#5 A BOTTLENECK
▼A BOTTLENECK▼
晶、要、結、水、が旅立ってから暫くすると、大きな地震が天界を襲った。
「何!?この大きな地震は……」
立っている事も困難な程の大地震。
「落ち着いて、近くの木にしがみつくのよ!」
と、無線で指図する晶。
ようやくその地震が止んだ時、大きな地割れが足下をすり抜けて行った。
「これが異変?」
「そう……どう言う訳か、日に何十回ともしれない程の地震にあっているの……」
とは、晶の言葉。しかし、水の翼に乗っているだけにその被害がない。
「おいっ!空中に居るだけ良いじゃないか!」
と、地面を歩いている要は、そんな空中にいる二人に一瞥を食らわす。
「だって、要と結まで乗せると、上手く飛べないんだもん!」
とは、水の言葉。全く何て言い草だろう。
「か弱い、晶先輩に何処にあるかもしれないような西の地までも歩かせる事なんて、出来ないでしょう!?」
と、道理が通っているだけに反諭が出来ないでいる要。
「ええいっ!!分かってるよ、そんな事くらい……」
ブツブツと文句はたれるものの、再び歩き出す。結はそんな二人の会話を温かく見守っていた。
「しかし、一体何処にあるんだ?ただ、西へ。って事だけど、見当が付かないぞ!」
もうすでに、要はくたびれていた。
「この天界は、卵型の球体で出来ているの。果てしもないこの地をただ漠然と西に……と言っても確かに見当も付かない事ね……さっき私達が居た所を中央と思っていただければ、少しは解かってもらえるかしら?」
「じゃあ、この方位磁石で西の地を歩み続ければ、その内辿り着くって言う寸法!?」
「そうね。でもごめんなさいね……視察しながら行かなければならない大任を引き受けてもらったものの、歩きだと本当に疲れるでしょう?」
労わりの言葉が晶の口からもれる。
「いや……それは良いんだけどさ……ただ、慣れないから……」
と、要は晶の言葉に困っている。
行けども行けども、ただ、緑成す大地だけじゃ、好い加減飽きてきたのである。
「この先に宿場町があるわ、そこで少し休んで行きましょう」
「本当!?飯食える!?」
もう腹ペコ!とでも訴えるかのような要のキラキラな視線が晶と、水を射抜く。
「まったく、食い意地ばかりなんだから〜!」
水は呆れてその宿場町へと、翼を走らせたのである。
「ここは、西の地の入りロの町。『デザートタウン』ここから西は砂漠へと続くため、一時の休息をするためにはかかせない場所」
晶は、宿を取りその説明をする。
「それじゃあ、次の宿場町は、砂漠の中になるってことか……」
「もちろんそうなるわね」
その話を聞いたとたん『どさり』と腰を下ろす要。
「大量の水を買い込まないと……」
「いえ……心配は無いわ。ミズチのウロコが、最低最小限の水分補給をしてくれるから」
「ほんとか?水!?」
「ええ、本当よ。ただし、要の要求通りにことが進むなんて思わないでよねぇ?」
舌を出しからかう水。
「生意気!!」
でも、少し気が楽になった要達は、僅かでもでもここで休憩を取ろうと布団をあつらった。
「私と水はこの部屋を借り受けたから、何か変わった事があったらすぐに呼ぶのですよ?」
「オレ達もこっちの部屋を借りたから、何かあったら呼んでくれ!」
二組に別れた一行は二つ目の太陽が沈んだ時には休む準備が整っていた。
「おいっ。結!」
「何?」
「お前、イビキかくか?」
突然何を言うのかと思いきや、くだらない質問であった。
「オレ、寝言が五月蝿いらしいんだ……眠れなかったら、どついて良いぞ!」
「……う、うん分かった」
そんなこと出来ないけど、結はそう言うと、明かりを消した二人は眠りに就いた。
『キーッ』
何処からともなく闇の中。ドアが開く音がした。
寝静まった二人はその事に気づかないで、イビキをかきながら眠り込んでいる。
そして、その事に安堵しているかのような足音を忍ばせたその者は、二人の上に黒い影を落としていた。
―よく眠っているようだ……今の内に―
と、腰から拳銃を引き抜きその眠り込んでいる二人に向かって銃ロを向ける。
『ズバーン、ズバーン』という大音響が辺りに響く。
その玉は確かに布団をぶち抜いていた。
「やったぞ!」
と思いきや、突然足を掴まれるその者。
「うわっ!!」
驚きの余り腰を抜かす。
「ふふふ、残念でした」
と、そのぶち抜かれた布団の下より這い出て来る要。
「ここに来る途中、オレ達のことを追って来る者のことに気付いてたんだよねぇ〜」
と、明かりを灯す。すると、既に起き上がっている結の姿が、灯された部屋の中央にあった。
「誰の差し金だい?」
と、結は問う。
「答えるもんか!」
その者はロを堅く閉ざした閉ざす。
「困ったねぇ〜」
そんな会話をしていると、戸ロに晶と水とが慌てふためいてやってきた。
「捕まえたのね!」
とは水の言葉。
「どういう魂胆ですか!?あっ、あなた…その紋章は……!!」
と、振り向いたその者の胸にある紋章を見つけた晶は、驚きの表情に変わった。
「ちっ!!」
唾を吐きかける勢いでその者が言うと、奥歯に仕込んでいた薬らしき物を噛み砕いたらしく、突然倒れ込んだ。
