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100Gのドラゴン  作者: カエル
第二章
12/61

ファントムドラゴン4

 リンの父親が、道中でした話は、おおよそ本当のことだ。

 しかし、彼は、二つ嘘を付いた。

 ひとつは、ワニの密猟を憲兵に告発するということ。

 そして、もうひとつ。彼は誘われてワニの密猟を始めたのではない。ワニの密猟の話を村の一部のヒトに持ちかけたのは、他ならぬリンの父親本人だ。

 つまり、彼こそがワニの密輸組織を作った張本人であり、密輸組織のリーダーでだったのだ。

 全ては娘であるリンを救うため。それを邪魔するものは排除する。

 例え娘の命の恩人だとしても、生かしておくわけにはいかない。

 

 大切なものを守るためなら、なんでもする。

 それが、ヒトだ。


 リンの父親は、持っていた笛を吹く。

 すると、密輸グループの仲間達が彼の元に集まってきた。一人で、アドを殺すつもりだったが、念のために仲間を少し離れた場所に仲間を待機させていた。

「見付け次第、殺せ!絶対に逃がすな!」

 リンの父親の言葉に密輸グループの仲間達は、一斉に森に散らばる。

 今夜は月も出ておらず、森の中は深い闇に覆われている。そう遠くまで逃げることはできないはずだ。

(それにしても、さっきのは何だったんだ?)

 あの男を撃とうとした瞬間、上から聞こえた鳴き声。

 おそらく、ドラゴンのものだろうが、この辺りにあんな泣き声をするドラゴンはいない。

 あの声に気を取られなければ、取り逃がすこともなかった。

(待てよ?)

 そういえば、あの男は黒いドラゴンを連れていた。あのドラゴンか?

(いや、違うな)

 リンの父親は、即座に自分の考えを否定した。

 家を出る時のことを思い出す。あの黒いドラゴンは確かに庭で寝ていた。

 あの時の鳴き声は、きっと別の場所から迷い込んだドラゴンのものだろう。

(運のいい奴)

 リンの父親はわずかに唇を上げたが、すぐに表情を引き締め、自身も獲物を狩るために動いた。


(何とか逃げられたな)

 リンの父親の予想通りに、アドはそう遠くない草陰に隠れていた。

(さっきの笛は、おそらく仲間を呼ぶためのものだろうな)

 夜の森の中で、隠れたヒトを探すのは簡単ではないはずだ。しかし、大勢でしらみつぶしに探せば、いずれ見付かる。

 不意打ちで、銃と明かりを奪うのが一番いいが、それには相手を一撃で倒す必要がある。だが、アドを追っている連中は普段から漁やワニ狩りを行っている者達だ。腕力も相当強いだろう。

 失敗すれば、殺される。不意打ちはリスクが高い。

(やっぱり、作戦通り行くか)

 正直、この作戦も成功する確率は決して高くない。

 しかし、帰りを待ってくれる奴がいる。ここで死ぬわけにはいかない。


  森の中に銃声が響いた。

 リンの父親と密輸グループの仲間が反応して、音のした方に一斉に向かう。

(恐怖に耐えかねて、自ら飛び出したか?)

 確かに、隠れていてもいつか見付かる。しかし、時間は稼げる。

 飛び出してしまえば、あっという間に見付かってしまう。そんなことは誰でも分かる。

(馬鹿な選択をしたな)

 リンの父親は、ほくそ笑んだ。これで、邪魔者を排除できる。

 銃声は、何度も鳴り響いた。

 夜の森の中で、動く獲物を仕留めるのは中々難しい。しかも、相手は動物ではなくヒトだ。不規則な動きをされた場合、さらに難易度は上がる。

 しかし、明かりを持っている自分たちの方が相手よりも速く動ける。いずれ相手には追い付ける。密輸グループは誰しもが、そう確信していた。

 だが、その表情に徐々に焦りが見え始める。銃声を追っても、追っても、アドの姿が見えてこない。

 銃声を追う内に密輸グループは川まで来ていた。いつもワニを狩っている川だ。

「奴はどこだ?」

 全員で探すが、アドの姿はどこにも見えない。

(まさか、泳いで逃げた?)

 リンの父親は、川を見るが、何かが泳いでいる様子はない。

「銃を撃っていたのは、誰だ?」

 そいつなら、あの男がどこに行ったのか見ているはずだ。

 しかし、

「俺じゃない」

「俺も違うぞ」

 全員が銃を撃っていないと否定する。

(馬鹿な!それじゃあ、さっきの銃声は何だったんだ?)

 リンの父親が思案する。

 その時だ。突然、空から黒い塊が降ってきた。

「うわっ!」

 音もなく、空から現れた黒い塊は、密猟グループの一人に襲いかかる。

「くっ!」

 リンの父親が黒い塊に向かって、銃を構えた。黒い塊には一瞬早くそれに気が付くと、何かをくわえて飛び立った。

 黒い姿が闇にまぎれ、その姿を完全に消す。

(今のは、ドラゴンか?)

 黒いドラゴン。まさか、あの男のドラゴンか?

「ううっ」

 黒いドラゴンに襲われていた男が立ち上がる。 

「おい、大丈夫か?」

「ああっ、なんとか……、あっ!」

「銃がない!盗られた!」

 リンの父親は上空を見上げる。

 さっき、ドラゴンがくわえていったのは、銃だったのか。まんまと銃を奪われた。

 しかし、こちらには、まだ何丁も銃はある。一丁盗まれたところで……。

 パーン。

 いきなり、乾いた銃声が密輸グループの耳を襲った。同時に仲間の一人が頭から血を流し、その場に倒れた。

「狙撃だ!」 

 誰かが、叫んだ。

「まさか!」

 あの男が近くにいるのか?奪った銃で狙撃しているのか?

