ミステリードラゴン エピローグ
「本当にいいのですか?奴らを放っておいて……」
クリスリア国の元中央議会。その奥の部屋に二人の男女がいた。
一人は、ウズリア。現クリスリア国の最高権力者。
もう一人は、ソフィア=ミランダ。
元政府対策委員最高責任者。現在は暫定政権防衛大臣兼憲兵総括責任者。
立場上は、ウズリアの方が上だが、実際はソフィアが実権を握っている。
「あいつらは、危険です!今すぐ始末した方が……」
「それは、できません」
ソフィアはきっぱりと否定する。
「彼らが、この国にいるのなら、いざ知らず、国外に出てしまった今となっては、迂闊に手を出すことはできません」
「しかし、例えば、刺客を送り込むとか……」
ソフィアは、ウズリアに聞こえないよう、小さく溜息を付く。
「他国に刺客を送り込むのは、簡単ではありません。もし、刺客が暗殺に失敗して、向こうの国で捕まった場合、どうなると思いますか?」
クリスリア国の刺客を送り込まれたと、相手の国が知れば、国際問題に発展しかねない。
国が新しく生まれ変わったばかりだというのに、そのような問題が起きることだけは、避けなければならない。
「今は、国をまとめる方が先決です」
新たな政策、民主化の準備、未確認生物の駆除。優先させるべきものは、たくさんある。
ソフィアはウズリアに紙の束を渡した。
「あさってに行われる演説の台本です。今日中に、全て頭に叩き込んでください」
「……分かりました」
ウズリアは、納得しかねる様子だったが、そのまま黙って部屋を出た。
「やれやれ……」
誰もいなくなった部屋で、ソフィアは大きな溜息を付いた。
本来なら、クーデターを決起するのは、まだ先の予定だった。
クーデター後の地位昇格、給金の増額など、憲兵内部にもっと根回しを行って、仲間を増やす。他にも、中央議会に不満のある地方議会にも協力を得る。
地方議会の中でも、特に辺境の地方議会は、中央議会からの援助も少なく、不満が溜まっていた。
彼らの協力も得つつ、クーデターを決起するのが理想だった。
しかし、未確認生物の存在が暴かれ、消すはずの調査メンバーに国外に逃げられてしまった。未確認生物の存在が国民に明らかになれば、政府は全ての責任をソフィア達、一部の憲兵のせいにして、全ての責任を押し付けることは目に見えていた。
ソフィアは賭けに出る。
準備不足ながらもクーデターを決起することを決意した。
幸い、多くの国民がクーデターを支持したため、成功することができた。
しかし、もし国民の支持が得られなければ、ソフィア達の命はなかっただろう。
完璧に見えた政権の奪取も、実は、かなり際どかったのだ。
「言われなくても、分かっていますよ」
セイル=ドル。
シオン=ミレイシア。
ムーア=フーレイ。
ニーナ=カトレイナ。
ネイド=ブレイブ。
アド=カインド。
彼らは、とても危険だ。
今の段階では、こちらの圧力が効いているため、何もできないだろう。
しかし、それは、こちらも同じことだ。
「いつか必ず……」
ソフィアは、ふと窓を見る。
自分では気付かなかったが、そこに映っていた自分の顔は、とても楽しそうに笑っていた。
「クァ……」
森の奥の洞窟で、眠っていたドラゴンのメスが目を覚ました。
ヒトにミステリードラゴンと呼ばれているドラゴンは、背伸びをしながら、大きく欠伸をすると洞窟の外に出た。
どのくらい時間が経ったのか、彼女は知らない。ミステリードラゴンのメスは、大きく翼を広げると、空に飛び立った。
彼女から生まれたドラゴン達は、皆、政府が極秘裏に開発していた怪物とされ、国中で、駆除された。
新政府は怪物の駆除に懸賞金をかけ、怪物の駆除が国を挙げたブームとなる。
最初は、返り討ちにされるヒトも多かったが、新しく開発された武器によって、その数は激変し、駆除される怪物の数は急激に増加した。
ミノタウロスの体を一発で貫通する銃。
ケンタウロスの弓矢が届かないほど遠くから撃てる銃。
突進してくるユニコーンを捕らえて、足の骨を折る罠。
水中で爆発して、大量のニンギョを始末することのできる爆弾。
ヒドラの七つある頭を同士討ちさせる新種の神経毒。
ヒトは、悪魔のような頭脳を使って、新しい武器を次々と開発した。
古代から、ミステリードラゴンが産んだヒト型生物達はその力と繁殖力で様々な生物を滅ぼしてきた。
しかし、今度の生物は、今まで滅ぼしてきた、どの生物とも違っていた。
ヒトも誕生より、様々な生物を絶滅させている。しかし、ヒトが滅ぼしてきた生物達の数は、ミステリードラゴンが産んだヒト型生物達とは、桁が違う。
古代から蘇った凶悪な怪物達は、さらに残酷で凶悪な頭脳の持つ怪物に滅ぼされた。
ミステリードラゴンのメスが目覚めたのは、ほとんどの未確認生物達が駆除された後のことである。
アドの考えでは、ミステリードラゴンは、彼らが暮らせる環境が復活する時まで眠り、環境が整う頃に目覚めるはずだった。しかし、その説は少し違っていた。
ミステリードラゴンが目を覚ますのは、ある程度、増えたヒト型生物達の数が激変した時である。何らかの方法で、増えたヒト型生物達の数が激変したことを察知したミステリードラゴンは、環境が整ったと判断して、目を覚ます。
ミステリードラゴンの早すぎる目覚めは、ヒトによる未確認生物の駆除が原因だった。
それによって、ミステリードラゴンのメスは、環境が整ったと判断して、目を覚ました。
ミステリードラゴンのメスは、大空を飛ぶ。久しぶりに感じる風は、とても気持ちいい。彼女は、自由だ。一旦はヒトに捕えられたが、再び自由を取り戻した。
古代から生き続けているドラゴンは、祖先が、そうしていたように自由を満喫する。
ミステリードラゴンは、これからも、そうして生きていくはずだった。
パン。
その音が耳に入るのと、ほぼ同時に彼女の意識は、消えた。
空高く、自由を満喫していた彼女は、重力に引っ張れ、どんどん落ちていく。
彼女が地面に叩きつけられて、しばらくすると、二人の男が寄ってきた。
「よし、仕留めた!賭けは、俺の勝ちだな!」
「ちぇ……」
未確認生物があらかた駆除され、国が定めていた懸賞金は取り下げられた。
しかし、ハンティングの快感が忘れられなくなったヒトの一部が、こうして野生のドラゴンなどを狩るようになっていた。
未確認生物を狩るように開発された新型の銃は、空高く飛んでいるドラゴンを仕留めることができるまでになった。
「このドラゴン、どうする?」
「放っておけばいいだろ。それよりも腹が減った。なんか食べに行こうぜ!」
「そうだな、俺も腹が減った」
ドラゴンの専門家ではない彼らは、自分達が撃ったドラゴンのことを何も知らない。
男達は、そのまま、ドラゴンの元を去った。
ミステリードラゴンの死骸は、死臭を嗅ぎ付けたサリアドラゴンによって食べ尽くされた。残った骨は雨風に晒され、バラバラになり、風化していった。
クリスリア国にミステリードラゴンが何匹いるのか、正確な数は、誰にも分からない。もしかしたら、彼女は、最後の一匹だったのかもしれない。
希少なドラゴンの命は、そうではない他の生物の命と同じく、あっけない幕を閉じた。




