だ」
エリアの言葉にアドは驚く。
「拾われた?」
「ああ、とある国で捨てられていたのを両親に拾われた」
「そうだったのか……」
アドは驚きはしたが、同時に納得もした。
言われてみれば、エリアの美しさは、この国のヒトのものではない。
彼女は凍った眼をしているなどと言われているが、実際にその瞳は深い青色をしている。この国のヒトで、そのような色の瞳を持つ者は少ない。
「両親にはとても感謝している。彼らがいなかったら、私は生きていなかっただろうからな。それに沢山のことを教えてもらった。血の繋がりはないが、実の親の様に想っていた」
アドの胸が痛む。
「お前の両親のことを聞いた時は驚いた。まさか、お前も両親を亡くしていたとな」
「俺も驚いたよ」
アドの母親は彼が幼い時に死んだ。しかし、母との記憶は、しっかりと胸に刻まれている。
だが、エリアは生みの親を知らない。それに比べれば自分は幸せなのかもしてない。
「私が、両親を亡くしたのは五年前のことだ。いつものようにドラゴンの研究をしに異国に行った両親だが、それっきり、帰ってくることはなかった」
「どうして死んだんだ?」
「……」
聞いてから、しまったとアドは思った。好奇心でする質問ではなかったかもしれない。
「いや、すまん。言いたくないなら……」
「ドラゴンに喰われたそうだ。」
エリアの答えは、アドが予想していたものだった。
「キミラドラゴンを覚えているか?」
「ああ」
そのドラゴンは以前、この家を訪れた時に見せてもらった本に書いてあった。
キミラドラゴンは、クドシラ国のキミラ地方に生息しているドラゴンだ。体長は二メートルを超え、何でも食べる雑食性。
可愛らしい外見をしているが、その見た目とは裏腹に気性はとても荒い。
「近年、ドリシ国でキミラドラゴンが爆発的に繁殖している。五年前は、まだそれほど問題になっていなかったが、親は初期の段階から、その危険性を警告していた。その調査のために両親は現地を訪れた」
「どうして、ドルシ国にキミラドラゴンがいるんだ?」
クドシラ国とドルシ国は、長い距離を海で隔たれている。
キミラドラゴンは、長距離を飛ぶことが苦手だ。海を渡りきる前に力尽きてしまう。
「ヒトが持ち込んだものだからだ」
アドは、はっと息を飲む。
「キミラドラゴンがドリス国にペット用として売られると、可愛らしい外見のおかげで、たちまち大流行となった。だが、買い手も売り手もキミラドラゴンについて、知識不足だった。キミラドラゴンが飼い主に噛みつく事件が続出した。さらに大きくなったキミラドラゴンが手に負えなくなった飼い主が、次々にキミラドラゴンを山に捨てた。キミラドラゴンにとっては、その土地は理想郷だった。山にはエサが豊富で、しかも天敵もいない。キミラドラゴンは爆発的に繁殖した。結果、山にある食料はほとんど喰い尽くされ、他の生物に多大なダメージを与えた」
そこから先はどうなるのか、アドにも想像はつく。
山の食べ物を喰い尽くした生物は、ほぼ確実に食べ物を求めヒトが住んでいるとことに降りてくる。そこでヒトが出したゴミを漁る、ヒトの持っている食べ物を奪う、家に侵入して、食べ物を探す等の行動をとるようになる。
最悪、ヒトそのものを襲って食べることもある。
「飢えたキミラドラゴンはとても凶暴だ。両親はキミラドラゴンの正確な数と増えすぎたキミラドラゴンと共存する方法を考えていた。そのため、キミラドラゴンがいる山にも何度も足を運んだ。だが、何日経っても帰ってこない両親を心配した現地のヒトが山を捜索した結果、キミラドラゴンに喰われた両親と彼らを案内するために同行していたガイドの遺体を発見した」
前にエリアに引っ叩かれたことを思い出す。
あの時、エリアはすごい剣幕で怒っていた。エリアは別の場所に生息している生物を別の場所に放つ怖さを両親の死によって痛いほど知っていたのだ。
「お前は大丈夫だったのか?」
「私は、両親の旅には同行していないから怪我はない」
「そうじゃなくて!」
「?」
アドが何を言っているのか分からないという表情でエリアは少し首を傾げる。
「ちゃんと泣けたのか?」
エリアの目が、少しだけ大きくなる。そして、彼女は、ほんの少しだけ、悲しそうに笑った。
「そんな時間はなかった」
エリアは首を振る。
「遺体のない両親の葬儀を済ませた後、会ったこともない親戚が私を引き取ろうとわんさか湧いてきた。目的は明らかに両親の遺産だった。私は、会ったこともない親戚と暮らすことなど御免だったから、弁護士を雇って戦った」
「未成年で、そんなことできるのか?」
「この国の法律上は可能だ。前例はなかったらしいがな」
変わった少女だとばかり思っていたが、目の前にいる少女はアドの想像を超える変わった少女だったらしい。
「結果、両親の残した遺産の半分は親戚に取られたが、何とか親戚と暮らすこともなく、住む家と両親の財産の半分を守ることができた」
「凄い話だな」
流石に驚くことにも飽きてきた。
「でも、金は大丈夫なのか?」
いくら遺産があるからと言っても、生きていくには金が掛かる。それに、さっき施設を調査するために大金を使ったと言っていた。
だが、アドの心配をよそにエリアは、あっさりと答える。
「心配には及ばない。財産はしっかりと投資で運用して、今では裁判で戦う前の十倍ぐらいに増えた」
「そ、そうか……」
いらぬ心配だったらしい。
そういえば、この家の本には経済の本もあった。あれは親ではなくエリアは本人のものだったのだろうか?
