ミステリードラゴン12
「ネイド!そっちに行った!」
「任せろ!」
ネイドが船に乗り込んできたニンギョを取り押さえる。
「ごめんな……」
そして、そのままナイフをニンギョに突き立てた。
航海に出にから、僅か三十分ほどで船はニンギョの群れに囲まれた。
ニンギョの体つきはヒトに近いが、掌が吸盤状になって、壁に引っ付くことができる。ニンギョは吸盤を使って船に貼りつき、どんどん登ってくる。
「アド、そっちにも行った!」
ニンギョは口を開けたまま、アドに向かって来た。口の中には細かく鋭い歯が上下に何十本も並んでいる。
「くそ!」
アドはタイミング悪く、登ってくるニンギョの対処をしており、手が塞がっていた。
ニンギョがアドに噛みつこうとした時、乾いた音が鳴った。同時にアドに襲い掛かろうとしていたニンギョが頭から血を噴き出し倒れた。
銃による狙撃。アドは、助けてくれた女性に礼を言う。
「ありがとうございます。シオンさん!」
シオンはさっぱりした声で笑う。
「ははは、どういたしまして!」
シオンは、弾を込めると次々とニンギョを仕留めていく。
写真家である彼女も、危険地帯に行く機会は多いのだろう。ニーナと同じように銃の扱いにはとても慣れているようだ。
「セイルさんは……問題ないな」
セイルは、襲ってくるニンギョを次々と素手で撃退している。そのあまりの強さにニンギョも徐々にセイルを襲うのを避け始めている。
「ニーナさん、そっちに一匹行きました!」
「はい!」
ニーナも銃で、ニンギョを仕留めていく。慣れた手つきで、素早く銃に弾を装填するその姿は、とても古生物学者には見えない。
「ムーアさん、もっとスピード出せませんか?」
「無茶を言うな!これ以上スピードを上げたら船が壊れる!」
アド達は、船に乗り込むときにニンギョが襲ってくる可能性を考え、それぞれの役割を分担をしていた。
まず、船の壁面を登ってくるニンギョをクロとメイが落としていく。船を登ってくる途中なら、反撃されにくい。
二匹のドラゴンは飛びながら、ニンギョを次々と海に叩き落としていく。
だが、ニンギョの数は多い。二匹だけでは全てのニンギョを食い止めることは不可能だ。
そこで、アド、ネイド、セイルの三人が登ってきたニンギョを仕留めていく。
ニーナとシオンは、少し離れた場所で、船に積んであった銃を使い、ニンギョを仕留める。
船はムーアが操縦している。彼の他に、この船を操縦できるヒトが誰もいなかったのだ。
エネルギアドラゴンというドラゴンがいる。
体長二十センチほどの小型のドラゴンで、比較的乾燥している地域に生息しており、主に虫を捕食して生きている。最大の特徴は、エネルギアドラゴンの体は、生きている間、他のドラゴンと同じように火に強いが、代謝が止まると、今度は逆に非常に燃えやすくなる。しかも、長時間、火の勢いを落とすことなく燃え続ける事ができる。エネルギアドラゴンは、比較的容易に数を増やすことができるため、昔からエネルギーの利用に考えられていた。
この船は最新型で、風を動力としている通常の船とは違い、エネルギアドラゴンを燃やして、そこから得られるエネルギーも動力にしている。
エネルギアドラゴンは燃料としては優秀だが、市民が使用するには、まだ時間が掛かるとされている。理由は、とても高額なのと、ドラゴンの体を燃料として使うのは、残酷過ぎるという倫理的な観点からだ。故に、この船を操縦できるヒトは限られている。
ムーアは、付き合いで過去に何度か、このタイプの船に乗っていたことがある。その際に操縦の仕方も教えてもらっていたらしい。
最初ムーアは、自分が操縦することに文句を言っていた。
しかし、アドに『ニンギョと戦うのと操縦するのでは、どちらがいいですか?』と言われ、迷わず操縦することを選んだ。
「なんで、俺が操縦なんか……だいたい、船も操縦できないくせに船を奪おうなんて言うなよ……俺がいなかったら、どうするつもりだったんだ……行き当たりばったり過ぎる……助かったのも、ただ運が良かっただけだ」
ぶつぶつと文句を言うムーアだが、彼の操縦の腕は確かなものだった。とても、数回しか操縦していないとは思えない。
「もう少しです!皆さん、頑張りましょう!」
アドは、皆に呼びかける。考えが正しければ、もう少しで助かるはずだ。
