ドラゴンフェスタ1
「ふん♪ふん♪」
少女が、長い廊下を歩く。
その姿は、街中にいるような普通の少女にしか見えない。
ただ、その少女が普通と決定的に違っていたのは、その口が血で真っ赤に染まっていることだ。
「止まれ!」
警備員が少女に銃を向ける。
獣を狩るためではない。ヒトを撃つために作られた小型の銃だ。
しかも、相手は十人以上いる。
「……はぁ」
少女は、つまらなそうに溜息を吐くと、銃を持っている男の前に一瞬で現れた。
そして、そのまま男の喉を掻っ切る。
「がっ」
喉から血を流しながら、男は地面に倒れた。
他の警備員が少女に銃を向ける。しかし、すでに少女はいなかった。
「こっち♪こっち♪」
上から少女の声がした。警備員が驚き、視線を上に向ける。
少女は、まるで地面に立っているような自然さで、天井に逆さまに張り付いていた。
その手には、さっき警備員から奪った銃が握られている。
「あはっ♪」
少女は、無邪気に笑うと、警護員に銃弾を降らせる。
パン、パン、パン、パン、パン、パンと六発の銃弾は、正確に警備員の額に埋め込まれた。
「うわああああ」
警備員も応戦するが、天井いた少女は、今度は壁にいた。今度は、そちらに銃を向けるが、少女は床に立っている。
重力を無視した動きに警備員たちは、ただ翻弄される。
少女は弾切れになった銃を捨てると、別の警備員から銃を奪い、正確な射撃で警備員を確実に仕留めた。
一分にも満たない時間で、警備員は一人を除いて全滅した。
「あはっ♪」
「ひっ」
すでに戦意を喪失している警備員に少女は、ゆっくりと近づく。
警備員は逃げることも忘れ、ただ震える。
少女の手が警備員の肩を掴む。少女は警備員の首筋に鋭く尖った牙を突き立てた。
「あがががががががががが」
警備員はガクガクと痙攣すると、白目をむいた。
少女は警備員の首から牙を外すと、全身が紫色に変色した警備員を投げ捨てた。
「マズイ」
顔をしかめながら、少女は目的の場所に向かった。
『彼』は、その施設の奥のまた奥の四方を壁に囲われた部屋にいた。
手足を鎖でつながれているため、自由に歩くことができる距離も制限されている。
自由はなかった。
唯一の楽しみといえば、二本足で歩く怪物が持ってくる三日に一回の食事だけだ。
『彼』は生まれた時からここにいる。死ぬまでここにいる運命だった。
「や、やめ、ああああああ」
外から悲鳴が聞こえた。
その悲鳴は、『彼』をここに閉じ込めている二本足で歩く怪物の声だった。
『彼』は、生まれて初めて、怪物のそんな声を聴いた。
「ここ、開けて♪」
悲鳴とは別に、陽気な声が聞こえる。とても明るく、透き通る声だ。
「で、できな、がああああ」
再び悲鳴が聞こえた。先ほどよりも大きい。
「ここ、開けて♪」
悲鳴の後に、透き通る声で、さっきと同じ言葉が聞こえた。
「わ、分かった。分かったから、も、もう、やめて、くれ」
部屋の扉からガチャンと音がした。
ギィィィィィィと鈍い音を立て、扉はゆっくりと開いていく。
最初に見えたのは、二本足の怪物だった。真っ白な服を着た男。
「い、言う通りにした。だから、命だけは……」
次の瞬間、怪物が着ていた白い服は、あっという間に紅く染まった。
「がああ」
悲鳴を上げ、二本足の怪物が倒れる。
「あっ、いた!」
二本足の怪物がその場に倒れた後、入ってきたのは少女だった。
外見は二本足の怪物だ。だが、違う。匂いが全く違った。
明らかに別の生き物だ。
「やっと会えた♪」
二本足の怪物の姿をした少女は、嬉しそうに笑った。
『彼』は、少女に『お前は、何者だ?』という視線を向ける。
「私?私はね……」
少女は、再び笑う。
さっきよりも嬉しそうに、さっきよりも無邪気に、さっきよりも邪悪に。
