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100Gのドラゴン  作者: カエル
最終回
5/61

捕食

「つかまれ!」

 アドは少年に向けて必死に手を伸ばす。しかし、その手が届くことはなく、少年は窓の外に消えた。

「くそ!」

 助けられなかった。自分とそう変わらない年齢の少年の命を。

 だが、事態はアドに後悔する時間すら与えなかった。再びドラゴンの腕が電車の中に伸びてきた。

「い、嫌!」

 ドラゴンの腕が一人の少女を掴もうとする。アドは少女の腕をつかみ、自分の元に引き寄せた。

「大丈夫?」

「は、はい」

 少女は泣きながら礼を言う。だが、息をつく暇はない。ドラゴンの腕はなお獲物を探して動き回る。このままでは、また誰か捕まってしまう。

「みんな、伏せろ!」

 その時、一人の男性が叫んだ。その声に反応し、アドは少女と一緒にその場に倒れる。他の乗客もその場に伏せた。

 ドラゴンは腕が獲物を探す。しかし何も掴むことができなかった。全員がその場に伏せたことによって、座席などが邪魔をして獲物に触れることができなくなったのだ。手を捻れば届きそうだが、ドラゴンの腕は人間ほど器用に動かすことはできないらしい。ドラゴンはしばらく電車の中に腕を伸ばしていたが、やがて巨大な腕は電車の外に消えた。

「助かった?助かったぞ!」

 一人の乗客が叫ぶと近くにいた親子も夫婦も恋人も皆、喜びに沸いた。

「助かったみたいだね」

「は、はい」

 少女は震えていた。無理もない。

「もう大丈夫だ」

 アドは少女の頭を撫でた。少女はビックリしてアドを見る。アドは少女にできるだけ明るく笑って見せた。


 ガタン。


 突然、電車が大きく揺れた。

「なんだ?」

 キーキーと金属が擦れる音が上からした。見上げると、天井に穴が開いている。

 そこから巨大な目が社内を覗き込んだ。

「屋根を剥がす気か!」

 巨大なドラゴンは獲物を諦めたわけではなかった。

『手が届かないなら、壊せばいい』

 とても単純な発想だったが、それを可能にする力を巨大なドラゴンは持っていた。ドラゴンはもの凄い力で電車の屋根を剥がしていく。

「屋根が剥がされたら終わりだぞ」

 誰かが放った言葉に、落ち着きかけた車内が再び混乱に包まれる。割れた窓から逃げようとするヒト。無意味に叫ぶヒト。愛する者を抱きしめるヒト。もはやこれまでと全てを諦め祈るヒト。

 アドの頭も他の乗客と同じようにパニックになりかけていた。

「だ、大丈夫です。大丈夫です」

 少女の手がアドの服を掴んでいた。その声は震えていた。

 声だけではない。体も全身が震えている。目も泳いでいるし、唇も真っ青だ。

 いつ倒れてもおかしくない。それでも少女は笑顔を無理やり作り、アドを落ち着かせようとしている。

 そんな少女を見た瞬間、アドの中の恐怖がすっと消えた。真っ白だった頭の中も整理され、そこから一つの感情が生まれる。


(この子を死なせたくない)


 アドは、周囲のヒトを見渡す。どの行動が正解だ?

 『全てを諦め祈る』これはダメだ。叫んだって意味がない。愛する者を抱きしめることは素晴らしいことだが、今は違う。だったら、窓から逃げるべきか?だが、窓にはヒトが押し寄せ、完全にふさいでしまっている。窓から脱出していては時間がかかる。それでは間に合わないかもしれない。

 そうしているうちに屋根は半分以上剥がされてしまった。ドラゴンと真っ赤な空と濃い雲が見える。もし上から襲われたら逃げ場のない車内では助からない。

(どうする?どうすればいい?)

 アドは頭を押さえ、目を瞑る。


『ドラゴンの発達している感覚器官は種類によって違う。』


 アドは先程エリアの家でした話を思い出した。

『例えば、お前の飼っているクロウドラゴンの目の機能はヒトとほぼ同じだと言われている。色の識別も可能で、近くにある物、遠くにあるもの物にちゃんとピントを合わせられる。ドラゴンで一番目がいいと言われているシワシドラゴンの視力はヒト以上で、数キロ先にいる虫も見ることが可能だ。ヒシチョウドラゴンはヒトには見えていない紫外線も見ることができ、人間よりも多くの色の世界で生きている』

『ドラゴンってみんな目がいいのか?』

 アドの質問にエリアは首を横に振る。

『そんなことはない。ドラゴンの中には色を感じることができず、動いている物しか見えない種類も多い』

『へー』

『だが、目に頼るだけが生き残る方法ではない。一生のほとんどを暗闇で暮らすダースドラゴンは目が完全に退化してしまっているが、目の代りに嗅覚と聴覚がとても発達している。これを目の代わりにすることで、暗闇の生活に対応している』