「ところで、未成年が投資とかしていいのか?」
「この国の法律上は可能だ。前例はないらしいがな」
何故、エリアがこんな広い家に一人で住んでいるのかと言う疑問は解けた。
しかし、彼女はまだ、アドの疑問に答えていない。
「どうして、俺が行く施設を告発なんてしたんだ?」
そんなことをしても、エリアには何の得もない。そもそも、どうして、その施設を調べようとしたのか?
その疑問にエリアは簡潔に答えた。
「お前が行く施設だからに決まっているだろう」
「俺が行くから?」
意味が分からず、アドは首を捻る。
「お前があのまま、あの施設に入っていたら、どうなっていたと思う?」
考えるまでもない。エリアの話が本当なら、きっとアドも酷い目にあっていたに違いない。もしかしたら、命の危険があった可能性も十分ある。
「まさか、俺を助けるために?」
「まぁな」
「どうして、俺なんかのために?」
「お前に頼みがあるからだ」
「俺に?」
エリアは、アドをまっすぐ見つめる。長く見ていると、その目の中に吸い込まれそうになる。
「お前に二つ頼みがある。いや、正確には違うな。今から二つ頼みごとをする。その内のどちらかの頼みを聞いて欲しい」
「つまり、一つの頼みごとを聞けば、もう一つの頼みは聞かなくてもいいってことか?」
「そういうことだ」
「別に、二つとも聞いてもいいぞ」
「まだ、どんな頼みかも言ってないのにか?」
「ああ」
エリアにはクロウドラゴンことで世話になったし、(エリアの話が本当なら)危ない所から助けてもらったことになる。頼みごとを二つぐらい聞くぐらいなんでもない。
エリアは少し呆れた顔をした後、子供の様にクスリと笑った。
「私としては、二つとも聞いてくれたら、とても嬉しい」
その子供の様な笑顔にアドの心臓の音が少し速くなる。
「じゃ、じゃあ、何をして欲しいのか教えてくれ」
「分かった。では、まず一つ目」
エリアは人差し指を立てる。
「ドラゴンベンチャーになってくれないか?」
「ドラゴンベンチャーに?」
「そうだ」
「ど、どうして俺が?」
「ドラゴンベンチャーになって、私の両親の遺産を引き継いで欲しい」
エリアは、笑みを深める。
「お前も知っている通り、この家には、たくさんの本やドラゴンの剥製がある」
「ああ」とアドは首を縦に振る。
「あれらは、両親が大切に使っていたものだ。本や剥製を調べることで得た知識を使って、多くのヒトやドラゴンを救ってきた。だが、それを使う者はもういない」
エリアは寂しそうな笑みを浮かべる。
「だから、誰かにそれを引き継いで欲しいと考えていた」
「お前は、それでいいのか?両親の大切な遺産なんだろ?」
エリアは笑みを浮かべる。だが、それは、もう寂しそうなものではなかった。
「確かに本や剥製は両親が残してくれた大切な遺産だ。だが、その遺産もいつかは朽ちてなくなる。しかし、誰かが、その知識を引き継ぎ、引き継いだ誰かが、また別の誰かに引き継がせれば、たとえ、遺産は朽ちても、いつまでもヒトの中で生き続ける」
エリアの考えは納得できた。だが、一つだけ腑に落ちない。
「お前の考えは分かった。でも、どうして俺なんだ?エリアがやればいいんじゃないのか?」
エリアは「私では無理だ」と言って、首を横に振った。
「どうしてだ?エリアはドラゴンの知識は凄いし、冷静だし、度胸もあるし、俺よりよっぽど向いてるんじゃないのか?」
「いや、一つだけ、お前は持っているが私が持っていないものがある。そして、それが、ドラゴンベンチャーにとって、とても重要な素質だ」
自分が持っていて、エリアが持っていないもの。さっぱりわからない。
「それは、なんだ?」
エリアはニコリと微笑む。
「ドラゴンに好かれる才能だ」
「ドラゴンに好かれる……才能」
「知識は覚えればいい。その他の技術も鍛錬を積めばいい。だが、ドラゴンに好かれることだけは、知識よりも才能によるところが大きい。お前は短い間にクロウドラゴンとの関係を築き上げた。これは、私にはない素晴らしい才能だ」
「そ、そうかな?」
アドは頬を掻く。なんだか、恥ずかしい。
「どうだ?やってみないか?」
アドは腕を組み悩んだ。しかし、それは一瞬だった。
クロウドラゴンと接してみて、ドラゴンが好きになった。両親や生まれてくるはずだった弟か妹を失ったのは、とても悲しい。アド自身もドラゴンに襲われ死にかけた。とても怖かった。
だが、それでも不思議なことにドラゴンを憎む気持ちには一度もならなかった。
「分かった。やってみる」
アドの返事を聞いて、エリアは微笑んだ。
「ありがとう」
「礼は、いいよ」
アドもニコリと笑い、手を差し出す。エリアはその手を握る。
二人はしっかりと握手を交わした。
「ところで、もう一つの頼みってなんだ?」
「では、二つ目だ」
エリアは、人差し指と中指を二本立てる。
「アド=カインド」
「は、はい」
フルネームを言われ思わず、敬語を使う。
エリアは、頬を少し赤く染めながら、二つ目の頼みをした。
「私と結婚して欲しい」
そういえば、この国の法律上は男女ともに十五歳で結婚できるんだったな。たぶん、前例はないだろうけど。
そんな的外れなことをアドは考えていた。