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100Gのドラゴン  作者: カエル
第六章
57/61

ドラゴンの国8

「うおおおおおおおおりゃあああああああああああああああああああああああ!」


 激しい雄叫びが、空から聞こえた。と同時に空から、ある生物が降ってきた。

「ギャア」

 大型コピルニアモンキーが空から落ちてきた生物に蹴られ、吹き飛ばされた。

「お、お前!」

 アドは空から落ちてきた生物を見て驚愕した。何故、こいつが此処にいるのか?何故、空から降ってきたのか?全く分からない。

 しかし、二つだけ確実に分かることがある。

一つ目は、こいつが味方だということ。そして、二つ目はこいつがとても頼りになるということだ。


「よう、アド!」

 道端で会ったような気軽な声で、ネイドはアドに挨拶した。


 突然、空から降ってきたネイドに大型コピルニアモンキーは、混乱しているようだった。ネイドは、その隙を見逃さなかった。凄まじい速さで、一気に大型コピルニアモンキーの懐に潜り込んだ。

「ギャ?」

 いきなり、自分の懐まで距離を詰めたネイドに、大型コピルニアモンキーは驚愕の声を上げる。

「おりぁ!!!」

 ネイドの手には、いつの間にか一本のナイフが握られていた。掛け声と共にネイドは、ナイフを大型コピルニアモンキーに振るう。

「ギャアアアア!」

 大型コピルニアモンキーが、悲鳴を上げる。

 クロの牙を通さず、銃の弾丸も皮膚で止める大型コピルニアモンキーの肉体。その強靭な肉体をネイドのナイフは、簡単に切り裂いた。

 ネイドの使っているナイフは、コールという世界でも五本の指に入る高価な石から作られている。この石から作られたネイドのナイフは、ありとあらゆるものを切り裂く。特に生物の肉を切ることに特に優れており、今まで、このナイフを使って切れなかった生物はいない。

 現在、コールを素材にしたナイフは、ネイドの使っているもの以外、存在していない。

 正真正銘、世界で一つだけのネイドオリジナルナイフだ。

「ギイイイイイヤヤアアアアアア」

 大型コピルニアモンキーが叫ぶ。アドに向けたものとは比べ物にならない程の憎悪の目をネイドに向ける。

「ギアアアア」

 大型コピルニアモンキーは全力の拳をネイドに振るう。まともに当たれば、ヒトの骨は軽く砕くほどの威力だ。

「よっ」

 ネイドはその拳を難なく避ける。そして、またナイフを振るった。

「ギャアアアア」

 新たな傷が、大型コピルニアモンキーの体に刻まれる。

 激痛に顔を歪める大型コピルニアモンキー。ネイドがもう一度、ナイフを振るおうとした時、大型コピルニアモンキーは後ろに跳んだ。

「ギギャアア」

 大型コピルニアモンキーはネイドから距離を取ると、下に落ちていた大きな石を拾いネイドに向けて投げた。石は真っ直ぐ飛んで来る。直撃すれば、ヒトの体を貫通しそうな速さだ。

 石は、ネイドの頭に向かって飛んでいた。

 ネイドの動体視力は、石をはっきりと捉えていた。それをもってすれば、飛んで来る石を避けることは容易かった。だが、ネイドは避けようとはしない。石が目前に迫っても微動だにしなかった。

「ギャ?」

「なっ?」

 アドは、その光景に絶句した。石を投げた大型コピルニアモンキーも目を丸くしている。


 ネイドは飛んで来た石を片手で受け止めていた。しかも、素手でだ。


 あの速さで飛んできていた石を素手で掴かむ。そんなことをすれば普通のヒトの手の骨は粉々に砕ける。しかし、ネイドの手にはかすかな痛みが走っただけだった。骨はおろか、筋肉にもほとんどダメージは受けていない。

