#3METENMPSCHOSIS
▼METENMPSCHOSIS▼
この一週間は怒濤のように過ぎ去っていった。
劇の練習も然り、衣装合わせや、演出用のライティングや、音合わせなど。ステージとなる体育館の舞台でも練習をしてきた。
相変わらず、水の突っ込みをかわしながらの大変な一日一日であった。
「大分、見れるものになったじゃない!?」
と最後には、水の言葉も和らいでいた。
「こっぴどく指摘してくれたもんな……」
「当たり前でしょ!あんたの演技次第で、私の見栄えも変わるんだから!」
とは、いかにも水らしい返答である。
「しかし、よく間に合ったものよね……」
確かに、本当によく間に合ったものだ。皆の力あっての、この学留発表会である事が今にして頷ける気がする。
「後は当日を残すのみ〜!」
「オレ達の出番って何時だっけ?」
持ち時間二時間。四年生以上が対象のこの劇は、学年三クラスを選出して行われる。
時に、二日にも渡る期間を持った、派手な見せ物としては、この学校の名物なのである。
要は、手許の薄っぺらいパンフレットを見ながら、
「土曜の十時からか……今年は他校の学生も訪問する程派手なものになる事、請け合い無しだよな?」
とは、要の言葉。
「だからこそ、力も入るってもんじゃない!」
水の気合いは十分であった。
そこに最後のリハーサルのための舞台貸しが始まった。
「それじゃ、頭張ろうぜ!」
「せいぜい、足を引っ張らないように!」
そうして、各所に別れる。
このリハーサルも、無事終わった。
あとは当日。明日十時に始まる開演を心待ちにするのみであった。
「それでは、四年一組の演目『ロミオとジュリエット』です」
当日、各学年及び、保護者や、他校の生徒の見守る中劇の幕は上った。
モンタギュー家とキャピュレット家の悲恋物。
時に、ティボルトと、ロミオの一騎討ちに嘆くジュリエット。ここまで上手く事を進めてきていた。
―要も水も上手くやってる―
と、照明を浴びている二人を遠目で見ている結。
六年生は二日目の月曜日に演目のスケジュールが組まれていた。
しかし、結のいるクラスは、その劇の代表として名前は上がっていなかった。実の所、六年生のクラスの中でこの結のいるクラスも候補に上がっていた。結の人気がそうさせていたのでは有るが、何と言っても病気を持っていた結に劇をさせる事は負担になってしまうのではないか?との配慮のため、保留にされてしまったのである。
今日になっては、その心配もないのではあるが……劇に出ないクラスの者達は、火曜日からの各学科の特別研究発表会が催される事になっている。
そういう結は、地元の歴史資料の発表をする手はずになっていた。
その前に、この劇を見るため、一時席を離れたのである。
―いよいよクライマックスだ…―
何度か練習に付き合っていた結は、そのクライマックスをどんなふうにこなすかを楽しみに見物していた。
薬を飲むジュリエット。そして、そのジュリエットの死に悲嘆にくれて抱き寄せるロミオ。
スポットライトを浴びてその姿が浮き出されていた。
そして剣を引き抜くロミオ。
観客の目はその二人の姿に見入っていた。
静かに見守る観客。
そしてロミオの死。
時間が経ち。息を吹き返したジュリエットは、抱きかかえられたまま死んでいるロミオの姿に落胆し、自らの命を断つ。
悲しい音楽。そして幕は閉じられた。観客からの歓声が上がる。劇は程なく終幕した。
アンコールに答えて出て来る一同。
今回の配役の紹介。
要に水。そして今回の脇役に、演出した者の名前が上げられていた。
一礼してゆく一同。
拍手の嵐が、観客席から沸き起こる。
―無事、終わったね―
と思い、結が席を立とうとした瞬闇だった。
まばゆい光が結の元に降りて来た。
それだけではない。要、水の立っている場所にも降りてきたのである。
しかし、誰一人としてその光景を不思議に思った者はいないようで……
「『時の狭間の者達よ』今こそ転生の時が来た。魂よ我が元に集え!」
そう言った声が耳もとに確かに響いた。晶はステージ上の要と、水を振り返る。すると、要と水もこちらを見ていた。
「結!」
「晶先輩!」
二人の声が聴こえる。
しかしその言葉は辺りには聴こえていないらしい。
「要!水!」
三人は、暖かな光を感じながら、天空へと魂を解き放った。そして、光は細く消え失せたのである。
それからが大変であった。突然倒れ込むステージ上の要、と水。そして、席を立ち上がった晶の三人が突如倒れこんだからである。
動揺するクラスメイト。そして観客達。
三人が三様、それぞれ息をしていなかったのであるのだから……
光の渦が、要達三人を取り囲むようにして天界に導かれるよう浮き上がって間もなくであった。
その光の渦の中、無数の泡を見た。それは、シャボン玉のような泡に見えた。
「晶先輩!」
その泡の中から水が呼び掛ける声がまるで、霧の掛ったような声として響いて来る。
「これは?」
問いかける要。