「こいつ、死にやがった……」
要は、その者を受け止めて、布団の上に寝転がす。
「晶先輩!この者のこと何か知っているんですか?」
「ええ、最近見かける謀反を企む者達が刻んでいる紋章です。それはちょうど、この天界を揺るがす大地震が起き始めた頃から出始めた輩……でもなぜ?私達を追い掛け始めたのでしょう?」
晶は訳がわからないと途方にくれている。
「訳なんて何でも良いんじゃない?確かにオレ達のこと狙っている。これを黙って見ている事なんて出来ない……この旅、一筋縄じゃ行かないってこった」
要はその者の死体を跪きながらながら見ている。これが死体。普通、そんな者を見た日には立っていられないと思っていたが、この世界では何とも感じられないから不思議だったりする。
「何にしても、貴方たちが無事でよかったわ」
晶は肩を撫で下ろすように答えた。
「用心してたからね」
結もその言葉に、答える。
「これから先どれだけ多くの者に付け狙われるか分からない。現に、この道中の間、多くの間者を目撃している。気を配らないと……」
要は、胸の奥に仕舞い込んでいた闘志を燃やしているかのようだ。
そんな折、店主がこの騒動に青白い表情でやって来た。
その最中気にして無いという風に装った四人は再び自分の部屋で休む事にしたのである。
明日からの旅。心は常に西の果て。同時に、いろんな試練が待っている事を考慮に入れ眠りに就く。
旅は未だ始まったばかりなのであるのだから。
その頃の、鎮と道は、ひたすら声を掛け合う事も無く『ミカエル』のいる南の地『朱雀』へと足を向けていた。
この二人も、『船』を使う事無く、徒歩での旅をしていた。
南に向かう道程は、サバンナのような草原を越えてその先の熱帯雨林へと入る前に、宿場町『トリッドタウン』で一時足を休めていた。
「お客さん。ここから先は、雨具が必要になりますよ」
とは、その旅館のオーナーの言葉であった。
この言葉に、素直に自らの荷物の中にそれらしい物が入っているかを確認する。すると、
中にはそこに行くためにあつらえられた雨具が入っていた。
「ああ、間に合っているよ」
と、鎮はその忠告をくれたオーナーに静かに言葉を返した。
「部屋、二つ用意してくれないかな?」
と、道は頼む。
「誠に申し訳ないのですが、お客さん。この時期、この地方に旅する方々で一杯で、部屋はお二人様に一つしかお貸しできないんです」
そのオーナーは答える。
「そこを何とかならないか?」
と、鎮が頼み込む。しかし、部屋は限られているのだ。
「何処へ行っても、その要求は通りませんよ。お客さん?」
仕方なく、一つの部置を借りる事となった。
部屋に入ると、木であしらわれたベッドが二つ並んでいた。
「子供じゃあるまいし……」
と、幼い頃同じ部屋で寝ていた事を思い出しながら、道は愚痴る。
痩せた身体は骨張っていて、しかも、銀色の髪の毛がよりその痩せた身体を引きたせるかのように、短く切りそろえられている。
「仕方ないだろう。空き部屋が無いって言うんだから!!」
その『うじうじ』と言っている兄をよそに、鎮は端にあるベッドの上に『バタリ』と寝っ転がった。布団から埃が舞い上がる。
「何だよ!掃除してんのか?ここは……」
さらに愚痴る道。
「ところで、気付いたか?」
「ああ……?オレ達の後を付かず離れず付け歩いてる輩のことか?」
「そうだ……」
「今の所は、何の危害も加える事は無さそうだけど……油断は出来ないな」
道はベッドの片隅に腰を掛けながら答える。
この天界の鎮の姿は、青い髪を後ろで一つに束ねた姿をしている。体格もよく、身長ニメーター以上もある巨人だ。
「そうだな……寝てる時も気を配るようにしなければ」
「朝までは長い。交代で見張るようにしよう」
「それが得策だな」
了承する鎮。
「ところで、あの地震……何の予兆無しであれだけの揺れをするなんてどう言う事だ?」
信じられがたい揺れ方。それも度々起こる。
「何かの前触れか?地表下で、悪魔が揺すり起こしているとか……?」
「あり得る。もう何千年前もの聖戦の時もこれに似た現象があった覚えがあるし」
鎮は、思い出すかのように答えた。
「何でこんなことが記憶にあるんだろうな?」
と、道が問いかける。
「知るかよ。あるんだから……しょうがないじゃないか……」
実の所、未だに信じられないでいる。
「要もこの地に来てたよな。オレ達の兄弟全員が大移動したんだぜ……やってられないよな」
顎の下に拳を作った手を付いて、道は考え込んむ。
「それを言うなら、親戚中だろ?」
確かにそうだ。宮下家の三人もこの天界に来ているのである。内二人は四大工レメンタルの守護天使だ。
「いちいち、酒落た事してくれるよな、神様は……」
「おい、そんな暴言を吐いて良いのかよ?」
ヤバイぞ、とでも言うかのように忠告する鎮だが、
「良いって。どうせオレ達一人一人の言動にまで、神は気を配っちゃいやしないんだから……」
と、背中を向けたまま片手で手の平を『ヒラヒラ』とひらつかせて言う道。
それをしょうがないなと言う風情で見守る鎮。
「しかし、久し振りだよな……兄貴とこんなふうに話しするなんざ……」
