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100Gのドラゴン  作者: カエル
第六章
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ドラゴンの国4

コピルニア島は全体が深い森に覆われているため、その内部は謎に包まれている。

一体、島の内部はどうなっているのか?その謎を解明したいとういう衝動を抑えきれない者達は続々と島への侵入を試みる。


だが、その大半は島にたどり着くことすらできない。


「コピルニア島の周りには二十四時間、監視船が張り付いている。この三十年間で百人近くの者が島に侵入しようとした。純粋に島を調査したいと思った者、ただの好奇心で侵入しようとした者、理由は様々だ。だが、一人も島に上陸できた者はいない。全員監視船に見付かり射殺されている」

 エリアは島に侵入しようとした者がどういう末路を辿ったか、淡々と語る。

「つまり、島に入るにはまず監視船の目を掻い潜らなければいけないわけか……」

「そういうことだ」

「……」

 かつて、コピルニア島の所有権を奪い合っていた国々が戦争を避けるために結んだ条約。その中に、コピルニア島への上陸禁止と条約を結んだ各国の監視船での島の監視が盛り込まれている。

 当初は各国の足並みが上手く揃わず、何度か島の侵入を許してしまったが、今は警備体制も大幅に強化され、島への侵入は困難となっている。

「そんな監視体制をどうやって欺くか、だな」

 三十年以上、侵入者を許していない警備体制。一見、島への上陸など不可能に思える。

「可能だ」

「えっ」

 あまりにエリアがあっさりと言うので、アドは呆気にとられる。

「島に入る方法は、すでにいくつか考えている。もっとも全てリスクは高いがな」

「教えてくれ」

 元より、安全に島に入れるなどとは思っていない。アドはエリアに説明を促す。

「まず、第一に……」


「さて、どの方法がいい?」

「……」

 分かってはいたが、どれも危険で一つとして安全な方法などなかった。無傷なら奇跡、怪我をして当然、重傷を負う可能性も高く、死んだとしても不思議ではない。

 迷っているアドに、エリアが声を掛ける。

「やめても、いいんだぞ?」

 無謀だと悟り、やめるのも勇気の内だとエリアは言う。普段の彼女のよりも優しげな声だった。

しかし、その声が逆に迷っていたアドの背中を押した。

「二番目の方法にする」



 コピルニア島の海は生命に溢れている。

 海流が運んでくる大量の栄養はプランクトンを大発生させる。そのプランクトンをエサとする小魚が集まり、その小魚を求め大型の魚も集まってくる。

 海は多くの生物の楽園となる。

 さらに、コピルニア島周辺の海は透明度がとても高く、澄んでいる。透き通った海の中を無数の生命が泳ぐ。その光景は一度見たら忘れられないだろう。

(ぐおお!)

 だが、今のアドにそんな余裕はなかった。

(い、息が……)

 なぜなら、エリアと共にクロに捕まり海中を猛スピードで進んでいるからだ。

 

 エリアが提案した二番目の案は、監視船の目を逃れるために海の中を進むというものだった。

『監視船の目はとても厳しい。しかし、それは海上に限った事だ。監視の目は海の中までは届かない』

 理屈は簡単だが、実際に実行しようとするのは無理だ。

 監視船は、コピルニア島の半径三十キロを常に巡回している。海の中で、三十キロメートルもの距離を進むことができるヒトなどいない。フマラもそうだろう。

『そこでだ。おいで』

 エリアが手招きすると、クロがトコトコと歩いて来る。

『この子に頑張ってもらう』

『クー?』

 エリアが頭を撫でるとクロは不思議そうに首をかしげた。


 監視船が見張る三十キロギリギリの場所から、アドとエリアはクロにロープで結んで海の中を進む。監視船に見付からないように息継ぎは最小限に抑える。

(息が苦しい)

 確かに、クロならばヒトよりも圧倒的に早く海の中を進める。しかし、それでも呼吸をしないまま進むには、時間が足りない。

 アドが意識を失いそうなった時、クロは海面に浮上する。

「ぷはぁ」

 アドは大きく息を吸い込む。

「ぜぇ、はぁ」

 だが、いつまでも海面から顔を出しておくわけにはいかない。監視船に見付からないようにするためにも、すぐに潜らなければならない。クロは再び海に潜る。

 ドラゴンであるクロとフマラであるエリアは一呼吸すれば、水中に長時間潜る事が可能だ。だが、ヒトであるアドはそうはいかない。アドの呼吸が苦しくなる度にクロはそれを察知して海面に出る。しかし、海面に出る回数が増えればそれだけ監視船に見付かるリスクも高くなる。

 そのため、アドはギリギリまで耐えなければならなかった。

 アドは昔、クロと一緒に水中を泳いだことがある。その経験から、アドはエリアが提案した方法の中からこのやり方を選んだ。しかし、良く思い出していれば、あの時アドは気絶してしまっていた。

(この調子で島まで持つのか?)

 再び呼吸が苦しくなった時、それを察したクロが海面まで浮上してくれた。

「ぜぇ、はぁ、はぁ」

 アドは深呼吸を繰り返す。その時、パンという音が背後からした。

 音がしたのとほぼ同時に、アドの近くで海面がパチャと跳ねた。

「潜れ!」

 エリアが叫ぶとクロは海の中に潜る。何が起きたのか、アドは直ぐに理解した。

 狙撃されたのだ。

 パンという音は狙撃音で、近くの海面が跳ねたのは弾が外れて海に当たったためだ。見つかった以上、もう海面に頭を出すわけにはいかない。このまま、島まで呼吸せずに進むしかない。

(く、苦しい!)

