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100Gのドラゴン  作者: カエル
最終回
6/61

三人

「そんな……」

 なんとか、たどり着いたアドが見たものは、真っ赤に燃える山だった。

 黒い煙が立ち上り、熱が風に乗って飛んでくる。今、山の中に入れば命はないことは明らかだった。

「父さん……」

 だが、アドは諦めなかった。どこかに水がないか探し回ると、近くに飲料水に使われる井戸を見つけた。その井戸から水を汲み、頭から被る。

 こんな少量の水を被ったところで、炎を防ぐことができないことなど、アドにも分かっている。しかし、火傷を負ってもアドは、父の元に行きたかった。

 彼は帰りのことなど、全く考えていなかった。とにかく、たどり着けさえすればよかった。


「よし!」

 ずぶ濡れになったアドは自分の頬を両手で叩き、自分自身を鼓舞する。

 そして、いざ山の中に入ろうとした時だった。

「ギャア!ギャア!」

 と頭上から凄まじいドラゴンの鳴き声が聞こえた。

(こんな時に!)

 アドが上を向くのと、ほぼ同時にドラゴンが覆い被さってきた。アドはとっさに首を守る。相手の目を突こうとしたが、体勢が悪くそれはできない。

 ドラゴンの開いた口が迫る。首はガードしているが顔を齧られたら終わりだ。

 アドは死を覚悟して目を閉じた。


 ペロ。


 生暖かいものがアドの顔を這った。それも、何度も。

「あれ?」

 恐る恐る目を開ける。

 慌てていて気が付かなかったが、自分に覆い被さっているドラゴンはなんだか、小さい。

「ピー」

 ドラゴンが元気に鳴いた。

「お前!」

 アドに覆い被さっていたドラゴンは、アドのよく知るドラゴンだった。

 真っ黒なドラゴンは、甘えるようにアドにすり寄る。

「無事だったんだな!」

 アドは、真っ黒なドラゴンを抱きしめる。

「良かった!」

「ピー」

 アドの腕の中でドラゴンは嬉しそうに鳴いた。


「お前は、ここにいろ」

 アドはクロウドラゴンにそう言い聞かせた。

 今、町にいるドラゴンが襲っているのはヒトだけだ。ドラゴンがドラゴンを食べるところは見ていない。

 だったら、この子が襲われる可能性は低い。アドはそう考えた。

「俺は、父さんを助けに行かなきゃいけない」

 アドが山の中に足を踏み入れようとした時、突然動けなくなった。

 足元を見ると、クロウドラゴンがアドのズボンを噛んでいる。

「放せ!俺は行かなきゃいけないんだ!」

 ズボンを引っ張るが、クロウドラゴンは離さない。

「放せって!放せよ!」

 ズボンが破けるくらい強く引っ張ると、クロウドラゴンの口からズボンが外れた。

「うおっ!」

 アドはバランスを崩して、その場に転ぶ。クロウドラゴンが心配そうに近寄って来た。

「ピー」

「大丈夫だ」

 アドはクロウドラゴンの頭を優しく撫でて、立ち上がった。

「ピー、ピー」

 クロウドラゴンは、また激しく鳴いた。

 アドは、またかと思ったが、先ほどとは少し様子が違う。

 クロウドラゴンは、アドから少しは離れて激しく鳴いている。

 アドがその場に立ち尽くしていると、近寄りズボンを引っ張った。そして、また離れて鳴く。アドが一歩近寄ると、クロウドラゴンは少し離れて鳴く。

 この動作をクロウドラゴンは繰り返した。

「お前、もしかして……」

 今度は駆け足で近寄ると、クロウドラゴンはどこかへ飛んだ。アドはその後を追う。

 クロウドラゴンはアドとの距離が少し開くと、地面に降りる。アドが近付くとまだ飛び立った。

(間違いない。アイツは俺をどこかに案内しようとしている)

 アドは、必死でクロウドラゴンの後を追った。


 しばらく走ると、そこには池があった。クロウドラゴンはその上を飛んでいる。

「お前が案内したかったのは、ここか?」

 確かにこの中にいれば、火は防げるだろう。しかし、それでは意味がない。

「気持ちはありがたいけど、俺は……」

「ピー」

 クロウドラゴンは突然、池の中に飛び込んだ。

「お、おい」

 池に近寄り中を覗くが、どこにもいない。

(どこに行った?)

