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100Gのドラゴン  作者: カエル
第四章
21/61

ミステリードラゴン1

 三年前。

 クリスリア国南東の森の奥で、猟をしていた男性が、二メートルを超える怪物を目撃する。

 体はヒトだが、頭部は牛という奇妙な姿をしており、手には巨大な棍棒を持っていた。怪物は、男性と目が合うと棍棒を振りかざして襲ってきた。男性はとっさに持っていた猟銃を怪物に向けて発砲した。弾は怪物の角に当たり、怪物は衝撃で尻餅をつく。男性が再び、怪物に猟銃を向けると、怪物は森の奥に消えた。


 三年年と三カ月前。

 クリスリア国北東の小さな村で奇妙な馬が現れた。

 体は普通の馬だが、頭部に一本の角が生えていた。村人は馬を捕まえようとしたが、馬は、物凄い力で村人を振り払い、森の方に逃げて行った。


 二年と五カ月前。

 クリスリア国の海域で一隻の船が発見された。

 船を調査していると、乗組員五十八名の死体が見つかった。死体には、どれも見たこともない傷がついていた。その中で唯一生き残った男性の証言によると、航海中に海から突然、ヒトと魚を合わせたような生物が現れたそうだ。生物は三十匹以上おり、乗組員を殺し始めた。

生物は乗組員を全て始末すると、食料や備品を全て奪い、海に戻った。男性は重傷を負ったが、死んだ振りをして何とか難を逃れることができた。だが、男性も救助された五日後に傷が元で亡くなった。


 二年前。

 クリスリア国の山中で、山菜を採っていた夫婦が奇妙な生物を目撃する。

 その生物は上半身がヒト、下半身が馬という姿だった。馬は弓矢の様なものを担いでおり、手には仕留めたと思われるウサギを持っていた。その生物は、夫婦に気が付くと、弓矢を夫婦に向けて射ってきた。

 矢は幸い、夫婦には当たらず、地面に突き刺さった。夫婦が、慌てて、その場から逃げ出すと、奇妙な生物はそれ以上、何もしてこなかった。その後、夫婦は大勢のヒトを引き連れて山に戻ったが、生物はどこにもいなかった。ただ、地面には奇妙な生物が放った矢が突き刺さっていた。


 一年と六カ月前。

 クリスリア国北西の民家で不気味な大蛇が目撃される。

 夜、食用の豚を飼育していた男性が、いつものように豚の世話を終え、就寝した。夜も更けた頃、豚小屋の豚が騒いでいる声で男性は目を覚ました。不審に思った男性が豚小屋に行くと、巨大な大蛇が豚に巻き付き、頭から飲み込んでいた。

 男性が、豚から大蛇を引き剥がそうとした時、大蛇が男性に噛みつこうとした。

男性は驚いた。大蛇は豚を飲み込みながら、男性に噛みつこうとしたのだ。普通なら、不可能だが、その大蛇には可能だった。

 大蛇は七つの頭を持っていたのだ。

 頭は、それぞれ意志があるように独立して動いていた。

 男性は、慌てて猟銃を持ってくると、大蛇に向かって発砲した。弾は、大蛇の頭の一つを吹き飛ばしたが、大蛇は死ななかった。飲み込みかけていた豚を吐き出すと、ものすごいスピードで大蛇は逃げて行った。


「他にもクリスリア国では、このように、ここ数年で奇妙な生物の目撃情報が相次いでいます。他にも羊の頭を持ったヒト、カエルのようなヒト、角の生えたウサギ、下半身がウサギの猫、ミミズの様な巨大な生き物などです」