と、鎮は落ち着いた表情で語る。
「ん?……ああ、そうだな……」
そう言う表情は見えないにも、少しは気を許しているかのように頷く。
ふいに、後ろに倒れ込んで、天井を見上げるような体勢で道は言う。
「……中学三年生以来だよ。思い出したくはないんだけどな」
話はすでに地球での事にすり変わっていた。
「もう、オレと係わるのは嫌なんじゃ無かったのか?」
鎮は、半身を起こすような姿勢で道の事を目で追う。
「係わりたくは無いさ……碌な事がないからな…お前に係わると」
道はそのままの姿勢で答える。
「……」
「それより、光一とは仲直りしたのか?」
「……いや、してない」
「それじゃ、要も大変だな。宮下家に出入りする度に光一に皮肉を言われる事になるんだろうから……」
道は可哀相にとでもいう風にちょっと笑った。
「まあ、要は上手くかわすさ……なんたって、あんたの弟でもあるんだから……」
「まあ、あいつはオレに似て、立ち回りは良いからな、それに女運も良い」
そう言って笑う道。その姿をただ見つめる鎮。
「よく言うよ……『コロコロ』女変えてるあんたに、そう言われたら要も可哀想だぜ」
冗談半分で言ってみる。
「お前になんか分からない……」
それを冗談と取らない道はそう答える。冗談とは取れないのだ。
「……分かりたくないさ」
目蓋を閉じる鎮。
「でもこれだけはいつまでも変わらない……オレは、道を愛しているということは」
一瞬の沈黙。
「二度と言うな……今のは聞かなかった事にしてやる……」
そう言うと、道は布団をひっかぶりそのまま眠りに付いた。
鎮はただ、それを見届けていた。
「おーい!良い天気だぞー!起きろ〜!!」
とは、水の怒鳴り声。
時計を見ると、朝の六時であった。
しかし、お日様は一つ目の太隅の日の出でサンサンと照り出している。
「うーん、眠い。もう少し……うにゃ」
と、要はその気持ちの良い眠りから起きずに布団を握り直していた。
「あんた一人の事じゃないんだ!!起きろー!!」
ついにはその布団をひっぺ返した。
「……おはよう」
未だ、醒め切らない目を擦りながら、要は水達に挨拶をかわす。
「今日は、これから夕暮れまで歩き続けるんだから、気を引き締めなさいよ!」
と、歯磨きをしている要をしり目に、水は追い打ちをかける。
「おはよう、水!」
結が既に支度を終えた姿で、声をかける。
「さすがね、結くんは。要とは大違いね!」
誰かさんをノックアウトするつもりで掛けられた言葉に、『ムッ』とする要。
「さあ、出かけるわよ。旅館の主にはもうチェックアウト申し入れてきたから、急ぎましょう」
そう良いながらドアを開け部屋に入って来る晶。
「分かったよ!急ぎますよ!!」
と、要は最後の砦を崩されたかの勢いで急いだ。
「朝から、五度目だね……地震」
今さっきあった、余震を含めた地震を数えながら結は呟く。
「夜中、あの出来事が終わった後にも三度あったわ」
とは晶。
「この地震、シュークリームのクリームが、中から出ようとしてるんじゃないかな?」
要は問いかけた。
「ああ、学校で習った言葉そのまま使うなんて……要らし〜!!」
「知ってる?その皮と、クリームの間には魔界と言う空間がある事を?」
水が、その事に付け加えるかのように答える。
「それじゃあ、皮を突き破って悪魔が占領しに来てるんじゃ……」
「あり得る事ね。聖戦の折、同じ現象があったわ……もちろん今回も、その事を考慮に入れて皆行動している」
と晶は有りうる話を伝える。
「『ビッグバン』の勢いのために、この世界の秩序に狂いが見られるのも確かであるから、本当の事は判らないのだけれど……時に現れる野党が、悪魔一団である可能性もあるの。この地上のどこかに歪みが出来てしまった為にそこから入って来る事が可能になったのかもしれない……いろいろな線を当たりながら、今回の旅はあるの」
そう伝えると、水の上に乗っている晶は要達に無線で声をかける。
「あなたの、お兄さん達もこの事は知らせてあるの。もし歪みを見つけたら、直ちに塞がなければならないから……でもその力は、四大エレメンタルの者にしか与えられていないのは事実。いくら位が上である者であっても、その力は発揮されはしないのです。そんな所を見つけたら、直ちに教えて下さいね!」
「了解!……あ、でも昨日、地震があった時裂けた地面……あれは?」
と、結は思い出したかのように問いかけた。
「あれに関しては、既に胴査の手が入っているの……地震の方は、中央の施設団体が、コンピューターを使ってその探知をしているから心配ないの……ただ、それとは別に、元からあるもの。知られざる内に出来た歪みが今回の調査の対象ってわけ」
晶の言葉に、
「了解!」
と、結と要は頷いた。
一日四十八時間もの長い時間。只二人は歩き続けた。途中、水からウロコを貰い受けるため休息を取りながら……
今は夜更け。今日の所は宿場町に止まる事なく野営する羽目になった。
「一体何処まで続くんだよ、このお砂場は!」
頭を掻きむしりながら背後に倒れ込む要。
「うおー!!」
と夜空を仰ぎ見る。
「雲一つない澄み渡った空には二つに重なる月が出ていた。まるで月光欲を楽しんでいるかのような晶は、