 アドが心配していると、後ろから「ピー」と鳴き声が聞こえた。

 驚いて後ろを振り返ると、濡れたクロウドラゴンがいた。

「お前、どうやって?」

 アドが問い掛けると、クロウドラゴンは、また池の中に飛び込んだ。

(まさか、この池はどこかに繋がっている?)

 もしかして、アイツはこうやって燃える山から避難したのかもしれない。

 クロウドラゴンは池から頭を出し、鳴いた。まるで、こっちに来いと言っているようだ。

(このまま山の中に入っても、途中で死ぬ可能性が高い。だったら……)

 アドは大きく息を吸い込み、止める。そして、池の中に飛び込んだ。


 池の中は、意外と透明だった。

 アドが飛び込んだのを確認すると、クロウドラゴンは下に潜りだした。体を左右にくねらせ、尾を舵のようにして進んでいった。泳ぐスピードは意外と速い。

 アドは置いて行かれないように後を追う。しばらく進むと洞窟があった。

 クロウドラゴンが洞窟に入ったのを見て、アドもその後に続いた。

 洞窟の内部は複雑に、いくつもの道に分岐している。

(やっぱりそうだ。さっきアイツが池に飛び込んだ後に、この道のどれかを通って俺の後ろに回ったに違いない)

 アドは確信した。このまま進めば、父のもとにたどり着ける。


(く、苦しい)


 洞窟は長かった。途中のどこかに空気が溜まっている場所があるのではないかと思ったが、甘かった。そんなものは全くない。

(そういえば、エリアが言っていた)


『ドラゴンには完全に水中に適した種類もいる。しかし、それ以外のドラゴンでも長時間潜ることは可能だ。ドラゴンもヒトと同じように肺で呼吸している。その肺活量はヒトよりも、はるかに上だ。おまけに火を吐くためにガスを溜めている器官があるが、そこに溜まっているガスを全て吐き出し、ガスの代わりに空気を入れることができる。その空気を肺に送り込めば、さらに長時間潜ることができる』


(忘れていた。ドラゴンとヒトでは、水にも潜っていられる時間が違う。まずい、このままじゃ、溺れる)

 アドは苦しそうに、もがき見始めた。

 そんなアドの様子を見たクロウドラゴンは、尾をアドに差し出す。アドはクロウドラゴンの尾に必死にしがみついた。

 クロウドラゴンは、尾をしっかりとアドの腕に巻き付ける。そして、猛スピードで泳ぎ始めた。

 先ほどのスピードは、自分に合わせてくれていたのかとアドは気付く。

 クロウドラゴンはどんどん前に進んでいく。激しい水圧がアドを襲った。

 水圧と酸素不足で、アドはそのまま気を失ってしまった。


 何かが、胸を強く押している感触にアドは目を覚ました。

「ぶはっ!」

 目を覚ますのと同時に、アドは飲み込んだ水を吐き、激しく咳き込む。

「ピー」

 ドラゴンの悲しげな鳴き声が聞こえた。アドは首を起こす。

 仰向けに寝ているアドの上にクロウドラゴンが乗っていた。

「あれ、お前どうしてここに……」

 その時、熱さを感じた。アドは、はっとなって周りを見渡す。

 そこは、アドがクロウドラゴンのために魚を捕っていた池だった。

 アドが気絶した後、クロウドラゴンは必死に泳いで何とかここまでたどり着いく。気絶したアドを必死に池から救い上げたが、アドは目を覚まさなかった。

 クロウドラゴンはアドを起こそうと、アドの体に乗って胸の上で何度も飛び跳ねた。それが、心臓マッサージとなり、アドは目を覚ますことができた。

(そうか、俺は気を失っていたのか)

 酸素不足による一時的な記憶の混乱から、アドは少しずつ回復した。

「ありがとうな」

 心配そうに、こちらを見つめるクロウドラゴンをアドはまた優しく撫でた。


 少し休むと、アドは立ち上がる。

(そうだ。父さんを助けなければ)

