ノット=ファウンド=プリンセス
むかしむかし、あるところに、ごまつぶほどにちいさな姫がありました。
よくよく注意して見れば、黒っぽい影くらいは見えます。
三重レンズのめがねをかければ、かがやくようにうつくしい姫だとわかります。
本のページはめくれませんでした。大きすぎるからです。
お城ではゆくえふめいになりました。広すぎるからです。
おふろでは何度もおぼれかけました。深すぎるからです。
姫はいつも、ふらっと「散歩」に出かけてしまい、とんでもないところでたすけをまっています。そのあとで、けらけらわらいながら、どんな大冒険だったかを王さまに話すのでした。
「今日は排水溝に流されちゃったの。大きな水の音が、ふしぎなひびきを立てていたわ」
そのうちに、ノット=ファウンド――「見つからないお姫さま」という通り名までついてしまいました。
王さまは、姫にちいさなお城をあたえました。
「おまえだけの城じゃ。好きにつかってよい。必要なものがあれば、えんりょなく言うのじゃぞ」
それは人形用のお城で、姫にはやっぱり大きすぎるものでした。それでも王さまは、巣づくりに夢中になってくれれば、姫もすこしは落ち着くかと思ったのです。
ところが、なにをしても同じでした。姫は朝がくるたびに、元気いっぱいに「散歩」にいってしまうのです。
そして、おりられなくなったり、出られなくなったりして、たすけをまっているのでした。
「物見塔にのぼったのよ。本当にすごい夕日だった! だれよりも高く、遠くが見えてね――」
姫が年ごろになるにつれて、王さまは心配になってきました。
――この子のむこになる男には、なによりも、この子を見つけられる目が必要じゃ。自分の力ではなにもできんこの子を、たすけてやるために。
たびかさなる姫の失踪と、結婚相手の問題を解決するために、王さまは「姫さがし」のおふれを出しました。
言ってみれば、それはかくれんぼです。いなくなった姫を見つけ出した男に、結婚を申し込む権利があたえられるのです。
うつくしい姫をひと目見ようと、おおぜいの男たちがやってきました。
「せめて米つぶくらいの大きさならば、わかるんだが」
「おれ、相手する自信ないや。ふみつぶしちゃったら大変だもの」
お城のあちこちをのぞきこんで、人々は首をかしげます。
「あんな連中には、たのまれたって姫はやらんわっ」
王さまはかんかんです。
「しかし、なんとしても姫には、いい相手を見つけてしあわせになってもらわにゃ」
やがて「見つからないお姫さま」のうわさは、国外にまで広がってゆきました。
ある朝、けらいがとんできて言いました。
「よいおしらせです。お姫さまに会うために、『世界一目のいい男』がやってきます」
「まことかっ」
王さまは期待のあまり、夜もねむれませんでした。
ひと月後、海をこえてアフリカからやってきたその男。
視力はおどろきの12.0。ちょっぴり発音のむずかしいその名は、かれの部族のことばで<タカのようにするどい目をもつ男>という意味だそうです。
<タカの目>は城内をざっと見回って、いともかんたんに姫を見つけ出しました。
そして目をぱちぱちさせて、
「姫、きれい。すごい、美人」
「わかってくれるか! おまえほど目のきく男ははじめてじゃ!」
王さまは大よろこびです。
「この際じゃ、国際結婚でもかまわんわい。のう、娘をどう思う? この子を一生しあわせにするとちかってくれるなら、わかいふたりをとめることはわしにもできんのじゃが」
「うれしい。でも、結婚、できない」
「なぜじゃ?」
「ふつうの目の人、わからない。でも、<タカの目>、わかっちゃう」
<タカの目>は泣いているような笑顔を見せて、
「お姫さま、うれしくない。見つかっても。<タカの目>、顔見える。わかる」
「お、おう、そうか。――なんじゃ、悪かったのう……」
<タカの目>はそのまま国にとどまり、「お姫さまをさがす係」の仕事をもらいました。
<タカの目>が姫を発見したことで、「姫さがし」には一応の決着がついたように見えました。それ以降、姫に会いにくる男はぱったりととだえました。
姫が「散歩」に出かけてしまうのは相変わらずでしたが、<タカの目>のおかげで、さがすのもいくぶん楽になりました。
