ミステリードラゴン5
「池か……」
男性から借りた剥製の臭いをクロに嗅がせ、匂いを辿ってみると、そこには池があった。濁っており、深さはよく分からない。
「ここのどこかに潜んでいる可能性が高いですね」
クロはしきりに鼻を動かしているが、匂いはここで途切れているようだ。
「もういいよ。ありがとう」
アドは労をねぎらいクロの頭を優しく撫でる。
「さて、どうする?」
「このまま探すか、それとも罠を張り、夜まで待つかですね」
あの男性の話を聞くと、怪物は夜に家畜を襲っていた。つまり、あの怪物は夜行性ということだ。
「作業を分担しよう。君は罠を作っておいて、俺は池の周りを探す」
「一人で……ですか?」
「ああ」
「しかし、それは……」
「大丈夫さ、無茶はしない」
「何かあったら、すぐに呼んでください」
「分かった」
カリアは、ここに来るまでの間に拾っていた、長く丈夫な木の枝を持って沼に向かう。
草むらや水の中に潜んでいる蛇を見付ける時は、長い棒を使って地面を突きながら進む。そうしないと、うっかり蛇を踏んでしまった時に襲われる危険があるからだ。
カリアのことは心配だが、彼を信じることにして、アドは罠を作り始める。
この時、カリアも、そしてアドも油断していた。
探索は二人で行うべきだった。
アドはドラゴンベンチャー、カリアは未確認生物学者。
両者の職業は、似ている部分も多い。アドは目的のドラゴンを見付けるために、何日も探索や待ち伏せをすることがある。カリアも未確認生物を発見、捕獲するために何日も探索、待ち伏せをする。
そのため、二人は経験上、目的の生物を捕獲するためには、何日間も粘らなければならないことを知っている。何事も経験を積むということは、とても重要だ。しかし、一つだけ経験を積むことが、マイナスに働くこともある。
それは、経験を積めば積むほど『先入観』を生みやすいということだ。
二人とも、通常の生物を見つけるにも何日も掛かるのに未確認生物が、こんなに早く見つかる訳がないという『先入観』があった。
しかし、それは確率が低いというだけで、決してゼロというわけではない。
カリアは、決して単独行動をとるべきではなかったし、アドはもっと強く彼を止めるべきだった。
「ぐああああああああ」
悲痛な叫び声が聞こえると同時に、アドとクロはそこに向かった。
(しまった!)
心の中で何度も呟くが、もう遅い。
「ぐ……がああああ」
アドとクロが叫び声の元に到着する。
そこで見たものは、地面に倒れているカリア。そのカリアに巻き付いている七つの頭と長い体を持つ生き物だった。
(でかい!)
その生物を見た瞬間のアドの第一印象がそれだった。
アドとカリアは最初、見せられた剥製と男性の証言から蛇の体長は恐らく五メートル前後だろうと推察していた。
しかし、今目の前にいる生物の頭は剥製よりも倍近く大きく、その体長は目測で十メートルはあった。しかも、吹き飛ばされた頭の一部が再生したのか、頭の数は全部で七つある。
カリアに巻き付いている生物は、体は巻き付けたまま、七つの頭だけをカリアの顔まで移動させた。七つある頭の一つが大きく口を開ける。
そして、カリアの頭に齧り付いた。口はどんどん大きく開き、そのまま彼をゆっくりと飲み込み始める。
「やめろおおおおおおおお!」
アドは、七つの首を持つ生物をカリアから引き離そうと近づく。クロもそれに続いた。その時、カリアを飲み込んでいる以外の首が一斉にアドとクロの方を向いた。
「シャアアアアアアアア!」
六つの首が大きく口を開け、アドとクロを威嚇する。
「クロ!」
アドが叫ぶと同時にクロは動いた。頭の一つに噛みつき、激しく左右に振る。
「グシャアアアアアアアア!」
「キャシャアアアアアアアア!」
「グシャアアアアアアアア!」
「リャシャアアアアアアアア!」
「アクシャアアアアアアアア!」
だが、それぞれの頭が微妙に異なる声を上げ、クロに襲い掛かる。クロは素早く、その攻撃をかわす。クロがさっきまで噛みついていた頭からは大量に血が流れており、その頭は意識を失っていた。
頭は、カリアを飲み込んでいるものを除けば、残り五つ。
『この攻撃を繰り返せば全ての頭を潰せる』クロはそう考えると、すぐに次の頭に狙いを定めた。次に狙うべきは一番左端にある頭。クロは、その頭めがけて飛び掛かった。
カチ。
七つの頭を持つ生物の口から、火打石を擦り合わせた時の様な音がしたのをクロは聞いた。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
「グオオオオオオオオオオオオオオ!」
アド達がいる池から遠く離れた森の中では二匹の怪物が争っていた。