 呼吸が苦しい。さっき、銃から逃れるためにクロは一気に深くまで潜ったため、激しい水圧がアドの胸を押し付けた。その時に、空気を少し吐いてしまった。

 島まで、あとどれくらいの距離なのかアドには分からない。

(や、やばい)

 蒼く澄んでいる海が次第に暗くなる。アドの意識はそのままプツリと途切れた。


「ゴフッ」

 胸に強い圧迫感を覚え、アドは目を覚ます。同時に口から大量の水を噴き出した。

「ゲホッ、ゲホッ」

「起きたか」

「クー」

 アドのすぐ傍には、心配そうにアドを覗き込むクロと無表情だが、どこかほっとした様子のエリアがいた。

 アドは周りを見渡す。

「ここは?」

 アドは砂の上で寝ていた。波の音も聞こえる。どうやら、海岸にいる様だ。

 後ろを振り向くと、そこには森が広がっていた。

「着いたのか?」

「ああ」

 エリアは、アドと同じく森の方を見る。


「コピルニア島だ」


「二人と怪我はないか?」

「クー」

「ない」

 エリアとクロは首を横に振る。

「よかった」

 アドは、ほっと胸を撫で下ろしているとエリアがアドに手を差し出してきた。

「立てるか?」

「ああ」

 差し出された手を掴んで、アドは立ち上がる。

「ここは、島のどこらへんだ?」

「それを確認する前に……」

 エリアは背負っていた袋の一つを開けると、中から服を取り出した。

 この袋はあるドラゴンが出す特殊な糸を素材に作られている。この糸を素材に作られた袋は水を完全に遮断し、どんなに深く水に潜っても中の物が濡れることはない。

「まず、着替えるぞ」

 アドもエリアも今は水着を着ている。確かに水着のままで、島を捜索するわけにもいかない。

「って、ここで脱ごうとするなよ!」

 この場で、水着を脱ごうとしたエリアをアドは止める。

「ここには、私達以外にいないのだから別にいいだろう?」

「いいから、向こうの岩場で着替えようぜ」

「……分かった」

 不思議そうに首を捻っていたが、エリアはアドの言うことを聞いてくれた。

 エリアはヒトではないが、姿はヒトの女性そのものなのだ。それも飛びぬけて美しい。正直、水着姿を見ているだけでもアドは緊張してしまう。

 クロに周りを見張らせ、アドとエリアは水着から服に着替えた。

「それにしても、静かだな」

 海岸に押し寄せる波の音がするだけで、島はとても静かだった。

「コピルニアモンキーは?」

「今の所、姿を見せてはいないな」

 アドは少し意外に思う。島に入れば、すぐに襲ってくるかと思っていたのに。

「だが、臭いはする」

 エリアは森の方を見る。

「それに、多くの視線も感じる」

「グルル」

 クロも森の方を見る。そして、低く唸った。

「どうして、襲ってこないんだろう?」

「さあな、この子がいるからか、それとも……」

 エリアは、唇の端を少し歪めて笑う。

「私がいるからか」

 ヒトには分からないが、ドラゴンを初めとして動物にはエリアがヒトではない別の生物だということは分かるらしい。

 そして、多くの動物はエリアを恐れてあまり近づこうとはしない。

「襲ってこないのは、こちらとしては有難い。この間に海岸を見て回るとしよう」

「ああ」

 森の方から、こちらをじっと見つめる無数の目を今はとりあえず無視して、調査を始めることにした。


 海岸を歩いていると、海の方に監視船がいるのがここからも見えた。

「安心しろ、監視船がここまで来ることはない」

 条約によって、監視船は島から半径一キロメートル以上近づくことはできない。それは例え、侵入者がいても同じことだ。

「それにしても、変な条約だよな。普通侵入者がいたら、島まで捕まえに来ると思うんだが」

「仮に、侵入者を捕まえるために島への上陸を許してしまったら、それを口実に島へ入り、そのまま島を占領してしまう国が出てくる危険がある。それを防ぐため、例え侵入者に島の上陸を許したとしても、その後を追うことは禁止されている」

「なるほどな」

 もし、この島がどこかの国に属しているのだとしたら、侵入者を追って上陸できるのだろうが、どこの国にも属していないという特殊な状況が事態を複雑にしているようだ。

「それに、一度島に入り、生きて脱出できた者はいない。どうせ、生きて出られないのだから無理に追うこともないだろうというのも、侵入者が島にいても追わなくていいとしている理由の一つの様だな」

 エリアの話を聞いて、アドは改めてこの島の恐ろしさを思い知る。

「それにしても、向こうからはこちらが丸見えだな」

 当然、監視船には双眼鏡もあるだろう。こちらの顔もはっきりと見えているに違いない。

「指名手配とかされるかな?」

「それは、島を出る時にでも考えればいい。今はとりあえず、あの女の捜索のことだけを考えるとしよう」

「そうだな」

 エリアの言う通り、ニーナを見付けることと、生きて島を出ること。この二つが今、最優先するべきことだ。

「あったぞ」

 海岸をしばらく歩くと、エリアが前方を指差した。そこには巨大な船が横たわっている。

 アドは慌てて船に駆け寄る。


 船には『ポシーイド号』という文字がはっきりと刻まれていた。

 


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