「……はぁ」

「奇妙な生物の中には、今、お話しした生物のようにヒトに危害を加える生物もいるようです」

「……そうですか」

「そこで、クリスリア政府は正式に調査に乗り出すことにしました」

「……なるほど」

 話をそこまで聞いたアドは、率直に自分の考えを述べることにした。

「それが、私とどのような関係が?」

 女性は、大げさにニヤリと笑った。なんだか嫌な予感がする。

「アド=カインドさん。あなたも、その調査メンバーに選ばれました!」

 おめでとうございますと女性は笑顔で言った。


 ギリア国で、ドラゴンの調査を終えたアドは、結果をまとめるため、久しぶりに都会に戻っていた。

 三カ月以上、森の中で過ごしていたため、都会の雰囲気がとてもなつかしい。とりあえず、都会料理を味わおうと、料理店に入った。

 すると、若い女性が一人近づいてきた。クリスリア国の政府関係者だと名乗り、先程の話をアドに聞かせた。


「ご存知かと思いますが、私はドラゴンベンチャーです。残念ながら未確認生物は専門外なのですが……」

 未確認生物には、確かにロマンがある。しかし、アドの仕事はあくまで、存在しているドラゴンの調査とドラゴンが起こす事件の解決なのだ。

「勿論、存じ上げております」

「だったら、何故?」

 アドが、首を捻っていると、女性はポケットから一枚の写真を取り出した。

「こちらをご覧ください」 

 アドは、女性から渡された写真を見た。数年前まで、写真はとても高価なものだったが、今では誰でも持てるまでになった。

 写真には、一匹のドラゴンが写っていた。普通のヒトには、どこにでもいるようなドラゴンにしか見えないだろう。

 しかし、アドは、その写真を見た瞬間、驚愕した。

「この写真は本物ですか?」

 アドの質問を女性は予期していたかの様に答えた。

「はい、調べましたが九十五パーセント以上の確率で本物に間違いありません」

 アドは、驚きのあまり言葉が出なかった。しばらく、考え込んだアドは、真剣な表情で女性に言った。

「分かりました。調査メンバーに加わります」

 女性は、ニコリと微笑むとアドに手を差し出してきた。アドはその手を掴み、しっかりと握手をした。


 クリスリア国。

 周りを海に囲まれた島国。

 他の大陸から隔絶されたこの国では、生物は独特の進化を遂げている。


 アドは、相棒のクロと一緒に船で揺られていた。

クリスリア国に行くには、船を使うしかない。巨大なドラゴンに乗るという方法もあるのだが、クリスリア国では独特の生態系を守るため、特別な場合を除いて、他国のドラゴンの入国を禁止している。

 クロは、アドの仕事上の相棒であるという理由で入国を認められたが、病気の有無等をたっぷりと調べられた。長時間の検査にもクロは、おとなしく我慢した。

 後で、美味しい魚を沢山あげようとアドは思った。

 クリスリア国の海の波はかなり激しい。船は大きく揺れるため、アドは船酔いになってしまう。心配するクロに励まされて、アドは何とか船酔いを乗り切った。

「陸地が見えました!」

 船の運転手が、大きな声でアドに呼びかける。

 未知の生物の宝庫。陸地を見たアドの胸に期待と不安が入り混じったものが満ちた。 


 海岸には、アドをここに招いたクリスリア国の女性が立っていた。女性の隣には馬車もある。

「ようこそ、クリスリア国へ!」

 女性は、大きく笑う。

「まだ名乗っていませんでしたね。ソフィア=ミランダと申します」

 アドは、ソフィアと握手を交わす。ソフィアは笑顔だ。

「本名ですか?」

 こういった政府関係者は、偽名を使うことも多いと噂で聞いたアドは、思い切って聞いてみた。

 ソフィアは、一瞬、真顔になったが、すぐに元の笑顔に戻る。

「秘密です」


「他の調査メンバーは、もう既に集まっています。今から、そこまでご案内します」

 ソフィアが手を上げると、アドを乗せてきた船は、帰って行った。これで、この調査が終わるまでは、この国から出ることはできない。

 アドとクロ、そしてソフィアが乗り込むと馬車は動き出した。ただ揺られているのも暇なので、アドは色々とソフィアに聞いてみた。

「メンバーは全部で何人いるのですか?」

「メンバーは全部で二十人います。調査は二人一組で、怪物の目撃情報がある場所に向かっていただきます」

 二人一組。相手の足を引っ張らないよう注意する必要がある。

 アドは次の質問をした。

「今回の調査にドラゴンベンチャーが必要なのは分かりました。しかし、どうして私だったのでしょう?」

 ドラゴンベンチャーなら、他にも優秀なヒトは、他にいくらでもいる。どうして自分なのだろうと、アドはずっと疑問だった。

「推薦です」

「推薦?」

「はい、正確に言えば、推薦の推薦です」

「どういうことです?」

 アドは首を捻る。

「まず、クリスリア国は、何人かの優秀なヒトにコンタクトをとりました。そして、集まったメンバーに他に優秀なヒトに心当たりはありますか?と尋ね、メンバーから、推薦されたヒト達も迎えました。しかし、貴方の場合、推薦を受けたヒトが貴方をさらに推薦したのです」

 なるほど、だから推薦の推薦か。しかし、自分を推薦するなどと一体どんな人物だろう?

