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100Gのドラゴン  作者: カエル
第二章
11/61

ファントムドラゴン3

「アドさん、アドさん」

 アドが目を覚ますと、リンの父親が体を揺すっていた。

 窓から見える外の景色は闇に覆われている。どうやら、今はまだ深夜の様だ。

「どうしました?」

「実は、お話したいことがあります。付いて来てもらえますか?」

 リンの父親は声を潜めるように言う。

「……分かりました」

「ありがとうございます。それから、家内とリンは、まだ寝ています。起こさないようにしたいので、静かに来てもらえますか?」

「……はい」

 アドとリンの父親は、リンとリンの母親を起こさないように静かに外に出る。

「森に入ります」

「今からですか?この時間は危険です」

 夜の森の危険さを知っているアドは反対した。

「大丈夫ですよ。銃も持って行きますから」

 リンの父親は、急に声を落とした。

「それに、今の時間でないと誰かに見られるかもしれません」 

 アドは首を捻る。

「見られては、まずいのですか?」

「はい、実はお見せしたいものが森にあるのですが、それは村の中でも一部のヒトしか知りません」

「……分かりました」

 アドは首を縦に振る。

「ありがとうございます。詳しい説明は道中いたします」


 アドとリンの父親は松明を片手に森を進む。必要になるからとシャベルも渡された。リンの父親の肩には猟銃が担がれている。

「実は、村ではワニの密猟が行われていました」

「密猟……」

 昔、ワニの固い鱗は鞄などに加工され、高級品として高く取引されていた。

 それゆえに乱獲が起こり、ワニの個体数は、一時期絶滅が心配される程に激減した。国はワニの絶滅を防ぐため、ワニの鱗目的による捕獲を禁止した。

 これにより、ワニの個体数は徐々に回復しつつある。

 だが、裏ではワニは今だに取引されている。乱獲の規制もあって、値段は昔の数倍に跳ね上がっている。

「密猟を行っているのは、村のごく一部のヒトですが、多くのワニを殺しています」

 この村はワニを神と崇め、殺すのを禁止している。だが、それに不満を感じていた一部のヒトがワニの密猟を始めた。

「ワニを一匹売るだけで、三年は働かずに済む程の金が手に入ります。それにワニがいなくなれば、ワニが餌にしている魚も増えますし、漁ができる範囲も広がります。結果、獲れる魚の量はワニがいた時よりも何倍も増えました」

 まさに、一石二鳥というわけだ。密猟に手を出す者が出ても何ら不思議はない。

「しかし、ワニの数が急に減れば疑問に思う村人も出ます。そこで……」

「ドラゴンのせいにした」

 リンの父親は首を縦に振る。最初から、ワニを襲うドラゴンなどいなかったのだ。

「稚拙な思い付きでしたが、予想以上に皆信じました」

 ヒトは、たとえ疑問に思っていたとしても他のヒトが信じれば、自分も信じてしまう。

 薄々感づいている村人もいるだろう。しかし、その村人も獲れる魚が増え、収入が増えたことで黙認しているのかもしれない。

 アドはリンの父親に一つの質問をした。

「貴方はどうして、そこまで知っているのですか?」

 一瞬の静寂の後、リンの父親は口を開いた。

「私も密猟に加担していたからです」

 今度はアドが一瞬黙った。そして、ゆっくりと尋ねる。

「どうして、こんなこと?」

 リンの父親は、苦しそうな表情をした後、罪の告白を始めた。

「リンのためです」

「リンの?」

「あの子は病気なのです」

 アドは息を飲む。

 信じられなかった。元気いっぱいでとてもそんな風には見えない。

「リンの病気は、放っておけば死に至ります。治す方法はありません。ですが、薬で抑えることができます」

 ここまで聞いて、アドは全てを悟った。

「薬代を稼ぐためだったのですね」

 リンの父親は涙ぐんだ。

「薬はこの村では手に入りません。何時間もかけ都会に行き、やっと手に入りますが、高価で、とても漁で得られる収入では足りません」

「だから、密輸を?」

「金に困っている私の所に村のヒトが密猟の話をしてきました。迷いました。村で崇められているワニに手を出すなど、許されることではありません。でも、私は娘を選びました。その時、私は決意したのです。リンのためなら、どんな手段もとろうと。どんな悪事にも手を染めようと。それが親というものでしょう?」

「……」

 アドの脳裏に一瞬、両親の顔が浮かんだ。自分の両親も、もし自分がリンと同じ状況なら同じことをしただろうか?