「イタタタタ」

 ネイドは石を別の手に持ち替え、石を受け止めた方の手をブンブンと振る。

「ギッ……ギッ……」

 大型コピルニアモンキーが、一歩後ずさる。その目からは先程までの怒りが消え、ネイドのことを化け物を見るような目で見ている。

 ネイドが一歩、大型コピルニアモンキーに近づくと、大型コピルニアモンキーはまた一歩下がった。大型コピルニアモンキーは明らかに、ネイドに対して恐怖心を抱いている。

「ギッギ、ギャアアアアア」

 大型コピルニアモンキーが突然、ネイドに背を向けて逃げ出そうとした。

「とりゃあ!」

 ネイドは逃げようとする大型コピルニアモンキーの背後から、持っていた石を全力で投げた。石は正確に、大型コピルニアモンキーの後頭部に命中した。

「ギャア!!!」

 大型コピルニアモンキーは短く鳴くと、その場に倒れた。

「キーーーー」

「ギャアアーーー」

 ネイドと大型コピルニアモンキーとの戦いを見ていた他のコピルニアモンキーが、一斉に騒ぎ出す。そして、まるで蜘蛛の子を散らす様にコピルニアモンキー達は逃げ出した。

 ネイドによって気絶させられた大型コピルニアモンキーは、他の通常サイズのコピルニアモンキー数匹掛かりで引きずられ、森の中に消えてしまった。


 コピルニアモンキーがいなくなると、ネイドはアドに話し掛けた。

「大丈夫か?」

「あ、ああ」

 目の前で行われた戦を見て、放心していたアドだったが、はっとしてエリアを見る。彼女はまだ倒れていた。その横にはクロも倒れている。

「エリア!クロ!」

 アドはなんとか立ち上がり、叫ぶ。先程のダメージは、ある程度回復しているようだった。アドはふらつきながらも、エリアとクロの元へ行こうとする。

「おい、無茶するな!」

 今にも倒れそうなアドを、ネイドが支える。それでもなお、アドは叫び続けた。

 その時、アドの呼びかけに呼応するかのように、エリアの体がピクリと動いた。それに続いてクロの体も動く。

「エリア!クロ!」

 アドは再びエリアとクロの名前を呼ぶ。その声は、先程までの心配していた声とは違い、喜びに満ちていた。

 エリアはゆっくりと立ち上がると、手をかざして心配するアドの声を制した。

「大丈夫だ」

「クー」

 エリアに続いて、クロも起き上がり鳴いた。それは、まるで『大丈夫』と言っているかのようだった。


「安心しろ、骨は折れてはいないようだ」

「そうか」

 腕を診てくれたエリアの言葉を聞いて、アドは安心する。折れていてもおかしくはなかったが、あの時、吹き飛ばされたことで多少威力が弱まったのだろう。運がいい。

「クロは?大丈夫そうか?」

「ああ、見た所どこにも異常はないようだ」

「お前は?」

「私も大丈夫だ」

 コピルニアモンキーによって、エリアは左腕に傷を受けた。気絶から目を覚ましたエリアは、持ってきていた医療用の針と糸を使って、自分で自分の傷口を縫い合わせてしまった。エリア曰く、二日ほどで傷口は塞がるということだ。

「それにしても、お前が負けるなんてな。驚いたよ」

 エリアは少しだけ不機嫌な表情となり、顔を逸らす。その顔を見て、アドは即座に謝る。

「ご、ごめん」

「別に、お前に怒っている訳ではない」

 エリアは逸らしていた顔を、またアドに向ける。

「私が怒りを感じているのは、自分自身だ」

 エリアは、少し目を伏せる。

「私が負けたせいで、お前やあの子を危険な目に遭わせた。すまない」

 エリアはアドに頭を下げる。アドは慌てて、頭を上げさせた。

「ま、まぁ仕方ない。誰もあんなのがいるなんて思わないからな」

 エリアが負けた原因は、左腕を負傷していたこともあるだろうが、一番の敗因は情報が不足していたことだ。

 あの大型コピルニアモンキーは、エリアが通常の大きさのコピルニアモンキーと戦っている最中に突然現れたらしい。不意を突かれたエリアは、大型コピルニアモンキーの一撃を受けて気絶してしまった。

 あらかじめ、大型コピルニアモンキーのことを知っていたら、もっと警戒できていただろう。

「あの大型コピルニアモンキーは、通常のコピルニアモンキーとまったく同じ臭いだった。だから、存在に気付くことができなかった」

「たくさんのコピルニアモンキーの匂いに紛れて、気付かなかったってことか」

「ああ」

 エリアがまた落ち込みかけたので、アドは話題を逸らす。

「それにしても、あの大きなコピルニアモンキーは何なんだろうな」

 島に、あんな大型のコピルニアモンキーがいるなんて情報は、いくら調査しても出てこなかった。一体、あの大型のコピルニアモンキーは何なのだろうとアドは首を捻る。

「あれが、群れのボスか?」

「……どうだろうな」

 エリアは曖昧に答える。アドはそんなエリアを不思議に思った。

「何か気付いたのか?」

「いや、まだ何も……ただ」

「ただ?」

「私には、あれが群れのボスだという感じはしなかった」

 エリアは理論的な答えではなく、自分の直感を言った。珍しいなとアドが思っていると、ネイドが話に入ってきた。

「あっ、それは俺も思った」

 ネイドもエリアと同じことを感じたらしい。群れのリーダーでないとするなら、あのコピルニアモンキーは何なのだろうか?