 フラフラで気分は最悪だったが、アドはその気持ちだけで、前に進んだ。

 不幸中の幸いか、風の影響もあり、ここは火があまり回っていない。

(生きているかもしれない)

 燃える山を見てアド自身、半ば諦めかけていた。だが、今は希望に満ちている。 アドは、体を引きずりながら家に向かった。


「そんな……」

 崩れた自分の家がそこにあった。

 祖父の代から続いた家が、生まれてから今まで長年過ごしてきた家が、朝まではちゃんとそこにあった家が、見るも無残に潰れていた。

 家は何か巨大なものが、落ちてきたかのように押しつぶされていた。おそらく、あの巨大なドラゴンが、家の上に降ってきたのだろう。

「父さん……」

 アドは、思い足を引きずりながら崩れた家に近づいた。

 家が潰れているからといって、父が巻き込まれたとは限らない。もしかしたら、もう遠くに逃げたかもしれない。アドは必死に自分にそう言い聞かせた。

「キー、キー」

 潰れた家の周りには小さなドラゴンが、たくさん飛んでいた。

 大きさはちょうど、自分に付いてきているクロウドラゴンと同じほどだ。

 小さなドラゴンは、けたたましく鳴いていており、何匹かは喧嘩をしていた。

 そのドラゴンを見た瞬間、必死に自分に言い聞かせていた希望は粉々に打ち砕かれた。アドはそのドラゴンを知っている。


<サリアドラゴン>


 以前、エリアが言っていた動物の死体を専門に食べるドラゴン。

 彼らは動物の死体を主食としているが、動物の死体というのは滅多に見付かるものではない。

 そこで、彼らは死体の臭い、もしくは深く傷を負った動物の血の臭いを嗅ぎ付ける能力がとても優れている。その嗅覚は数キロ先の死体も嗅ぎ付ける。

 このドラゴンが大量に集まっているということは、その近くに死体もしくは大怪我を負った生物がいるということだ。


「うわあああああああああああああ」

 アドは大きく叫ぶと同時に走り出した。アドのあまりの気迫に、サリアドラゴンは一斉に逃げ出す。サリアドラゴンを追い払うと、アドは家の木材をどかし始めた。

 手の皮膚が切れ、血が出る。だが、そんなことはどうでもいい。

「父さん!いるか?いたら返事をしてくれ!」

 必死に呼びかけるが返事はない。その様子を少し離れた場所からサリアドラゴンがじっと見ていた。


「……け……て」


 微かに声が聞こえた気がした。アドは手を止めて耳を澄ます。


「……け……て」


 聞き間違いではない。確かに聞こえた。

 アドは急いで声のした方へ向かう。


「……け……て」


 ここだ!

 急いで角材をどかし、屋根の破片を払いのける。やがてヒトの手が見えた。

「父さん!?」


「あ……あ……」


 アドの父親ではない。そこにいたのは彼の義理の母親だった。

「あ……ち……」

 義理の母は苦しそうに何かを訴える。

「大丈夫か?」

 アドは彼女を助けようと木材をどかしていく、最後の木材をどかした所で彼の動きが止まった。

(これは……)