 アドが考えていると、馬車の揺れが止まった。

「どうやら到着したようですね」

 馬車から降りると、目の前に結構大きな、一軒の山小屋があった。

 ソフィアが山小屋の扉を開き、どうぞお入り下さいとアドを招き入れた。

 山小屋の中には、もう既にヒトが何人かいた。山小屋の中は、外観通り、かなり広かった。テーブルがいくつかあり、そこに何人か座っている。初老の男性、中年の女性、若い男性、年齢も性別もバラバラだった。

 そんな中、アドは知っている顔を発見した。赤いドラゴンを撫でていた彼はが、こちらに気が付く。

「よう!アド!」

 小屋中に響き渡る大音量と共にアドの名前を叫ぶと、彼はこちらやって来た。

「お前かよ!」

 思わず心の声が漏れる。

「久しぶりだな!」

 ネイドはアドの手を掴むとブンブンと上下に振った。


 メンバーは、あと一人来るので、ここでお待ちください、と言われたので、アドは、取りあえず、ネイドの隣の席に座る。

「いやー、アドが来てくれてよかった!メイを連れているせいか、一人だけ浮いていた気がするんだよ!」

 浮いていたのは、それだけじゃないような気がするけどな、とアドは思う。

 ネイドの相棒のドラゴンであるメイの方をちらっと見ると、彼女も『自分のせいにするな』と言っているような表情をしていた。

「俺をここに呼んだのは、お前か?」

「そうだ、俺がお前を推薦した」

「まぁ、そうだろうな」

 アドは小屋の中を見渡す。ネイドの他には、知っている顔はない。

「お前は、誰の推薦で来たんだ?」

 ソフィアは、推薦の推薦でアドに声を掛けたと言っていた。ということは、ネイドを推薦したヒトがいることになる。

「まだ、来てないな。だけど、お前も知っているから安心しろ」

 アドは少し驚く。自分も知っている人物?

「誰だ?」

 ネイドは、ふっと笑う。

「まぁ、来てからのお楽しみだな。きっと驚くぞ!」

 ネイドは、楽しそうに笑った。


 あと一人が来るまでの間、ネイドが今いるメンバーのことを教えてくれた。

一人でいる時に、聞きまわっていたらしい。

「あそこに座って本を読んでいるのが、未確認生物学者のカリア=ウルマ氏だ」

 中年の男性で、歳は、三十代から四十ぐらいのだろうか?少し暗そうな人物だ。

「で、あそこにいるのが小説家のセイル氏」

 白髪のセイル氏は、ノートを広げ、何かを一心不乱に書いていた。初老の男性とは思えないほどのエネルギーが彼から溢れている。思わず、目を奪われていると、セイル氏の手がピタリと止まった。