『そうか、真っ暗闇の中じゃ目があっても意味がないもんな』

『暮らす環境によって長所は短所になり、短所は長所となる。必要なものは必要ではなくなるし、必要ではなかったものが必要となることもある。全ては環境次第だ』


 回想から現実に戻る。アドは上を見て、ドラゴンを観察した。

「こっちだ!」

 そして、少女の腕を掴むと電車の隅に移動して少女を座らせる。

「今から言うことをよく聞いて」


「で、でも、それは!」

「他に方法がないんだ」

 アドは真っ直ぐ少女を見つめた。少女もアドを見つめ返す。

「……分かりました」

 少女は最終的にアドの案に従った。電車の屋根が全て剥がされたのは、その直後だった。


 どらぐらい時間が経ったのか分からない。悲鳴と叫び声がいつまでも響く。

(ごめんなさい。ごめんなさい)

 少女は心の中で何度も、何度も謝る。アドはできるだけ何も考えないようにした。

 やがて、悲鳴が止んむ。同時に大きな翼が羽ばたく音が聞こえた。アドは恐る恐る目を開ける。そこには、もうドラゴンの姿はなかった。

 アドは少女に近寄る。少女の頭に触れると、少女はまたビクッとなる。

「もう大丈夫だ」

 少女は頭を上げる。そして、目に涙を浮かべた。


 アドの取った方法はいたってシンプルだった。その方法とは”電車の隅にうずくまり、決して動かない”というものだ。

 あの巨大なドラゴンが車内の様子を何度ものぞいていたことから、視覚で獲物を認識するタイプであることは間違いないだろうと踏んだ。動いている物しか見えないかどうかは賭けだったが、なんとか勝った。さらに、あのドラゴンは手先が器用ではない。電車の隅にいれば、見付かったとしても捕まりにくいと思ったのだ。アドのとった作戦が成功する可能性は決して高くはなかったが、運よく上手くいった。

 アドは周りを見る、だいぶヒトの数が少なくなっていた。喰われたのか、それとも逃げ出したのかは、分からない。ただ、車内に残っているヒトは命を諦め、祈っていたヒトと愛する者を抱きしめていたヒト達だった。

 彼らはじっとその場から動かなかった。結果、ドラゴンの目に留まらなかったのだろう。アドは最初、その行動は間違いだと思ったが、彼らは結果的に生き残った。弱肉強食の世界では、生き残ることが全てだ。過程はどうあれ、生き残りさえすればいい。

(何が間違いで、何が正解かなんて、結果を見ないと分からないものだな)

 アドがそんなことを考えていると、一人の男が話し掛けてきた。

「よう」

「あなたは……」

 さっき『みんな、伏せろ!』と叫んだ男性だ。

「あんた達のやり方を真似させてもらったよ」

 どうやら、先程のアドと少女の会話を聞いていたらしい。男も動かずにドラゴンをやり過ごしたのだろう。

「ありがとう、あんたのおかげで助かった」

「いいえ。俺の方こそ、さっき貴方が叫んでくれなかったら捕まってくれたかもしれない」

「そうか、お互いが命の恩人って訳だ」

 男性は、愉快そうに笑う。こんな状況なのに、とても楽しそうだった。

「あんた、名前は?」

 男性が、アドに尋ねる。

「アド。アド=カインドといいます」

「アド、いい名前だな。俺は……」


 グシャ。


 突然、剥がされた屋根から音も立てずに何かが男性に向かって降ってきた。それは男性の首筋に正確に牙を立てる。何が起きたのか、アドはおろか、襲われた男性自身も理解できなかった。

 アドの顔や体に男性の血が飛び散る。降ってきた何かは男性を押し倒し、首に噛みついたまま、激しく左右に動く。男性は最初の数秒、抵抗していたがすぐに動かなくなった。

「危ない!」

 少女がアドの腕を引き、何かから引き離した。少し、距離を取ってみて初めて、それがなんなのか分かった。

「ドラゴン」

 電車の屋根を剥がした巨大なドラゴンではない。別の種類のドラゴンだ。あの巨大なドラゴンよりも小さいが、それでも三メートル以上はある。

 やがて、ドラゴンは動かなくなった男性を咥えると赤い空へ飛び去ってしまった。

「うわー」

「キャー」

 他の乗客も同じドラゴンに襲われている。先ほど祈りを捧げていた女性がまた祈り始めた。だが、祈り続ける女性にも他の乗客と同じようにドラゴンが降ってきた。

「あっ」

 女性はそれだけ言うと、あっけなくドラゴンに連れ去られた。

(まずい、このドラゴンは動いていない物も認識できる。さっきの作戦はもう使えない)

