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100Gのドラゴン  作者: カエル
最終回
3/61

優しい子

 一瞬の出来事がスローモーションに見えた。


 ドラゴンが雄叫びを上げたかと思うと、口を大きく開けエリアに迫まった。景色はスローモーションに見えるのに肝心の体が動かない。ドラゴンはもうエリアの目と鼻の先だ。


 ドラゴンの牙がエリアの首に噛みつく。血にまみれのエリアが叫び声を上げ、崩れ落ちる。


 そんな光景がアドの脳裏に浮かんだ。


「ギャン!」


 短い悲鳴と共に黒い塊が壁に激突した。大きな音が小屋に響く。エリアがドラゴンを投げ飛ばしたと気が付くのに時間が掛かった。

 壁に打ち付けられたドラゴンが立ち上がる。それを見たエリアがドラゴンに一歩近づいた。ドラゴンは後ずさるが、壁にぶつかりそれ以上後ろに下がれない。

 襲われたエリアに恐怖や動揺は微塵もない。逆に襲った方のドラゴンがすっかり怯えてしまっている。

「ギャア!ギャア!」

 それ以上近付くなというようにドラゴンが激しく鳴く。エリアがまた一歩近づくとドラゴンはアドを見た。

「ピー、ピー」

 ドラゴンの鳴き声が変わった。さっき聞いたのと同じ鳴き声だ。そして、ドラゴンはまたエリアに飛び掛かった。

 エリアはドラゴンの牙を躱すと一瞬で背後に回る。そしてドラゴンの首根っこを掴むとそのまま地面に叩きつけ、地面に押し付ける。


「優しい子だ」

 暴れるドラゴンにエリアは小さく呟いた。


 エリアはアドに布か袋を持ってくるように指示した。アドは慌てて一枚の布きれを持って来る。エリアはそれでドラゴンの目を覆った。

 すると、たちまちドラゴンはおとなしくなる。

「視覚が発達している生物は、それが武器であると同時に弱点でもある。外部の情報の多くを目に頼るため、目が見えないと何もできなくなる。そんな生物をおとなしくさせるには目を布で覆うか袋をかぶせて、視界を遮ればいい」

 布が目からずれないようにしっかりと縛る。ドラゴンは先ほどとは打って変わって、まるで置物のように動かなくなってしまった。

「怪我はないか?」

「大丈夫だ。ちゃんと手加減した」

 エリアがドラゴンを見ながら答える。

「いや、お前は怪我しなかったか?」

 ドラゴンを見ていたエリアはこちらを見る。

「私?」

「さっき襲われただろ、その時に怪我しなかったのか?」

 エリアの目が少しだけ大きくなる。

「私は大丈夫だ。何処も怪我していない」

「そうか。良かった」

 安心しているアドをエリアは不思議そうに見ていた。


「コイツが家に来たのは一カ月前だ」

 父は仕事で家に帰らず、義理の母も遊びに出かけ、ほとんど家にいない。 

 アドは家では孤独だった。学校に行けば友人はいるが、家がこんな山奥にあるため気軽に友人を誘うことはできない。

 家に帰ってもどうせ誰もいないからと時々、町に降てブラブラしていた。

 町には何組もの親子が仲良く楽しそうに笑っている。それを見るとますます気分が落ち込んだ。しばらく歩くと一件の店が目に留まった。

『ドラゴン専門店 ライヤ』

 ドラゴンやドラゴンのエサなどを売っているドラゴン専門のペットショップらしい。

「ドラゴンか、珍しいな」

 この町ではあまりドラゴンは見かけない。時々、空を飛んでいるのを見るくらいだ。

 物珍しさと孤独を紛らわせたくて、アドは店に入った。店には珍しいドラゴンがたくさん居た。

 カラフルなドラゴン、毛が沢山生えてるドラゴン、かわいい顔をしたドラゴン。

 今まで一度も見たことのないドラゴンにアドは興奮した。

 その時、脳裏にドラゴンと一緒に暮らす光景が映し出される。それは、父親と自分。そして、今はもういない本当の母親がドラゴンと一緒に遊んでいる光景だった。

 想像の中では、父も母も楽しそうに笑っている。そして、アド本人も満面の笑みを浮かべていた。

「お気に入りのドラゴンはいましたか?」

 体の大きな店員が話し掛けてきた。夢は終わり現実に引き戻される。

「どのドラゴンもとっても飼いやすいですよ」

 店員はニコニコと笑っている。

「そうですか……」

 ドラゴンと一緒に暮らしたら、自分は幸せになれるだろうか?そんな考えが頭をよぎる。しかし、ドラゴンの値札を見たとたん息を飲んだ。

(げっ!)