「安心しなさい。後二日もすれば、『ウリエル』殿の支配地の入り口にはたどり着けますよ」
と気軽に言う。
「え?支配地って事は……」
結は顕から黒い布を被り問いかけた。
「きーっ!この先もっと遠くにあるって事だよー!!」
と、倒れ込んだ要はついには、腕を顔に乗せて言う。只の駄々っ子のようだ。
「なあ、オレ達天使なんだろ?翼使って『ヒュヒューッ』と飛んで行けない訳?」
晶の方に視練を送るように身体を捻る要。
「それでも良いかも知れませんが、今回は内密に行動しているのです。何処で敵に出くわすかも知れないのですから……それに、歪みを見つけながらの行動を起こしてもらわないと……」
と、躊躍いながらも答える晶。それは暫く辛抱して欲しいとの配慮でもある。
「はーい!わっかりました〜!!」
と、拗ねるように身を戻す要。再び空を見上げる。
すると、不思礪な感覚に気付き起き上がった。
「あれっ?星がない……!?」
そうだそう言えば、あの二つ量なった月はあるものの、星が見当たらないのだ。
「当然ですよ。宇宙はこの天界の周りにはないのですから……」
と、その疑問に答える晶。
「でもそれじゃ……なんで、太陽や、月はある訳?」
結も不思議に思い問い返す。
「太褐は、神の魂を模したもの。そして、月は、夜の神の魂を模したもの。これは常識です。覚えておきなさい?」
「ヘー。そうなんだ……」
水は感心したかのように、その言葉を聞いていた。
「じゃあさ、魔界ではどんな風に見えるんだろうな?」
要は問いかける。
「さあ……実際見に行った事がないから分かりませんが、一日中夜の世界だと言い伝えられています」
「へーっ!未知の世界か……神が支配していない世界なのかな?」
「いいえ。神はどの世界にも存在します。ただし干渉をする事はないと聞いております」
「見てるだけなのか……」
「そういうことですね」
四人はこの暗闇に浮かぶ、月を仰ぎ見て不思議な感覚を胸に抱いていた。
「さあ、明日もこの調子で移動します。ゆっくり休みましょう。特に要は休んでおきなさい。今日みたいに疲れを見せてると、置いて行きますよ?」
昼間の事があるから、改めて晶は言った。
「承知しましたよ。我がリーダー様!」
声掛けて、四人は身体を休めるように眠りについた。
今日は、昨日のように賊にあう事なく、じっくりと休息を取る事が出来た。
そして再び朝がやって来るのである。
それから三日三晩この旅の日々が続いた。
「あそこに見える有刺鉄線があるフェンスの向こうが『ウリエル』殿の支配下の地になります」
そう無線で、告げながら晶は指をさす。
「あそこって……?」
と、結が目をこらしながら前方を見ている。蜃気楼のようなユラユラした視界が印象的だ。
「ほら、ようく目をこらして見て御覧なさい。確かに見えるでしょう?」
とは言うものの、辺りは砂吹雪が舞い散っていて、目をこらしても上手く見つけられない。
暫くしてやっと、フェンスなるものがちらちらと見え始めてきた。
「今日は、あの近くに宿を取ります。朝には通行手形を持ってあのフェンスを越えて中に入リますよ。よく休んで下さいね?」
とは、水の背中に乗っている者が言う言葉じゃないよ……という表情の要。晶ちゃんってばなんて得なんだろう。
「そこからどのくらい歩くの?」
「そうですね、そこからは、翼を使って入りますから……一日で着きますよ」
「えっ?翼を使って良いの?」
「そうですよ。『ウリエル』殿の支配下はもう探索済みなのです。翼を使っても差し障りはありません」
「ヤッホーー!」
と、要は小躍りするかのように足をすすめる。
「お疲れ様でした。要。結」
水も珍しく、優しい言葉を掛けてくれた。
「長い道のりだったけど、何とかなるもんだな……でも、歪みは見つけられなかったぜ?」
「そうね。こうなると、南に向かった『ケルビム』殿や『セラフィム』殿の方かも知れませんね……」
「見落としはしなかった……よね?」
結が心配そうに訊いて来る。
「ああ、確かにオレ達が歩いてきた道程には、そんなものはなかった……」
「良いのです。心配はいりません……」
少し、言葉にうやむやさが残っているけれど晶は励ますつもりでそう言った。
「あと、小一日もすれば着きます。さあ、頑張って下さい」
晶はもう一声かけた。
「おい、待てよ!」
と、鎮が道に声をかける。
「この穴……変だとは思わないか?」
と、先に歩いている道は伺の事だとでもいうかのように、振り返ってその穴を覗き込んだ。
「……」
ここは密林。辺りは亜熱帯植物や蔓があちこち連なっている。
そして何処にでもあるようなその穴は、地下深くまで掘られていた。
「なんだろな?」
と、道がその穴に首を突っ込んだ時、辺り一面に鳥が『バサバサ』という音に『ギャーギャー』という叫び声をも上げながら辺りを飛び去った。
「そこまでだ!」
甲高い声が頭上から声が聴こえてきた。
「!?」
見上げると、黒装束の男たちが辺りを取り巻いていた。
「これがお前達の……?」
鎮はその男達が、異変に加担している者だと見切った。
「道!どうやらこれが魔界に繋がる穴だぜ!」
