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100Gのドラゴン  作者: カエル
第四章
26/61

ミステリードラゴン6

 負傷者:九名(重症:六名、重体:三名)、死亡者:五名。

 クリスリア国の未確認生物の調査は、最悪の事態を迎えていた。


 負傷者は、全員クリスリア国の病院に運ばれ、死亡者の遺体も元の国に返されることになった。しかし、遺体が回収不可能な死亡者は三名もいる。

 かろうじて、無傷の六名は、最初に集合した小屋に集められたのだが、ここで、お待ち下さいと言われたまま、何時間も待たされていた。小屋には通訳のヒトもいたが、彼らに聞いても何も答えない。仕方なく、座っていると小屋のドアが開いた。

全員の視線が、そちらに集中する。

「皆様、お待たせしました」

 入ってきたのは、若い男性だった。

「ソフィアさんは、どうしたのですか?」

 無傷の五名の内、一人が男性に質問する。

「ソフィアは、別の仕事を担当することになりました。私は、ソフィアの代わりに、この件を担当することになりました、ウズリアと申します」

 ウズリアは事務的にペコリと頭を下げた。


「皆様は、明日の午前中に帰国していただくことになりました」

 ウズリアの言葉に、全員が耳を疑った。

「準備は既にできています。皆様はこちらが指定する船に乗っていただき……」

「ちょっと、待ってください!」

 一人が手を挙げて、ウズリアの言葉を遮る。

「何でしょうか?」

「未確認生物の調査は?」

「中止となります」

 ウズリアはあっさり答える。

「ご心配なさらずとも、依頼料はお支払いいたします。今回の事件のお詫びといたしまして、依頼料は初めにお約束した金額の二倍をお支払いします」

「そういうことじゃない!」

 別の一人が机を叩く。

「何故、調査を打ち切る?」

「今回、多大な犠牲者が出てしまいました。これ以上の調査は危険と判断しました」

「じゃあ、あの未確認生物はどうするんだ?放っておいたら、またヒトを襲うぞ!」

「皆様のおかげで、目撃された未確認生物の存在が確認されました。後は、我が国の者が責任を持って、駆除いたします」

「そんなんで、納得できるか!」

  彼は、再び机を叩く。

「俺のペアになった奴は、俺の目の前で殺されたんだぞ!」

 彼は、上半身がヒトで下半身が馬という未確認生物を調査していた。すると突然、目の前に目的の生物、ケンタウロスが現れた。ケンタウロスはいきなり、持っていた弓で、こちらを射てきた。矢は、彼のペアである男性の額に直撃する。男性は、痙攣したが、直ぐに動かなくなってしまったそうだ。

「俺は、逃げた!奴を見捨てて、逃げ……逃げたんだ!」

 彼の嗚咽が部屋中に響く。ペアになった男性を見捨てて、逃げたことを心の底から後悔しているようだった。

「あたしも殺されかけた」

 彼女は、ヒトと魚を合わせたような生物、ニンギョが目撃された海域を調査していると、突然、海からニンギョの大群が襲ってきたらしい。

「このおじさんがいなかったら、船に乗っていた全員が、間違いなく死んでいた」

 女性は、ペアを組んでいた大柄の男性を親指で指す。

「……」

 男性は、何も言わず、ただ静かに座っている。

「お気の毒でした。しかし、決定は変わりません」

「どうしても……ですか?」

「こちらの決定を拒否されるというのなら、報酬は支払われません。それだけではなく、国の決定に逆らった罪で、逮捕することになります」

 黒いドラゴンを引き連れた男がウズリアを睨む。

「随分と勝手ですね」

「皆様は、この国の者ではありません。しかし、この国にいる間はこの国のルールに従ってもらいます」

「……」

 黙った男を見て、ウズリアは彼が納得したと解釈した。

「他に質問は、ございませんか?」

「……」

「ないようでしたら、これで終了します。なお、明日は、午前九時に出発します。それまでに、準備を終わらせておいてください。それと、今夜の食事はこちらで用意いたしますので、ご心配なく」

 ウズリアは、ドアのドアノブに手を掛ける。

「朝食は?」

 背後からの予想していなかった言葉にウズリアは振り向く。

「朝食は用意して下さらないのですか?」

「……ああ、もちろんご用意いたします」

「何時頃に?」

「……七時に」

「分かりました」

「もう、よろしいですか?」

「はい」

 ウズリアは、ドアのドアノブに手を掛け、そのまま小屋を後にした。


 出された夕食は、野菜スープとパンという質素なものだった。食事を終えた後は、皆、小屋の二階に用意された、それぞれの部屋に戻る。

 