 アドは少女の手を掴む、さっきの作戦が使えない以上、此処にいるのは危険だと判断した。少女を割れた窓から逃がそうとする。

「先に行って」

「で、でも」

「早く!」

 少女は迷いながらも、窓から外に出た。次にアドが外に出ようとした時、少女が「上!」と叫んだ。その言葉に反応しアドは上を見る。

 アドが上を見るのとほぼ同時にドラゴンが降ってきた。ドラゴンはアドの首に噛みつこうとする。なんとか、ドラゴンを何とか抑えようとするが、相手の力は凄まじく、徐々に牙がアドに迫ってくる。

「この!」

 アドはとっさにドラゴンの目を親指でついた。

「ギャ」

 ドラゴンが悲鳴を上げ、一瞬怯む。その隙にアドはドラゴンから這い出し、窓から脱出した。


 町は、まさに地獄絵図だった。

 巨大なドラゴンがヒトを丸呑みにし、中型のドラゴンはヒトを連れ去る。一メートルほどの小さなドラゴンも周りを飛んでいた。

 さらに、炎が町を囲むようにぐるりと一周している。空は煙で覆われ、赤く染まっている。飛び火したのか、家の何件かが燃えている。これでは町から出ることはできない。

 アドと少女は必死に走る。その二人に中型のドラゴンが狙いを定めた。背後から音もなく襲かかる。

 暗い影がアドを覆った。

「きゃあ」

 アドは振り返らずに少女と一緒に前に倒れる。ドラゴンは倒れる二人の三センチほど上を通過した。前に倒れこんだアドと少女は急いで仰向けになる。

 上空には中型のドラゴンが三匹旋回していた。三匹は一斉にアドと少女目掛けて急降下する。

「くそ!」

 アドは少女に覆いかぶさった。何かを考えたわけではない。とっさにそうしていた。ドラゴン達が目と鼻の先に迫る。

 その時、何かが破裂したような音がした。同時にアドたちに迫っていたドラゴンの一匹の頭から大量の血が噴き出す。そのままドラゴンはアドのすぐ側に落下した。残りのドラゴンは急浮上し逃げだす。

「こっちだ!こっちに走れ!」

 猟銃を持った男がこちらに手を振る。アドは少女の手を引き、起こす。

「走れる?」

「は、はい!」

 二人は手を繋いで走り出した。中型のドラゴンが二人を襲おうとするが、猟銃を持った男がドラゴンに向けて発砲する。男の腕はよく、一発でドラゴンを仕留めた。男が時間を稼いでいる間にアドと少女はなんとか、たどり着いた。

 男は、地面にある扉を開く。そこは竜巻が起きたときに避難するシェルターだった。外を歩いている人間でも、とっさに逃げ込めるように町のあちこちに設置されている。もっとも、この町では竜巻が起きたことは設立以来、一回しかない。

「ここに入れ!」

 男がアドと少女をシェルターの中に入れようとすると、中から叫び声が聞こえた。

「これ以上は入れない!他へ行け!」

 その言葉にアドと少女は絶望した。炎の光がシェルターの中を照らす。中にはギッシリと人が入っている。中には子供や老人もたくさんいた。

 銃を持った男が中に向かって叫ぶ。

「何とか詰めれば入るだろう。入れてやってくれ!」

 しかし、中の人間はそれを拒否した。

「だめだ!どんなに詰めても、あと二人しか入れない。三人は無理だ」

 ここには、アドと少女と銃を持った男の三人がいる。誰かが入れない。三人の間に沈黙が流れる。それを打ち破るように少女が手を挙げた。

「わ、私がのこ……」

「俺が残る!」

 アドの声が少女の声をかき消した。少女は驚いた顔で出アドを見る。

「いいのか?」

 銃を持った男がアドに問う。

「ど、どうして?」

「行かなきゃいけない場所があるんだ」

 父親が無事かどうか確かめなければいけない。義母の安否も。

「だから、君が入れ」

「そんな……」

 少女は何か言おうとしたが、アドはそれを聞かなかった。

「彼女を頼みます」

 銃を持った男に少女を託すと、アドは走り出す。背後で少女が何か叫んだが、その声はアドには届かなかった。


 アドは走る。すぐにドラゴンに襲われると思ったが、ドラゴンは襲ってこない。おそらく、さっき仲間が撃たれた事で警戒しているのだろう。頭のいいドラゴンで助かった。

「父さん、父さん!」

 どうか無事でいてくれ。アドは祈りながら走り続けた。


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