ついに見つけた。と、道も理解した時でこれを報告するために、手首に取り付けてあるレーダーのスイッチを入れようとした。が、『ズバンッ』と言う音が辺りに広がった。
「そうはさせないぜ!」
黒装束の中で一番格が高いだろう男が、そうはさせまいと拳銃をぶっぱなした。
「たった二人で、オレ達に逆らったらどう言う目にあうか、今、見せてやる!!」
崖から、辺りの岩壁を利用するように飛び跳ねて来る男達。それに、
「へっ!相手が悪かったって吠え面かかせてやる!!」
と、道が六枚の翼を広げ、舞い上がる。
腰にさしているビームサーベルのような剣の柄に念力を送ると、青色の炎を放ち剣となった。
「道の言う通りだぜ!ここは、オレ達を敵にした事を後悔するんだな!!」
と、同じく、四枚羽の鎮も翼を広げ、辺りの男達に銃ロを向けた。『カキーン』という音や、『パーン』と言う音が辺りを包み込む。
敵に背を向けないように立ち回る二人。
小一時間する頃には、半分以上もの黒装束の者違が辺り一面に血の雨を降らせていた。
「おい、鎮!未だいけそうか?」
「そっちこそ!」
「あったり前だろ!少し、銃の動きが遅い!!こっちの動きにあわせろ!」
と、道が忠告する。
「誰がなんだって!?そっちこそ息が乱れてるんじゃねえか!!」
全くどちらも憎まれ口を叩いている。
「ちっ!これ以上の犠牲は伴えない!ここは引け!!」
ついには、黒装束の者たちは崖上に退散して行った。
そこで落ち着いて、道はレーダーのスイッチを入れた。
「こちら、南の『朱雀』。『ミカエル』様の配下である『パワーズ』如何致しましたか?」
レーダーから応答の声が聞こえてきた。
「こちら、『セラフィム』南の地の、入り口付近に、歪みを見つけた。直ちに『ミカエル』殿に、封じてもらうように手配頂きたい!」
「了解致しました。直ちにお伝えします!!」
そう言うと、速やかに無線は切られた。
それから間もなくして『ミカエル』を従えた船が到着した。
「『セラフィム』殿『ケルビム」殿。よくぞ見つけ下さいました!」
オレンジ色の髪を、後ろで編みこんだこの未だ幼さを見せる少女が『ミカエル』だと知り、二人は驚きを隠せない表情で迎え入れた。
「この穴ですね?」
「この穴に入ろうとした時、黒装束の男達が襲って参りました。それにこの地下深くにまで繋がっているような穴はいかにも不自然です」
道が率直に言った。
「封じておきましょう」
そう言うと、辺りの光を取り込むかのように、手の平に集中する『ミカエル』。掌にできる、その光の玉は次第に増長し、みるみる人一人が入る事ができるくらいの大きさにまでにもなった。
その光を、穴に向けて発射する。すると辺りに拡散した光の渦が消えると、その穴は、跡形もなく消え失せたのである。
「これで、一安心です。ここまでの視察御苦労さまでした。これからいかが致しますか?このまま一度、『朱雀』の地に赴いていただければ良いのですが……」
『ミカエル』のその心遣いは嬉しかったが、
「未だ任務が遂行し切れてれておりません。あなたの支配領までは、このまま旅を続けます」
その言葉に、残念そうな表情を見せる『ミカエル』。
「分かりました。この事は、中央の方に報告しておきます。これからの道程も、御気を付け下さい」
と告げると、『ミカエル』を乗せた船は去って行った。
「気付いてるとは思うが……歪みは、この地だけではないだろうな……」
考える所があるかのように道が言う。
「もちろんだ。あいつらの行動……ここだけだったら、ああも簡単に引いたりはしてないはず……」
「あと半日したら、『ミカエル』搬の支配地に入る。それまで気を抜くなよな!」
「ああ……」
言葉を交し合うと、再び歩をすすめる道と鎮であった。
「やあっと、着いた!!」
宿をとった要はその疲れを落とそうと、この西の地ゆかりの温泉に入っていた。
砂地ばかりなのに温泉が在るとはいかにも奇紗なのではあるが、熱砂で湧くお湯があるそうだ。
「ここんとこ、砂まみれだったから気持ちが良いね」
と、結が心の底から晴れやかに喜んでいた。
隣で、「キャーキャー」と、騒いでる水の声が響いて来る。ここは露天風呂の様式で、覗こうと思えばいつでも覗けたりもする。
「五月蝿いな〜水の奴……」
「『ミズチ』がお湯に入ったから……」
なるほど、という感じで思い思い浮かべてみた。
「出てきたらどうなってるか、楽しみだな?」
「あはは……」
呆れた笑いの結。要のちょっと意地悪な発言に苦笑いしてしまった。
「そう言えば晶ちゃんが、要のお兄さん達、歪みを見付けたらしいって言ってたよね……」
「そうらしい。中央本郎に連絡があったって……これで一件落着じゃないか?」
「……でも、地震は相変わらず続いている」
「……そういえばそうだな」
要は、湯に漫かりながら結の言葉に耳を傾ける。
「歪みは、一所だけじゃないんじゃないかな?」
「あり得る話だ……実際、西と、南しか探索していないじゃないか?もしかしたら北や、東にあるのかもしれない」
「そう、ボクも考えていた。きっと、捜してはいるんだろうけれど、分からないように?自然な形として。上手く歪みは作られてるのかもしれない」
