ドラゴンラーキング
進化とは、年月の経過と共に、環境に合わせて生物の姿が変化することを言う。
進化が起こる要因としては、捕食や競合といった他種の生物との関わりによるものや、気候によるものなど、様々だ。
その環境に適さない個体は、淘汰され、適したものだけが生き残る。
そして、生き残った個体同士が子供を作ると、両親の特徴が子供に伝えられる。その子供の中でも、さらに環境に適したものが生き残る。これを繰り返し、生物の姿は、世代を経るにつれて変わっていく。
このように見ると、進化とは生物が、強化されていく現象のように見える。しかし、必ずしも、そうと決まっているわけではない。
ガリペディア諸島。
十五個程の島からできており、ここにしかいないドラゴンも存在する。
キューリィティアドラゴンもその中の一つだ。
体長二十センチ程の小型のドラゴン。雑食性で昆虫、小型の哺乳類や爬虫類、果実、果物など、何でも食べ、ガリペディア諸島のほぼ全ての島に生息している。
近年、ガリペディア諸島の一部の島で、キューリィティアドラゴンに異変が起きている。
まず、一部の島のキューリィティアドラゴンの体格が、通常のものよりも、巨大になった。その島にいるキューリィティアドラゴンの体格は、通常のものよりも、約二割程、巨大になっている。
さらに、外見も大きく変化した。
通常のキューリィティアドラゴンは、目つきが鋭く、耳がピンと立っている。
指には、鋭い爪が生えており、これを使って、木の中にいる虫や果実の中身だけをくり抜いて食べている。
対して、異変が起きたキューリィティアドラゴンの目は、丸くなっており、耳は垂れている。さらに、特徴である長い爪は短くなっており、完全になくなってしまった個体も確認されている。
このような変化はなぜ起きたのか?
実は、キューリィティアドラゴンに変化が起きた島には、必ずヒトがいる。
対して、何も変化が起きていないキューリィティアドラゴンが住む島にはヒトがいない。
キューリィティアドラゴンの変化は、ヒトによって、もたらされたものだ。
ガリペディア諸島は昔、ヒトの立ち入りが禁止されていた。
しかし、五十年ほど前に、島の一部で、ヒトの出入りが認められた。ヒトは、森を切り開いて、ヒトが住めるように整備した。すると、出入りが認められた島には、観光客が大勢押し寄せた。
観光客は、そこに住んでいたキューリィティアドラゴンに餌を与えた。
森がなくなり、食糧不足になっていたこと、さらに、苦労して餌を探さなくても、簡単に食べ物に有りつけることから、キューリィティアドラゴンは、観光客から与えられる餌に依存していった。
観光客から、餌を得るには、まず他のキューリィティアドラゴンとの争いに勝たなくてはならない。
争いに勝つには、体格が大きい方が有利だ。体格が大きいものは、多くの餌に有りつくことができる。栄養が十分に取れれば、体格は、ますます大きくなる。
反対に、体格が小さいものは争いに勝てず、徐々に淘汰されていく。
その結果、ヒトのいる島のキューリィティアドラゴンの体格は、通常よりも巨大になった。
観光客から、餌を得るには、もう一つ方法がある。自分の方に、たくさんの餌を投げて貰えばいい。そのためには、どうすればいいか?