 セイル氏は首だけを動かし、こちらを見た。アドもネイドもビクッと心臓が高鳴る。

彼は、椅子から立ち上がると、こちらにやって来た。

 アドは、再び驚く。セイル氏の身長は百九十センチを超えており、その肉体はとても小説家とは思えない程、鍛えられていた。

 そのあまりの迫力に、クロでさえ、すっかり怯えてる。ネイドの相棒であるメイは、相棒を置いて逃げ出していた。

「ジロジロと見ていて、すみませんでした」

 アドは、頭を下げる。それを見て、ネイドも頭を下げた。

「……か?」

 小さな声が上から聞こえた。アドとネイドは頭を上げる。聞こえていないと判断したのか、セイル氏は同じ言葉をもう一度、繰り返した。

「……私の……ファンか?」

 思わぬ問いに、アドとネイドは顔を見合せる。正直に答えるべきか否か。

「すみません、知りません!」

 ネイドは正直者だった。

 それを聞いたセイル氏は黙って、こちらを見ている。まずい、殺されるかもしれない。

「そう……か」

 セイル氏は肩をガックリと落して、席に戻った。そして、自分の鞄から何かを取り出し、再びこちらにやって来た。

「良かったら……読んで」

 セイル氏の大きな手には二冊の本が握られていた。アドとネイドはそれを受け取ると、セイル氏は席に戻り、また一心不乱にノートに書き続けた。


 本の表紙には『失われし地上 著者:セイル=ドル』と書かれていた。


 セイル氏が自分の席に戻ったのを確認すると、メイが戻ってきた。

 それに対して、ネイドは何も言わない。きっと、いつものことなのだろう。

「き、気を取り直して、他のメンバーを教えるぜ」

「今度は、気付かれないようにな」

 アドが、小声で言うとネイドは大いに同意した。

「あそこにいるのが、シオン氏、写真家だそうだ」

「写真家か」

 写真が一般人に広がってから、自分が撮った写真を本にまとめるヒトも増えてきた。

自然、戦場、歴史的遺産など、撮る対象は様々だが、それらの写真は多くのヒトの心を打った。

「シオン氏は世界中を回って、動物の写真を撮っているそうだ」

「なるほどな」

動物を撮っているのなら、動物については詳しいだろう。実際に写真家の中には学者以上の知識を有している者も多いと聞く。

「で、あっちにいるのが、霊能力者のイシリア氏だ」

「霊能力者?」

 なんで、未確認生物の調査に霊能力者が?混乱するアドにネイドが説明する。

「聞いた話だけど、今回の調査では超常現象の観点からも調べるそうだ。ちなみにイシリア氏の向かいに座っているのは、超常現象研究家のムーア氏だ」

「大丈夫なのか?この調査?」

 アドの疑問にネイドは、楽しそうでいいんじゃないか?と言って笑った。


 他のメンバーについてもネイドに教えてもらっていると、ガチャと扉が開く音が聞こえた。

 全員の視線が扉に集まる。

「皆さん、お待たせしました。最後の一人が到着しました」

 ソフィアは、最後の一人を小屋に招き入れる。入ってきたのは、若い女性だった。

その姿を見て、アドは驚いた。

 ネイドは、そんなアドを見て、期待していた通りの反応が見ることができた、と楽しそうにしている。

 若い女性は緊張して、小屋を見渡していると、こちらと目が合った。

 女性は嬉しそうに笑い、こちらに駆け寄ってきた。

「お、お久しぶりです」

 彼女が、ペコリと頭を下げる。

「久しぶり!」

 ネイドは、アドにしたように、彼女の手を掴むとブンブンと上下に振った。

 ネイドにとっては、ただの挨拶のつもりだったのだろう。しかし、女性の顔は、耳まで真っ赤に染ってしまっている。

 ネイドが手を離しても、彼女は、放心状態で自分の手を見ていた。

「こいつとも、久しぶりだよね?覚えている?」

 ネイドが、そう言うと彼女は、はっとしたようにこちらを見た。

「あ、そ、そうですね。もちろん覚えています。お久しぶりです」

「お久しぶりです。怪我はもう大丈夫ですか?」

 女性は、明るく答える。

「はい、もう大丈夫です」

 その様子を見て、アドは安心した。

「それは、良かった。しかし、驚きました」

「あの時は、助けていただき、有難うございました」

 彼女は再び、ペコリと頭を下げた。


 彼女は、ドラゴンフェスタの時にネイドが助けた女性だ。

 見舞いに訪れた時、彼女はショックで言葉を喋れなくなっていたが、もう大丈夫らしい。

 アドは、ネイドと最初に以来、仕事を理由に彼女の見舞いには行っていない。

 ネイドを見る彼女の表情を見て、自分は邪魔だと判断したからだ。

「それでは、改めて自己紹介します。アド=カインド、ドラゴンベンチャーです」

 彼女は、ニコリと微笑んだ。


「ニーナ=カトレイナ、古生物学者です」


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