しかし<タカの目>は言うのです。
「お姫さま、見つかる、つらい。<タカの目>、仕事、つらい」
「ごめんね」
姫の顔もしずみがちです。
「お姫さま、あやまる、いけない。<タカの目>、仕事、必要」
そんなある日のこと。
けらいが血相を変えてすっとんできました。
「王さま、となりの国の王子から、姫への結婚の申し込みが」
王さまはほとんど反射的にこたえました。
「ならん。あれは目を病んで、ほとんど見えんはずじゃ」
「それが、奇術としか思えないのですが――」
謁見をゆるされた隣国の王子は、杖もつかずにさっそうと歩いてきました。ぴたりと王さまの前で立ち止まり、うやうやしくおじぎをしました。
だれもが息をのみました。
「なんじゃ、どうなっておるのじゃ」
東洋の武術家は、心の目でものを見るといいます。
「なるほど、これが心眼使いか! はじめて見たぞ!」
王さまは顔をかがやかせましたが、そばにつかえていた<タカの目>が、そっと耳打ちしました。
「王子、肩の上。いる。お姫さま、おしえている。まわりのようす」
王さまが気づいたことに、姫も同時に気づいたようです。
王子の首のあたりから、ちいさな影がぴょこんととびおりて言いました。
「わたし、この人と結婚するわ。町に冒険に行って、出会ったのよ」
かつてないむちゃに、そば付きの女官たちがばたばたとひっくりかえりました。
「話にならんわい。よいか。おまえの夫にはなにをおいても、おまえを見つけ、たすける目が必要じゃ」
「わたしはこの人の、目になることができるわ」
姫はいっしょうけんめいに言いました。
「わたしならどこにでもついていけるし、わたしならいてもじゃまにはならないわ。わたしはなんにもできないけれど、この人をささえることができるわ」
「おまえは一国の姫じゃぞ!」
「そうよ、きれいな人形じゃないわ!」
にらみ合う親子の間に、<タカの目>がそっと口をはさみました。
「お姫さま、見つかる、いや。だから、見つけられない人、えらぶ?」
「ちがうわ、そんなわけない。わたしは、ただ――見つけてもらうばかりの自分がいやだっただけ」
「私からもお願いします」
王子が口をひらきました。
「彼女のかたる世界は目のさめるように鮮烈です。おそろしく大きく、広く、深く、そしてうつくしいのです」
「ああ、そうじゃろう、そうじゃろうよ。こんなにちいさいんじゃから、毎日が大冒険じゃ」
王さまは、姫が語った冒険譚を思い出してしまいました。
思わず出てきたなみだをこらえ、
「じゃがな、それを聞くのはおまえじゃなくてもかまわん。ほかにいくらでも、ふさわしい相手がおる」
ほかにいくらでもいる。ふさわしい相手がいる。
それは、たとえば、
――排水溝の中で、ふしぎにひびく水音を聞いた。
――物見塔にのぼって、だれよりも高く、遠く。
たとえば。
「お父さま。わたしの目にうつる世界がうつくしいとすれば、それはわたしがちいさいからじゃないわ」
姫はとんで、王子の肩にもどりました。
「この人のとなりにいられるからよ」
王さまは、ほうけたように立ちつくしました。
ふらりと歩み出し、三重レンズのめがねをかけて、そっと姫の顔をのぞきこみました。
そのとき、やっと理解したのです。
本当は、だれにもやりたくなかったこと。
本当は、どこにもいかないでほしかったこと。
けれど今、姫のてれわらいが、いつにもましてかがやいていること。
王さまはついにうなずき、にっこりと笑顔をかえしました。
姫と王子は晴れて結婚をゆるされ、いつまでもしあわせに暮らしました。
最後につけくわえれば、姫の「散歩」は、結婚してからはいくぶんおとなしくなりました。
「冒険はもういいの?」
王子が聞くと、
「さがしものをしてたのよ。でも、もう見つけちゃった」
王さまも<タカの目>も、天をあおぎました。
「必要なものは言えと言ったじゃろうが!」
「<タカの目>、仕事、なくす」
姫は「心配かけてごめんなさい」とうなだれて、
「でも、どんなに目がよくてもだめよ。だってそれは、わたしにしか見つけられないものだったから」
「見つけられないお姫さま」の通り名は、それきりすたれてしまったそうです。