「ところで、どうしてお前が此処にいるんだ?」

「彼女を助けに来たに、決まっているだろう」

 確かにそうだ。ネイドがこの島に来る理由など、ニーナさんを助ける以外考えられない。今のは、質問の仕方が悪かった。アドは質問を変える。

「どうやって、この島に来たんだ?」

「ああ、メイに運んでもらったんだ」

 ネイドが上を指差す。アドが空を見ると、一匹のドラゴンが飛んでいた。

 ドラゴンは、安全を確認しているように島の上を飛んでいる。やがて、高度を徐々に落とし、ネイドの隣に降り立った。

 炎のように赤いドラゴン。ネイドの相棒であるエリフドラゴンのメイだ。

「まさか、メイに掴まって来たのか?」

「ああ」

 ネイドはあっさりと答えた。


 コピルニア島に来る方法として、エリアはいくつか案を出していた。その中の一つにクロに掴まり、島に渡ってくるという案もあった。しかし、その方法にはいくつかリスクがあった。

 まず、重さの問題だ。クロが、荷物を持ったアドとエリアを抱えて飛ぶのは難しい。

 仮に、抱えて飛ぶ事が出来たとしても、アドとエリアを抱えて飛ぶクロはとても目立つだろう。コピルニア島の周りにいる監視船に見付かれば、即射殺されてしまう。

 運よく、監視船の目を掻い潜る事が出来て島に到着できたとしても、アドとエリアを抱えたまま地面に降り立つのはとても危険だ。降り立つ時、バランスを大きく崩す危険があるからだ。そうなれば、アドやエリアだけではなく、クロまでも大怪我を負う危険がある。

 見付かる危険、そしてクロへの大きな負担。

 この二つの理由により、アドはこの方法を選ばなかった。しかし、ネイドはアドが選ばなかった方法で、島まで来た。

「お前、荷物は持ってきていないのか?」

「ああ、邪魔になるかと思って」

 ネイドの相棒であるメイは大きさ、体重共にクロとほぼ変わらない。荷物を持ったアドとエリアを抱えて飛ぶことは、メイにも難しいだろう。しかし、荷物をほとんど持っていないネイド一人なら、抱えて飛ぶことも可能だ。