「分からない……」
何時の間にか、結はこの状況下、魂として浮上しているためか、自分が自分本来の姿をしている事に気が付いた。
「結!」
遠くで自分を呼ぶ声。その声には聞き覚えがあった。
「晶ちゃん!?」
その姿が自分達を導くように眼前に立ちはだかっている。
「あれ?あそこにいるのは……」
要は、自分達と同じように泡に包まれた人影を見た。
「鎮兄ちゃん!それに道兄ちゃん!?」
要はその姿を見て驚く。
また同じように、水の声が響く。
「四季姉ちゃん!光一兄!?」
『フワフワ』と巻き上がるこの泡。
しかしそれは、ただ一点に向かって流れているようであった。そして、流れ込んだ先。大きな翼を持った晶のロにその泡が全て流れ込んだ時、目が眩む程の光でこの場にいる七人は、気絶した。
次に目を醒ますまで、どれだけの時闇を用したかはしれない。
そして目覚めた。
そこは、宮殿のような大理石を伴った階段を目の前にして、結は静かに起き上がったのである。
「要?水?」
まだぼやける視界の中、目を配った。
すると、すぐ側でうつ伏せに寝転がっている要と水の姿が視界に入ってきた。
揺すり起こそうと身体を持ち上げようとする結。
「起きて!要!水!」
二人の肩を同時に揺り動かしてみる。すると、
「う〜ん」
と、まどろみの中にいるような声を発して目を醒ます要。
「ここ。何処?」
うつぶせのまま、半身を起こして辺りを見渡す要。
「何?どう言う事?」
と、こちらは仰向けになって半身を起こす水。
「分からない……突熱光に包まれて、そしてシャボン玉のような泡に飲み込まれて……大きな晶ちゃんを見たんだよ」
結の解かりうる範囲、憶えている事を話した。
「オレ、兄ちゃん達を見たんだ!」
「私も、四季姉さんと、光一兄を!」
驚きにこれ以上ない表情を浮かべる三人。辺りは静かであった。
暫くして、立ち上がった三人は、周辺を歩き始める。
取り敢えずはこの宮殿を出ようと足を光のある窓辺へと伸ばした。
外は晴れ渡った空に、二つの太陽を従え、緑なす大地と、石で出来た建物を見渡す事が出来た。
「何処?ここ……いったい何が?」
水らしくなく、『ヨロヨロ』とした足取りで、
「もしかしてボク達、晶ちゃんに導かれてこの場に来たんじゃないのかな……」
結は答える。
―「『時の狭間の者達よ』今こそ転生の時が来た。魂よ我が元に集え!」とか何とか言ってたような……―
再び蘇る声の事を、結は考えていた。
「でも何でオレ達三人なんだ?」
「さあ……でも、要も水も兄妹の姿を見たって言ったよね?……もしかしたら、この場の何処かにいるんじゃ……?」
一理ある。とでも言う気がして三人は、取り敢えず、外へと出て行った。
少し混乱した頭を揺すぶりながら動き回っている。
宮殿を出ると、ところどころに大きな石像が立っていた。
「この石、何だか晶ちゃんを形どった石像のような気がしない?」
翼さえなければ、確かに言われたような気がして来る。
「これに向かって、ボク達は流されたんだ……」
結が答える。
黙々と歩く三人。暫くすると、開けた大地に来ていた。辺り一面黄色い花が咲き乱れていた。
「こんな花、知らない……」
「見た事無いね……それより、何でこんなに暑いんだ?」
要は、ロミオの姿をしたままであった。
「夏のような陽気ね……」
水も、ジュリエットの衣装を着ているためか、動きづらそうに服の裾を引きずっている。
「君たちなんてまだ良いよ。ボクなんかこんな女の子の制服来てるんだから……」
とは、結の台調。
「いきなり、結の姿に戻ったな!」
要は、以前見た結の姿を思い起こしながら答える。
「そう言えば、初めましてかな?」
水は、今までこうやって、きちんと向かい合った事がなかったためか、些かためらっているようだった。
「言われてみれば、水はボクの事見るのは初めてだったんだ……」
結はそんな、改まった水に照れながら答える。
「う〜ん。正直に言ったら、二度目なんだよね。瞬間だったんだけど顔見てるんだ」
と、あの時の事を思い出しながら、答える水。
「へえ、そうなんだ……?」
掛けられた書葉に驚く結。暫くその場を放心状懇のまま歩く三人。
「ねえ、これから何処に行くの?」
水の問いかけに、ただ当て所もなく歩き回るのも何だとばかりに、一度考えをまとめようと三人はその場に腰を下ろした。
「ふう。お腹すいた」
とは要の言葉。
「あんたこんな時にそんな事にかまってないでよ……私までお腹空いちゃう気分になるわ……」
水は膝を陶に当てるように体育座りをしている。
結は再び、石像の方を眺めていた。
その時であった。その石像から一筋の光が放射状に広がってこちらへと流れ込んできたのである。
「あれっ!」
「えっ?なに?」
その方角を指し示すように指を向ける結。
「今、石像が光ったんだ……ちょっと行ってみようよ!」
「何?どうしたのよ?」
立ち上がる結の姿を見上げて水が呼び掛ける。
「何かあるよ……きっと!」
