ミステリードラゴン15
「どうして、そんなことをしたんだ?」
自ら犯したことを暴露するなど、自らの首を絞めるようなものだ。
「憲兵達は、未確認生物を政府のせいにした」
政府は、極秘に未確認生物を実験により生み出していた。それが逃げ出してヒトを襲っていると憲兵は触れ回り、さらにヒト型生物の写真もばら撒いた。
「そんな!」
ネイドは、大声を上げる。あまり、興奮させすぎてはいけない。アドはネイドに落ち着くように言った。
「実験をしていたのは、アイツらも同じだろ?」
そうだ。ウズリアが内情に詳しかったことから考えても、むしろ積極的に実験に参加していたはずだ。
「政府を悪者にすることによって、クーデターを起こす大義名分を得ると同時に、自分達の罪をなかったことにするつもりだな」
政府が極秘に開発していた生物兵器が逃げ出し、市民を襲った。それを察知した正義の味方の憲兵は政府の所業を許しておけず、悪の政府を討伐した。
分かりやすくインパクトがある話をヒトは簡単に信じてしまう。
「くそ!」
ネイドは、自分の膝を叩いて悔しがった。
結局、アド達が本を出版することはできなかった。
おそらく、クリスリア国から直接圧力が掛かったのだろう。新政権の機嫌を損ねて、貿易などに支障をきたすことを恐れた政府から、本の出版をしてはならないという警告が来た。
「じゃあ、彼らが死んだことも、なかったことにされたのか!」
ネイドは声を荒げる。
「ああ」
死んだ調査メンバーは、全員クリスリア国で行方不明ということになっている。
「なんとか、ならいのか?」
「何ともならなかった」
アド達もただ、黙っていた訳ではない。この半年間、様々な方法を考えたが、すべて潰された。
ネイドは、何か言おうとしたが、アドの顔を見て、口を閉じる。
「……」
そして、黙って、うなだれた。
長い沈黙の後、ネイドが口を開く。
「メイは……どうしている?」
アドは、表情を変え、微笑んで答える。
「大丈夫、ちゃんと俺が面倒を見ている。元気だよ」
それを聞いてネイドも微笑んだ。
「そうか、……よかった」
アドは、ふと時計を見る
「ああ、ちょうどいい時間だな。窓の外を見てみろよ」
言われたままにネイドは、窓の外を見る。
通常のヒトには、あまりに遠いため、赤い点にしか見えなかっただろう。しかし、ネイドの視力は、その姿をハッキリと捉える。
赤いドラゴンが木の上で、何かを食べながら、こちらをじっと見ている。
「いつも、この時間に、あの木の上でこの病室を見ている。あそこにいる間は、いくら呼んでも、全く動かない」
ネイドの目に涙が溜まる。それから、窓を開けて、大きく手を振った。
「おおーい、メイー!」
ネイドは、大声で叫ぶ。
メイは、しばらくネイドを見ていたが、フイと視線を逸らすと、どこかに飛んで行ってしまった。
メイは、ヒトに懐こうとはしない。しかし、とても優しいドラゴンだとアドは思っている。
ネイドが、ミノタウロスに気絶させられた時、ネイドを助けたのはメイだ。
ミノタウロスの注意を自分の方に向けさせ、ミノタウロスをネイドから遠ざけた。気絶していたネイドは、ニーナ達を回収した馬車によって助け出された。
シオン達もメイに助けられている。
森にいたシオン達は、突如として現れたミノタウロスの群れに囲まれた。
セイルもいたが、相手はネイドを打ち負かしたミノタウロスだ。それが六匹もいた。
流石のセイルでも、勝てる保証はなかった。
その時だった。突如としてミノタウロス達が何かに反応して、左上を見上げたかと思うと、凄まじい勢いで走りだした。
シオン達は、何が起きたのか理解できなかったが、その隙に逃げだすことができた。
この時、メイは、未確認生物達を誘導するために、特殊な鳴き声を発しながら、上空を飛んでいた。その鳴き声は、遠くに行くほど小さくなっていき、ヒトの耳には聞こえなくなっていったが、ミノタウロスの耳には確かに届いていた。
メイのいる場所から、はるか遠くにいたにもかかわらず、ミノタウロス達はメイの鳴き声に反応し、メイを追って走り出した。
メイにシオン達を助ける意図はなかった。しかし、結果としてメイはシオン達の危機をも救うことになった。
「他のヒト達は今、どうしている?」
「シオンさんは、まだ諦めていないようだ。動物写真家の仕事をしながら、本の出版ができないか模索している。セイルさんとムーアさんも協力している」
そういうアドも、まだ諦めてはいない。仕事の合間に、彼らに協力している。
「ニーナさんは……」
そこで、アドは言葉を止める。
「どうした?」
「いや、あーそういえば、このあと急用があったんだ」
若干、棒読み気味にアドは言った。
「え?どうしたんだよ、急に」
ネイドは、困惑した様子でアドを見る。
「と、いうわけで帰る」
「えっ、ちょっと、おい!」
ネイドの制止も聞かず、アドは病室を出てしまった。
「なんだ?あいつ……」
アドが病院を出ようとすると、ちょうどニーナが病院に入ってくるところだった。彼女は、いつも大体、この時間に見舞いに来る。
ニーナの手には、花が一輪だけ握られていた。
どうしたのですか、その花?とアドが訪ねると、ニーナは困ったように笑った。
「本当は、花束を用意していたのですけど……さっき、メイちゃんに食べられてしまいました」
彼女が病院に来る途中、突然メイが上から降ってきたらしい。メイは彼女が持っていた花束を一輪だけ残して食べてしまい、どこかに飛んで行ってしまった。
「あいつ、またやったのか……」
アドは、溜息を吐く。
「えっと、その……」
ニーナを慰めようとするアドだったが、なかなか言葉が思い付かない。
「大事なのは、気持ちですよ!気持ち!」
ニーナは、目を伏せる
「でも……」
「大丈夫です。あいつは、貰えるものなら何でも喜びます。そういう奴です」
ニーナは少しの間、目を見開いていた。それから、柔らかく微笑んだ。
「そうですね」
まるで、太陽の様な笑みだった。ネイドには、もったいない。
ニーナとは、そこで別れた。ネイドの目が覚めたことは、あえて教えなかった。
二人がどういう反応をするのか、どういう会話をするのか、こちらから聞かなくてもネイドは、自分からペラペラ喋るだろう。
その時を楽しみにしながら、アドは病院を後にした。