 それに、ネイドは空から降ってきた。確かに、これならば着陸する時、メイに負担は掛からない。

「何で、メイから飛び降りたんだ?」

「それは、お前があのサルに襲われているのが見えたんで、急いで飛び降りたんだ」

 おそらく、約十メートの高さからネイドは飛び降りている。いつものこととはいえ、常識はずれの身体能力に、アドはただ驚かされる

「……監視船には?見付からなかったか?」

「ああ、空から見ていたけど双眼鏡で島を見ているだけで、こちらには気づいていなかったな」

 おそらく、先に島に侵入したアドとエリアを見ていたのだろう。それに気を取られて、上空を飛ぶネイドとメイに気付かなかったに違いない。

 アドは頭を掻く。ネイドの身体能力の高さと強運は、いつも羨ましい。

 そこでアドは、まだネイドに礼を言っていなかったことに気付いた。

「ありがとう。助かった」

 アドは右手をネイドに差し出す。

「気にするな!」

 ネイドはアドの手を掴み、二人は固い握手を交わした。


「私も礼を言う。ありがとう」

「い、いやいや、いいですよ!」

 頭を下げるエリアに、ネイドは手と首をブンブンと振る。

「と、ところで、この子は?」

 ネイドは、眠っているミリンダに視線を落とす。

「ポシーイド号の生き残りだ。名前はミリンダ」

 アドはネイドに、ミリンダのことを説明する。

「そうか、大変な目に遭ったんだな」

 話を聞いたネイドはミリンダの頭を優しく撫でた。

 ミリンダは、大人でも耐えられない程の恐怖に、弱音も言わず耐えていた。この子はとても強い子だ。しかし、その強さがこの子を苦しめているのではないかとアドは思う。

「しかし、この子、周りでこんなに騒いでいるっていうのに起きないな」

「……そういえば、そうだな」

 いくら疲れているといっても、これだけ周りが騒がしければ、起きてもいいと思う。しかし、ミリンダはぐっすりと寝ていて起きる様子がない。

「あっ」

 アドは、あることに思い至った。アドは、エリアを見る。すると、エリアは肩をすくめた。

「そうだ。保存食に睡眠薬を少し混ぜておいた」

 やはりそうかと、アドは小さく溜息を吐いた。

「どうして、そんなことしたんだ?」

「この子をゆっくり、休ませてやりたかった」

 エリアはミリンダを優しい目で見る。

「いくら、疲労しているといっても、この森の中ではまともに眠れないと思ってな」

「……」

 エリアの言う通りかもしれない。

 ミリンダはコピルニアモンキーに襲われ、両親を連れ去られている。コピルニアモンキーがいる森の中では、まともに眠れないかもしれない。

「しかし、そのせいで、その子を危険に晒してしまったな」

 もし、ネイドが来ていなかったら、アドもエリアもクロも大型コピルニアモンキーにやられていただろう。そうなれば、ミリンダの命も危なかった。

「私は自分の力を少し、過信していたようだ」

 一見、エリアは無表情に淡々と言っているように見える。しかし、アドに分かる。今、エリアはとても落ち込んでいる。

「でも、眠っていたおかげで、その子は怖い目に遭わずに済んだんじゃないんですか?」

『よく言った』とアドはネイドを心の中で称賛する。

「ああ、俺もそう思う」

 アドもネイドに同意する。

 二人に励まされて、エリアは少しだけ笑った。


「頼んだぞ!」

「おう、任せとけ!」

 ネイドは満面の笑みを浮かべる。睡眠薬がまだ切れていないミリンダは、ネイドが背負って運ぶことになった。

「では、行くぞ」

「ああ」

「はい!」

「クー」

「……」

 ヒトが三人とドラゴンが二匹。フマラが一匹のチームは仲間を助けるため、そして、ミリンダの親を助けるため、未知なる島を進む。




 何匹もの痩せているコピルニアモンキーが横一列に並んで座っている。その列は縦にも並んでおり、上から見ると、ちょうど正方形に見える。

 その最前列には、ナイフで大きな傷をつけられたコピルニアモンキーもいた。

「コカ」

 不気味な声が聞こえた。その瞬間コピルニアモンキー達に緊張が走る。

「コカ、コカ、コオオオカカカカカカカカカカ」

 不気味な声はどんどん近づき、やがてその姿を現した。


 魔物、怪物。そうとしか呼べない姿をその生物はしていた。


「コカカカカカカ」

 怪物は、ナイフで傷つけられた大型コピルニアモンキーの目の前に立つ。

「コカコカカカ」

 怪物は大型コピルニアモンキーに向かって、鳴いている。それはまるで、叱責しているかのようだった。

 怪物が、口を大きく開く。全てを飲み込む巨大な口が、大型コピルニアモンキーに迫ってきた。

「ギャアアア」

 突然、大型コピルニアモンキーは立ち上ると、怪物に殴り掛かった。ヒトの頭蓋骨なら簡単に砕く巨大な拳が、怪物の頭部に命中する。

 辺りがシンと静まり返った。

「コカ」

怪物が鳴く。

「コカ、コカ」

楽しそうに鳴く。

「コカカカカカカカ」

 その鳴き声は、まるで笑っているようだった。

「ギャ……」

 拳を叩きこんでも、なんともない怪物に大型コピルニアモンキーが怯える。怪物に振るった拳はプルプルと震えていた。

「コカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 凄まじい叫び声と共に、怪物の鋭い一撃が大型コピルニアモンキーに炸裂した。

 大型コピルニアモンキーの体は数メートルも吹き飛び、後ろで座っていた痩せたコピルニアモンキーの中に落ちた。

「キャアアアア」

 痩せたコピルニアモンキーが一斉に逃げ出す。

怪物は逃げ出したコピルニアモンキーには目もくれず、大型コピルニアモンキーに近寄る。怪物の一撃を受けた大型コピルニアモンキーはピクリとも動かない。

「コカアアア」

 怪物は、口を大きく開く。そして、大型コピルニアモンキーの頭に齧り付いた。

「コ、コ、コ」

 怪物は、大型コピルニアモンキーを頭から飲み込んでいく。

「コ、ココ、コカカカ」

 やがて、大型コピルニアモンキーの体を丸ごと飲み込んだ怪物は、満足そうに鳴いた。

「コカコカコカカカカッカカカカカカカカカカカカ」

 その不気味な鳴き声は、いつまでも辺りに響き渡った。


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