約二時間後、ニンギョの襲撃は止んだ。
一匹のニンギョが叫び声を挙げて逃げると、他のニンギョ達もそれに続いて逃げ出した。船は、勢いを保ったまま一気にクリスリア国の領海を突破した。
「助かった~」
ネイドが、床に座り込む。それを見て他の者達も床に座り込んだ。ムーアも船を止めて、大きく息を吐いた。
クロとメイも船に戻ってきた。
「ご苦労様」
アドとネイドは、それぞれ自分の相棒の頭を撫でる。クロは、嬉しそうに鳴いたが、メイは迷惑そうに顔をそむけた。
「もう追っては、来ないでしょうか?」
「多分、大丈夫でしょう」
あんなに、数を増していたニンギョだが、クリスリア国以外では目撃例はない。陸上の未確認生物とは違って、海なら海流を伝って、他の国に移動したとしてもおかしくはないはずだ。にも関わらず、他国で見付かっていないということは、ニンギョは、クリスリア国から動いていないということになる。
だがら、船がある程度クリスリア国から離れれば、追うのを諦めるだろうとアドは、考えていた。
もっとも、今よりも数を増せば今後、移動する可能性はないわけではない。
パシャと音がしたので、アドがそちらを向くと、一人だけ、元気なシオンがニンギョの写真をひたすら撮っていた。
「前の時はここまで、近くで撮れなかったからな」
彼女は、ニンギョの口の中や手や足など、全身を写真に収めている。
人魚は元々、伝説に登場する架空の生物だ。
上半身はヒトで下半身は魚という姿をしており、様々な物語にも登場する。人魚は、嵐を呼んだり、美しい歌声でヒトを惑わし、船を沈めるたりとヒトにとって危害を加えることもあるが、溺れたヒトを助けるたりもする。
そして、上半身のヒトの部分は大抵、美しい女性の姿をしていることが多い。
だが、このニンギョは、そんな姿からは、かけ離れている。
体つきはヒトだが、体中に鱗がびっしりと付いており、手の甲には吸盤があり、手と足の指の間には水かきと思われる膜が付いている。そして、その顔はヒトのものではなく、爬虫類。もっと言えば、ドラゴンに近い。
口の中には歯がたくさん並んでいる。火歯も確認できるが、とても小さい。水中では火を吐けないので、当然だろう。
「しっかし、変な生き物だよな」
シオンがニンギョをマジマジと見ると他のメンバーも集まってきた。皆で、ニンギョを取り囲むようにして観察する。
「腹も裂いてみようか」
「え?」
シオンの提案にムーアが驚きの声を上げる。
「ナイフならあるよ」
ネイドが、自分のナイフをシオンに渡す。
「ありがと」
シオンはネイドから借りたナイフをニンギョに突き立てる。動かして裂こうとするが、ナイフは刺さったまま、動かない。
「あれ?うまく切れない」
「……私がやろう」
セイルとシオンが入れ替わる。セシルはシオンが突き立てたナイフを握った。
「ちょっ……ちょっと待て!」
ムーアが抗議するが、もう遅い。セイルは、漁師のような鮮やかなナイフさばきで、ニンギョの腹を切り裂いた。五人がニンギョの体内を覗き込む。
「ここは、何でしょう?」
ニーナが、人魚の臓器の一か所を指差す。そこの臓器は他の臓器よりも大きく、何か入っているようだった。
「……裂いてみよう」
セイルがその臓器を切り裂くと、中から何匹もの魚が出てきた。
「魚……ということは胃か」
「魚は、ほぼ原形を留めている。つまりは、丸呑みにしたということだな」
「それにしても、こんなに大きな魚を何匹もよく食えたな」
「獲物を丸呑みにする生物は、自分とほぼ同じ大きさの獲物を飲み込むことができます」
「クリスリア国の領海に住んでいる魚ばかりですね。やっぱり、クリスリア国からの外には、出ていないようです。……こら、クロ!この魚は食べちゃダメだ!」
「……他のニンギョの胃も調べてみるか?」
「そうしましょう」
五人は、興味津々でニンギョを調べる。アドが、ふとムーアを見ると、彼は船尾で海に向かって吐いていた。まぁ、あれが普通の反応なのだろう。アドを含む五人が変なのだ。しかし、普通とそれ以外の違いは、多数か少数かでしかない。
今、この船ではアド達の方が多数派だ。だから、ムーアには我慢してもらおうとアドは思った。
五人の調査は、ムーアが気絶するまで続いた。