ヒトが、餌を与えたくなると思える外見をしていればよい。
鋭い目、ピンと立っている耳、鋭い爪を持っている個体は、ヒトに恐怖心を与える。
丸い目、垂れている耳、鋭い爪を持っていない個体はヒトに癒しを与える。
ヒトは当然、癒しを与えてくれる個体に多く餌を与える。
その結果、ヒトのいる島に生息しているキューリィティアドラゴンは、ヒトに『可愛い』と思われない個体は淘汰され、ヒトに『可愛い』と思われる個体が生き残った。
ガリペディア諸島に生息する二種類のキューリィティアドラゴン。
最近では、この二種を交配させようとしても、子供ができないことの方が多い。
このままいけば、近い将来、この二種は分化して、完全に別種になると予想している。
わずか、五十年の短い時間で、ヒトは『新種』を誕生させようとしている。
ヒトのいる島に生息しているキューリィティアドラゴンは、完全にヒトから与えられる餌に依存してしまった。そのため、もはや自力で餌を探すこともしなくなってしまっている。仮に、島から全てのヒトがいなくなれば、彼らが生き残るのはかなり難しい。
キューリィティアドラゴンに起きた変化は、環境に適用しようとした紛れもない『進化』だ。しかし、ヒトに気に入られようと『進化』してしまった体では、自然界を生き残ることは不可能に近い。
進化や変化。
それらが、もたらすものが決して、幸福であるとは限らない。
彼女がホテルの一室で、原稿にペンを走らせているとドアをノックする音が聞こえた。彼女は、ペンを置いて、ドアの方を見る。
「はい」
「先生、取材の時間です」
(ああ、もうそんな時間か)
彼女は、椅子から立ち上がり、ドアを開ける。
外には、キチンとした格好をした女性編集者のカレンが立っていた。
先生と呼ばれた彼女はカレンに微笑む。
「では、行きましょうか」
彼女は部屋の外へ出ると、カレンと共に歩き出した。
「調子はどうですか?」
「まずまず、といった所です」
「それは、良かった。先生の新作は、皆楽しみにしていますから」
カレンの言葉に、彼女はニコリと微笑む。
彼女はドラゴンについて書いた本を出している。その本は、彼女が知っているドラゴンのこと、それについての彼女の考えをまとめただけの本だ。
彼女は最初、本はあまり売れないだろうと考えていた。
確かに、最初は売れなかった。しかし、ドラゴンが好きの間で、彼女の本は徐々に話題となった。
普通、ドラゴンについて書かれている本は、専門用語がとても多く難解な文章で書かれており、読むのがとても大変だ。
それに比べると、彼女の書く本は、とても分かりやすい。
創作物のように退治される化物ではない。実際に生きているドラゴンについて
書かれたその本は、ドラゴンに全く興味がなかった者にも読まれ始める。
最近は、少しずつではあるが、何かに利用するためではなく、純粋にペットとして、ドラゴンを飼い始める者も増えてきている。
遂には、彼女の本を読んだことが切っ掛けで、ドラゴンを飼い始めたという読者も出る程だった。
このホテルでは、雑誌の取材がよくされている。そのため、ホテルの一階には取材専用の部屋が、あらかじめ用意されていた
部屋に入ると、二人の男女がいた。
「先生、良くいらしてくださいました」
男性が彼女に一礼をする。
「お待たせしてしまって、申し訳ありません」
「構いませんよ。待っている間、仕事をしていましたので」
男性の年齢は、二十代程で。がっしりとした体形をしている。昔、何らかのスポーツをしていたのは間違いない。
女性の方は、眼鏡を掛けており、知的なイメージがするが、見た目はかなり若く見える。
男性と女性は、彼女に名刺を渡す。
「月刊エボルのライル=ニケイルです。本日はお忙しい中取材を受けて下さり、ありがとうございます」
「同じく、リリース=ジックです」
二人から、名刺を受け取ると、彼女は二人の顔をじっと見た。
「……」
「……あの、何か?」
ライルが不審に思い、彼女に尋ねる。
「いえ、何でもありません」
彼女は、ニコリと微笑むと、自己紹介を始める。
「エリア=カインドです。こちらこそ、よろしくお願いします」
エリアの微笑みに、ライルの顔が赤くなる。
「あっ……えっと、そ、それでは、さっそく取材を始めたいと思います」
「はい」
「まず、何故、ドラゴンを題材にした本を書こうと思ったのですか?」
「昔から、ドラゴンが好きで、いつかドラゴンの本を書こうと思っていました」
「なるほど、いつ頃からドラゴンがお好きだったのですか?」
「子供の頃からです」
「好きになった切っ掛けは、ありますか?」
「両親がドラゴンベンチャーで……」
「はい、お疲れ様です。以上で取材は終わりです」
「お疲れ様です」
エリアがまた笑う。ライルの顔がまた、赤くなった。
「あ、あの、こ、この後、食事でもどうですか?」
ライルの突然の誘いに、その場にいた全員が驚く。
エリアも目を丸くしていたが、やがて、フッとほほ笑む。
「構いませんよ」
エリアはあっさりと答えた
「ちょうど仕事も、ひと段落ついた所ですので」
エリアの思いがけない返答にライルは、破顔した。
「ほ、本当ですか?」
「ええ」
「そ、それでしたら、そこにレストランがあります、そこで……」
「ええ、そうしましょう」
エリアが、立ち上がると、ライルも慌てて立ち上がった。
「それでは、行きましょうか」
エリアは、ニコリとほほ笑む。
「四人で」