 うっかり、声に出てしまいそうになった。高い!とにかく高い!アドの手持ちの金ではまったく届かない。

 さっきのカラフルなドラゴンは200000G、毛が沢山生えてるドラゴンは160000G,かわいい顔をしたドラゴンにいたっては1000000Gもする。

(誰が買うんだよ、こんなの)

 心の中で思わず突っ込む。

「この子などはおとなしくて飼いやすいですよ」

 と店員は120000Gもするドラゴンを勧めてきた。未成年の自分にこんなもの買えるわけないのだが、どうやら店員はアドのことを未成年だとは思っていないらしい。そんなに老けているのだろうか?少しショックを受ける。

「いかがでしょうか?」

「そう、ですね……」

 頬を掻きながら、どうやってここから逃げ出そうか考える。周りをキョロキョロ見渡し、言い訳の口実を探す。ふと端の方のドラゴンに目が留まった。

 真っ黒なドラゴンで、ケージの中でせわしなく動いている他のドラゴンと違い、スヤスヤと眠っていた。

「このドラゴンは?」

 店員に尋ねる。とたんに店員の顔が無表情になった。だが、それも一瞬のこと。直ぐに笑顔に戻る。

「このドラゴンは正直、あまり人気がございませんので、お安くなっております」

「いくらですか?」

「100Gでございます」

「……100G」

先程のドラゴン達とは雲泥の差だ。ドラゴンの値段はそんなに差があるのだろうか?

「いかがでしょう?ドラゴンがたった100Gでございます。おそらくこれ以上安いドラゴンはどこを探してもいないでしょう」

 店員は相変わらずニコニコしている。感情が読みにくいので気味が悪い。

 店員から目を逸らし、アドは黒いドラゴンを見る。

 ゲージの中、立った一匹で眠るドラゴンはとても寂しそうだった。そして、そんなドラゴンと自分がなんだが同じに感じた。


「この子、ください」


 アドは店員の目を見てハッキリと言った。


「気持ち悪い!とっとと捨ててきてよ!」

 それが、義理の母の最初の一言だった。普段なら何も言わずに従うアドだが、この日は、どうしても飼いたいと強く、強く主張した。

『捨てろ!』『飼う!』二人の主張は平行線を辿った。そんな争いに終止符を打ったのは以外にも父だった。

「じゃあ、こうしよう。今使っていない離れがあるからそこで飼うというのは?」

「でも……」

「こっちには来ないようする。それでいいんじゃないかい?」

「……分かったわよ」

 義理の母親はしぶしぶ頷いた。この女としても父の機嫌をなるべく曲げたくないのだろう。

「でも、私は絶対、世話なんてしませんからね!」

 そう言って、義理の母は部屋を飛び出した。


 そんなことがあり、ドラゴンは家の裏にある小屋で飼うことになったのだが、餌を全く食べなかった。そして日に日に元気がなくなっていった。

『このドラゴンは何でも食べますよ』とあの店員は言っていた。もう一度、話を聞くためにアドは再びあの店を訪れる。


『真に勝手ながら店を閉めさせていただきます  店主』


 店のドアにそんな張り紙が一枚貼ってあった。中を覗いてみたが、人もドラゴンも何もなくなっていた。


「それで、急いでドラゴンのことを調べたんだけど、ドラゴンの本は少ないし、難しいことばかり書いてあって肝心なことが書いてないし、どうしようかと思ってて」

 出回っているドラゴンに関する本のほとんどは専門的な物か創作の類ばかりだ。

 現在、品種改良されたドラゴンは数多く人間い飼育されているが、ペットとして飼われるケースは少ない。

 吐く炎をエネルギーにするため、力仕事のため、移動手段のため、実験のため、食糧にするためなど、商売や何かに利用するために飼育されることがほとんどだ。

 自分たちが知っているドラゴンの情報を他人に教えるということは企業秘密を教えることに等しい。そのため、ドラゴンの本を書くのはドラゴンの研究をしている専門家か作家となる。

