ミステリードラゴン3
「へーじゃ、古生物学者になったのはお父さんの影響なんだ」
「はい、本当はいけないことですが、私が小さい時、よく現場まで連れて行ってくれていました。そうしている内、私自身もすっかり古生物学にのめりこんでしまいました」
現在、馬車はクリスリア国南東の森に向かっている。
馬車の中には、ネイドとニーナ。馬車の後ろから二人のクリスリア国のヒトが二人馬に乗って追い掛けて来ている。さらに馬車のすぐ上空をメイが飛行している。
「ところで、貴方のドラゴンの名前は何というのですか?」
「メイだよ。エリフドラゴンのメイ」
「メイちゃん。可愛い名前ですね」
ニーナはクスリと微笑んだ。
「メイちゃんは、馬車に乗せなくてもいいのですか?」
「ああ、メイは馬車が苦手なんだ」
ネイドが窓から馬車の上を飛んでいるメイを見る。チラリと目が合うがメイはすぐに目を逸らす。
「そうなのですか、でもアドさんのドラゴンは馬車に乗っていましたよね」
目的地には全員同時に出発した。その時にニーナはクロが馬車に乗り込むのを見ている。
何の抵抗もなく馬車に乗るドラゴンに少し驚いていた。
「そうだね。クロは別に馬車に乗ることに抵抗はないみたいだ」
アドの相棒であるクロウドラゴンとネイドの相棒のエリフドラゴン。
両者の性格はかなり違う。好奇心旺盛なクロウドラゴンに対して、エリフドラゴンは警戒心がとても強い。メイは通常のエリフドラゴンに比べると知能はかなり高いが、それでもエリフドラゴンとしての性質をなくしているわけではない。
「お伺いしてもいいですか?」
「何?」
「どうして、エリフドラゴン……メイちゃんとパートナーになったのですか?」
ドラゴンベンチャーは基本的にドラゴンとパートナーを組んで行動しなければならない。そのため、通常のドラゴンベンチャーはおとなしく、従順なドラゴンと組む。
気難しいエリフドラゴンとペアを組んでいるのはネイドぐらいだろう。
「他のドラゴンとペアを組もうとは、思わなかったのですか?」
ネイドは首を横に振る。
「全く思わなかった。相棒はメイしかいないと思っていたから」
「そうなのですか?」
「うん」
ネイドは過去を思い出すかのように視線を上に向ける。
ネイドは、自分の歳を正確に知らない。物心ついた頃には、森の中で過ごしていた。それまでの記憶は一切ない。親の顔は思い出せない。兄弟さえも分からない。一番古い記憶は森の中で泣いていたということだ。しかし、いくら泣いても助けは来ない。それどころか大きな泣き声で、肉食のドラゴンを呼んでしまった。
ネイドは逃げた。
逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げた。
しかし、最後には追い付かれてしまった。
喰われると思ったその時、たまたま落ちていた木の枝をドラゴンの目に突き刺した。
ドラゴンは悲鳴を上げて、そのまま逃げだした。
ネイドは学習した。ヒトの世界では泣けば、だれかが助けてくれる。でもここでは、泣くということは命に係わる。
その日から、ネイドが泣くことはなくなった。
森での生活は過酷を極めた。毒虫や有毒果実を食べてしまい死にかけたことも何度もある。他にも病気や大怪我、猛獣に等、いつ死んでもおかしくはなかった。
だが、彼は生き延びた。死にそうな目から復活するたび、彼の体はどんどん強くなっていった。
獣同然の彼の生活は偶然、森の中に入ってきたドラゴンベンチャーに発見されるまで続いた。
「小さい時、森の中で数年生き抜いた子供が発見されたという記事を新聞で読んだ記憶があります。もしかして、それが……」
「そう、俺」
ネイドはあっさりと答えると、昔のことを懐かしむかのように話を続けた。
「それから、アヨ……俺を拾ってくれたドラゴンベンチャーは俺の親を探してくれたんだけど、結局見つからなかった。施設に入れようにも、俺の姿を見てどこも引き取りたがらなったらしい。結局、アヨが俺の里親になってくれた」