「どうして、本当のことを?」

 リンの父親は涙をぬぐう。その顔は、決意に満ちた顔をしていた。

「娘はワニが減っているのを悲しんでいます。それを聞いて、自分は間違っていると思いました。もう終わらそうと思ったんです。これ以上、娘の悲しんでいる顔を見たくはないですから」

「でも、それではリンが……」

「娘は自分の病気のことを知っています。自分が死ぬことも覚悟しています」

「……」

「私も、そろそろ受け入れなければなりません」


 森の奥に進むと、とある場所で、リンの父親は止まった。

「ワニを狩った後は解体し、無駄な部分をここに埋めます。それを掘り返して、憲兵に渡します。そうすれば、村の罪が明らかになります」

「それでは、貴方もただでは済みませんよ?」

 密猟を告発したとはいえ、それに加担していたのだ。罪は軽減されるかもしれないが、無罪放免とはいかないだろう。

「覚悟の上です」

 リンの父親は笑顔で答えた。

 その笑顔を見て、それ以上アドは何も言わなかった。黙って、松明を地面に刺すと穴を掘り始めた。


 二人して、穴を掘り続けると何かに当たった感触がした。慎重に掘り進めると、それはワニの頭部の骨だった。さらに穴を掘り続けると、次々とワニの骨が出てきた。証拠としては十分な量だ。

「後は、これを憲兵に持っていけば……。ああ、しまった運ぶための袋か何かを持ってくればよかったですね」

 アドは、額に手を当てる。うかつだった。

 今から、リンの家に帰ってたら、朝になってしまう。リンにも気づかれるだろう。

 さて、どうしたものかと腕を組んでいると、リンの父親がアドの後ろに回り込んだ。

「そんなことを心配する必要はありませんよ」 

 アドに聞こえないように小声でつぶやく。そして、アドに向けて猟銃を向けた。


「私を撃つつもりですか?」


 アドがゆっくりと振り向く、その言葉にリンの父親は固まり、引き金を引くができなかった。

「どうして?」

 それだけ言うのが、精一杯だった。

「私は最初から、ワニの調査をするために、ここに来ました」


 アドがこの村のことを聞いたのは、あるドラゴンの生態を調査している時だった。

 手伝ってもらっていた現地のヒトが話していたのだ。

 そのヒトはもともと、漁で生計を立てていたらしいが最近は魚がめっきり捕れなくなったので、現地の道案内や動植物の研究に訪れるヒトの手伝いをすることで、収入を得ているという。

「最近、雨があまり降らなかったから、その影響で魚が減っているんですよ」

「そうですか」

 何とかして上げたい気持ちはあったが、さすがに雨を降らすことは出来ない。

「でも、ここから遠くにある村では魚が多く獲れてるらしいです。まったく、羨ましい」

 村と村の間にはキチンと境界が、定められており、量ができる範囲は決められている。もし、それを破れば最悪、村同士の争いになる。

 漁をする場所を一時的に借りることは可能だが、場所代を向こうの村に大量に納めなくてはならない。

「でも、俺にはそんな金ないんです」

 現地のヒトは自嘲気味に笑った。

「どうして、ここでは魚が獲れないのに、その村では獲れるのでしょうか?」

「ワニの数が減っているんで、今までで漁ができなかった場所でも量ができるようになったのが原因らしいです」

「ワニの数が減った……。理由は分かりますか?」

 現地のヒトは首を捻った後、何か思い出したかのように手を叩いた。

「あ、そういえば、ドラゴンのせいだと聞いた気がします」

 アドは目を見開く。

「ドラゴンのせい?」

「はい、なんでもドラゴンがワニを食いまくるせいで、ワニの数が減ってるらしいです」


 ワニがドラゴンを捕食する場面はいくつも目撃例がある。だが、ドラゴンがワニを捕食している場面はあまり、観察されたことがない。

 精々、卵や生まれたばかりの子供を食べるくらいだ。ドラゴンが大人のワニを捕食している場面は誰も見たことがない。

 もし、話が本当なら、ドラゴンの研究家として、調べないわけにはいかない。

 アドは現地のヒトに情報料として通常よりも多く料金を支払った。現地のヒトはアドに感謝し、何度もお礼を言った。


「同じ大きさのドラゴンとワニならワニの方が力が上です。もしもドラゴンがワニを捕食するなら少なくともワニの倍以上の大きさが必要となります。ワニが残した足跡等を見てみましたが、ここにいるワニは平均して全長五メートル前後です。とすれば、ドラゴンは十メートルを超える大きさが必要となります」

 だが、調べてもそんな巨大なドラゴンがいた形跡は全くなかった。糞どころか足跡すらない。それでも、ワニは確実に減っている。アドはある一つの仮説を立てた。

 この事件には、ヒトが関与している。


「このまま、調査をしていけば、ワニの死体を見付けられるかもしれないと焦った犯人が何らかの行動を起こすと考えました。でも、まさか貴方が関与しているとは思いませんでした」

「……調査をして、他に気付いたことはありますか?」

 森に静寂が訪れる。二人の緊張した空気とは裏腹に、綺麗な虫の鳴き声が辺りにを響く。

「ここに埋められているのが、ワニの死体だけではないということは分かりました」

 リンの父親の表情が青ざめる。だが、それも一瞬のことだった。

 すぐに、表情が変わる。

(殺す!)

 その表情は殺意に満ちていた。そこまで、知られたのなら、ますます生かして帰すことはできない。

 固まっていた体が動く。後は引き金を引くだけで全てが終わる。

 リンの父親が銃を撃とうとした時だった。

「グオオオオオオオ!」

 空から、この世のものとは思えない叫び声がした。

 リンの父親は驚き上を向く。その一瞬をアドは見逃さなかった。

 地面に指してあった松明を一本を抜くと、リンの父親めがけて投げた。

「!」

 リンの父親が熱さで一瞬怯む。その隙をついて、アドは駆け出した。

「くそ!」

 リンの父親は、慌てて銃を向けるが、もうそこには誰もいなかった。

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