「君の花嫁だよ♪」
「ドラゴンを排除せよ!ドラゴンは悪魔だ!」
「ドラゴンを排斥せよ!ドラゴンは魔物だ!」
白い装束に身を包んだ集団が、ドラゴンの絵に✕印を付けた旗を掲げながら、大声で道を歩く。
アドはその光景をじっと見ていた。
「よう、アド」
背後から声を掛けられる。
振り向くと、赤いドラゴンを連れた若者がいた。
「よう、ネイド」
気さくに声を掛けてきた若者にアドも気さくに返事をする。
彼の名はネイド。彼もドラゴンベンチャーだ。
「クロも元気か?」
「クー」
ネイドは、クロにも話し掛ける。クロも軽い返事を返す。
「お前も元気そうだな」
「まぁ、ぼちぼちだな」
ネイドは、頭をボリボリと掻きながら答える。
「メイも元気そうだな」
アドはネイドが連れている赤いドラゴンに目を向ける。
赤いドラゴンは、エリフドラゴンと言う。名前はメイ。
メイはプイっと、アドから視線を外した。
「はは、相変わらずだな」
「悪いな、無愛想な奴で。こら、メイ。ちゃんと返事しろよ!」
「……」
メイは、その場に伏せ、目を閉じてしまった。
「ごめんな」
「いいよ。気にしてない」
メイは、ネイド以外には誰にでもこういう態度だ。
「ドラゴンを排除せよ!ドラゴンは悪魔だ!」
「ドラゴンを排斥せよ!ドラゴンは魔物だ!」
白い集団から、また声が上がる。
「また、アイツらか」
ネイドがうんざりした表情で呟く。
ドラゴンリジェクター。
ドラゴンを危険なものとして、ヒトの生活から排除しようとする団体のことだ。
老若男女、様々なヒトで構成されており、世界中にメンバーがいる。
活動資金は主に寄付によって成り立っており、ドラゴンを嫌っているヒト。ドラゴンに大切な者を殺されてしまったヒトなどが、寄付している。
年々、行動が過激になってきており、世界の国々から危険視されている。
「まったく、もうすぐフェスタが開かれるっていうのに」
ネイドが、はぁと溜息を吐く。
「だからだろうな。ドラゴンの危険性を宣伝して、開催を中止させたいんだろ」
しかし、大した効果はないだろう。せいぜい嫌がらせレベルだ。
「お前も行くのか?フェスタ」
ネイドの問いにアドは頷く。
「ああ、行くつもりだ」
「そうか、俺も行く。一緒に行くか?」
少し考える。まあ、一緒に行って別に困ることもないだろう。
「そうだな。一緒に行こう」
ネイドが笑う。
「よし、決まりだな!楽しみにしてるぜ!」
「ああ」
「じゃあ、俺、これから仕事だから。またな!」
「ああ」
「メイ。行くぞ!」
ネイドが呼びかけると、メイはゆっくりと立ち上がる。アドとクロに手を振りながら、ネイドはメイを連れて去った。
「じゃあ、俺達も行くか」
「クー」
アドとクロも別の方向に歩き出した。白い集団の声がどんどん小さくなる。
ゾクリ。
アドが何か視線を感じて振り返った。
その視線の先には、白い集団がドラゴン排斥の声を上げている。
「クー?」
クロが心配そうにアドを見つめる。どうやら、クロは何も感じなかったようだ。
「何でもない」
優しい声でそう言うと、アドは歩き出した。
白い集団の中に紛れ込んでいた異質な存在は、唇の端を上げ、笑った。
ドラゴンフェスタ。
ギレ国で、年に一度開催されるこの祭りには、古今東西、大小様々なドラゴンが展示、販売される。ドラゴン好きには、たまらないイベントだ。
珍しいドラゴンを一目見るため、珍しいドラゴンを手に入れるため、世界中からヒトが集まり、一般庶民が、一生かけて稼ぐ額の金額が飛び交う。
ドラゴンリジェクターは、このイベントの中止を訴えており、イベントを行っているギレ国と度々衝突を起こしている。
大金、思想、様々な思案が渦巻き、ドラゴンフェスタは開催される。