アヨは、ネイドを獣からヒトに戻すために、読み書きや算数、ナイフとフォークの使い方など、ヒトの世界で生きてゆくのに必要なことをネイドに根気強く教えた。そのかいもあって、ネイドは徐々にヒトらしさを取り戻していった。
「俺はアヨから色々なことを学んだ。今、俺が此処にいられるのはアヨのおかげだ」
ネイドは明るく笑う。
「その方は、今どうなさっているのですか?」
その問いに、明るかったネイドの顔が少し曇る。
「引き取られてから、三年ぐらいして、仕事に行ったきり行方不明。生きているのか死んでいるのかも分からない」
聞いてはいけないことを聞いてしまったと思い、ニーナは頭を下げる。
「す、すみません。私ったら……」
「いや、いいよ。気にしないで」
心底申し訳なさそうな顔をするニーナにネイドは優しく微笑んだ。
「それから、どうなされたのですか?」
「前からアヨは自分に何かあったら、これを売れと言って、とある石を俺に預けていた。ホントは売るつもりなんてなかったけど生活に困って、仕方なく売ったら、しばらく一人で生きていけるぐらいの大金になった。それまでのアヨとの生活は質素そのものだったから、驚いたよ。まさか、俺のためにそんな資産を残していたなんて、今まで全く知らなかった」
それから、ネイドはアヨと同じドラゴンベンチャーになろうと決意した。
アヨが残した遺産で、大量の本を買うと独学で朝昼晩問わずに勉強明け暮れ、体を鍛えた。
試験に二回落ちたが、それでも諦めなかったネイドは、三回目の試験でようやくドラゴンベンチャーの資格を取ることができた。
「まぁ、座学はギリギリだったから、まだまだ勉強しないといけないけどね」
ネイドの話を聞き、しばらく黙っていたニーナだったが、不意に口を開く。
「凄いですね」
ニーナはネイドに尊敬のまなざしを送る。
「ゼロから、そこまで努力できるなんて凄いです」
「凄いかな?夢中だったから、よく分からないな」
「いえ、凄いですよ」
ニーナの言葉を聞いて、ネイドの頬は少し赤くなる。
「嬉しいね。そう言われたのは二度目だよ」
「一度目は、アドさんですか?」
その言葉に、今度はネイドが驚いた。
「どうして分かったの?」
ニーナはクスリと笑う。
「なんとなくです」
そう言って、またクスリと笑った。
「それでは、メイちゃんとは、その頃から?」
「そう」
アヨが行方不明なる数か月前、アヨは一匹のドラゴンの子供を連れて戻ってきた。
どうしたの?と聞くと密猟者が売りさばいていたドラゴン達を助けたのだという。助けたドラゴン達のほとんどは逃がしたが、この子はまだ子供で、しばらくヒトの手で育てる必要があるということだった。
「気が荒いから、買い取り手が付かなくて、たったの100Gで売られていたらしい」
だが、その炎のように真っ赤なドラゴンの目を見た時、ネイドは一瞬で心奪われた。親と引き離され、つらい目に遭っていたにも関わらず、その目からは誇り高き力を感じた。
この子、俺が面倒を見ていい?とネイドはアヨに頼んだ。
アヨは一瞬困った顔をしたが、真剣なネイドの表情を見て、彼の頼みを了承した。
アヨが行方不明になってからも、ネイドはメイを一生懸命育て上げた。
しかし、メイがある程度成長し、野生に帰す時になっても何故かメイは野生に帰ろうとはしなかった。仕方なく、そのまま面倒を見ている内に、いつのまにかドラゴンベンチャーの相棒になっていた。
「それから、ずっと一緒にいるけど未だに懐いてくれない」
がっくり肩を落とすネイドにニーナは優しく微笑む。
「そんなことないと思いますよ」
ネイドは不思議そうにニーナを見る。
「どうして?」
ニーナは、馬車の窓から上空を飛んでいるメイを見る。ニーナと目が合うとメイは、フイと目を逸らした。
「見てれば分かります」
今度は、少し意地悪な表情でニーナは笑った。