 彼女の傷を見たアドは絶句する。彼女の傷はとても助かるものではなかった。

 例え、このまま治療を受けたとしても助からないであろうことは、素人であるアドの目にも明らかだった。

 義理の母は、アドに手を伸ばす。アドはその手をしっかりと握った。

「あ……か……」

 握っていた手から、力が抜ける。閉じられた彼女の目はもう二度と開くことはなかった。

 アドは義理の母の手をそっと彼女の胸の上に置いた。


「ア……ド」


「父さん?」

「……アド」

 すぐ近くにいる。だが、その声は弱々しく、どこから聞こえているのか分からない。

「ピー」

 クロウドラゴンの鳴き声が聞こえた。そちらを見るとクロウドラゴンは足を使って埋まっている瓦礫をどけようとしている。

「そこか?」

 アドはクロウドラゴンが教えてくれた場所の瓦礫をどける。そこには父が埋まっていた。

「父さん!父さん!」

 アドは何度も父に呼びかける。閉じていた父の目がゆっくりと開いた。

「ア……ド……」

「父さん!良かった」

 アドの目から大粒の涙が落ちる。涙は父親の顔にポタリ、ポタリと落ちた。


「ア……ド、どこ……」

「父さん?」

「ア……ド、ど……こ……だい?」


 アドは、はっとした。父は目が見えていない。

「ここだよ。父さん」

 アドは父親の手を優しく握る。

「ああ、温かいな」

 父親は優しく微笑んだ。

「ア……ド。大丈夫……かい?どこも怪我は……してないかい?」

「俺は大丈夫。どこも怪我していないよ」

「そうか、良かった」

(父さんは目が見えていない。早く治療を受けさせないと)

 目がやられているのか、それとも脳にダメージを負っているのか、とにかく危険な状態だ。

「リ……コ、リコはどこだい?彼女は……無事かい?」

 アドは俯き唇を噛む。リコとは義理の母の名前だ。

「だい……じょうぶ。もう運ばれて、今は治療を受けてるよ。大した怪我じゃないらいよ」

 父親は、それを聞いて胸を撫で下ろした。

「そうか……無事か、本当に……良かった」

 自分が重傷だというのに人の心配をする。父はいつもこうだ。

 こんな状況でも何も変わらない。

「ヒトの心配より、自分の心配をしてよ。待ってて、今、助けるから」

 アドはなんとか、父親を引っ張り出そうとした。


「じゃあ、お腹の子も無事なんだね」


「え?」

 父の意外な一言にアドの手は止まった。父を助けるために動かなければいけない。それでも手を止めてしまった。

「なん、の、こと?」

 震える声で父に問いかける。


「ああ、まだ……聞いて……なかった…だね。リコは……妊娠しているんだよ」


「う、そだろ?」

 父はニコリと微笑んだ。


「本当……だよ。お前は……もうすぐ……お兄ちゃんに……なるんだよ」


(俺が兄?)

 あまりのことにアドは動けなくなってしまった。

「僕も……昨日の夜に……リサから聞いたんだ。子供ができたって、僕はアドにも教えようって……言ったんだけど、リコは……自分で言うって聞かなくてね。だから、今晩三人で食事を……しようって言ったんだ。話すきっかけに……なればと思ってね」

 父の話を聞いて、なぜ義理の母の態度が今朝、急に変わったのか、アドは全て理解した。

 義理の母はお腹の子供のことを想って、アドとの関係を良くしようとしたのだろう。自分達が仲違いしたままでは、お腹の子が成長した時、辛い思いをする。それを避けたかったのだ。