 深夜。

 小屋のドアが音もなく開くと、黒い頭巾に黒いマスク、黒い服と全身黒ずくめのヒトが侵入してきた。顔は見えず、ただ、隙間から見える目が怪しく光っている。

 黒ずくめの者達は全部で六名。彼らは、音もなく階段を登ると、それぞれが担当する標的の部屋の前に立ち、カギの掛かったドアを特殊な器具で開け始める。

 鍵は十秒もせずに開いた。黒ずくめは、音を立てずゆっくりとベッドの前に立つと、懐から小型の銃を取り出した。

 標的を始末し、小屋に火を点け、証拠を消す。それが、彼らの仕事だ。

 黒ずくめは小型の銃をベッドに向ける。ベッドの中にいる標的は、ぐっすりと眠っているようだ。黒ずくめは、ためらいもなく引き金を引いた。


 小屋から離れた場所に男が立っていた。男は覆面を被っており、その素顔は見えない。男の他にも七名、覆面を被った者たちがいる。

 やがて、黒ずくめが男に近づいてくる。

「終わったか?」

 黒ずくめの格好をした者はコクンと頷く。

「よし、では、撤収!」

 覆面の男が黒ずくめの男達に背を向ける。他の覆面も黒ずくめの者から背を向けた。

 次の瞬間、黒ずくめの一人が、覆面を転ばせ、関節を決めた。

「な、何をする!」

 何が起きたのかわからずに、男はパニックになる。

「動くな!」

 他の黒ずくめ五名が小型の銃を覆面に向ける。

 覆面の多くは、直ぐに手を挙げて、降伏した。しかし、七名の内、二人が懐から銃を取り出そうとした。

 ドン。

 銃を取り出そうとした覆面の頭上から黒い塊が降ってきた。覆面は黒い塊に押しつぶされ、気を失う。

「グアアアアア!」

 黒い塊は叫び声を挙げて、他の覆面を威嚇する。

「動くなって言っているだろ!頭吹き飛ばすぞ!」

 銃を取り出そうとした残り一人も諦めたように手を挙げる。

「お、お前ら、一体?」

「さっきは、どうも」

 取り押さえられている覆面が黒ずくめによって、剥がされる。

 覆面の下には、先ほどの冷静な表情ではなく、屈辱に顔を歪ませているウズリアの顔があった。

「お前ら、まさか?」

 黒ずくめの一人が被っていた布を取って、素顔を見せる。

 その下には、作戦の成功にほっとするアド=カインドの顔があった。


 小屋にあったロープを使って、全員を縛る。覆面も全員引きはがした


「お前らこんなことして、ただで済むと思っているのか!」

 ウズリアが叫ぶと、味方の女性がため息を吐いた。

「先に手を出したのは、そっちだろ?」

 女性は呆れ気味で、ウズリアに吐き捨てる。彼女はシオン=レイン、写真家だ。

「緊張しました」

 ニーナ=カトレイナが、ふぅと息を吐く。

「大丈夫ですか?」

 アドが、話しかけると彼女は大丈夫ですと答えた。

「危険な地域で、発掘する時には、護身用で銃を扱う事がありますから」

 ニーナは笑顔で答えた。それは、心強い。

「セイルさん、お怪我は?」

「……ない……」

 セイル=ドルは、とても小さな声で答える。

「イシリアさんとムーアさんは?」

「大丈夫」

「ああ、大丈夫だ」

 二人とも大丈夫の様だ。アドは一安心する。


「どうして、分かった?」

 ウズリアは、悔しそうにアドを睨む。

「貴方は、さっき夕食のことには触れたのに、朝食については触れなかった。ただ単に、言い忘れているだけかもしれないと思いましたが、朝食のことを聞いた時、貴方がわずかに動揺するのを見て、確信しました」

 朝食は最初から用意されていなかった。なぜなら、今夜、死ぬ者に明日の朝食は必要ないからだ。

「なんで、眠らなかった?」

「やはり、食べ物の中に睡眠薬を入れていたのですね」

「……」

「夕食に睡眠薬が入っている可能性があったから、食べませんでした。皆さんにもそう伝えておきました」

 全員眠っているように見せかけ、戦えないメンバーは、一階に隠れてもらい、アドとセイルはクローゼットに隠れ、様子を見ていた。

 黒ずくめ達が、ベッドに向かって発砲したと同時にクローゼットから飛び出した。

(まぁ、全員セイルさんが倒したんだけど)

 セイルは、黒ずくめの一人を倒すと、あっという間に残りも制圧してしまった。

「それから、全員で侵入者を拘束して、服と銃を奪いました」

 侵入者の数とメンバーの数が一致していたのが幸いだった。おかげで、全員が変装することができた。

「くそ!」

 ウズリアは、ガックリと項垂れる。

 アドは、ウズリアの髪を掴むと、強引に正面を向かせた。

「今度は、こっちの質問に答えろ」

 さっきまでとは違い、アドは冷たい表情でウズリアを問い詰める。

「何故、俺達を襲った?」

「……」

 ウズリアは黙る。他の男達も何も答えない。

「クロ」

「グルルルルルルルル」

 クロは、口を開け、歯をむき出しにする。

「喰い殺されるか、丸焼けになるか」

 どっちがいい?とアドは笑う。

 それでも、ウズリアは答えない。アドは、仕方がないと溜息を吐く。

「これだけいるのだから、一人ぐらい、いいか」

 その言葉に、縛られている男達がわずかに動揺する。

「クロ……誰を喰いたい?」

「グルルルルルル」

 クロは、視線をさまよわせる。やがて、ウズリアに視線を合わせる。

「こいつがいいか。よし、喰え」

 クロは、大きく口を開け、ウズリアに迫る。

 クロの牙が、ウズリアに突き刺さるまで、あと一センチと迫った所で、ウズリアが叫んだ。

「まっ、待て!待ってくれ!わっ、分かった!話す、全部話す!」

ウズリアは、あっけなく観念した。その言葉を聞き、クロはピタリと止まる。

 本当は、クロウドラゴンがヒトを食べることはない。勉強不足だなとアドは思った。


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