 しかし、ドラゴンの研究本は専門用語がとても多く難解な文章で書かれており、読むのがとても大変だ。創作物のドラゴンは、火を吐く化物として書かれ、最後は退治される。ドラゴンの飼い方のことなど、まるで書いていないため、役に立たない。

「だから、エリアにいろいろ教えてもらって本当に助かった」

「……」

 エリアはアドから目線を逸らした。何か気の障ることでも言っただろうか?

「それで?」

「えっ?」

「お前はまだ、この子を飼うつもりなのか?」

 エリアはアドの目をじっと見る。

「実は少し迷っている……」

 アドは黒いドラゴンを見る。すっかりおとなしくなり今は眠っている。

「このままこんな小屋で飼ってていいのかって、それよりも山とかに逃がしてやったほうがコイツのためになるんじゃないかって、最近思ってさ……」

 こんな狭い小屋にいるよりも、ドラゴンはドラゴンらしく大空を羽ばたいたほうが幸せなのではないかとアドは考えた。

「お前がこの子に名前を付けていないのは、そのためか?」

「ああ、まあな」

 アドはドラゴンを『コイツ』か『ドラゴン』と呼ぶ。なぜなら名前を付ければそれだけ、愛着が湧く。いづれは別れるかもしれないのだ。その時、辛すぎる。

「そうか……」

 エリアはゆっくりとアドに近寄った。そして顔を覗き込む。


 パン!


 小屋に鋭い音が鳴り響いた。

 頬がジンジン痛む。エリアの掌がアドの脳味噌を揺らした。


「一度、飼うと決めた生物を逃がすな」


 淡々とした。しかし、鋭い口調でエリアは話す。

「いいか、お前は善意でこの子を逃がそうとしているのかもしれない。しかし、それがどれだけ生態系を破壊するのか、お前は分かっているのか?」

 アドは痛む頬を抑える。痛みのせいかエリアの声がよく耳に入る。

「その地方にいない生物を野生に放つことはどんな事態なるか分からない。人間によって持ち込まれた生物のせいで、その地方に住んでいた生物が絶滅してしまうことも決して珍しいことではない」

「……」

「一匹だけならいいという訳でもない。もし、逃がした生物にその地方にいない病原体や寄生虫がいた時には、免疫を持たないそこに住む生物たちは大きなダメージを受ける」

「……」

「だがら、絶対に外に逃がすな。善意だろうと悪意だろうと偶然だろうと関係ない。もし、どうしても飼えないというのなら……」

 エリアは小屋の壁に無造作に立て掛けてあるシャベルをアドに突き出した。

「お前がこの子を殺せ」

「!」

 エリアは本気だ。本気で言っている。アドは震える手でシャベルを受け取った。

 そして、それを投げ捨てる。

「出来るわけないだろ!」

「なら、一生この子の面倒を見ろ。それがこの子を飼ったお前の責任だ」

 アドは、ぐっと拳を握る。


「ああ、見てやるよ!一生コイツと付き合ってやる!」


 アドは力強い目で応えた。

「それでいい」

 さっきとは違い、エリアの声は、とても優しいものだった。


「ところでエリア」

「なんだ?」

 とても真剣に、とても誠実にアドはエリアに頼みごとをした。

「起こしてくれ、立てないんだ」

 エリアにもらった一発のせいで、脳揺れて足に力が入らない。さっきから座りっぱなしだ。

「手加減はしたんだがな」

 少し、言い訳気味につぶやいた後、エリアはアドに手を差し伸べた。


「まぁ、どの道お前はこの子を捨てることはできないんだがな」

「どういうことだ?」

「この子は特別だからだ」

「特別? どういうことだ?」

 エリアに尋ねると、いつも通りの口調で淡々と答えた。


「この子はクロウドラゴン。第二種危険生物に登録されている」

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