結は考えていた。
―晶ちゃんは、ああ言っていたけど……―
「まあ、オレ達の任務は取りあえず終了したんだから、明日から少しは楽になるよな」
一段落を付けれたぞと要はホッとしているようだった。
「う……うん」
と、気になる事が頭を過ぎる結には、要程、楽観できないでいる。
暫くすると、要の鼻歌が聞こえてきた。安心し切っているようだ。
「はあ……」
と息をつき、湯に浸かる結。
それは、未だもう一つの太陽が沈み切らない夕方のことであった。
夕日がロビーの窓から入って来る。要は、その風景を眺めていた。そしてこれから自分違が向かう西の方を見る。
フェンスの上に巻かれた有刺鉄線。それがこの場からも伺える。
「なあ、何であんなに厳重な事してるんだ?『ウリエル』の支配領なんだろう?」
「ええ、そうよ。全ての管理がなされてるの……あの場には、『ウリエル』殿の結界が有るのよ」
「だったら、フェンスなんて必要無いじゃないか?」
「脱走する罪人がいると困るから、念のためにね……」
「脱走?」
その話を聞いていた結がロを挟んできた。何だかとんでもない所だと思った。
「『ウリエル』殿の使命の一つ。罪人となる天使にかせられた罰をも取り締まる『白虎』の地。この中に入るのは、そう言う者達が多くを占めているの……」
と、晶は話す。
「流浪の地って訳か……」
「そうね。だから、身分を証明するものが必要なの。今回の私達のように、使命でこの地に訪れるためには……」
そして用意しておいた明日必要になるパスポートを見せる晶。
「へ?こんなものが必要になるとはね〜」
と、自分のパスポートを取り出しそれを眺める要。
そこには『ルシフェル』という自分の名前が天使文宇で刻まれ、免許証のようなものが挟まっていた。
「おいっ、この十九歳ってのは何だよ?オレこんなに歳取っていたっけ?」
「あなたが眠り着いている間の年も換算されてるのよ。気に入らない?」
「いや、気に入らないって言うか……何かしっくり来ないからさ……」
と、咳く。
「ボクは二十二歳だ。変なの……」
結もその歳を見ながら答える。
「ねえ、私は?」
と、水が訊いて来る。
「はい。これ」
と、パスポートを渡す晶。
「私は、十五……要より年下〜?」
と、ちょっと気に入らないかのような水。
「しかも、両性具有ってどう言う事よ〜!?」
そのパスポートに八つ当たりするかのように『ぽいっ』と投げ捨てる。
「水は、『ミズチ』で、生まれた環境とかが違うし、種族的にも龍族だから、要違とは違うのよ」
と晶が言う。
「なんだ……特別なんだ!」
投げ捨てたはずのそのパスポートを取り上げ再び眺める。まったく気まぐれな奴。
「さあ、今日はこのくらいで休みましょう……少し早いけれど、今までの体力を回復するためにもそれが一番良いわ?」
晶は、明日の事も考えてそう切り出していた。
「ほーい。そうしますか?」
と、要もあくびを繰り返していたのでその意見に質成する。
「それじゃ、失礼するわね」
要達を後にする晶と水。
未だ、西の空には太陽の光が宿っていた頃であった。
次の日、
「なあ、さっきから気になってたんだけど……あの竜巻音は何だ?」
と要は、翼を使って飛び続けながら晶に訊く。
「あの竜巻は、西の『白虎』の地と、東の『青龍』の地の力がぶつかたために起こる竜巻き。この天界は、中央の地から考えて、東西南北を決めているの。
だから、東と、西が隣り合わせになる。ただし、北と南は上下の区別をつける為に、離れて存在しているわけ」
「『白虎』の地が土。『青龍』の地が風を支配する二人が隣り合わせになるために起こる竜巻って訳なんだ」
と、結が納得する。
「御名答!ちなみに、『玄武』の地は水を。『朱雀』の地は火を司るそのために相容れないの……だから、中央から北と南は、隣り合わせに出来なかったのよ」
「なるほどね」
「じゃあ、あの地上で起こっている、砂地獄の様な物は?」
結が指を差して問う。
「あれが、罪人を……堕天使を、魔界に送るための蟻地獄のような『門』として有名な『地獄門』に当たるの……」
と晶は答える。
「堕天使になったら……って、どう言う者があの門を潜る訳?」
要はオッカなさ気に問う。
「第一級犯罪や永久犯罪を犯した、天使ね」
「第一級犯罪?」
「神にあだなしたとされる天使。法的には七つの大罪がそれだとされているわ」
「七つの大罪……なんだそりゃ?」
要は問う。
「莫迦ね〜!?それくらい知っていなさいよね!」
「じゃーお前は知ってんのかよ!」
「し……知ってるわよ。えっと、怠惰、強欲、肉欲……えっと……」
「はいはい、分かりました。結局解からないんじゃん!!」
「あはは……まあ、七つの欲求の意味よ」
その二人のやり取りを見ながら、
「二人とも、もっと勉強を積みなさいね」
そして七つ全てを晶は唱える。
「微慢、憤怒、嫉妬、怠惰、淫欲、貪欲、暴食ですよ」
「そっか、七つの大罪とはそう言う物なのか……」
と、やっと意味が解かった二人と、一匹。
「そんな事で堕天使にされたら、こちらだって困るよな……」
「身に覚えでも有るの?」