 さっき、義理の母はアドに何か言い掛けていた。

 きっと『お腹の赤ちゃんを助けてくれ』と言っていたのだ。


「赤ちゃんが、生まれたら、家……族、三人で……海……行こう。楽しい思い出をたくさん、たくさん……」

「父さん?父さん!」

「ああ、君もいたのか……ごめんね。僕は……君を幸せに……してやれなかった」

「父さん!しっかりして、父さん!」

 父は何もない空間に手を伸ばす。まるで、誰かと会話しているようだった。

「こん……ど……こそ、たい……せつな……ヒト……を……」

「父さん!」


「幸せに……」


 父は静かに目を閉じる。その顔はとても幸せそうだった。


 炎が静かに迫ってきていた。でも、アドは動けなかった。

 クロウドラゴンが何かを訴えるように鳴いている。でも、動けなかった。


 サリアドラゴンは一部始終を見ていた。彼らはアドの義理の母親が死ぬ所も父親が死ぬ所も見ていた。

 だが、アドの悲しみも苦しみも彼らには関係ない。やっと食事にありつける喜びでいっぱいだった。彼らは、ゆっくりと近付いた。

 二人は、確実に死んでいる。あと一人は生きているが、何故か動かない。

 彼らは安心して、食事にありつこうとアドの父親に齧り付こうとした。

 その瞬間、齧り付こうとしたサリアドラゴンは衝撃で吹き飛んだ。


「アーーーーーーーー」


 さっきまで動かなかったヒトが立ち上がり、サリアドラゴン蹴り上げたのだ。ヒトは彼らを追い払う。

 サリアドラゴンは逃げ出す。オスの死体は諦め、メスの死体を食べようとした。

「うああああああ」

 またヒトが襲ってきた。そのヒトの目は、ただただ凶器の色を浮かべている。

 だが、サリアドラゴン達にとっても久しぶりの食事だ。そう簡単に諦められない。そこに、真っ黒なドラゴンも参戦した。


 アドとクロウドラゴンはサリアドラゴン達を追い立てる。サリアドラゴンは隙を窺う。両者が一進一退を繰り返している間に炎が少しずつ広がる。

 煙が立ち込め、視界が悪くなる。悲しみと怒りで、気力を振り絞っていたアドだったが、煙を吸い込み、ついに体力の限界を迎える。まるで、糸が切れた操り人形のように倒れてしまった。



 まだ眠りたい。もっとずっと眠りたい。

 でも、ヒトは生きてる限り、目を覚まさなければならない。アドはゆっくりと目を開けた。

「ここは?」

 アドは、布団の上に寝ていた。首を動かし、周りを見ると他にも大勢のヒトが布団に寝せられている。

 その周りにいるヒトが寝ているヒトの世話をしている。

「あ……あの」

 声がうまく出ない。それでも何とか振り絞る。

「あの!」

 アドの声に一人の女性が反応する。女性は驚き、アドに近寄った。

「ちょっと待っててください。先生!先生!」

 数分で女性は医者を連れて戻ってきた。医者はアドに尋ねる。

「大丈夫ですか?どこか痛い所は?」

「ないです」

「貴方のお名前は?」

「アド=カインドです」

「年は?」

「十五です」

「出身は?」

「ノガルです」

 医者はウンウンと納得した。

「意識ははっきりしてますね。見た所、異常も見当たりません」

 今度はアドが医者に尋ねる。

「あの、ここは治療所ですか?」

「そうです。といっても仮の、ですがね」

「仮ですか」

 医者は悲しそうに頷く。

「あの大きなドラゴンが何もかも破壊し尽くしてしまいましたから」

「ドラゴン……」

 アドの頭に激痛が走る。同時に記憶も蘇った。

「あ、あの、俺、どうして……ここに…」

 アドが医者に質問しようとした時、数人の男が入ってきた。

「せんせー、助けてくれ!」

 男達は、啖呵に一人の男を乗せていた。男は全身に火傷を負っている。

「すぐに見ます!」

 医者は大声で叫び、火傷を負った男性に向かう。

「イテー、痛てーよー!」

「しっかり押さえてください!」

 暴れる患者を男達が押える。その間に医者は男の治療をしている。アドはその光景を黙って見ているしかなかった。

 他の患者も大怪我をしていたり、酷い火傷を負っているヒトばかりだ。


「話せますか?」

 先程とは、別の女性が話し掛けてくる。こちらは医者や看護師には見えない。

「はい、なんとか」

「それでは、いくつか質問します」

 名前、年、住所などさっき聞かれた質問をされる。アドが答える度に女性は紙に書いていく。

「ありがとうございました」

 感情のこもらない声で女性は礼を言うと、その場から離れようとした。

「あ、あの」

 アドは女性を引き留める。

「俺、どれくらい寝てたんですか?」

 女性は紙の束をペレペラとめくる。

「貴方が運ばれたのは、三日前です」

「三日?」

(そんなに寝てたのか)