片方の怪物の名はミノタウロス。かつて哺乳類が栄えた時代に生きたヒトの特徴と他の生物との特徴を持つヒト型生物と呼ばれている既に滅びた種族だ。
もう一方の怪物の名はヒト。そして、個体の名前はネイド。
幼い時に自力で森の中を生き抜いた個体であり、その運動能力は同種をはるかに凌駕する。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
ミノタウロスは棍棒を振り回す。それが引き起こす旋風は凄まじく、その威力が巨大であることを物語っている。
(怖いな……だけど……)
ネイドは、棍棒を避け、ミノタウロスの懐に潜り込む。そして、持っていたナイフでミノタウロスを切りつけた。銃でも傷一つ付けることができなかったミノタウロスの体を一本のナイフが斬りつけた。
「グアアアアアアアアアアアアアアア!」
ミノタウロスは、苦痛に顔を歪める。だが、直ぐにネイドに向かって棍棒を振るう。
しかし、ミノタウロスが棍棒を振るう前に、ネイドはミノタウロスの攻撃の射程外に出ていた。
ネイドは、傷つけては逃げ、傷つけては逃げるというヒットアンドアウェイ戦法を繰り返していた。ミノタウロスの体は、切り傷で血にまみれになっている。
ミノタウロスは、混乱しているようだった。
『どんな攻撃も通さない自分の体が何故、アッサリと傷付く?』
そんな表情をしているようにネイドには見えた。
ネイドが持っているナイフは勿論、普通のナイフではない。
このナイフはコールという世界でも五本の指に入る程の高価な石から作られている。コールは、ネイドの育ての親であるアヨが、ネイドのために残した石だ。
ネイドの育ての親であるアヨが残したコールは一つだけではない。
その数は、全部で七個。全て売れば、一生遊んで暮らしてもおつりがくるぐらいの大金になる。しかし、アドは一つしか石を売らなかった。残りの石は常に自分の側に置いておきたかった。だが、ただ置いておくだけではない。日々の暮らしの中で常に使用できるようにしておきたかった。
ネイドは悩んだ末に、この石をナイフにすることを選んだ。有名な職人に頼み込み、石をナイフに加工してもらった。
こうして、世界で三番目に高価なネイドオリジナルのナイフが誕生した。
出来上がったナイフは、何でも切ることができ、特に生物の肉を切ることに特に優れていた。今まで、このナイフで切れなかった生物はいない。試したことはないが、このナイフで切れない生物はダイヤモンドドラゴンぐらいだろうとネイドは考えている。
(よし、このまま倒せる!)
ミノタウロスが再び、ネイドに棍棒を振るう。ネイドは棍棒を躱し、ミノタウロスの懐に入った。
一瞬の違和感がネイドを包む。今までの攻撃とは違う小さな違和感。
さっきの攻撃には、今までの様に、当てようとする気がなかったように感じた。まるでワザと懐に潜り込ませようとしたような違和感。
しかし、ネイドはもう既に懐に入っている。ネイドは自身が感じた小さな違和感を無視して、ミノタウロスに攻撃しようとした。
人生は常に何かを選択しなければならない。
しかし、自分が選んだ選択が正しいのかどうかは、結果を見るまでは分からない。確率の高い方を選択しても、自分の勘を信じて選択しても、成功する時もあれば、失敗する時もある。
ネイドが、自分の感じた違和感を無視するという選択をしたのも正しいのかどうかは、結果を見るまでは分からない。
だが、結果だけを見た場合、ネイドの選択は失敗だった。
彼は、自身が感じた小さな違和感を無視するべきではなかった。
ミノタウロスが口を大きく開く。今までにはなかった行動だ。
カチ。
ミノタウロスの口の中から、火打石を擦り合わせた時の様な音がしたのをネイドは聞いた。
次の瞬間、凄まじい炎がクロを襲った。
火を吐くことができるドラゴンは、身を守る意外に、同種同士の争いにも火を使う。そのため、ドラゴンの体は燃えにくい構造になっている。
しかし、五つの頭から同時に放たれた炎の火力は凄まじく、クロはそれ以上近付くことができず、後ろに後退した。
「大丈夫か?」
「クー」
平気なことを伝えるかのようにクロは鳴いた。クロの体に火傷はない。
ほっと一安心したアドは、七つの頭を持つ生物を見る。
炎を吐く七つの頭を持つ生物を見て、自分の考えに間違いがないことをアドは確信した。
次の瞬間、凄まじい炎がネイドを襲った。
ネイドは攻撃を中止して、とっさに亀のような体勢になり、服で頭をすっぽりと覆うと、炎を吸い込まないように息を止める。
ドラゴンベンチャーの服は、ドラゴンの炎を浴びても平気なように耐火性がある。しかし、これだけの至近距離で炎を浴びれば、高温は全身に伝わる。
(まさか?)