「有るでしょう?人間生きてりゃ、嫉妬くらいするもんね。怠惰にもなるし……」
そんな事を言う要は、確かにそれに近い。
「……少し、考えを改める事ね……」
と、呆れながら晶は要に対して答える。
「は〜い……」
その言葉にしゅんと落ち込む要。
「あれ?今、人影を見たんだけど……」
と、目をこらして結が問う。辺り一面砂嵐の中に人影を……
「ああ、あれは、下級的な種族の霊よ」
「霊?」
「そう。魔界に送られた天使の亡霊だったりする例もあるそうよ」
「何だか……哀れだね」
少し気がめいる。
「一種の危険地帯。歩く事なんて出来ないでしょ?」
「おっしゃる通りですよ。その上、竜巻をも上手く横切らなきゃならないなんて本当に、厄介だ……」
この地に入ってから、危険が一杯で、気を引き締めてないと、今にもそれにぶち当たりそうである。翼も上手く操るのに時聞が掛っていたものの、これじゃ……と、要と結は根をあげそうだった。
「もうすぐですよ。頑張って!」
そう励ます晶には、小一時間そこらで辿り着く『ウリエル』の住む居城が目に入っていた。
そこはオアシスのような、澄んだ景色を従えた、高い塔であった。
「よく御無事でいらっしゃいました、お待ち致しておりましたよ」
と、塔の最上階にいた『ウリエル』はわざわざこの三人と、一匹を出迎えるために最下層まで下りてきていた。
「お迎え痛み入ります」
礼をしながら晶は進み出た。
「これは、結くん久しぶりですね」
と、結の姿を見かけて声を掛ける『ウリエル』
「せっかく、地球での暮らしに慣れてきたと言うのに、お呼び立てしてしまい申し訳ありません」
非礼を詫びていた。
「いえ。あの地から救い出してくれた上に、晶ちゃんの体までもらっておきながら礼などされてしまっては申し訳が立ちません」
と、結は言葉を返す。
「結、あれは、既に決まっていた事なの……だから気に止む事はないのよ」
もう終わった事だと晶が答えた。
「ところで、一つの歪みが見つかったと聞きました。が、あとはやはり……」
と、話を戻す『ウリエル』。最上階までガラス張りのエレベーターを使って上りながら話は進められた。
「ええ。やはり、事は急を要するようです。決心はして預けましたでしょうか?」
晶は『ウリエル』に二人だけの話を持ちかけていた。要達には判らない話だった。
「仕方がありません……覚悟は出来ております……ただ、本当に宜しいんでしょうか?」
「はい。構いません。お気を遣って頂いて申し訳がないのはむしろ、こちらです」
昌は覚悟したかのように顔をあげた。
その横顔には、揺るぎ無いものが宿っていた。
「最善の処置はこちらが致します。あと、『ミカエル』殿の元に『ケルビム』殿、『セラフィム』殿が到着され、今こちらに船で向かっております。小二時間もすれば到着なさる事でしょう……やはり彼等も?」
「ええ、そうです」
この二人の会話が何を意味するか分からない、二人と一匹は、ただ静かにこの話に耳を傾けていた。
「それまで、私の部屋で休息なさって下さい……」
「何から何まで本当にありがとうございます『ウリエル』殿」
直に最上階に着く。
『ビーッ』という音がして扉が開いた。そこには長い通路が目の前に続いていた。
その通路を真直ぐに歩いて行く。すると、『ウリエル』の部屋に到着した。
『ウリエル』の部屋は、丸いドームのようになっていて見渡す限りガラス張りになっている。
「ここでお待ち下さい。私は、二人の到着を待ちに、下の階に行っております」
そう言うと、再び下層へと足を運ぶ『ウリエル』。
暫くの間、誰一人として声を出す者はいなかったが、『ゴーッ』という地響きを立ててやってきた船が到着した時、要が声を掛けてきた。
「さっき、晶ちゃん何の話をしていたの?」
その言葉に深刻そうな表情で、
「……その内分かるわ……」
とだけ答え、再び沈黙は訪れる。
一人、結は静かに、晶の横顔を見ていた。
「『セラフィム』殿、『ケルビム』殿、お待ちしておりました。歪みの発見誠に大儀でございましたね」
と、晶は話しかける。
「いえ、発見できて良かったですよ。本当に……西の方では見かけられなかったらしいですね」
残念な事にと道は言う。
「ええ。見落としはなかったと思うのですが……何しろ、歪みはそう容易く見つけられる物ではないようですから……」
晶は残念そうに答える。
「ところで、本当に実行されるそうですね?」
「ええ。覚悟していただけに、もう迷いは失せました」
晶はしっかり面を上げていた。
「では身体も休まったことですし、『ウリエル』殿……」
と、振り返り、晶は後を続ける。
「分かりました」
と、『ウリエル』はガラス張りのその部屋の中央に有る台の上のボタンを押す。すると、外に向かって一本の光が放たれた。
「晶ちゃん?」
「ごめんなさい。三人にはお世話になったわね」
その言葉に、何を言っているのか分からない表情で、
「どういうこと?」
結は問う。
「私は、これから魔界に行くの……魔界からこの地にある歪みを捜して報告する役目を担った訳なの…」
「そんなの聞いてないよ!!」
と、水が一歩前に進み出る。何故私達に話してくれなかったのか?