 銃声は、なおも二発、三発と連続して聞こえる。音は反響し、どこから聞こえるの分からない。

「明かりを消せ!狙い撃ちされるぞ!」

 リンの父親が仲間に向かって叫ぶ。このままでは、こちらが一方的に撃たれる。

 仲間達は慌てて、松明の火を消した。森は、完全な闇に包まれる。

 これで、向こうも撃てないはず……。

「キュウ、キュウ、キュウ」

「?」

「キュウ、キュウ、キュウ」

「何だ?この声は?」

 不気味な鳴き声が、夜の森に響く。

「キュウ、キュウ、キュウ」

 声は段々と大きくなっていく。密猟グループが皆、怯える。

「キュウ、キュウ、キュウ」

「上だ!上から聞こえる!」

 密猟グループの一人が叫ぶ。リンの父親も耳を澄ました。

 確かに鳴き声は上から聞こえてくる。

「うわああああ」

 混乱した仲間の一人が叫び、上に向かって発砲し始めた。それを切っ掛けに、皆が一斉に上に向かって撃ち始める。

 だか、何も見えない暗闇。遥か上空を飛ぶ目標に銃弾が当たる確率はゼロに等しかった。

「よせ、無駄だ!」

 リンの父親が静止したが、パニックになっている仲間達の耳に声は届かなかった。


 彼らの耳に届かなかったのは、リンの父親の声だけではない。

 銃声に混ざって、何かが川から上がってくる音に気が付かなかった。


「ぎゃあ!」

「ああああ!」

 あちこちで、悲鳴が聞こえた。

「何だ?どうした?」

 リンの父親は、仲間に声を掛ける。だが、暗闇にまだ目が慣れず、何も見えない。

「離せ!離せ!」

「助けてくれええええええ!」

 そうしている間にも、悲鳴はどんどん増える。

(狙撃の危険はあるが、仕方ない!)

 リンの父親は暗闇の中、松明に再び火を点けようとした。

「ぐあ!」

 左足に痛みが走った。ものすごい力が足を挟んでいる。

 『何か』が、左足に噛みついている!

(ドラゴンか?)

 彼は、足に噛みついている『何か』に銃を向けた。だが、『何か』はリンの父親の左足に噛みついたまま、首を激しく左右に振った。

 リンの父親が地面に倒される。その衝撃で銃を落としてしまった。

 手探りで銃を探すが、どこにもない。

「くそ!」

 噛まれていない方の左足で『何か』を蹴る。しかし『何か』は左足を全く離さない。

 ようやく暗闇に目が慣れてきた。リンの父親の目に徐々に『何か』の姿が現れていく。


 激しい怒りを目に宿らせたワニが左足に噛みついたまま、じっと自分を見ていた。


「ひっ!」

 リンの父親は、ここで初めて恐怖に襲われた。

 ワニは彼の右足に噛みついたまま、一回転した。リンの父親の体もその場で一回転する。

「ああああああ!」

 ワニは何度も回転する。一回転、二回転、三回転……。リンの父親もそれに合わせて強制的に回転させられた。

 ブチッと何かが千切れた音が体中に響くと、ワニは回転をやめた。

「あっ、あっあああああああ!」

 自分の右足が食い千切られたと理解するのに、時間は掛からなかった。

「ぐっく、くく、くそっ!」

 リンの父親は両腕と残った左足を使って、必死に這う。

「こんな、所で、死んで、たま……るか!」

 自分が死んだら、リンを救えない。絶対、絶対生き延びる。


 突然、体の動きが止まった。いくら這っても前に進めない。必死に両腕を動かしても、ビクともしない。

 それどころか、体はどんどん後ろに下がっていく。リンの父親は背後を振り向いた。

 ワニの鋭い牙が彼の左足をガッチリとくわえていた。

「あ、あああ、ああああ!」

 リンの父親の体が凄い力で後ろに引きずられて行く。

「離せえ、離せえええ」

 彼の願いをワニが聞き入れることはなかった。ザバンとワニの体が川に入る音がした。

「離せ、はなせ、はな……」

 冷たい川の中に体が引きずり込まれる。

 なぜ、ワニが?、ナゼ、こんなにたくさん?何故、このタイミングで?

 そんな考えが浮かんでは消えていく。

 最後に頭の中に浮かんだのは、幸せそうに笑う娘の笑顔だった。


 ワニは、その凶悪な見た目に反し、鳴き声で仲間とコミュニケーションをとるなど、高い社会性を持っている動物である。

 さらにワニは、ドラゴンを除けば、爬虫類の中で唯一子育てをする動物だ。

 卵を外敵から守り、卵から子供が孵化すれば、口にくわえて水辺まで運ぶ。

 もし、子供が助けを求めて鳴く声を聴けば、自分の子供であろうが、他者の子供であろうが、関係なく大挙して押し寄せる。


 川にいたワニ達も子供が助けを呼ぶ声を聴きつけ、陸に上がった。そこにいたのは、二本足の動物だった。

 子供達を危険な目に遭わせるのは、コイツらに違いない。そう思ったワニ達は、一斉に密猟グループに襲いかかった。


 大切なものを守るためなら、なんでもする。

 それは、ヒトでもワニでも変わらない。

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