「ちょっと待てって!独りで行動すると迷っちまうそ!」
要もその姿を目で追いながら後に続く。変わらず晴れ渡った空は、二つの太陽を抱き天空を泳いでいた。
「こっちだ!」
石像の近くまで戻る要達。
その周辺を歩く。
「ねえ、見て!」
「こんな所に入リロが……」
近くに来て初めて分かった。その石像の右横に階段があったのである。
「入ってみるか?」
ごくりと生唾を飲み込みながら、要が二人に訊く。
「こうなれば、もう何が起きても驚かないわ……行きましょう!」
水が賛成する。
「ボクも同じだよ!」
そう言って三人は満場一致の意見で、その階段を上って行った。
先頭は要であった。
草の蔓がはびこるこの石像内は、うすぼんやりとした光を回りに従えていた。
「何処まで上ったのかしら?」
だんだんと疲れてきた水は何時になったら最上階にたどり着けるのかが心配になっていた。
「かれこれ、一時間は歩いているな」
時間の経つのも分からないはずだが、体内時計的発想でそんな事を言う要。
「腹減ったぞ!!」
要はだんだんこの景色に飽きてきた様子である。
何処までも続く階段。
「もう少し頑張ってみようよ!確かにこの石像から光が漏れてたんだ!」
言い出しっぺであったが何とか励まそうと結は言葉をかける。
「へいへい分かりましたよ。結の旦那〜」
と、足を引こずる様にして歩き続ける要。
こうしてどれだけの時間を費やしたのか、ついに最上階に足が辿り着いたのである。
そこは、水の音がしきりに聴こえる噴水がある部屋で、天井には青空を覗かした一角であった。
きらびやかな装飾を施した縛麗な場所。
「何なんだ?この部置は!?」
実際、部屋と言うには間違っているのかもしれない。が、そうと例えるしか出来ない。
「ん?これは?」
噴水のあるその奥に、四方がガラス張りになった一角がある事に気付いた要。促されて、その一角に足を向ける三人。
ガラスに手を掛けて中を見る。中には、七つの棺が並べられていた。
「あれっ?この紋章……」
結はその棺の蓋に描かれた敏章を指差して答える。
「確か……あの本に載っていた物にこんなのがあったような……」
「何だって!?」
要は不思議そうに、その紋章と言われる装飾を眺める。
「ちょっと二人で一体何の話を言ってるのよ!」
水は二人の会話に付いて行けない様子で、二人の後ろから声をかける。
そんな時であった。三人の脳裏に木霊するかのような声が聴こえてきたのは。
「お待ちしておりました。ルシフェル。トロンズ。ミズチよ!貴方達の身体は今この棺の中に収まっています。解放するためには本人の魂を呼び起こさなければなりませんでした。今このバリアを解き放ちます。中に入り、手を翳しなさい!さすればおのずと自分を取り戻せます!!」
暫くすると、そのガラスに手を掛けていたはずなのに消えて無くなった。
「うわっ!!」
いきなり消えたそのガラスのために、要は預けた身体のバランスを崩しそうになった。
「もっと早く忠告してくれよな!!」
と、ケチをつける。
「それでは、手を翳しなさい」
言われるまま、どの棺に手を翳したらいいのかも分からなかった三人は、戸惑いながらもそうする。
暫くすると、手の平が熱くなり今にもただれて溶け出してしまいそうになった。
「い、痛い!」
水はその痛さに耐え切れない叫び声をあげる。
「我慢なさい。少しの間です。自分の身体を捜すのに今一度勇気を持ちなさい!」
よく見れば、その三人の手の平には、それぞれ違った紋章が浮かび上がっている。
「もう一息です!」
声は励ますかのように聴こえる。
「うおっ!」
要の手から発散された光が、一つの棺に光が当たった。
「ルシフェルよ、そなたの身体はその棺の中にあります!直ちにお開けなさい!」
言われるがままその棺の蓋を開ける。
中には金髪の長い髪をした青年くらいの年頃の天使が胸に手を組んだ状態で入っていた。その姿を見た瞬間、要は引きずり込まれるかのように、その器に入ってしまった。
同じように、結の光が一つの棺を見つけだす。
「それがあなたの身体です。お開けなさいトロンズよ!」
光に包まれたその棺をあける。中には、栗毛色のウエーブの掛った髪を肩まで伸ばした青年が横たわっている。
結もその身体に引き込まれるかのように器に入って行った。
最後に水。
同じように棺が光り輝いた。
「ミズチよ!それがあなたです。お開けなさい!」
水は言われたとおり、棺の蓋を開けた。
中には竜神人の姿をした一匹の小動物が横たわっていた。
「これで転生は終わりました。先に来た『ガブリエル』『ラファエル』『ケルビム』『セラフィム』も、既に自分自身のすべき事を思い出しこの場を離れました。さあ、あなた達もその使命を全うするために行動しなさい。そして、一刻も早くこの天界を救うのです!」
その言葉を残し、声は聴こえなくなった。
まるで、この展開を知っていた者の言葉のような意味合いだけを残し、その不思議な声は遠ざかったのである。