「自ら堕天使の絡印を押される訳?」
「そうよ。それが私に架せられた使命」
要達は言葉を失った。
道中、魔界について訊いた事を思い出した。まさか、晶がその事を承知で、
魔界の話をしてくれていたなんて思いもしなかったのである。
「一週間ですよ。私の力が及ぶのは。それまでに、全ての歪みの在り処を調べて下さい……そうでなければ、もうこの天界に戻る事は出きませんから……」
「ええ」
と、晶が答えると、
「その役、オレも引き受ける!」
こんなのあってたまるものかと要が『ウリエル』に詰め掛けた。
「何を言っているんです!」
「私も!」
「ボクも!」
そして、結、水もその事に賛成するかのように腰を上げた。
「あなた違!?」
「だって、一週間だろう?だったら、一人でも多くの者が入って、調べた方が良いじゃん?その方が早く済むってもんだよ?違う?」
と、鼻頭を指で擦りながら要は答える。
「そうよね……晶先輩だけがそんな任務を受けるなんて、おかしいわ!」
「仲間でしょボク達!?」
次々と、言葉を浴びせる二人と一匹。
「やれやれ、ここで、オレ達も腰を上げなきゃ男じゃないよな?」
と、道が言う。
「子供ばっかりの旅より。オレ達がいた方が、役に立つってものだ……」
と、鎮も賛同する。
「『セラフィム』殿、『ケルビム』殿……」
「それでは、皆さん……魔界に行かれると言われるのですか!?」
とは『ウリエル』。少し気が楽になっているのか、言葉が弾んでいる気もする。
「当ったり前でしょうが?」
と、要が言い放つ。同意するがごとく頷く四人と一匹。
「良いのですか?もし見つけられなければ、一生魔界の住人。堕天使として生きて行かなければなりませんよ……もちろん、地球に戻る事も出来ないのです」
「そんなこと、やってみなきゃ分からないよ。それに……魔界に行ってみたいし」
と、安直な考えに捕らわれ、答える要。
その様子に呆れてはいるものの、心遣いを分かっている晶は、
「わかったわ……『ウリエル』殿、この者達の探査レーダーを下さい。お願いします」
「分かりました。こちらです」
と、人数分をホログラムから培養する。それは、カフスのような形をしていた。
「耳にあてがって下さい。特殊な探知機です。このボタンを押すと、この地に有るレーダー機が探知し、歪みを探し当てます」
言いながらボタンを押す。すると、天界を模した球体のレーダー探知装置が光り始めた。
「なるほど、ちょうど裏側にあるその場所が見つけられる仕掛けか……」
鎮が感心して声を出す。
「あちらの地に行くと、この手形が必要になります。それも今、御用意致しますのでお待ち下さい」
それは、堕天使としての焔印を意味する手形であった。
ウリエルは、一人一人の手形を採って、各々に渡す。
「これが手形……?」
と、『まじまじ』と見る要。
「これは独自の調査でもあります。決して他に漏れないようにお願い致しますよ『ウリエル』殿!」
「もちろん承知しておりますよ」
「と、言う事は……他の四大天使にも秘密な訳?」
と、水が言う。
「もちろんです。調査とは行っても、堕天するのですから……水?あなたのお姉様や、お兄様には秘密になります……それに正式な、あなたの使命は『ガブリエル』殿の地『玄武』を守護する事。それでも良いのですか?今なら間に合いますよ?」
と、晶は念を押す。
「私の使命は、晶先輩を守る事」
以上ですと、目蓋を閉じ、水は決心をするかのように呟いた。
それを『是』として引き受ける晶。
「分かったわ……それでは、魔界での私違の名前を一度復唱しておきます」
「私、(晶)『トロンズ』はアスタルテ」
「オレ、(要)『ルシフェル』はルシファー」
「ボク、(結)『トロンズ』は、アスタロト」
「私、(水)『ミズチ』は、トゥナ」
「オレ、(道)『セラフィム』は、リヴィアタン」
「オレ、(鎮)『ケルビム』はアスモデウス」
以上の復唱を終える。一変した名前。覚えるのに苦労する。
「それじゃあ、気を付けて……必ず戻って来る事をお祈り致します……」
ウリエルはそう残すと、光の道に五人と一匹を導いた。その先には蟻地獄の砂漢が眼前に広がっていた。そして、砂漠をこえる時に見た精霊の姿も。
「私が行けるのはここまでです」
と言い残し、『ウリエル』は退く。
「後の事は頼みました……」
アスタルテは答える。
「……承知致しました」
『ウリエル』の姿は遠ざかる。
蟻地獄の中は、熱く身体が溶けそうであった。
「く……苦しい……」
ルシファーが呻く。
「う、五月蝿い!我慢しろ!」
アスモデウスが叫ぶ。
「意識が……」
遠くなってゆく意職にアスタロトが眩く。
そして、轟音が鳴り響く中、彼等の姿は、砂漢の中に消え失せて行ったのである。
それと同時に、光の壁は消え去った。この先に何が起こるのか分からない事を暗示するかのように……