炎に身を包まれながら、ネイドにある考えが浮かんだ。
生物は、様々な姿形をしている。そして、その武器も様々だ。
毒を吹きかける蛇、目から血を出すトカゲ、高音質のガスを吹きかける虫、凄まじい悪臭を放つ分泌液を相手に吹きかける哺乳類。
遠く離れた距離にいながら、アドとネイドは全く同じことを考えていた。
「この生物は……」
「こいつは……」
生物は、様々な姿形をしている。そして、その武器も様々だ。
しかし、炎を吐く生物は今の所、この『種』しか確認されていない。
『ドラゴン』である。
七つの頭を持つドラゴンは、炎を吐き続ける。
しかし、炎は無限に吐き続けられるわけではない。しかも、この火力では、長く吐き続けることはできないだろう。しかも、一度炎を吐いてしまえば、次に炎を吐くのに時間が掛かる。襲い掛かるなら炎が収まった瞬間だ。
今度はアドも攻撃に加担する。カリアの体は既に三分の一は飲まれている。早く助け出さないと、窒息死してしまう。
貴重な未確認生物だ。本来なら生け捕りが好ましい。だが命には代えられない。アドは懐からナイフを出した。
やがて、七つの頭を持つドラゴンの炎が止んだ。その瞬間、アドとクロは、七つの頭を持つドラゴンに襲い掛かる。
だが、七つの頭を持つドラゴンは予想外の行動に出た。
五つの頭と尾を曲げて、地面に強く押し付けると、一気に体を延ばした。まるで、ヒトが膝を曲げてジャンプするように、巨大な体が宙に浮いた。
「な?」
「!?」
アドとクロは完全に不意を突かれた。
七つの頭を持つドラゴンは、カリアを飲み込んだまま池の中に消えた。
「カリアさん!」
アドは、池に飛び込もうとした。だが、その腕をクロがまるで、羽交い絞めにするように止めた。
「クロ、離せ!」
アドはクロに命じる。しかし、クロは離さなかった。
池は濁っており、視界が効かない。そんな状態で、もし襲われたら命はない。クロは、基本的にアドの言うことには従う。しかし、クロが優先するべきはアドの命だ。
池は、どこか別の場所に通じているのかもしれない。
池に飛び込んだ七つの頭を持つドラゴンは、二度と浮んでは来なかった。
「ぐはっ」
ミノタウロスは、炎を吐き終わるのと同時に亀の体制になっているネイドの頭をまるで、ボールを蹴るように蹴り上げた。その威力にネイドの体は、風に舞い上げられた紙切れのように空中に浮かんだ。
「グオオオオオオオオオオ!」
今まで、与えられた苦痛を返すようにミノタウロスは、渾身の力で棍棒を振る。空中で身動きが取れず、しかも蹴り上げられた衝撃で意識が遠のいていたネイドの頭に棍棒が直撃した。
ネイドの体は、二十メートル以上吹き飛ばされ、地面に叩き付けると、そのまま五十以上地面を回転して、ようやく止まった。
「グアアアアアアアアアアアアアア!」
ミノタウロスが、雄叫びを上げながら迫る。
地面に倒れ、ピクリとも動かなくなったネイドにミノタウロスは、天高く振り上げた棍棒を渾身の力で振り下ろした。