「では」

 去ろうとした女性を再び引き止める。

「あ、あの、父は?は、母は?」

 女性はアドを一瞥する。

「そこまでは、分かりません」

 冷たくそういうと、女性は次の患者に質問を始めた。


 その後、自分の父と義理の母について知っているヒトがいないか聞いて回ったが、誰も知る者はいなかった。

 数日経つと、アドの体は徐々に回復した。医者も、もう大丈夫だと言ってくれた。

 体が思うように動くまでに回復すると、アドは治療の手伝いを始めた。

 医学の知識は全くなかったが、それでも患者を運んだり、皆に食事を配ったと、できることはある。

 特にアドの作る料理は評判が良かった。他人に食べさせることがなかったので気が付かなかったが、一人で家事をしていたので自然と料理の腕前が上がっていたらしい。

 アドは懸命に働いた。そうしている間は家族のこと、これからのことを考えずにに済む。アドはここに来てから、一度も泣いたことがない。


 働き始めて、一カ月経った時だった。

「少し、よろしいですか?」

 あの冷たい感じのする女性が話し掛けてきた。


「施設ですか?」

「はい。貴方はまだ未成年ですし、両親もいない。引き取ってくれる親戚もいない。そうですね」

「……はい」

「我が国の法律では、そのような場合、施設に引き取られることになっています。何か質問はありますか?」

 女性の声は、何の感情も籠っていない。

「まだ、家に行くことはできないのでしょうか?」

 この一カ月、何度もなくなってしまった家に帰ろうとした。

 だが、それはできなかった。山は完全に封鎖され、近づくことも出来ない。

 父と義理の母の遺体が今どうなっているのかも分からない。せめて、二人いや三人をちゃんと弔いたかった。

「それはできません」

 女性はキッパリと言った。

「あそこは、まだ危険です。立ち入りは許可されていません」

「でも、あれから一カ月もたつんだし……」

「できません」

 女性はアドを強く睨む。その目は、もう二度と同じことを聞くなと言っているようだった。

「他に質問は?」

「山の近くに黒いドラゴンはいませんでしたか?」

 あれから、クロウドラゴンを見かけない。どうなったのか心配だ。

「いえ、そう言った報告はありません」

「そうですか……」

 アドはうつむく。

「他に質問がなければ、すぐに支度してください。今から、施設に行きます」

「今からですか?」

「はい」

 女性はあくまで事務的に淡々と答える。

「せめて一日待ってくれませんか?まだ、ここでやりたいことが……」

「我儘を言わないでください」

 女性が再びアドを睨む。

「何千人もの方が家族や住む家をなくしてました。貴方よりも小さい子供でまだ引き取り手が決まっていない子もいます。貴方の我儘を許すわけにはいけません」

「……」

「分かりましたね?分かったら準備をお願いします」

「……はい」

 アドは黙って従うしかなかった。


「終わりましたか?」

「はい」

 準備と言ってもせいぜい服をカバンに詰めるぐらいしかなかった。他の物は恐らく全て燃えてしまった。

 世話になった方々や患者さんに別れの挨拶をして回る。

「元気でね」

「いつかまた会おうね」

 自分達こそ辛いはずなのに笑って見送ってくれるヒト達にずいぶん励まされた。

「では、行きましょうか?」

「……はい」

 表には馬車が待っていた。列車ができてからというもの、最近はあまり見なくなったが、ドラゴンの襲撃で壊れた列車の修復はまだ完了していないということと、あの事件以降、列車に乗れなくなったと訴えるヒトが急増したため、この町では再び馬車が増え始めた。

 アドが暮らすことになっている施設は、この町からはるか遠くにある。

 列車を使ったとしても、片道だけで何日もかかるため、簡単にこの町に戻ることはできないだろう。

 アドは馬車に乗り込む。中はとても狭かった。

「この馬車はミサキという町まで行きます。そこでクリサキ行きの列車に乗ってください。そこで七番目のハマという駅で降りてください。施設の人間が待っています」

「分かりました」

「では、頑張ってください」

 女性が馬車の扉を閉めると、業者が馬にムチを打つ。馬車がゆっくりと走り出した。


「止まれ!」


 大声と共に何かが馬車の前に飛び出る。業者はとっさに馬を止めた。

 アドはその反動で前に転び、額を強くぶつけた。

「なんだ?」

 アドは慌てて馬車から降りた。業者は驚いて固まっている。

 先ほどの別れた女性も慌てて、こちらに駆け寄ってきた。


 馬車を止めたヒトがこちらに近付いてくる。そして、アドの前でピタリと止まった。この少女をアドは知っている。

「お前、どうして?」

「迎えに来た。行くぞ」

 エリアは無表情で淡々と言うと、アドの腕を引き歩き出した。

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